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祝福と呪い (side アイリス)

視点はアイリス様となります。


 

 生まれつきの美人、というものに、なんの意味があるのか。

 物心ついた時には、そんな疑問をすでに持っていた。


 我がファルトゥナ家は、公爵として王家を支え、国政を担い、中核を成してはいるが、それは紛うことなき研鑽の賜物。


 決して、生まれつき美人だからチヤホヤされて、そこに据えられている訳ではない。

 もちろん、そういった効果を見込まれていないことも無いが、それはあくまでもあたくし達の努力の上に乗せられる余録だ。


 しかし、現実はどうだろうか?


「アイリスちゃんは、いーよね、美人だからなんでもできて」


 その理屈だと、不細工な方は何も出来ない事になるのが分からないのだろうか?


「流石はアイリス様、お美しいだけではなくお勉強もなんなくこなせますのね」


 美しくある事は勉学の出来に何か関連があるのだろうか?

 あたくしが何の努力もしていないとでも?


 見た目の良さから注目を浴びる。

 一挙手一投足を逃さず見られる。

 あたくしは公爵家の一員として、誰に見られても恥ずかしくない行動をしなくてはならない。

 その事が酷く重石に感じた。


 人前に出るから注目されるのだと、仮病を使ってお休みを貰ったりもした。

 が、逆効果だった。

 麗しの姫が御病気らしい、と見舞いが殺到した。

 吐き気がする。


 どうして放っておいてくれないのか!


