裏野ドリームランドの魅入られ鏡。
夏の特番。
廃園になった遊園地に今人気のアイドルが体当たり潜入!!
まぁ、企画はいいんじゃない?でも私じゃないでしょう。
この企画を貰ったとき、私にこの企画を打診するなんてあり得ないと思った。私は確かに今、超人気のアイドルだけど心霊企画を請け負うようなB級じゃない。私はマネージャーを通して即座に断った。だって私にはもっとキラキラした場所が似合うもの。心霊なんて柄じゃない。
断ってから数日、偶然に打診してきたディレクターの話を聞いてしまう。
「如月悠里からお断りが来たよ。やっぱり駄目だった。いいと思ったんだけどな。如月はお高いから。後釜に売り出し中の宇田由香に打診したらほぼ決まりそうだ。多少の霊感もあるらしいし、演技には定評がある。これは如月サイドにはオフレコだけど、この企画が上手く行けば映画の主演が決定かも知れないしな。如月悠里は可愛いけど演技力はゼロだし我が儘だし、見た目が落ちても努力家で礼儀正しい宇田由香の方が扱いやすいだろう。」
宇田由香。
確か去年、番組の企画で共演したアイドル。売れてる売れてないで分かれて宇田由香は売れてないグループだった。地味でパッとしないのにがっつきがちで鼻についたからコテンパンにこき下ろしてやったっけ。そんな子が映画の主演?ふざけんじゃないわよ。それに私が我が儘?そんなわけないじゃない。みんな私の意見を聞いてくれるから、それに嫌かどうかはっきり答えているだけ。我が儘とは違うし。演技だって最近はレッスンを受けてメキメキ上達したって褒めてもらえてるんだから。知りもしないくせに演技力ゼロだなんて決め付けないで欲しい。
後日マネージャーを通して特番を受ける意思をディレクターに伝えた。ほぼ出演者は宇田由香に決まっていたらしいけれど私が手を挙げたらあっさり交代された。いい気味。B級アイドルの分際ででしゃばるんじゃないわよ。映画の主演は渡さない。
出演依頼の詳細は自宅に郵送で届いた。7月20日、裏野ドリームランド前に19時集合。おひとりで起こし下さい。尚、事務所、マネージャーには撮影終了まで報告はお控え下さい。事務所に事後報告だなんて珍しい依頼だと思ったけれど、あのディレクターならやりかねない企画だ。ディレクターの日高は斬新なやり口で最近ヒットを飛ばしている。そして日高の企画した番組に出演したタレントは必ず売れる。いちどは断った企画だけれど受けて正解だったかも知れない。アイドルからのステップアップに利用出来るだろう。映画に主演が決まれば女優への道も拓けるはずだ。
指定された日、ディレクターに指示された通り、ひとりで裏野ドリームランドに向かった。閉園された遊園地は雑草が伸びて荒れ放題で少し怖い感じがした。閉ざされたままの入り口で待っているとピンクの被り物のウサギが現れた。手にはホワイトボードとマジック。いきなりホワイトボードに書き殴る。
『スマートフォンは持っていますか?』
「持ってるけど何?」
『ではスマートフォンの録画機能を使って撮影して貰います。この撮影にカメラマンは付きません。番組は全て如月さんのスマートフォンでの撮影となります。それとこれをどうぞ。』
懐中電灯を渡される。
「えっ?灯りはこれだけ?っていうか今は普通に喋っても良くない?気持ち悪いんだけど。」
『僕は喋ってはいけない。臨場感を増すために。ディレクターからの指示です。』
「そう。じゃぁ仕方ないわね。」
スマートフォンの録画機能を起動させる。画面を自分に向けて可愛く見える角度で撮影。
「こんばんわぁ。如月悠里でぇす。今日は、閉園された裏野ドリームランドに来ています。みんなも怖い噂、聞いているよね?その噂を実証するために今から悠里のスマートフォンで撮影を進めていきたいと思いまぁす。相方はピンクのウサギちゃんでーす。えっと名前は?」
『ロバート』
ピンクのウサギはホワイトボードを向けてくる。
「ロバート君でぇす。今日は2人でドリームランドの謎を解明していこうと思いまぁす。えっと先ずは。。。」
『観覧車』
「観覧車です。あっ、ロバート君が裏野ドリームランドの入り口を開けてくれてまぁす。頑張れぇ。」
コミカルな動きで入り口の扉を開けるロバート君。お笑い芸人でも入っているのだろうか?入り口を開け放つとおいでおいでの仕草を見せる。
「開きましたぁ。ロバート君はとっても頼りになるウサギちゃんでぇす。早速観覧車へ向かいまぁす。園内はとても暗いですね。灯りが懐中電灯だけなので怖さ倍増でぇす。えっ、あ、きゃぁっ!!」
