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信賞必罰 (side メノ)

えー


今回のメノ視点ですが、女性の尊厳を蔑ろにする表現がありますので、あまりそういうのは読みたくないよ! と、いう人は、次回更新の前書きにダイジェストを置く予定なので、お待ち下さると有難いです。


では、以下本文ですので、宜しくお願いします。

 

「では、これでユウト様のお荷物は全てですね」


 馬車へと積み込んだ最後のバッグを持って、今一度と、中を確認しても、取り残しはない。

 念の為にと、テリア、リュリュにも見てもらってから屋敷の玄関口に集合して、荷物の数も数えて過不足ない事も確認する。


「もう、そんなに確認しなくても間違えるような数じゃないでしょ?」

「それはそうですけど、だからといって疎かにして良い理由にはなりませんから」

「メノに同意」


 こういった事が、後々に響くのですから、テリアにはしっかりしてもらいたいのですけど、これはこれでユウト様の支えになっておりますから、あまり畏まっても意味が無いですね。


「はいはーい、私が悪いから、この後は予定通りでいーの?」

「何か不都合は……ありませんよね?」

「私には思いつかない」

「じゃあ、私とリュリュで、お片付けね」

「わかった。メノ、気をつけて」

「えぇ、分かってます」


 こんなに早いとは思っていませんでしたが、すでに城の外へと出てしまった以上、わたくし達の立ち位置もなるべく早く明確にしませんと。

 しかし、まだいくらなんでも早すぎます。

 せめて、ユウト様がある程度の自衛が出来るまでは、わたくし達で抑えねば何が起きるか知れたものではないのですから。


 だから、わたくし達はそれぞれの家に戻らなくても済むように準備の為に帰らなければならない。


 外に置いてある馬車にはすでにオッソ様が待っていました。


「お待たせして申し訳ありません」


 無言で頷くオッソ様に御者を任せて乗り込み、ひと息つく。


 大丈夫。

 アデーロと、ペリオン様が残ってくださってる。

 ボラ様も本調子では無いでしょうが、あの方がその程度で後れを取るわけもないですから、心配はいらない。

 後にテリアとリュリュも控えているのだ。

 わたくしがいきなり躓くわけにはいかないのだ。



 アーディン家の裏手に辿り着き、オッソ様に私物を取ったらすぐに戻ると言いおいて、一人で敷地に踏み込む。

 使用人は表から出入りしないのだから、何も不審なところはないと分かっていても、つい、慎重になってしまいそうになる。

 平常心だ。


 だから、裏口に、ヘイリー執事長がいても、驚いたりはしない。


「あら、執事長、こんなところでどうかなさいましたか?」

「いえ、メノがこちらに帰ってきていると聞きましてね。旦那様も心配しておりましたので、顔を見ておかねばと」

「そうでしたか。と、失礼しました。ただいま戻りました」

「ええ、よく戻りました。丁度、旦那様も仕事を終えられて、今居られますので、ご挨拶に向かいなさい」


 ユウト様が城を出られると聞いて動くのを見計らっていた、の間違いでしょう?


「そうさせて頂きたいですが、馬車を待たせております。勇者様にご厚意でお貸しいただいたものですので、すぐに戻らねばなりません。それでも宜しいでしょうか?」

「えぇ、構いませんとも。お顔を見せるだけでも安心なされると思いますので」


 この古狸め。

 執事服を隙なく着こなし、にこやかに語りかける姿は一流そのものだが、わたくしは知っている。

 このにこやかな顔のまま、拷問も出来るということを。

 綺麗に撫で付けた白髪頭の痩身に穏やかな顔つき、柔和な表情からは、そんな片鱗は伺えないが。


「ところで、本日は一体どういった用向きでこちらへ?」


 執事長の招くままに屋敷に身を滑らせた瞬間に背中に粘つく様に声をかけられる。


「強いていえば、勇者様のご慈悲、でしょうか?」

「慈悲、ですか」

「ええ。何でも、勇者様の元いた国では住み込みの働き手などはほぼ居られないそうで、わたくし達にも休暇などを下さる様なのですが、生憎とわたくし共には私服などの持ち合わせもなく、恥を忍んで一度戻らせて頂きました」


