第八話
「ところで見守ってくれてたのはわかったが、実際俺が殺されそうになったらどう助けてくれるつもりだったんだ?」
仮にも神様とかだしテレポートとかできるなら今度はちゃんと人の住む場所に移動させて欲しい。どう動くのかわかっていればこっちも行動しやすいしな。
『え、それはこう・・・「えいっ!」って感じでしょうか』
「なんか抽象的過ぎてわかりにくいんだが、具体的に何すんだ」
なんだよその無駄に可愛らしい掛け声。
『半径15km圏内を焦土と化し、未来永劫草木一本生えない死の荒野に変えます』
「声と行動が一致しねぇ!それ俺も巻き込まれて死んでるじゃねぇか!」
『大丈夫、問題ありません』
「どう大丈夫なんだ・・・・」
問題しかないんだが。
『グリムさんの死を通じて私はまたひとつ成長するでしょう。きっと悲しみを克服してみせます』
「どうしてそうお前は俺にも自然にも優しくないんだ」
一体俺が何をしたというんだ、被害者だぞ。
おっと、こんな話をしてる場合じゃないな。部屋を出て行ったゴリアンナの後を追わないと。なんだかんだで治療も成功したようだし族長の依頼は滞りなく完遂したはず、俺の待遇がどうなるかわからないが悪い方向には進まないだろう。
「とりあえず部屋から出て族長のところまで戻るか」
『あ、その前にひとついいですか』
おや?リリィから俺にとは珍しい、なんだろうか。
『今後は人のいる場所では念話にしましょう』
「念話ってあれだろ?頭の中で会話する感じの」
『はい、その認識で間違いありません』
「あー、そうだよなぁ。そうしてもらうか」
捕まった際に門番の連中も俺が一人で叫んでいたって言ってたしリリィの声は俺以外には聞こえないのだろう。そう考えれば確かにリリィの提案はありがたい、街のど真ん中で俺が一人でしゃべってる光景とかどこから見ても不審者のそれである。
『理解が早くて助かります』
「よし、それじゃ行くとしますか」
こうしてリリィとの束の間の会話を終えた俺は族長のところへと向かうのだった。
――――そして、戻った先で俺が目にしたものは
「ぬううううううううんっ!!」
「ふぉおおおおおおおおおおっ!!!」
何故か全身汗だくでポージングを決めてる父娘の姿だった。
何が起きているのか理解できず呆然と立ち尽くす俺を尻目に二人は流れるようにポーズを変えながら見つ合う。
「ゴリアンナ!」
「お父様!」
ゴシャアッ!と岩同士をぶつけたような音を立て抱き合う、衝撃で飛び散った汗がきらきらと輝く様は筆舌に尽くしがたい異様な光景だった。
『美しい親子愛ですね』
目ぇ腐ってんのか。
部屋の隅に門番オーガ達がいたので視線を向ける。
「なんと美しい光景だろう・・・・」
「素晴らしい親子愛だぜ・・・・・」
なんか感動してる、ここに俺の味方はいないようだ。
声を掛けられる雰囲気じゃないし静かに待とう、そう自分を納得させ時間が過ぎていくのを待つ。
ここに来てようやく俺の存在に気づいたのか族長が俺に顔を向ける。
「おお、お前か!よく娘を助けてくれた、なんと感謝をすればいいか!」
礼を述べてくれるのはいいんですが抱擁をしたまま言うのやめてくれませんか。見てる側としては暑苦しい事この上ない。
「えっと、それで俺の待遇はどうなるんですか?開放してくれると助かるんですが」
「何を言うか!娘の恩人に対して礼を言うだけで帰してはオーガ族の恥!是非にとも我らがもてなしを受けてもらうぞ!」
そのまま帰してくれた方が嬉しいんだけどなぁ。
こうして俺はオーガの村の歓待を受けることになってしまった。なんでも宴を開いてくれるらしい、ゴリアンナの快気祝いも兼ねているようだ。準備をするので暫くここで待って欲しいと案内された部屋で大人しく待つことにする。
部屋の窓から外を見ればだいぶ日が傾いていた、転生初日だってのにとんでもなく濃い一日だったな。