 あたくしは、お父様に泣きながら縋りついた。

 どうして我がファルトゥナ家は、美男美女ばかりなのか、世間に言われるように美しくある事が祝福の産物だというのなら、何故あたくしは今、こんなにも苦しいのか。


 これでは、祝福ではなく呪いではないか。


 そう涙ながらに訴えるあたくしにお父様はそうだと言った。


「これは我がファルトゥナ家の呪いだというお前の訴えは尤もなものだ。私も同じ様に思うよ、アイリス」


 そう言いながら涙を拭ってくれたお父様は、でも、と続けた。


「それでも私達が公爵家であり、その才覚を認められているのも紛れもない事実なんだよ」

「そうは、思えませんわ……」

「おや、アイリスはお父様が顔がいいだけで、中身のないお飾りの公爵だと思っているのかい?」

「お父様はいつも頑張っておられます!」

「ありがとう、アイリス。そうだね、私も頑張っているよ。それを理解してくれる人はとても少ない。残念なことだけどね。でも、アーシェは分かってくれた」

「お母様が……」

「いつか、お前にもそんな人が現れてくれるよ。その時に、美人だからと甘やかされて我儘なお前と、腐らずに頑張ってきたお前と、どっちを好きになって欲しい?」

「……頑張ったあたくしですわ」


 ポンポンと頭を撫でてよく出来ました。と笑うお父様にあたくしは決意したのだ。

 誰に何を言われても気にしてなるものかと。


 そして、努力した結果としてかは分からないが、王太子妃の候補に挙げられた。


 第一王子のアグレシオは、舐め回すようにあたくしを見る好色さを隠しもしない我儘な王子であったが、もしも王太子妃となった暁には、徹底的に教育してやろうと思っていた。


 あたくしの美貌によってだろう。

 他の候補が一歩引いてしまっていたから、自然と候補の筆頭となっていたのは、嬉しくない事であったが、自身を貶める様な事をしたくはなかった。


 だから、努力を怠らなかった。

 それが、アグレシオには酷く生意気に映ったらしい。

 いつでも嫁ぐ覚悟は出来ているぞ。

 と、思っていたのに、アグレシオ(あのバカ)は、あたくしを王太子妃の候補から外せと言ったらしい。


 願ったり叶ったりと喝采を挙げられたら良かったのだが、あたくしはその時すでに25だった。

 適齢期はとっくに過ぎている。

 いきなり、宙に浮いたあたくしにはそれはもう方々から婚約の申し込みが来たが、どれもこれも下心丸出しで検討にも値しない。


 流石のお父様も不憫に思ってくれたのか、もう結婚は自由にしていいと言われていたから、気楽なものだ。

 お父様の言っていたあたくしを理解してくれる男性など、どこにもいないか既に誰かに捕まえられているだろう。


 美人だなんだと持て囃されてもこんなものだ。

 結局、まともな結婚も出来やしない。

 後の長い人生を高嶺の花として枯れるまで咲いていればいい。


 勇者の護衛も丁重に断った。

 何が悲しくて、10の子供の足枷役をせねばならないのか。

 栄誉な事ではあろうし、この世界の男がダメなら別の世界の男ならどうだ? と思わなくもなかったが、まさか10の子供である。

 陛下から打診された時はまだ歳は分からなかったから保留させて欲しいとだけ言っておいたが。


 そうしてお披露目くらいは見に行ってやろうかと考えていた所に、深夜も深夜、秘密裏に遣いがやって来た。

 リュリュリエリと名乗ったその女は確か氷姫と呼ばれる無愛想な女だった。


「で、ハルペロイの子飼いが何の要件かしら」

「話が早くて助かる」


 深夜に起こされて不機嫌だったあたくしは、牽制としては鋭すぎる刃を突き込んだつもりだったが、噂の氷姫は、微かに笑みを浮かべて話を続けた。


「信用出来る人が欲しくて、貴女くらいしか残らなかった」

「どういう意味かしら?」

「私はハルペロイを切る。ユウト様に付く」

「その意味がわかって?」

「勿論。モディーナのテリアとアーディンのメノも同じ」


 その二人はこの氷姫と同じく勇者の世話をする為に送り込まれた者たちだ。その二人も勇者に付くらしい。

 何処の家の手の者かは、ある程度分かってはいても秘匿されるべき情報だ。

 それをあっさりとバラす氷姫の底が見えない。


「何故」

「それがユウト様の為になる」

「あたくしが貴女を売るとは考えないの?」

「貴女はそんな事をしない。それを貴女が許さない」

「……いいでしょう。あたくしを説得してご覧なさい」


 話し下手な氷姫の話をまとめると、神から多くの祝福を授けられた勇者は、望むと望まざると様々な思惑に翻弄される。

 信頼出来る味方を一人でも多く確保したい。

 誘惑に負けない強い意志を持った味方が。

 そして、メイド三人で話した結果、あたくしが一番信頼出来るだろうとの結論に至りここに来たと。


 今更になって、また同性ではあるものの理解者がいた事があたくしにはとても嬉しかった。

 しかし、これ程に氷姫が心酔する子供とは一体どういう子供なのだろうか。


