第九話
宴も終わりが近づき村人達もちらほらと帰宅をし始める。族長から部屋を用意したので泊まっていけといわれたのでお言葉に甘えることにした。
案内された部屋の中で今日あった出来事を思い出し、深いため息を吐く。
『お疲れのようですね』
「そりゃそうだろ、初日でいきなり人生終わるかもしれんような事があったんだから」
『それでもしぶとく生き残ったのですから誇っていいかと』
「褒めてるんだろうけどもう少し言い方なんとかしてくれ」
とにかく疲れた、とっとと寝てしまおう。
明日からはどうしようか、とりあえずここを出て人間の住む街に移動すべきかなぁ。そんな事を考えながら俺は眠りについた。
「んー・・・ん?」
窓から差し込む日の光に照らされて起床する、意識がまだ完全に覚醒してないので動作はかなり緩慢ではあるが気合でベッドから身体を起こす。
「・・・・・はぁっ!よく寝たなぁ」
『お早うございます、グリムさん』
「あー、お早う。リリィ」
寝ぼけ眼でリリィと朝の挨拶を交わす。
まだ頭の中がぼんやりする、今何時だ?と、手元を探るが時計なんてものはない。
あぁ、そうか。俺転生したんだっけか。
思い切り背を伸ばし、関節をぽきぽき鳴らすと意識がはっきりしてきた。俺が完全に目を覚ましたのを見計らってリリィが尋ねてくる。
『これからどうするんです?』
「うーん、とりあえず族長に朝の挨拶でもするか」
泊めてもらった礼も言わないとだしな。
そうと決まれば行動開始だ、と勢いよく部屋から出ようとしたところ俺を起こしに来たのだろう、ゴリアンナと鉢合わせした。
「おはようございますグリムさん、丁度起こしに行こうとしたところだったんですよ」
「おはようございます。そうだったのですか、それは申し訳ない事をしてしまいましたね」
ゴリアンナが来る前に目を覚ましてよかった・・・・!
目が覚めて一番最初に見るものがゴリアンナというのは少し心臓に悪すぎる。
「族長にも挨拶をさせていただきたいのですが今どちらに?」
「相変わらずせっかちさんですね、お父様でしたら食堂で私たちを待ってますよ。朝食の準備ができましたのでそれでお呼びしようかと」
「や、何から何まで申し訳ない」
捕まった時の待遇と雲泥の差だな。
こうして俺はゴリアンナに連れられて食堂まで移動した。
「お早う、グリム殿。昨日はゆっくり休めたかな?」
テーブルには既に食事が用意されていて湯気を立てている、上座に座った族長が俺の顔をみるやいなや挨拶をしてくれたので慌ててしまった。
「お早うございます族長、昨日は部屋まで用意していただいてありがとうございました。おかげでゆっくり休めましたよ」
「何、客人をもてなすのは当然のことだ。お礼を言われるような事ではないよ」
「お父様、グリムさん、長話はそこまでにして朝食をいただきましょう?せっかくの料理が冷めてしまいますわ」
昨日の宴の時もそうだったが食事はちゃんと調理されているものが出る、香辛料の類はさすがになかったのか少量の調味料と素材の味を生かした素朴な味わいだったがそれでもおいしくいただけた。生肉をどんと出されたらどうしようかと思っていたのでこれはうれしい誤算である。いや、生肉もあったけどさ。
調味料などはどう入手しているのか気になったので族長に聞いてみると山から岩塩を取ってきている他に道行く行商人たちから通行料と称してわけてもらっているらしい。襲ったほうが早いんじゃないかと冗談めかして言ったら「そんなことをしたら誰も通らなくなる上に討伐隊など編成される恐れがある」と真顔で答えられた。なるほどよく考えている。
ちなみに通行料をくれた行商人には山で取れた山菜や獣肉を少し渡すというフォローっぷりである。
そりゃ住人からも慕われるよな。
食事も終わり、一息ついていると族長から治療のお礼を渡したいと申し出を受けた。
