メイドさんとメイドさんと……
苦しくて、苦しくて、息が詰まる。
溺れたかのように、口を開いても満足に呼吸が出来なくて、それなのに、日向ぼっこしてるみたいないい香りがして、まさかもしやここは天国───
「ぷはぁっ!」
水面に顔を出すように顔を上げればそこには、ぐっすりと寝ているテリアさんの顔があって、なんだなんだと思えば、僕が引っ張りこんで寝ちゃったから、テリアさんも釣られて寝ちゃったんだと分かった。
僕が悪いんだけど、いいのかな?
起こした方が……
「おはようございます」
「ふぁっ!?」
鈴を転がしたみたいな声に慌てて顔を向けると、ベッドの横に持ってきたっぽい椅子に座って、にこにこしているメイドさんが、いた。
落ち着いた感じの緑色した髪が、ゆるやかに波打ってて、お団子にしてたテリアさんと違って、そのまま下ろしてるのが、優しげな顔立ちと相まって非常に似合ってる。
何だろう、ザお母さん! みたいな?
失礼だけど。お姉さんだもんね。
「おはようございます、ユウト様」
「あ、その、おはようございます」
僕がボケッとしてたら、挨拶を繰り返されちゃった。
ダメだよね、挨拶くらいちゃんとしないと。
「申し遅れました。わたくし、メノ、と申します」
「あ、はい、僕はユウト、です」
「存じております。それで、大変失礼かとは思いますが……」
座ったままで器用にお辞儀? カ、カーテシー? したメノさんが、困った様に目線をテリアさんに向けた。
テリアさんはまだ寝てる。
そろそろ抱き枕から卒業したい。
「えー、これはですね。僕が、ここに慣れてなくて不安だったのを、テリアさんが慰めてくれてですね。厚意に甘えて添い寝して貰ってですね……」
「まぁ、そうでしたか!」
「は、はい。それで、その、多分、僕が離さなかったので、テリアさんも、つい寝ちゃったのかなー? と」
「そういうことでしたか」
「なので、えと、悪いのは僕なので、テリアさんがメイドのお仕事を投げ出した、とかではないです。はい」
「わかりました、そういう事でしたら──」
「はー、よかっ」
「──今以って寝てる事以外は問題ありませんね」
「た……あれ?」
にこにこ、にこにこ。
メノさんは笑ってる。
さっきとおんなじ、優しげな感じで。
あ、あれ??
僕も、にへらーっと笑うと、にこにこしたメノさんが、寄ってきて、頭をなでなで。
「ユウト様は、お優しくていらっしゃいますね」
「あ、ありがとう、ございます……?」
「そのお優しさに甘えてメイドの本分を違えた馬鹿者には、後でちゃんとお説教しなければなりませんね。困ったものです」
「………………」
おかしい。
僕がテリアさんを庇うと、庇っただけテリアさんが酷いことになりそうな気しかしない。
あぁ、でも、テリアさんが悪いんです! なんて言えないし、僕には庇うしか出来ないし。
せめて、はやく、起きてー!!
メノさんに気付かれない様にベッドの中で腰のとこらへんをポンポン叩いて起こそうとしたのに。
「ん、うぅん……」
(テリアさん、テリアさん、おきてー)
「……やぁ……ん……」
ぎゅうっ
と改めて抱きしめ直された。
あぁぁぁっ!?
悪化してるぅ!!
どどど、どうすれば、どうすればいいの!?
ちらーっとメノさんを見れば、さっきよりもにこにこ度がアップしてる。
「ユウト様?」
「ハイ!」
「主人の意向を無視するばかりか、優しさを蹴りつける様な愚か者の事をどう思われますか? わたくし、良い事だとは、とても言えません。そうは思われませんか?」
〜〜〜 (脳内)テリアさん保護の会(会議中) 〜〜〜
パターンそのいち
「そうですね! 良くないと思います!」
「ですわよね?でしたら、テリアにはきっっついお仕置きをしておきますので──」
ぁぁぁー!!
これはダメ、これはダメだー!!
ただでさえテリアさんに怒ってるっぽいのに、僕までテリアさんを悪く言ったら、テリアさんドナドナだよ!!
だから、ダメ、絶対!
そもそも、テリアさん悪くないんだから、そんな簡単に裏切ったらダメに決まってるでしょ!
パターんそのに
「でも、テリアさんは僕のお願いを聞いてくれただけだから」
「まぁ、そうでしたか!」
「はい。こうされてるとぽかぽかして安心します」
「そうですね。そこまでユウト様が仰られるなら──」
「すみません、ワガママ言っ」
「──わたくしもご一緒しても?」
「て……はい?」
あれ……なんで変な方向に……
「考えてみれば、ユウト様もまだお若くていらっしゃいますものね」
「あ、あの、メノさん?」
「ユウト様はどちらが良いですか?」
「どどどど、どっち!? どっちって、どことどこの!?」
「お姉さんサンドイッチか、メイドサンドイッチか、どちらが宜しいですか? お母さんサンドイッチなどと言われたら、わたくし泣いてしまいますよ? そ・れ・と・も、おマセなユウト様は、おっ──」
ストップ! ストーーップ!!