 執事長が後ろを着いて歩きながら、雑談のていで、話を続ける。

 こうなってはもう旦那様のところに行くしかない。

 見つかった時点で行かない選択肢などないのだけど。


「それはそれは……それなら、服の一つも強請れば宜しかったのではないですか? お優しい勇者様ならば、服の一つを買うくらい出来たでしょう」

「懐に入るだけならば、それでも良かったのですが……勇者様はなかなかに複雑な家庭環境をされてた様でして、他の二人が喜んでいるところに実家に帰るのを躊躇う素振りでも見せれば、問題があると見てとられかねませんでした」

「それならそれで同情を買えば良かったでしょう?」


 それなら、同じ傷を舐め合う事で潜り込めたのですから。


 ナイフで撫でられる様なヒヤリとした空気を感じる。

 間違えてはならないし、警戒されてもならない。


「それが、前にもお伝えしました通り、勇者様は感情の機微に聡い方ですから、そんな考えをしていると知れれば、近づけなくなります」

「おや? 私の聞いたところですが、メイドの胸元で涙を零したなどという話も聞いておりますが、まさか、出遅れているなんて事はないでしょうな」


 何処でそんな事を聞いたと言うの!


「それは、テリアですかね? おそらくとなりますが、アレはメイドとしては弁えない態度が失格ですが、友人の様に接する事が上手いですから。しかし、そうなってしまえば、それが仇となって身動き取れなくなってしまいます」

「ほう……?」

「友人として接してある程度まで懐に入れましても、所詮は孤児の出、浅慮なことですが、公の場でそれは出来ませんからね。失態をすればどうなるかなど、さすがの下賎の出でも分かるでしょう。そうなれば、庇い立てしようもないテリアへと勇者様が縋られても出来る事などたかが知れてます。そうなれば逆に不信感に繋がってしまうでしょう」

「ふむ」

「ですので、距離感は保ちつつ、時間は多少掛かりますが、確実に信頼を得たいと考えております。何せわたくしには、その為の術がありますので。時間を必要とする点においては大変申し訳ないですが、失敗は許されませんので、確実性が欲しいのです」

