第三話 Mediocre boys and girls crashing
「斉藤! おい斉藤!!」
――ん? 俺はどうして気を失っていたんだ?
それにその声と、顔は・・・・・・。
「松田か・・・・・・。俺はどうなっていた?」
「ダリルの野郎の血と何か臭えモンの上に俯せになって倒れてた」
――血、吐瀉物、死体・・・・・・。
「うっ!!」
俺が倒れる前の行動が一瞬にして、俺の頭を過ぎった。
俺はダリル・デクスターを、唐竹割りで真っ二つに斬った記憶と。
死体の出血と、あまりにもグロデスクな内臓を見て、拒否反応を起こし、嘔吐して倒れたという記憶を。
あの死体を思い出した俺を、再び強い吐き気が襲った。
だが俺の仮想の胃袋に詰まっているものは何もなく、胃液のみが流れ出そうになるが、必死に怺える。
「大丈夫か!? 死体がダメなのに、オメェ何故?」
松田は俺の腰を摩りながら言う。
俺は吐き気が収まったのを確認してから、静かに呟く。
「終わらせる為には、仕方ないだろ・・・・・・。お前も凶悪殺人犯なら分かるだろ?
自分が目指すものの為には、手段なんて選んでられないんだ。
例えそれが、自分にとって過酷だったとしてもな」
まだ痛む頭を右掌で押さえながら、ふらふらと立ち上がる。
次こそアサミ――北条朝美の首を斬る為に。
生存者 八人 ◇◇◇
私――北条朝美は草むらに隠れて休んでいた。
先程まで全速力で駆けていたのだが、もう体力の限界が来ていた。
やはり、私はこの世界では無力と言わざるを得ない。
普段やっていたVRゲームとは違い、この世界の体力は現実基準。アビリティが偶然にもゲームのアサミと同じとは言え、世界ランク二位とまで言われた実力からは遙か遠い。
このままだと、多分死ぬ。
私をこの世界に召喚した奴の手によって、家族にも会えずに死ぬだろう。
だけど、斉藤だって人を殺すべきか迷っている筈だ。
動かねば。誰かに任せちゃダメだ。
息を吸ってから思い切り吐き出し、そのまま立ち上がる。
その時。
刃物が木を切った時のような音が、前方から私の耳に響く。
私を隠していた木の根や葉が目の前でバラバラになり、その奥から白銀の片手剣を持つ少年が現れた。
だがその剣には既に、血痕が付着している。
!?
「斉藤、君?」
殺してしまったのか、とは聞かなかった。
私は彼が近づく度に後ずさりながら、右拳を握り、思考でアビリティを発動させる。
「無駄だ。俺がその両腕を切断すればよいだけの話だ」
両腕を失うことへの恐怖に駆られ、後退速度が速くなるが、逆に命も奪わんと追い詰めようとする斉藤の歩行速度が遅くなっていた。
どこか苦しそうな表情を浮かべながら、彼は剣を握っていない左手で口を押さえ始める。
――もしかして。
「まさか君、内蔵が苦手なのに無理して人を殺そうとしているの?」
今にも吐きそうな声で、彼が口を開く。
「お前は分かってない。自分に出来るか出来ないかなど関係無い。目的の為なら、時にそれを乗り越えねばならんのだ。
血が苦手とか内蔵を見るのが無理とか、そんな言葉はこの極限状態では仇さ。
だから俺は、例え全滅しようともこのゲームを終わらせてみせる。
そして、それを邪魔するお前を斬る」
斉藤は片手剣を掲げ、そのまま勢いよく振り下ろした。
私はそれを横に転がって躱し、立ち上がる。
「何故俺の邪魔をする? アサミ」
「これ以上誰も殺させない! キミや松田さんも救って、皆で帰るんだ!!」
「無駄だ。何を言おうと《裏切り者》は俺達を殺す。
もう俺達に人を殺す以外、勝ち目はない。
どうしてもお前の道を進むと言うなら、俺を殺してみろ」
斉藤が片手剣の切っ先を私に向け、連続突きを放つ。
相手も私と同じただの高校生である筈なのに、何故か動きは一流の剣士のように見えた。
「言ったでしょ! 私は誰も殺さない!」
斉藤の攻撃はまだ続いた。連続突きが終わってから、斉藤は剣を振り上げて、私の右肩に向かって単発の重攻撃を放つ。
その素早い斬撃を、私はどうにか炎を纏う籠手を装着した左手で受け止め、上に向かって弾く。
斉藤はそれによって体勢を崩す。
私は右拳を握ってから、弾丸の如くその腹に向かって突き出した。
斉藤は剣を握ったまま木に激突するが、すぐに立ち上がる。
「中々やるな。歴戦の軍人たる奴を殺した俺と、互角にやり合うなど」
「私だって不思議よ。確かに私はVRゲーマーの中ではトップに近いけど、現実じゃ無力な女子高生でしかない。なのに、まるで本物の剣士みたいなキミと互角に渡り合えるなんてね」
軍人ということは、死んだのはダリルだろうか。
私は一瞬だけ目を瞑ってから、再び力強く開く。
もしかしたらこのバトルも、ゲームみたいに上手くいくかも知れない。
だがその油断が、命取りになった。
彼の剣が、思い切り私の左足に突き刺さる。
「ぐっ・・・・・・」
今まで感じたことのない痛みが伝わり、思わず苦痛の声を漏らす。
そのまま彼は左拳で私の顔面を殴り、その勢いで無理矢理左足から剣が抜けて吹き飛ばされる。
刃物が無理矢理抜ける感覚は、予想以上に痛かった。
背中から木に激突し、剣を突き刺される程ではないがもの凄い痛みを感じる。
私は全身から力が抜けるのを感じながら、重い瞼が閉じようとするのを必死に止めようとするがそれは無駄だった。
死にたくないから、やめてと斉藤に言う前に、意識が暗転した。
お久しぶりです。松野心夜です。
汝は裏切り者なりや? 第三話をお届けします。
正直、戦闘に関しては素人である筈の普通の高校生がここまで凄い戦いをやっていいのかと、個人的に思いましたが、まあラノベの『普通の高校生』とか『平凡な少年』という肩書きは後々嘘になっていくか、最初から大嘘の場合が多いので良いでしょうということで採用しました。
次回は、浅井三姉妹のバカな日常でも登場したキャラに出て貰おうと思います。
例の、劣化版希望厨を。