「話は分かりましたわ」

「じゃあいい?」

「明日、朝一番に陛下に話を通します。そこで勇者様をあたくし自身で確かめさせて欲しいわ」

「分かった」

「いいのかしら?」

「構わない。ユウト様の魅力が分からない程度ならそれまで」


 そう微笑む彼女の何処が氷姫だと言えるだろう。


「あたくしがファルトゥナ家だと知ってるのよね?」

「当然」

「勇者様があたくしに惚れてしまっても構わなくて?」

「むしろそうなれば私もお妾になれそう」

「は?」

「ユウト様は可愛いのを自覚してないし、魅力を欠片も分かってない。女を覚えたら私も味わって欲しい。私が手解きしてあげたいけど、不器用だから」

「貴女、頭は大丈夫?」

「問題ない。テリアとメノに先を越されるくらいならアイリス様で我慢する」


 初めてだった。

 ファルトゥナ家のあたくしを前にして、譲歩してやるなどと上から目線で踏み台を勧められるとは。


「面白いわ、貴女」

「そう?」

「えぇ、何があっても今夜の事は誰にも言わないし、必要ならば手を貸しもしましょう」

「助かる」


 そうして、手を回して待ち受けた小さな勇者様は、それはもうあたくしの心をしっかりと掴んでくれたのだった。

 あたくし自身の外も内も全てであたくしをみてくれる勇者様。

 オルトレート卿に連れていかれて、オッソもペリオンも居なくなった部屋で、通信を繋げる。


『お父様?』

『アイリス、決めたのかい?』

『えぇ、あの方のお力になって差し上げたいわ』

『……そうか。お前がそう決めたなら応援するよ。頑張りなさい』

『有難う、お父様』


 さて、根回しはこれでヨシ。

 後はお父様が何とかして下さる。


 外で待機してるイシュカを呼びつけて、ペリオンを呼んでもらう。


「お嬢様、少々、立て込んでいますので、お時間を頂きたく思います」

「あら、どうしたの?」

「……端的に申しまして、ペリオン様がボラ様に泣きついてますので、今は無理かと」

「いいわ、あたくしが行きます」


 何がどうなったらペリオンがボラに泣きつく状況になるのかわからないが、あたくしが間に入って収まるならそれはそれで悪いことではないだろう。

 何より今のあたくしは気分がいい。

 護衛達の諍いを止めたとなれば、ユウトさんの覚えも良くなるだろうという打算もある。


 そう思っていたのだけど……


「ボラ様ぁっ! 私を助けると思って!!」

「自業自得だろうがってんだ! おもしれーから死んでこいよ、お姫様ぁ!」

「お姫様じゃないの知ってるくせにぃぃっ!!」

「知らねぇナァ? 身分隠してっからかなぁ」

「隠す身分なんて持ち合わせてませんってばぁ!」


「これはどういう状況なのかしら」


 ポツリと呟いた言葉はことのほか響いた。


「アイリス様っ! 助けて下さいっ!」

「何から助ければいいのか分からないわ」

「ボラ様が私を殺そうとするんです!」

「おだやかじゃないわね……」


 殺そうとする事とその相手に縋り付いて助けを求める事の関連性が全く分からないのだけど。


「おぅ、アイリス。お前もひと口噛め」

「ボラ? 話が分からないのに乗るも何もないわよ?」


 話を聞いてみればなんのことはない。

 ペリオンが恥をかいて、社会的に死ぬかどうかの瀬戸際と。


「この後の会食に私が護衛でいたら、死んでしまいます!」

「それで、ボラに変わってもらいたいわけね」

「そうなんです! それなのに悪ノリしたボラ様は面白がって代わってくれませんし、私どうしたらいいか……」

「……いいわ、周辺警護はイシュカを代わりに出します」

「アイリス様っ!」

「おいおい、いくらイシュカとはいえ勝手にしていいのか?」


 訝しげにこちらを見るボラに最高の笑顔で問題ないと伝える。

 これで丸く収まるのだから安いものだ。

 もしも何か責任問題が発生したらあたくしが全力で揉み消そう。

 だから任せて貰いたい。


「元近衛のイシュカを臨時で貸し出します。ペリオンはその間、あたくしの侍女よ。事後承諾になりますが、緊急措置としてオルトレート卿に通達をします。よろしくて?」


 ボラが引き攣った顔で了解とか言ってますが、誰もが納得の解決策だと思いますね。

 イシュカには面倒をかけますが。


「アイリス様、有難う御座います!」

「構わないわ、ただの八つ当たりだもの」

「はい?」

「イシュカ、そういう事だから、ごめんなさいね。少しあたくしの我儘に振り回されて頂戴?」

「畏まりました」


 天を仰いでいるオッソも同罪だわ。

 止めなかったのだもの。


「オッソ? 着替えをするから外に出ておいてくださる? それと、各騎士に混乱のないように通達を、文書は──」

「こちらに」

「──有難う。……これを持ちなさい」


 そういってさっと書き付けた文書を持たせて外に追い出すと、さっさと着替えを済ませてしまう。

 騎士服もメイド服も一人で着替えられないと意味が無いので、こういった時は楽でいい。


「さ、じゃあ行きましょうか」

