ペリオンの失敗 (side ペリオン)
ペリオンさんの視点でお送りします。
ペリオンって誰……?メイドさんに居たっけ?
と思った方は大丈夫、初登場なので知らなくて当然です(爆)
私の名は、ペリオン。
お貴族様ではないので長ったらしい家名はない。
去年にようやく騎士として認められた。
まだまだ先輩達には遠く及ばないが、これでも厳しい訓練を耐えてきたのだし、ここからだ。
と、思っていたのだけど、オルトレート卿からの辞令が下されたとのことで会議室に呼ばれた。
訓練中だった事もあって急いで身支度を整えて来たものの、会議室に入ってすぐに、思わず回れ右して帰りたくなった。
勿論、そんな事は出来ないので、慌てて先輩方の隣に立つ。
「第六隊所属、ペリオン・エントです。遅れて申し訳ございません!」
「あぁ、気にするな。元々キミは候補から外れてたんだ。急に呼び出す形になってしまってすまないね。楽にしていい」
そのまま外れていてくれれば良かった。
ちらりと横目に見れば、三名の先輩方。
すぐ隣には、遊び人と名高いアデーロさん。
自他共に認める自由恋愛主義者で、ソレ関係のいざこざは耳にしようとしなくても勝手に入ってくる。
確かに見た目はいい。だが、そんな人が騎士だなんて何の冗談だと言いたい。
でも、剣術の腕は確かでそれ故に目零しされてると専らの噂だ。
その隣……を通り越して私とは逆の端に立つのは見上げんばかりの巨体をしたクマ……じゃなくて、オッソさん。
土木現場が似合いそうな風貌だけど、性格は温厚そのもの。
一日に二度口を開くと緊急事態だと言われる程に寡黙。
そんな両極端な男二人に挟まれて立つのは、お貴族様のボラさん。
お貴族様だけど、それを感じさせない気さくな方。
と言えば、いい感じだけど、男より粗野で、男の中の男と言われたりもする色々凄い人。
褐色の肌も相まって、戦場に立つボラさんは蛮族と見分けがつかないと言われる。
重ねて言うが、ボラさんはお貴族様だ。
そこに並ぶのが騎士二年目の私、ペリオンだ。
場違い!
寡黙で温厚だと言われるオッソさんでも、この中で一番長く勤めているだけあって経験豊富で、きっと何をしても敵わないだろう。
「さて、他でもない皆に集まって貰ったのは、知っての通り、先ごろの召喚の儀に関係している」
それはそうだろう。
魔王を退けるための苦肉の策。
その方のサポートをする為のメンツなのだ。
だからこそ、精鋭が集められていたのだから。
もう一度言おう。
場違い!
何をどう間違えたらここに私が来る羽目になるのか、是非とも聞かせて頂きたい。そして辞退させて下さい。
「もうすでに広まりつつある事だ。直に知れ渡ることだろう。単刀直入に言って、召喚の儀は成功した。しかし、問題がなかった訳では無い」
その問題のせいで私が呼ばれる事になったんですね。
「魔王を打倒しうる者を呼び出した。そのはずだが、召喚の儀に応えてくれたものは、齢10歳の幼き少年だ」
沈黙していた先輩方も呼気が漏れる。
さすがに黙って居られなかったのか、アデーロさんが手を挙げる。
「それは、そのお坊ちゃんが、実は見た目にそぐわない戦闘の天才だとか、そういう事なんですか?」
「いや、そんなことはない。剣を握った事もないそうだ」
「じゃあ、そのガキはスゴウデの魔法使いだってのか?」
吐き捨てる様に噛み付くのはボラさん。
ていうかホントに唾吐いてる!
怖いもの知らず過ぎる!
「その線もなさそうだ。何しろ魔法など物語の中にしか存在しないらしいからな」
「ハッ! じゃあ、失敗したってことじゃねぇか!」
「いや、成功したそうだ」
「なんでだよ」
「聖女様がお認めになられた。こちらから報告するまでもなく、あちらから勇者様がお越しになられたとお目通りを願ってきたぞ」
「あんなメスガキの言葉がそんなに重要かよ」
「少なくともお前よりは言葉に重みがあるな」
「んだとぉ……」
ひいぃ! なんで険悪な感じになってるんですか!
私を先に帰らせて下さい! お願いします!
「真偽は置いておけ。見た目が屈強でも中身が臆病者では意味がなかろう?」
「チッ、まぁロッソみたいなんでも困っからなぁ。いーぜ、俺がてめぇで見りゃいいんだろ?」
「そういう事だ。くく、しかし、私はすでに驚かされているぞ?」
「あん?」
「見知らぬ地で、力無き幼子に何が出来る。元のところに帰せぬと言った私に殺されるのかと真剣に聞いてきたぞ」
それはまた、肝の座ったお子さんですね。
スラム街の出身なのでしょうか?