懐中電灯だけを頼りに暗がりを歩くのはなかなか大変で、何かに躓き転びそうになった。体が傾きそうになったとき、腕を取られ元に戻された。ロバート君が転ばないように引き上げてくれてホワイトボードに『可愛い顔に傷が付いたら大変!!気を付けて』と書いたメッセージを見せてきた。なかなか分かってるじゃない。気を取り直して撮影を続ける。
「今、転びそうになっちゃったけど、悠里は無事でぇす。傷ひとつありません。みんな心配しないでねぇ。ところで今、向かっている観覧車は近くを通ると助けてって声が聞こえてくるんだって。本当かなぁ?悠里とロバート君で検証してみたいと思いまぁす。」
懐中電灯の灯りを右に左に動かし観覧車への道筋を辿る。ぼんやりと照らされて観覧車のゴンドラが現れた。
「観覧車が現れましたぁ。ここに来るまで声らしい声は聞こえて来ませんでしたぁ。って訳で観覧車の説は迷信でしたぁ。あっ、ロバート君がホワイトボードに何か書いてます。ちょっと待ってね。」
『これじゃパンチが足りないので思い切ってゴンドラに乗り込んでみよう』
えっ、マジで言ってんのかこのウサギ。嫌なんだけど。
拒否しようとしたときには、ロバート君は観覧車に向かって走り出し、扉がもぎ取れるんじゃないかと思うほどガチャガチャと扉を引っ張っていた。足まで引っ掛けてゴンドラの扉を引いたとき扉が開いてロバート君が足元まで転がり落ちてきた。
「大丈夫?っていうか乗るのは嫌なんだけど。」
『インパクトのある映像はそのまま映画の本編で使用されるそうです』
そう書かれたホワイトボードを見せられたら断るわけにはいかない。それに映画の本編に使われるって事は私の主演は約束されたも同然だ。覚悟を決めて、長い間風雨にさらされ朽ち始めたゴンドラに乗り込むと、ミシミシと嫌な音が響いた。先に乗り込んでいたロバート君に促され対面に座る。私が腰を下ろす場所にはさり気なくシートが敷かれている。なかなか出来たウサギだ。
『扉を軽く閉めてみます』
開かなくなると流石に困るので厚みのある段ボールの切れ端をドア下に挟み、ロバート君が開かないように軽く扉を引き寄せた姿勢で座る。
「今、扉を軽く閉じた状態でぇす。何も聞こえないし、見えないですねぇ。たまに風が吹き抜けていく感じが不気味と言えば不気味だけど。あと目の前のロバート君がちょっと変でぇす。」
開いた方の手で懐中電灯を下から照らし被り物のウサギの顔を闇に浮き上がらせている。表情のないウサギの被り物は少し怖さを醸し出した。しっかりと録画しておく。5、6分経過しても何も起きる様子はない。ロバート君は諦めたように扉を離しホワイトボードを手にした。
『少し休憩しましょう』
「そうね。あなたも喋ればいいのに。」
『いい作品を撮るために僕の設定は崩せません。』
「あっそ。」
シラケた空気を察してか、持ち歩いていたバッグの中から私の好きな飲み物と菓子パンを出して渡してくれる。ついでにお絞りも。ずいぶん気遣いの出来るウサギだ。本当に中身は誰が入っているんだろう。お笑い芸人ではなさそうだ。
「ねぇ、休憩ついでに聞くんだけどあなた誰?タレント?」
ロバート君は違う違うと言うように手を払った。
「じゃぁ、AD?」
うんうんと首を振る。
「ADかぁ。大変でしょう?」
うんうん。激しく首を振る様子をみていい案を思いついた。
「あなたさぁ、ADなんて辞めて悠里のマネージャーにならない?」
『もう居るじゃないですか』
「居てもいいの。今のマネージャーも、もう飽きたし悠里が言えば大抵の事は聞いてもらえるから。あなた気が利くし、なかなか面白いから気に入っちゃった。」
『流石の超人気アイドルですね』
気分が良くなってきた。着ぐるみだからなのか話しやすい気がして色々話したくなってしまう。
「だって、悠里可愛いから。100年に一度の逸材だって話題だし。こんな子を目の前にしたら誰だって言うこと聞いちゃうじゃない?つい最近もね、ふふふっ。」
ロバート君は何?と言うようにジェスチャーで訴えてくる。もはやホワイトボードを使うのも、もどかしいらしい。
「じゃぁ、教えてあげる。悠里ね、この企画を打診されていちどは断ってるの。心霊企画なんて売れてない子達の仕事だと思ってたから。そういう子にチャンスを分けてあげるのもトップアイドルの優しさじゃない?でも聞いちゃったんだよね。この番組が映画とのタイアップ企画だって。悠里が断ったら後釜に宇田由香が打診されてるっって聞いて速攻奪い返したわよ。宇田由香って知ってる?」