「はい! アイリスお嬢様」

「あら、ノリがいいわね」

「これでなんの憂いもありませんから! どこへなりともお供しますよ、アイリスお嬢様」


 晴れやかな全開笑顔で全てを後回しに出来たと喜ぶペリオンだが、あたくしは少し嫉妬しているのだ。


「それじゃ、食堂へ行きましょうか」

「はい! 食堂へ行き……へ?」

「食堂へ行くわよ?」

「な、なんで、食堂に……!?」


 一瞬で蒼白になるペリオンだが、もう遅い。


「あたくし、ユウトさんの講師役を引き受けましたから、この後の会食で、ご挨拶しますから」

「は……?」

「オマエ、馬鹿だなぁ……アイリスがあんな笑顔でいたら、そりゃ、何かよからぬ事を考えてんに決まってんだろ」

「アイリス様、じょうだんですよね?」

「ペリオン。貴女さっきあたくしにお願いしていたじゃない。護衛は嫌だって。ですから護衛から外して差し上げたでしょう?」

「はい〜……」

「それであたくしの侍女になるって喜んでいたわね」

「その、とおりです……」

「じゃあ、あたくしの行く所に着いてきてくれませんと」


 ポンっと手を叩いてにこやかに教えてあげたらペリオンが崩れ落ちた。


「アイリス様、教えて下さい」

「なにかしら?」

「私、何かアイリス様の気に障るようなことを?」

「あたくしね、さっき妖精のお姫様みたいだってユウトさんに褒めて頂けたじゃない?」

「はい」


「あたくしよりも先にお姫様って言われてたとか、ちょっとずるいわよね?」


「ズルくないですからっ!」

「ですから、マナリス殿下には悪いですけど、二人でユウトさんにお姫様扱いしてもらいましょう?」

「嫌ですよっ! 私はそれが嫌で逃げたかったのに、アイリス様と並んでお姫様扱いとか、私見劣りするに決まってるじゃないですかー!! うわーん!!」


 ついに泣いてしまったペリオンだが、あたくしは救ってあげてるつもりなのに、どうして泣いているのかしら。


「もう……どうして泣くのかしら」

「アイリス様には分かりませんよぅ!」

「からかわれるのがイヤなのでしょう?」

「そーですよー! ただでさえ、この前ので痛い女だって笑われてるのに、アイリス様と並んでお姫様扱いなんてされたら私生きていけません!!」


「それは違うわよ?」


「ぐすっ……何がですか……?」


 泣いて酷い顔になっているペリオンの顔を拭いてやりながら、諭すようにゆっくり聞かせる。


「貴女は平民よね?」

「そうです」

「貴女よりも年上のあたくしがそばにいるのに、平民だからって、お姫様扱いとか痛い女だ、みたいな言葉があると思うの?」

「あ……」

「もしもそんな事を言えば、貴女ではなくあたくしを侮辱したことになってしまうわ。でしょう?」

「はい……」

「だから、あたくしの傍に居なさいな。そうしてユウトさんと一緒にお話をしましょう。ユウトさんなら、他の女性にだって優しくされるでしょう? 違うかしら?」

「違いません……」

「ほら、それを見たら、ペリオンだけが特別じゃないわ。みんなから、からかわれることも少なくなるわよ」


 ね? だから笑って?


 優しく頭を撫でてあげれば、ペリオンもようやく笑顔であたくしに接してくれた。

 泣いて腫れてしまった顔を少し冷やして、軽く化粧をしてあげれば、可愛いペリオンの出来上がりだ。


 ユウトさんに見つかる前に食堂に移動しておきたいし、後はボラに任せてしまおう。


「じゃあ、ボラ、後はお願いね?」

「あぁ、わかったわかった」


(オマエはホント、えげつねぇな)

(なんのことかしら?)

(侍女になってまでユウトに近づく痛い女の出来上がりじゃねえかよ)

(あら、ほんとだわ……)

(白々しい……)

(大丈夫よ、あたくしに手抜かりはないわ)


 だって、オッソに持たせた文書にはこう書いてあるのだもの。


『ペリオンたっての希望により、一日侍女となる事を了承されたし。なおこの“お仕置き”は、今日で終了するものとし、翌日以降への遺恨を残すべからず

  アイリス・ヴァエ・メ・ファルトゥナ』


 これで、昨日にあったものも同じものだと認識されるはずだ。

 まぁ、ナニカをやらかしてしまったのだろうと言う疑惑は残るだろうが、それはそれ、これはこれ。


 それでもからかう者はいなくなる事はないだろうが、公爵家に楯突いてまで執拗にからかう者はいないだろう。


 ユウトさんの傍に暗い顔をしてる者を置いておけば、優しいあの方はきっと気にされるだろうから、これでいいのだ。




このアイリス様は、ペリオンさんを出す為の端役だったはずなのですが、いつの間にかグイグイと前に来てしまいました。

(いぢられキャラのペリオンさんを出す為に名前だけしかなかったと誰が思うでしょうか)

これも美人パワー


先に書き溜めた分はこれで終わりなので、ストックがこの10日でいくつ出来てるかは謎

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