勇者としては、腑に落ちない感じですが。
「それはまた、余程荒んだ生き方して来たんですかね?」
「いや、話に聞く限りではそんなこともないな」
「じゃあ見てのお楽しみって事ですかね」
「あぁ、下の食堂の一室を抑えてある。私の奢りだ。羽目を外さない限り無礼講だからな。一刻の後に私服で来い。他に質問がなければ解散していいぞ」
その言葉で、ボラさんはうっしゃタダ酒だー! と意気揚々と出ていき、ロッソさんも無言で続く。その背中を叩きながらアデーロさんまで出て行って、ようやく私一人が残った。
「あの、オルトレート卿、質問宜しいですか?」
「なんだ? と言っても、何が言いたいのかは想像つくが」
「はい、何故私がここに呼ばれたのでしょうか?」
まぁ分かって当然だろう。
私自身はおろか同僚の先輩方、誰一人として納得出来そうな理由が見つけられなかったのだから。
「そうだな……まず、大変失礼な物言いにはなるが、騎士としての技量ではない」
「分かっております。悔しいことではありますが」
「すまんな。しかし、キミが未熟で若いからこそ選ばれた」
「? それはどういう……」
「先程も述べた様に、少年はまだ10歳の幼子だ」
「まさか……」
「うむ、可能な限り歳の近いものがいてやるべきだろう?」
「待ってください! 私は20歳ですよ!?」
「そうだな」
「それにもう少し若い方もいらっしゃいます!」
「それは貴族階級に限られての事だ」
そうだ。そうなのだ。広く門戸を開いているとはいえ、幼い頃から英才教育を受けてきたお貴族様の騎士への登用が圧倒的に多いのは歴とした事実ではある。
そして、騎士とは当然ながら、肉体労働が必須となれば、平民から登用され、かつ女性ともなるとその数は非常に少ない。
「騎士が、礼儀作法に寛容とはいえ、それでは垣根は埋まらんだろう。相手はまだ子供なのだから、感情には敏感だぞ」
「ですが、そうであっても私である必要は薄いと思います」
「色仕掛けも込みだからな」
「は!?」
「ボラはああ見えて情に厚いしな。アイリスも少し貴族意識が高いがそういった事まで含めて選ばれていた。のだが、17も違うと流石にキツいとな。せめて10くらいの差であれば、と言われてしまってはこちらも無理は言えん。そこで、だ」
「そのせめてに含まれる10歳差の私にご指名が来たと」
「その通りだ。幸いにしてキミには浮いた話が聞こえてこないからな。恋人がいる様にも見えないと聞いているぞ」
「いませんけども!」
いつから、騎士は密偵の真似事も兼ねるようになったのか。
そういった事なら、私が選ばれるのも分からなくもない。
お貴族様は婚約だなんだと早くから決まるものだし、いくら公にしない内であればアッサリと白紙に戻す事もあるとはいえ、この歳になって決まってない事は、普通ありえない。
しかし、しかしだ。
ここにその例外が二人も居たのだ。
ボラさんはあの気性なので、婚約者を殴りつけて以来奔放に過ごされている。
アイリス様は、王族の候補だった方だ。なのでずっと婚約者が決まらなかった。でも、アイリス様は辞退されてしまって、仕方なく選ばれたのが私、と。
整理しよう。
ボラさんはきっと体のいい肉盾捕まえたくらいのつもりだろう。
結婚なんか考えてないだろうし、実家からの催促(本人にとってはイヤミ)が止まるなら喝采しそうだ。
アイリス様は、まぁ分からなくもない。事情があったとはいえ、すでに行き遅れに足を突っ込んでる上に相手が10歳では、下手をすると子供も望めないだろう。
騎士として、戦場で散る事も覚悟しているとはいえ、結婚出来るのが早くて5年後、その子に気に入られなかったらそれも無し、となればそれはもう賭けにしても分が悪すぎる。私なら絶対に御免こうむる。
で、私だ。
恋人もなく、平民出で、相手が10歳とはいえ、考えようによっては玉の輿。
お貴族様のギスギスした折衝も必要なく、たとえ恋人関係になれなくても勇者様の護衛を務めたという栄誉を賜る。
勇者様がとても色に強い方に成長されればお妾さんになれる可能性も否定出来ないし、しかも色仕掛けは付帯だ。私が嫌なら拒絶することも許されてる。
あれ?なんか別に悪くない話なんじゃ……
「ちなみに、だ」
「?」
「これを断ってもお前に不利な事にはならんが、ユウト殿は、黒髪黒曈の憂い顔が似合いそうな可愛らしい感じの少年でな。キミが好きな憂国の騎士マルベリーノの歌劇でも──」
「そのお話は本当ですか?」
「──勿論だとも。食事会では顔見せも行うからな。それでもどうしても嫌となれば断ってくれても構わんよ」
「いぇ、そういうお話であれば是非ともお受けさせて頂きます」
「それは良かった。では、一刻の後に下の食堂に」