考えてない! 全っ然考えてないよ、僕!!
なんだよ、サンドイッチって! 馬鹿じゃないの!
そんな両方からぎゅうぎゅうされたら死んじゃうよ!
どこでズレちゃったの……
パタあんそのにのに
「でも、テリアさんは僕のお願いを聞いてくれただけだから」
「まぁ、そうでしたか!」
「はい。だけど、メノさんに見られたままも恥ずかしいから、脱出するのだけ、助けて欲しいです」
「クスクス、はい、承りました。テリアを拘束しておきますのでご安心を」
「お願いします…………ん?」
んん?
なんか今、変な言い回しだった様な気がする。
メノさん? なんで、ロープを取り出してるんですか?
むしろ、何処から出て来たのですか?
ぁぁぁぁだめだめだめだめ、メノさんが女の人がしちゃいけない笑顔で、そんな恐ろしいことをー!!
パたあんそのさん
「僕、テリアさんに感謝してます」
「感謝、ですか?」
「はい。なので、怒らないで欲しい、です。ダメですか?」
「滅相もありません。主人を支えるのはメイドとして、何も間違っておりませんので」
「良かった。じゃあ、えっと、テリアさん起こすの手伝って貰っていいですか?」
「畏まりました。ほら、テリア、起きなさい。ユウト様が困っておられますよ」
う、うん??
何だろう、なんでこんなに不安が……
というか、僕の中の僕会議なのに、なんか、僕の思いもよらない方向に話が行くのは何でだろう?
とりあえず、多分、これで大丈夫、だよね?
テリアさんをメノさんと二人で起こして、メノさんにお説教されちゃったらテリアさんが可哀想だから、僕がちょっと怒ったみたいにして、それで、おしまい。
それでいこう。
〜〜〜 (脳内)テリアさん保護の会(会議終了) 〜〜〜
「あの、メノさん。僕はですね」
「とりあえず、いい加減テリアを起こしましょうか?」
「あ、はい!お願いします」
「はい、任されました」
困った顔をしてお願いすれば、メノさんはにこにこスマイルを苦笑に変えてテリアさんを起こしにかかってくれた。
ぎゅーっと抱き枕にしがみつくみたいなテリアさんの肩をそっと掴んで、耳元で囁く。
「テリア、起きなさい。ユウト様が困っておいでですよ」
「うひゃあっ!?」
「きゃっ! もう……テリア、ユウト様を離して差し上げて」
「メメメメノ!?」
「わたくしの事は後でいいですから」
「ぅわ! ごめんなさい、ユウト様!」
驚いて更に強く抱きつくテリアさんにタップすると、状況に気づいたテリアさんがようやく離してくれた。
「ぷはー! もうテリアさんったら、死んじゃうかと思ったよ」
「ユウト様、ごめんね?」
「あはは、うん。僕が離れなかったからでしょ」
「ごめんね、じゃありません。申し訳ございません、でしょう」
「はーい。ユウト様、申し訳ございません」
「うん。僕なら大丈夫だから」
ベッドの中で二人で笑いあってると、メノさんのため息が零れた。
これで大丈夫、かな?
このまま寝っ転がってるわけにもいかないので、起き上がってぐーっと伸びをすると、寝乱れてた髪をメノさんがサッサッと軽く整えてくれる。
ちょっと寝たからか、さっきまでと違って、頭の中はスッキリしてる。
「こちらをどうぞ」
水を入れた洗面器を持ったメノさんが、お早く、と言うので有難く使わせて貰う。
えーと、タオルは、左腕にかけてあったから、と手を伸ばしてみたら、顔を拭かれた。
「はーい、じっとしてて下さいねー」
テリアさんだ。
二人がかりで、至れり尽くせり。
こんなに甘やかされちゃったら、ぐうたらになっちゃう。
「ありがとー、二人とも」
「いぇいぇ」「いーのいーの」
テキパキと片付けをする二人を見て、メイドさんのお仕事って大変だなと思う。
だって、今は僕のおもてなししてくれてるけど、その人達に合わせて生活するんだもんね。
あれだ、お仕事だけじゃなくて生活もみてくれる秘書さんだね。
それは一人じゃ無理だよね。
あんまり迷惑かけないようにしないと。
コンコン
「あ、はー」
「失礼します」
「い……?」
ノックとほぼ同時に入ってきたのは、更なるメイドさん。
ノックの意味が……
入られて困る事はないけど、せっかちさんなのかな。
サラサラしてそうな銀髪がおかっぱみたいな髪型で揺れてる。
手にはなんだか布を持ってるけど、なんだろう。
「メノ」
「リュリュ、ありがとうございます。でも、まずはユウト様にご挨拶なさって?」
「分かってる」
リュリュさんと呼ばれたメイドさんがこっちに来ると、おもむろに膝を折って座ると、ぺこりと頭を下げた。
リュリュさんは、女の人にしては背が高くてモデルさんみたいだから、僕を見下ろしたりしない様にしてくれてるんだ。
「本日より身の回りのお世話にさせて頂きます。リュリュリエリと申します。お見知り置き願います」
「ありがとうございます。ユウトです。リュるリ……るリュ、リュリュるエぃ……」
「リュリュで構いません」
「ご、ごめんなさい、リュるさ……むぐっ」
「………………」
「………………」
「その、呼びやすい様にして頂いて、構いませんから。私なら気にしてませんので、はい」
頭の中で呼ぶのと全然ちがぁう!!