『大変な一日でしたね』
「まったくだ、主な原因はお前のせいなんだが」
『こうして無事だったのですからいいじゃないですか』
リリィの労いの言葉に皮肉で返すが軽く流された。いつか痛い目にあわせてやる。
そうこうしているうちに宴の準備が終わったとの連絡を受け、村の中央にある広場まで案内されると、そこには大きな焚き火を中心に大勢のオーガが集まっており到着した俺を族長が出迎えてくれる。
「待っておったぞ、ワシの隣に座るがいい」
薦められるがままに族長の隣に腰を下ろす、反対側にはゴリアンナもいた。目が合うと笑顔で軽く会釈をしてくれたのでこちらも返す。やっぱりそっくりだよな、顔。
「皆の者、紹介しよう!こやつが我が娘、ゴリアンナを病から救ってくれた恩人のグリム殿だ!」
おぉ、と大勢のオーガ達がどよめく。病じゃないんだけどな、説明するのもめんどうだしいいか。
「此度の宴は恩人であり新たな友人であるグリム殿への感謝の気持ちと歓迎を表すための催しである!存分に楽しんでくれ!」
族長の口上が終わると同時に歓声が起こる、料理と飲み物が運ばれ一気に場が騒がしくなった。
料理の匂いを嗅いだ瞬間、急激な空腹感に襲われた俺は転生してからまだ何も口にしていなかった事に気づく。初日から生きるか死ぬかの瀬戸際にいたのだから仕方のないことなのだが。
どれも俺の知識にはない料理ばかりなので何から手をつけるか迷っていたところ、族長に声をかけられた。
「グリム殿、昼間は大変失礼した。この場を借りて謝罪したい」
あぁ、俺を拘束した時のことか?
「いえ、結果としてゴリ・・・お嬢さんを助けたとはいえ、あの時の俺は完全にただの不審者でしたからね。村を統べる長として正しい判断でしょう」
気にしてませんよ、と余裕を持った感じで族長をフォローするが本当は滅茶苦茶気にしてた。あの時はホント生きた心地しなかったからなぁ。トラウマものである。
「そう言ってもらえると助かる。だがそれではワシの気がすまぬのだ、何か頼みごとでもあれは融通するが何かないか?」
「いや、急にそんな事言われても・・・」
困ったな、どうしたものか。と考えているとゴリアンナが助け舟を出してくれた。
「お父様、そんな難しい話は後でいいではないですか。せっかくの宴なのですからいまは楽しみましょう」
「ぬ、むぅ・・・・」
族長はまだ何か言いたげであったがゴリアンナに注意されて押し黙る。オーガも父親は娘に弱いのか。かなり溺愛してるっぽかったしな、思わず顔が綻ぶ。
「そういえば俺、族長にまだ名乗ってませんでしたよね?」
「うむ、だがゴリアンナから聞かされたからな。とても楽しい人だと褒めていたぞ?」
「もう!お父様!」
「はっはっは!」
ゴリアンナが顔を真っ赤にして非難するが族長はそれを笑っていなす。
おいやめろ、変なフラグ立てるな。
「ワシもまだ名乗ってなかったな、重ね重ねすまない。族長のゴリアスだ」
「俺はグリム―――道に迷った錬金術士です」
族長の自己紹介に対して俺はいたずらめいた口調で返す。
俺の意外な返答が気に入ったのか、その日一番の笑い声を響かせた。
その後も出された料理を食べながら色々な話をした。ゴリアンナの脱臼の件も説明したところ治療法を教えてくれと言われたが、あれはスキルと運があって偶然治せたようなもので次があってもやれる自信はない、適当に理由をつけて丁重にお断りをした。
途中、村人であろうオーガ達にもお礼を言われたり酒を勧められたりもした。ゴリアンナや族長にも代わる代わる村人オーガが挨拶をしにくる様子を見ると族長親子は住人に慕われてるのがわかった。
俺の中のオーガの印象と大分違うよなぁ、初遭遇時はまさにオーガって感じだったけど。人となりってやっぱ話してみないとわからないものだ。