いやいやとかぶりを振るロバート君。
「すっごい地味でパッとしない子。はっきり言ってブス。演技力は評価されてるって話だけど、私だってレッスン頑張ってるし、何より見た目がね。雲泥の差。ほぼ宇田由香で決まりかけてたらしいけど、やっぱり出演しますって言ったらコロッと変更されたの。本当にすっごくいい気味。周りのスタッフもみんな私が適任だって言ってくれたわ。宇田由香じゃ、番組も映画も話題性に欠けるって。その点悠里は完璧だって。結果的に私の存在がみんなの救世主になったわけ。宇田由香にも感謝してもらわなきゃね。大コケして恥をかかなくて済んだんだから。あははっ。」
私の笑う様子を見てロバート君もお腹を抱えて笑う仕草を見せながらホワイトボードをこちらに向ける。
『如月さんに代わって良かった。映画、とても楽しみです。ヒット間違い無しですね。そして女優へのステップアップも』
本当に誰が入っているんだろう?妙に波長が合うというか一緒に居て心地良い。正直、異性の見た目なんてどうでも良かった。大事なのは私を崇めてくれるかどうか。綺麗、可愛い、美しいそういう言葉を投げかけてくれる異性であれば誰でもいい。男性タレントなんてナルシストが多くて正直却下だった。その点ロバート君はナルシストという心配は無さそうだ。新しいマネージャーというポジションに置いて恋人関係に持ち込めば怪しまれることもない。おまけに映画の主演の確約。完全に運気が自分に向いてきた。
しばらくするとロバート君が時間を気にする仕草を見せた。ホワイトボードを持ち出し何かを書き出し掲げる。
『そろそろ次のアトラクションに行きましょう』
「次ってどこ?」
『ミラーハウス』
「OK、分かったわ。」
スマートフォンの動画を起動させ観覧車から飛び降り、荒廃の進む園内を突き進むとミラーハウスが現れた。ロバート君の後ろを側面に沿って歩き、入り口に辿り着く。すんなりと中に入れた。ハウスの中に張り巡らされた鏡に私とロバート君が無数に映り平衡感覚を失いそうになる。鏡に反射した懐中電灯の灯りは眩しいほどの跳ね返りを見せ恐ろしさで足が竦んだ。
「悠里、本当に怖いかも。足が進まない。ロバート君、違うアトラクションで撮影しない?メリーゴーランドとか。」
『ここが1番の見せ場です。ミラーハウスはインパクトがありますから』
そう言われれば確かにミラーハウスのインパクトは大きく、劇中で使われる可能性は高い。ここで逃げずに踏み込めばいい画が撮れるだろう。覚悟を決めた。
「みんな、観覧車は何も起きなくて拍子抜けだったよね?悠里は今、ミラーハウスに居ます。見てこの映像。悠里とロバート君が無数に映り込んでてめっちゃ怖いです。ミラーハウスの中は迷路みたいになっていて全容がよく分かりません。ロバート君と一緒に彷徨ってまぁす。」
闇の中を鏡の壁伝いに歩き回る。途中で急に先を歩いていたロバート君が消えた。
「嘘っ。ロバート君!!」
恐怖で声を張り上げる。次の瞬間ぐるりとロバート君が戻ってきた。どうやら回転扉らしい。ロバート君がおいでおいでと手招く。後について回転扉をぐるりとくぐる。そこは広い空間のようだった。
『照らして』
ロバート君が自分の分の懐中電灯も私に預けてくる。スマートフォンに懐中電灯2本を持ち言われたとおりに照らす。黒いラインがぼんやり見える。ロバート君は持ってきていたバッグからガサガサと何か取り出した。黒いラインを辿りしゃがみ込む。ぼんやりと灯りがともりそれがキャンドルだと分かる。ひとつ、ふたつと灯りが増えていき黒いラインの全容が現れる。
六芒星。
真ん中には玉座に乗せられたひび割れた古めかしい鏡が乗せられている。ロバート君は私達が入ってきた回転扉に戻りカチャリと鍵を掛けた。振り返り戻りながらウサ耳に手をかける。ズリズリと引っ張られ中身が現れ、グシャグシャと髪を掻き乱しロングヘアが乱れ散る。灯りに照らされ現れた顔は宇田由香だった。ひたひたと近寄り笑みを浮かべる。
「驚いたでしょう?殺しはしないから安心して。」
私は後ずさり激しく鏡に体を打ち付ける。
「そんなに怖がらないで。大事な顔に傷が付いちゃうじゃない。こっちよ。」
宇田由香に強引に腕を引かれひび割れた鏡の前に引き寄せられる。鏡に2人の姿が写ったとき胸を抉られるような激しい痛みが襲ってきて頭が真っ白になった。
