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雨が降る

とある新入生歓迎コンパ。ペースケの前にシャオと呼ばれる女の子が現れた。



ペースケにとってその日はとても運命的な日になった。


ペースケはその日のうち酔った勢いでシャオに告白した。

翌日ペースケからそう聞いた僕は驚いた。まさかそこまで状況が進んでいたとは思わなかった。

シャオがそのときどういうつもりでそう言ったのかはわからない。僕はあきれた顔をしている裏方で少しの焦りを感じていた。


 

その気になったペースケはシャオと出会った新歓から数日たったあと、もう一度改めてシャオに告白しなおした。

その日は朝から弱い雨が降っていた。夏が来るのを忘れてしまうくらいつめたい雨粒が厚い灰色の雲からしんしんと降り続けていた。


ペースケは告白して告白されたというその事実を確認しないわけにはいかなかった。

酔いに任せて出してしまった文句が自分自身を責め、逆に消極的にさせていた。

ペースケに対する彼女の反応はその日の天気のように冷たく、そして重かった。


「酔った勢いで告白したんでしょ。ペースケ君て軽く見えるし…」


シャオにそう言われたペースケはひどく傷ついた。

当時金髪だったペースケは確かに外見からすると軽い男に見えた。けれどその中身は恐ろしく時代遅れで幼かった。

一番身近にいたはずの僕ですらそのことに気づいたのはまだだいぶ後になってからの話だった。

そのシャオの返答を聞いたとき、僕はなにか嫌な予感がした。ペースケは言った。



「まだ4月だよ」



予感どおり、彼とシャオとの間の誤解は日増しに大きくなり、さらにその誤解に時の経過が力を加え、想像がたされ、希望を含み、気づいたときにはあともどりできないところまでふくらんでいた。



破裂寸前だった。




渦巻く4月の新歓シーズンも終わり、周りの新入生たちも落ち着きを見せ始めた。

希望は現実となり、残った希望は数多くの疑問を生み出していった。


その頃の僕はペースケとゆっくり話す機会もなかった。

はじめたデニーズのバイトは人手不足で忙しく、放課後の時間と休日の時間のほとんどはシステマティックに設計された全国チェーン店の厨房で冷凍食品を解凍し、野菜をいため、ハンバーグを焼いてすごした。

連休中ですらバイトに明け暮れた。

だから僕の中でペースケとシャオのことはもうすでに過去の一幕となり、忘れ始めてすらいた。そんな5月はあっという間に過ぎた。


6月は生活に余裕ができ、4月にストックした友達と遊びまわった。

自分に何かを与えてくれそうな友達とは引き続き関係を維持し、影響をあたえてくれそうにない友達とはどんどんとその関係を絶っていった。

4月のわずか1ヶ月で高校時代までの倍以上になったケータイのアドレス帳のなかには顔も覚えてないような名前も多かった。

内容のない友人はいらない。

僕は5月中に100近くあった新規登録アドレスの半分以上を削除した。




その男はカンパと呼ばれていた。

僕とは名前も忘れたどっかのサークルの新歓コンパで知り合い、そこで意気投合して以来、校舎内で会うたびに足を止めて話をする仲になっていた。

彼は不思議な男だった。

一種オーラみたいなものを体全体から感じ取ることが出来た。

髪は長くない程度でやや茶色、うねるようなパーマをかけ、黒縁のメガネと裏原系のラフでファッショナブルな格好が妙に似合う男だった。


彼も僕と同じ地方出身者だった。


カンパは僕とは違う人間だった。

初めてあったときからそういうような感覚があった。

カンパと僕の思考回路はあらゆる点において異なっていた。彼の思考回路は僕には想像すら出来なかった。

彼は人の思っていることを読み取るのが非常にうまかった。

時折本当に人の心がわかっているのではないかと思ったほどだった。そのときもカンパはこう言った。


「友達に内容ってあるのかな」


あまりにカンパがさらりと言ったからか、それとも僕自身の声かと一瞬疑ったからかどうかはわからないが、僕はその言葉の恐ろしさを、少したつまで気付くことが出来なかった。彼は続けた。