なんでも行き倒れの冒険者や問答無用で襲い掛かってきた盗賊などの持っていた装備が倉庫にしまってあるから好きなものを持っていっていいらしい。自分らで使わないのか?と聞いたらサイズが合わなかったり使い方がわからないものがほとんどだから惜しくないそうだ。
そんなわけで今俺は村の倉庫の前にいる。倉庫というより掘っ立て小屋の中にゴミが積んであるような状態である。
「この中から好きなの持っていってくれといわれてもなぁ・・・」
『ゴミの山ですね』
倉庫の中は整頓がされておらず放り込んだだけといった様子でひっくり返したおもちゃ箱のような有様だ、どこから手をつけていいのやら。変なとこでオーガっぽい。
「とりあえずめぼしい物とゴミを分けてから鑑定だな」
『がんばってくださいね、グリムさん』
手伝ってくれないのかよ。
四苦八苦しながら一時間程ゴミの山と格闘した結果、俺の手元にはいくつかの品物が残った。
「まさかこんな場所で調合道具とレシピが見つかるとは・・・」
『これも私の日ごろの行いが良いからでしょう』
俺の努力も認めてくれませんかね。
乳鉢や薬研等といった道具と数本のガラス容器、「初級製薬レシピ」と書かれたぼろぼろの小冊子が目の前に広げられている。多少汚れてしまっているが壊れてはなさそうだし使えないこともないだろう。
『早速調合をしてみますか?』
「そうしたいのは山々だけど調合素材がないしな、残りの品物の鑑定からするか」
残った最後の品物に視線を向ける。見た感じただの手袋だが手の甲部分に魔方陣っぽい文様が書かれていたので気になって残しておいた物だ。見るからに魔法由来の物だとわかるがこれでただの手袋だったら製作者のセンスを疑おう。
さて、鑑定結果はっと。
着火の手袋:強く擦ることで小さな火を生み出すことのできる魔法の手袋。けれど胸のエンジンに火をつけるのはいつだって貴方次第。
相変わらず意味不明な部分のある説明だがこれは中々便利な性能のアイテムが手に入ったな。心の中でほくそ笑む。
『どうでした?』
「ん?ちょっとまってな」
興味があるのか鑑定結果を気にするリリィに実践して結果を見せてやる。たしか強く擦ればいいんだよな。
ちょっとかっこつけてパチンと指を鳴らしてみる。
ボッ!と音を立てて指に小さな火が灯った。
「おぉ!本当に点いた!」
これで点かなかったらとても恥ずかしい事になっていたが結果は良好なので忘れることにする。
『火を灯す事のできる魔法道具ですか。よかったですねグリムさん、これでいつでも放火ができますよ』
「なんで最初にあげる俺の行動の例が犯罪行為なんだ」
さらっと恐ろしい事を言い出しやがる、本当に神様なのか。
こいつには一度ちゃんと話し合う時間を作らないといけないのかもしれない。
「とりあえずこんなところか、調合道具はかさばるから二重影の倉庫にしまいたいんだがどうやって使うんだ?」
教えてもらったはいいがまだ使ったことのない能力なので仕舞い方がわからない。
『鑑定眼を使う時にように念じながら影に押し込めば収納できますよ。逆に出したい場合は目的のものを頭に浮かべながら出るよう念じてください。補足説明ですが出し入れする際の影は自分から発生した影に限定されるのでそこは気をつけてくださいね』
「こうか?」
言われた通りにしてみるとするすると調合道具が自分の影に吸われていく、自分から発生した影ということならローブの袖口とかからもいけるのか?と考え、実行したところ同じように出し入れできた。
鑑定眼も便利だがこの二重影の倉庫もとんでも性能だな。
調合道具も揃ったことだし、いろいろ試したい事もある。今後の活動を視野に入れてやるべき事を考えないとな。
「なぁ、リリィ」
『どうしました?』
「暫くここに滞在しようかと思う」
『は?』