「か。由香。聞こえるか?由香。」
見知らぬ名前を連呼され目覚める。
浮かび上がる白壁に浮かび上がる知らない顔。
「社長、目覚めたみたいです。」
掛け声と共に怒号が響く。
「お前、何て事してくれたんだ!!」
「えっ?」
「見て見ろ!!」
社長と呼ばれた男性が傍にあったテレビの電源を入れる。そこには私が沢山の取材陣に囲まれ、けたたましいフラッシュを浴びて映っていた。
「えっ?」
テレビに映る私はもの凄く神妙な顔で取材を受けている。
「今回の件は、如月さん自身に責任があるとのことですが本当ですか?」
「はい。今回の件は全て私の責任だと受け止めております。私の我が儘が最悪の事件を招いてしまいました。1度はお断りした仕事を映画のタイアップ企画だと知り、ほぼ決まっていた宇田由香さんから奪い返してしまったのです。大変申し訳ないことをしました。」
「この件について宇田由香さんを罪に問う事はしないと聞きましたが本当ですか?」
「はい。全ての原因は私にあります。私の我が儘のせいです。これからは私自身も心を入れ替え驕り高ぶる事無く仕事に励んでいきたいと思います。」
話しながらすうっと涙が頬を伝う。その瞬間沢山のフラッシュが焚かれた。自分の姿ながら見入ってしまう程美しかった。しかし、不思議な事に会見を開いた記憶が一切ない。
「悠里、こんな会見開いた記憶ないんだけど。それにここはどこであなた達は誰?それから宇田由香はどうなったの?」
「お前、何を言ってるんだ?これだけの騒ぎを起こしておきながら何をふざけているんだ!!」
「はぁ、おじさん、誰に偉そうに喋ってるの?まじキモイ。早く消えてよ。目障りなんだけど。」
「由香!社長になんて口をきくの!!ここにこうして匿われているのも社長のお陰なのに。」
話が全くかみ合わず、さっきから由香と呼ばれていることに不安を感じた。
「鏡を貸して。」
渡された鏡を覗き込むと、そこには宇田由香が映っていた。
「嫌ぁぁぁっ!!」
渡された鏡を壁に投げ付け割り砕く。
「どうしたんだ?」
「こんなの、こんなの私じゃない。悠里に戻して!!鏡だわ。あの鏡のせい。」
ミラーハウスの噂を思い出した。中に入った人物が別人のようになって出てくる。魅入られ鏡があったという。正に今、悠里と宇田由香はソックリ中身が入れ替わって、悠里を手に入れた宇田由香はその演技力を活かし悲劇のヒロインを演じている。私は宇田由香に嵌められたんだ。
「スマートフォンを出して。」
宇田由香の持ち物のスマートフォンを渡される。
「これじゃない。悠里の悠里のスマートフォンを出して!!あれに全ての証拠が動画で残されているから!!」
「由香、お前達の持ち物は全て警察にチェックされているよ。もちろんスマートフォンもだ。怪しい記録は無かったとこうして戻されて来たんだ。それより問題はお前が送った企画書だ。マネージャーにも事務所にも報告せずひとりで来いなんて一体何を考えて送ったんだ。これはもう犯罪だぞ!!分かっているのか?」
「違うの、違うの。本当に違うの。私は、由香じゃない。」
付けたままのテレビ画面から如月悠里は消え、見知らぬ男性が壇上に現れた。
「私は、裏野ドリームランドの所有者の裏野義明と申します。閉園して15年。ずっと放置しておりまして今回このような騒ぎを起こしてしまいました。私の方にも責任があると感じております。今回の事件を重く受け止め、裏野ドリームランドは建て壊し更地に戻す事に致しました。一ヶ月以内には全てのアトラクションが無くなります。まず初めに今回の事件が起きたミラーハウスから早速、今日から崩しに掛かっております。皆様にはご迷惑をお掛けしますが何卒宜しくお願い致します。」
「いやぁぁっ!!嘘っ。建て壊しなんてしたら戻れなくなるじゃない。やめてぇ!!」
「宇田さんどうしましたか?」
白衣姿の男性が部屋に走り込んでくる。
「目覚めてからずっと取り乱していて手が付けられなくなっているんです。」
社長と呼ばれている男性が状況を説明する。
「そうですか。では、安定剤を打ちましょう。落ち着きますから。」
「嫌、やめて。私はおかしくない!!おかしくないの!!」
複数の男性に体を押さえ込まれ、安定剤を注入される。
薄れ行く意識の中でもう元には戻れないことを確信した。
私は美しさを奪われ、中身は何も持たない空っぽの如月悠里のまま宇田由香の肉体に閉じ込められてしまったのだ。