「なるほど……まぁ、良いでしょう」


 表情から見抜けるなどと思ってはいませんが、後ろに立たれると、より分かりづらくなりますね。


 しかし、これも前哨戦。

 本番はこれからです。


「旦那様、失礼します。メノを連れて参りました」

「……入れっ!」


 声から伝わる苛立ちにマズいと思えど、ここで止まる愚を侵してはならない。

 執事長の目線で促されて、旦那様の、アーディン家当主の、エベイロンの部屋に足を踏み入れる。


「この、グズがっ!」

「ぁぐっ!」


 何かが、額に投げつけられて痛みが走るが、今はまだそのときでは無い。

 ユウト様、わたくしに、こんな世界でも輝こうとされている貴方の御力をお貸しください。


「申し訳、ございません」


 膝を着いて、深々と頭を下げ、赦しを乞う。

 それでも、あのエベイロンが止まるわけもない。


「さっさと、その、薄汚い力で勇者を虜にせんか! 何のために貴様の様な出来損ないを飼ってると思ってる!」

「至らぬばかりで、申し開きもがっ」


 頭を踏みつけられて絨毯に押し付けられても、抵抗などしない。

 わたくしの、わたくし達のユウト様をこんなものの前に立たせられるわけが無いのだから。


「もたもたとしおって、貴様の様なゴミを飼ってやっているワシの慈悲深さに報いようという気持ちは無いのか?」

「……そのような事は決して」

「ならば、さっさとしろ! 全く……おい、ヘイリー! お前の教育が足りないせいでワシの靴が汚れたぞ。それに絨毯にも泥臭い汚れがついてしまったではないかっ!」

「これはこれは申し訳ありません。まだ叱責をされるかと思いまして、一度綺麗にした後にまた旦那様に失礼をされては、と愚考致しました。失礼します」

「…………」


 お前が押し付けたから以外に絨毯が汚れた理由などあるか。


 執事長が、エベイロンの靴を丁寧に磨いた後、そのハンカチをわたくしに投げつけた。


「メノ、絨毯の汚れを取りなさい。それと、その見るに堪えないお顔は上げない様に。旦那様の目が穢れてしまいます」

「……はい」

「あぁ、それと、報告は私の方で済ませておきますので、お早く粗相を片付けて下さいね。あまり遅くなっては勇者様が気を悪くされるかもしれませんので」

「お手数をお掛けして、申し訳ございません、執事長」

「いえいえ、部下の失態は私の失態ですからね、お気になさらず。あぁ、もう結構ですよ。これ以上ここに居られては旦那様に土臭いにおいが移ってしまいそうですから」

「はい、失礼します」


 部屋から出て、歯を食いしばる。

 あれが、わたくしの母を戯れに抱いて身篭らせた癖に!