「内容は求めるより、埋めつけるような気もするよね」





6月の上旬、僕は一人の女の子と付き合うようになった。

ユッケという同じ学科の女の子で、4月下旬のクラスコンパをきっかけにメールをはじめ、授業前後に会うようになり、何度か二人で遊びに行った。

1ヶ月ほどそれを続け、付き合うまでになった。

文学科のクラスコンパの幹事は僕ともう一人でやった。彼は一浪生でほっそりしていて背が高く、いつもオシャレな格好をしていた男だった。


はじめから外見でユッケに目をつけていた僕は、企画と居酒屋の選定・予約、コンパの進行を引き受ける替わりにもう一人の幹事にクラスメイト全員のアドレス整理と連絡役を押し付け、コンパ中ユッケにドレスを聞くシチュエーションを失わないようにした。


もう一人の優しい幹事はそんな僕の行動のウラを十分気付きながらも、ニヤつくだけであえて何も聞いてこなかった。

席を自由に動けるという幹事の特権は貴重だった。

みんなに気を配るフリをしつつユッケに何回か話しかけ、アドレスを聞きだした。


彼女を2次会へ誘うこともできた。

クラスコンパのあいだ、ペースケともう一人の幹事はそんな僕をずっとニヤつきながら眺めていた。


お互い様だろ。

僕は目で二人にニヤつき返した。クラスコンパはすべてがうまくいき、その夜ユッケのほうから僕にメールが来た。


僕はユッケとメールをしつつ、もう一人の女の子ともメールを続けていた。

ペースケも当然そんな感じだろうなと思っていた。

本人の口からもそんな内容の話を聞いていたし、僕よりはるかにルックスで上回るペースケならむしろそれが自然に思えた。5月の終わり、前年の蒸し暑さを思い出しつつある頃、唐突にペースケは僕に言った。



「シャオに会ってくる。」



彼女の名前をすでに忘れかけていた僕は驚いた。

あの新歓コンパ以来ペースケはひたすら彼女一人のことを想い続けていたらしい。

ペースケはこの前の告白から2週間ほどたったあと(連休の前頃だとおもう)ふたたび彼女に連絡をとって会う約束までした。


そのオーケイメールにうかれるペースケを見て、僕はまたあのいやな予感と暗い雨を連想した。



それからペースケとシャオの二人が一緒に大学の構内で歩いている姿を何回か見かけた。

はたからみればそれはもう立派なカップルだった。目撃者も多く、そのことがクラスの話題になることさえあった。ユッケにも


「ペースケ君て髪がこれくらいの女の子と付き合ってるでしょ?」


と聞かれたことがあった。

僕は答えをにごしながらテキトーにあいづちをうつことしかできなかった。

僕とユッケもこのころには授業の前に二人で噴水前のベンチで話をするのが当たり前の仲になっていた。

しかし僕の場合は白昼堂々のペースケとは違い、会う時間は1限か2限の授業前に限っていた。

もう一人のメールしていた女の子に見つかるわけにはいかなかったからだった。



僕がメールしていたもう一人の女の子とは選択授業のひとつで知り合った。

顔はユッケの方が僕の好みだったけれど、性格はもう一人のほうが好きだった。メールは2人とも好印象だったし、迷っている自分がいた。

しかし結局ユッケを選んだのは彼女の方が早くうまくいくだろうなという予感があったからだった。僕は楽をして彼女が作りたかった。危険な足掛けはしたくなかった。




ペースケの二度目の告白もやはり失敗した。




それを聞いたペースケは断られた事実に違いはないものの、その理由が自分の性格や性質に起因するものではないということに安堵し、彼はまだ望みがあるということを信じた。そして以前にも増して彼女に没頭していった。


その頃僕は何度か(ほんの少しだけれど)シャオと話をしたことがあった。

ペースケとシャオの出会った居酒屋にもいたし、僕とユッケが付き合ってからは校舎内でお互いのデートの最中に出くわしたりもしていたからだった。


でも、彼女との会話の中にペースケは出てこなかった。

彼女は意図的にペースケの話題を避けているのかのようにも見えた。

ペースケが次の告白に向けてコツコツと戦略を練っている間も、僕とユッケはつきあい続けた。

はじめ顔で選んだ子もだんだんとその性格をつかむことができるようになってきていた。


性格を知っていくその過程は面白かった。

いくつかの発見ごとに喜び、いくつかの発見ごとに失望した。積極的に見えた性格は思いのほか消極的で、自己主張が弱かった。



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