どれだけ口が回らないんだよ僕ぅ!!
それにしても、リュリュリエリさん、親御さんは、どうしてこんな舌噛みそうな名前に……いやいや! 名前なんだから、きっと何か意味があったりするんだろう。
多分、リュリュリエリさんも、呼びにくい名前だとは分かってるんだろうし、気にしてないっていうのも間違ってないんだろう。
けど、それでも、せっかく親御さんが付けてくれた名前だもの。
涼しげなリュリュリエリさんに似合う呼び方にしてあげたいな。
あ、そうだ!
「じゃあ、えっと、リリさん、って呼んでいい?」
「? はい、構いません」
「あのね、せっかく親御さんが付けてくれた名前だから」
「はい」
「リリさんに似合う呼び方にしたいなって思ったら、そのね、僕のところで、ユリって言うお花があってね? 英語、じゃわかんないか。えーと、別の呼び方でリリーって言うんだ。白いお花でね、綺麗で儚い感じなんだけど、とっても力強いお花なんだよ。だから、リリさんに似合うだろうなーって。名前ちゃんと呼べたら良かったんだけど、呼べないから。リリさんって呼び方を、仕方なく、なんかの記号みたく思って欲しくなかったんだ。だからね?リリさんって呼び方も好きになって欲しい、です」
「………………」
「あの、リリさん?」
「………………」
ぽかんとした顔で、目線をあわせたままのリリさんが、ぐっと顔を俯かせて震えるから、泣かしちゃったんだと分かったけど、多分、大丈夫だもんね。
酷い事なんて言ってないんだから、きっと、諦めてたのが、今変わったんだもんね。
それは嬉しい、ことだよね。
だから、膝をついて僕より低くなった頭をよしよしって。
テリアさんにメノさんにと撫でられてきた僕だけど、リリさんには撫でてあげられたよ。
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以後、別命まで待機します》
それはさておき
メノさんばかりか、なんでリリさんまで来たのかって、晩御飯をしながら、メイドさん達以外の僕と一緒にお仕事する人達の顔合わせしたいんだって。
それで、最初にテリアさんが来てたのに、僕とお昼寝。
それの様子を伺いに来たメノさんは戻らず。
業を煮やしてリリさんまでも来たけど、あんな状態で支度が進む訳もなく、ついにダスランさん自身がやってきた。
「何をしてるんだ、お前達は……」
「「「申し訳ございません」」」
「ごめん、僕がもたもたしてたから……」
「「「ユウト様は悪くありません」」」
「でも……」
「あー! もういい! 行くぞ! もう腹減っちまったんだよ」
「え? 召喚直後ならまだしも、このまま出すとか、ちょっとありえないんですけど」
「これだから騎士様はガサツだなんだと言われてしまうのですよ?お分かりですか?」
「子供が出来る我慢も出来ないのが大人?」
うわぁ……
ダスランさんの顔がトラも逃げそうなくらい怖い事にー!
って僕が早く支度済ませればいいんだよね!
もう恥ずかしいからとか全部知らないよ。
三人がかりでひっぺがされて服を着させられて、ちゃんと寸法合ってないのを手早く直して、髪も整えて、ってもういいでしょ? まだだめ? 香水つけるかどうかとか、もういいよね? 僕使ったことないし、いらないよ? ご飯食べるだけなんだから、そんなちゃんとしなくても……はい、すみません。でも、ダスランさんも待ってるし。あーおなかすいちゃったなぁ。うん、後ちょっと、ね。わかった、我慢出来るよ、僕。
「「「いってらっしゃいませ」」」
「いってきます」
清々しい顔をした三人に見送られてようやく部屋から出られた。
ほんとにおなかへった。
メイドさん攻勢はここで一旦終わります。
途中の怪しげなところはスルーで大丈夫です
言葉の違いやなんや考えるのは面倒だよね?
とゆー部分を解消するためのアレなので。
えぇ、それだけですとも。