 あれの指示で母を殺したとわたくしが知らないままとでも思っているのか。


 わたくしに特異な力が発現しなければ、母共々捨てられていたでしょう。

 そちらの方が幸せだったかもしれません。

 母も苦労をしたかもしれませんが、生きていられたでしょうから。

 この、忌むべきチカラのせいで、わたくしがどれ程の屈辱に甘んじてきたか。


 そして、それを使わなければ、ユウト様の心に触れられなかった事が、悔しくてなりません。


 足早に、わたくしの部屋に戻り、仕事着以外で唯一持っている服を小さな鞄に畳んで詰め込む。


 それと、母の種も、一緒に。


 ユウト様の屋敷もまだ仮住まいですもの。

 だから、植える事はまだ出来ないけれど、いつか、どこかにユウト様のちゃんとした家が出来たら、その時に庭に埋めさせて貰いましょう。

 そして母の木を紹介したいですね。


 これだけは持っていかなければ。


 他にも、仕事で使っていた細々した私物などはありますが、もう帰って来ない事を悟られては敵いませんから、他のものは全て置いていかなくてはなりませんね。


 わたくしを庇ったが為に姿の見えなくなったマティラの大切な髪留め。

 種の事はその意味も認知されていないにしても、これを持ち出せば、確実にあの執事長は気づいてしまう。

 だから、ごめんなさい。


 また会える事を信じて今はお別れです。


 鞄を一つだけ掴んで、後は帰るだけ。


 早く、ユウト様に会いたいです。


「あぁ、まだこちらにいらしたのですね」


 執事長。

 もう、報告が終わったのですか。


「ええ、久々でしたので、少し懐かしんでしまって」

「久々、と言うほどでもないのではないですか?」

「少し前までは毎日ここで寝起きしてましたから」

「それもそうですね」


 何もありませんよ、と、くるりと振り返れば、先程のことなど何も無かったといわんばかりのにこやかな顔の狂人。

 わたくしが、そっとマティラの髪留めを戻したところをしっかりと見ていた事は流石に隠せませんか。


 それとも、あえて見ている事を気づかせたのでしょうか。


「旦那様から、何かありましたか?」

「いえいえ、そう大したことはありませんでしたよ」

「そう、ですか?」


 ならば、何故ここに来たのか。


「旦那様からの言伝です。余りに遅いようだと、我慢がならないからとにかく早くしろ、と」


 チラリと引き出しに目を向けてそう言うと言うことは、わたくしが下手を打てば、マティラの髪留めがどうなるか分かってるのだろうな。

 と、言うことでしょうか。


「出来る限り善処は致しますが……」

「ええ、分かっておりますとも。私の方で旦那様を宥めておきますので、頑張って下さいね、精一杯」

「ご配慮頂き有難う御座います」

「私はこれでも執事長を任されておりますのでね、みなに気持ち良くお仕事をして貰えるように尽力するのは当然ですよ」


 これ以上、付き合っていられない。

 軽く一礼して、部屋を出る。


 私室から裏口まではすぐそこ。

 まだ着いてくる執事長を背に、歩いて行く。


「そういえば、旦那様が、今回のお仕事を上手くこなしたら褒美を取らせてくれると仰せでしたよ」


 何を褒美に貰おうとわたくしが喜ぶことは無い。

 よって、わたくしが、心動かされることは無い。


「何か希望があれば今の内に検討しておきますよ?」

「わたくしが森で生活してみたいと言ったりしても?」

「ええ、何とかしますよ。私の矜持にかけて」


 これは驚いた。

 執事長が、矜持にかけて、と言ったのならば、それは必ず叶えるという意思表示だ。

 あの旦那様にすら、こうなった執事長は曲げられない。

 そして、実現出来ない事は言わない。

 つまり、褒美として望めば、わたくしが森で生活する事を認めさせると言うことだ。


 思わず振り返ってしまった。


「おや……そんなに驚くことですか?」

「ええ、少し無茶な事を言ったと思っておりましたから、まさか執事長が矜持にかけて、とまで仰られるとは思いませんでした」

「働きに相応に報いる事の何が無茶ですか。私は今回の仕事はそれだけの価値があると考えていますよ。勿論、旦那様も」


 少し呆然としている間に裏口に着いていて、執事長に扉を開けられる。


「まぁ、旦那様はあの気性ですから、なかなかご理解を得られませんが、信賞必罰くらいは私にいくらか任されておりますからね」

「……そう、ですか。では、何を望めばいいか、先程のお言葉を参考にさせて頂いても?」

「構いませんとも。どの程度まで、と線引きするのは難しいところですが、先程の願い事くらいであれば、確実に何とか致しますよ」

「そこまで仰られると願い事の範囲が広すぎて迷ってしまいそうですね」


 叶えるつもりはないけれど。


「存分に悩んで下さいね。先程の願いともなれば、流石の私も結構頑張らないといけないですから」

「分かりました。では、失礼します」

「ええ、頑張りなさい」


 軽く頭を下げてから、背を向ける。

 額から血は流れてないけれど、跡がついていたら困りますから、申し訳ないですが、オッソ様に癒して貰いましょう。

 ユウト様に心配かけるわけにはいきませんからね。



「あぁ、そうそう!」

「?」


 まだ何かあるのでしょうか。


「なんでしたら、外に出しているマティラと一緒に屋敷を出て暮らす、と言う願い事でも問題ありませんよ」


「………………え?」


 足が、止まる。


 キリキリと、壊れた人形の様に振り返る。


「おや、聞こえませんでしたか?」

「え、ええ、今、何と?」

「外に出しているマティラと一緒に屋敷を出て暮らす、と言う願い事でも問題ない、と言いました」


 私の矜持にかけて──


 それは、マティラが生きていないと、叶えられない願いだ。

 マティラが生きている?


 そんな、馬鹿な事があるわけ……


「貴女は知りませんでしたね。それを伝えてしまえば、貴女は何としても居場所を聞き出そうとしていた事でしょう。ですから、生存すら秘匿しておりました。それと、今これをお伝えしたのは、それを励みに頑張って貰いたいからですね。褒美の前払いとでも思って下さい。勿論、返す必要はありません。聞いてしまった以上、返せないとも言えますが」


 そんな、馬鹿な事が……


「まぁ、そんな願い事でも、私が何とかしますから、()()()()()()()()()()?」


「…………ええ、よく、よく、分かりました」


 これは、信賞必罰という名の楔だ。

 わたくしが、アーディン家を裏切れば、マティラを今度こそ、闇に葬るという。


 それを、罰にする、という事だ。


 居場所を聞き出したくとも、もう、わたくしは外に出た。

 この悪魔に聞くことは出来ない。

 時間に余裕がないと言ったのはわたくし。


 これ以上ここにいることは、当初の予定すらも崩しかねない。


 わたくしはアーディン家を切る。

 そして、マティラも、今は生存さえ分かればそれでいい。

 決定的な証拠はない。

 ならば、まだ、大丈夫。


 そうでなければ、わざわざ釘を刺したりしない。


 今はただ

 何事も無かった様にユウト様のところへ帰るだけ。




はやく、はやくおねショタに戻らなければ……っ!


父と母という違いはあれど、それに共感を覚えて、それでもなお真っ直ぐあろうとするユウトに眩しさを感じていたのは、こういった過去(現在進行形ですが)を持っていたからです。


とゆーのが、伝わってるといーな!


エベイロンのゲスっぷりをヘイリー執事長がなんか、そんなこともないんだよ? 風に言ってますが、普通にゲスですから、ご安心を(笑)

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