「分かりました。では、失礼します」
ここに来た時の重い足取りも忘れ、踊るように寄宿舎に戻った私は、私がなんの為に呼ばれたのか、それはもうスッカリ忘れていたのだ。
一刻経って、食堂の個室に集まった私達であったが、肝心の勇者様がお見えにならない。
早くしないと折角のアツアツご飯が冷めてしまう。
まぁここにあるのはほんの一部で、追加は後からされるから食いっぱぐれる心配はいらないとは言われているが、しかし、いい匂いを前に待つのはなかなかに堪える。
「ところで、ペリオンちゃん?」
あまり待つのが好きではないオルトレート卿がわざわざ迎えに行かれたので、ほどなく来るだろう。後しばしの辛抱だ。
だから、私は身動ぎもせずにじっと待つ。
どうか、私の事は忘れて欲しい。
ご飯を目の前にしたボラさんが、獲物を前にした野獣もかくやという有様なので、出来れば暴れる前にオルトレート卿にはお戻り頂ければと思います。
「ペーリオーンさーん?」
寡黙なオッソさんと並んで座って、ひたすらにこの気まずい空気が早く変われと願うばかりです。
「ペリオンちゃんってば!」
「…………なんですか?」
あぁしかし、仮にも先輩を無視し続けるなんて私みたいな新米には出来ないんですよねー。
虚ろな目を前に座るアデーロさんに向けるとそれはそれはイイ笑顔で私を見ていた。
「なんでそんなにオシャレしてるのさ」
「若気の至りです」
「可愛いけどね、私服がそれなの?」
「断じて違います!」
「ククッ、言ってやるなよアデーロ。そいつは勇者のメスになりたいんだろ? なに、10歳のガキだろ? ちょっと可愛がってやりゃ一発で玉の輿だ、ナァ?」
「だから違うんです! そういうつもりじゃなかったんですよ!」
そう、そうなのだ。
浮かれ切って護衛騎士を拝命していたという事実をキッパリと忘れ去った私は、あろう事か、歌劇を見に行く時を参考にしてバッチリキッチリお洒落をしてきたのだ。
私もそりゃあ女の子ですから、休みの日くらいは、スカートなんかを履いたりもするわけだけど、普段使いのそれとは全く違うデザイン性重視の装いだ。
ふわりと軽やかな淡い水色のシフォンスカートにはパルシェンの花をワンポイントに縫い付けてあるし、腰に飾り紐巻いて垂らしてあるし、おろしたてのシャツにはフリルも散りばめられている。そこにカーディガンを絡めて、足元は編み上げのショートブーツ。普段は後ろで一括りにしてるだけの髪も下ろして髪留めも付けて、香水まで奮発してある。
お前は一体何処に行くつもりなのだ。
あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
ここに来て、本来の目的を思い出して頭真っ白にしてたけど、ここに来るまで、私は何してた!?
寄宿舎の女子寮から出て、先輩ににこやかに手を振られた。
可愛いわよ、頑張って!
はい、行ってきます♪︎
なんて、私も笑顔で挨拶してた。
ここに来るまでに、すれ違った男共に
なんだ、ペリオン、そんなにめかしこんでどこ行くんだ?
ちょっとご飯食べに行くんです♪︎
なんて、私は手を振って颯爽と歩き去った。
絶対に勘違いされてる!!
されても仕方ないけど!!
恋人もいなさそうな私が初めての恋人とのデートで浮かれてる様にしか見えない。
しかし、実態は、護衛の為の顔合わせと親睦を深める為の食事会なのだ。
考えてみよう。
20にもなった一端の大人が、10の子供の為に普段しないオシャレかましてウキウキしながら出掛ける様を。
もう表を歩けないんじゃないでしょうか?
これで勇者様に痛い女だとでも思われようものなら、首をかっ捌いて死ねる。
いや、お披露目はすでに済んでいる事を忘れてはならない。
たとえ勇者様がおおらかで、護衛騎士の顔合わせにオシャレしてくる空気読めない女でもお許しになられる方でも、同僚は容赦してなどくれないだろう。
『ほら、あれ、10歳の子供に飛びついた女だ』
『玉の輿狙いだって? こぇー……』
とか
『護衛の顔合わせでおめかしするとは、随分と余裕だな?』
とか
『そんなに寂しいならオレが相手してやろうか?』
とか
『おや? お嬢様、今日はオシャレしておられないので?』
とか
いいいやあぁぁぁっっっつ!!
絶対ニヤニヤしながら言ってくる!
せめて誤解だけでも解いておかねば、と、二人に力強く説明するも、弁解する姿が必死過ぎたのか、生暖かい目で分かってるとか言っちゃって、それ分かってないヤツでしょう!?
そして、そんな事をしている間に地獄の門は開いたのだ。
「待たせたな、では、早速だが始めようか」
いぢられキャラは愛されキャラだと思いますが、ペリオンさんの今後にご期待下さい