第五話
呆気にとられる俺を尻目に族長は笑い続けていた、どう反応を示したらいいのか困惑しているところをようやく笑いの波が収まったのか族長が声を掛ける。
「くっくっく、そうか、お前はただ道に迷っただけの通りすがりの錬金術士。そう言いたいのだな?」
「そうとしか言いようがない」
「その話、信じてやろう。だが神と会話をしてたというのは本当なのか?」
「本当だ、この近くに街があるからそこへ向かうよう言われた」
「なるほどなるほど、たしかに合っている。ただし、人間ではなく魔物の、な」
ニヤリと、意地の悪い笑みを浮かべこちらを一瞥する。まさか信じてもらえると思わなかった、俺が逆の立場だったら絶対信じることができないような話を、だ。
「神に薦められ、この地に赴いたのならこれが運命というものだろう、どうだ人間よ。私の頼みを聞いてはもらえぬだろうか?」
なんだかおかしな方向に話が進んできた。だがこれはチャンスだ、うまくあわせれば逃げ出す隙を見つけられるかもしれない。ここぞとばかりに食いつく。
「頼みごと?俺に何をさせたいんだ」
助かるならなんだってやるぞ。
「私には娘が一人いる、どこに出しても恥ずかしくない娘だ。その娘が数日前から病に臥せっている、それをお前に診てもらいたい」
「は?」
とんでもない事を言い出した。俺に病人を診ろと?このオーガには俺が医者にでも見えるのか?チャンスだと思った展開は再び俺を絶望に陥れる。無理だろそれ!
「俺は医者じゃない、とてもじゃないが病人の診断なんてできない」
「イシャ?よくわからないがお前は錬金術士なのだろう?」
あぁ、魔族の世界には医者が存在しないのか。というか錬金術士だからなんだってんだ、薬が作れるから病にも詳しいとか思ってるのだろうか?そもそもこちとら薬すら作ったことないんだけど。
「医者というのは・・・その、病や怪我を治す神官・・・のようなものだ」
「無論、部族の神官に見せたとも。だが一向に改善に向かう気配はない・・・」
「なら尚更、俺のような素性のわからない人間に診させるなんて」
ドンッ!と俺の言葉を遮るように族長が肘掛に拳を落とす。
「娘がいまこの瞬間にも苦しんでいるのだ!何もできず、ただ見守るしかできぬ!どんなに歯がゆいことか!少しでもその苦しみを和らげることができるのならワシは何にでも縋ろう、痛みをすべて引き受けろというのなら喜んでこの身を捧げよう!」
苦渋と怒りに染まった顔で族長は叫ぶ、つい数分前まで大笑いしていた人物とは思えない。なるほど先ほどまでが族長としての顔で、いまは父親の顔というワケか。族長という地位に就いてるだけに公私を使い分けることのできる人物のようだ。
「・・・・」
「すまない、少し興奮してしまったようだ。だが・・・そんな時、お前が現れた。聞けば神に導かれてこの地に訪れたという、これを期待せずにいられぬか?」
ここまで心の内をさらけ出されて何も感じないほど俺も冷血漢ではない、何より俺の話を信じてくれたこの人物に少しだけ恩を返したいという思いもある。今の俺に何が出来るかはわからないが・・・やるだけやってみよう。
「・・・・わかりました」
「おぉ、引き受けてくれるか!娘を助けてくれとまでは言わない、何か・・・少しでもいい、治療の手がかりになる何かを見つけてくれ・・・」
「とりあえず、縄を解いてもらっていいですか?」
「あぁ、お前たち!」
族長の声と同時に俺の背後に待機していたと思われる部下のオーガが拘束を解く。ってあの時の門番じゃないか、俺を運んでからずっと後ろにいたのか。
身体を軽く動かして異常がないか確認しようとして―――思いついたことがある。そう、スキルだ。
錬金術士スキルのひとつ〔身体制御〕―――これは己の肉体の構造を把握・理解し、普段無意識による身体の動作を意思の元に制御する事により効率的な動きを実現させる技術なのだがこれを利用すればひょっとしたら手がかりくらいは掴めるかもしれない。ようは触診である、健康体である俺を比較対象とし、病床に臥せっている娘の身体のどこに不具合が発生しているのか確認するのだ。人間とオーガでは身体の作りがまったく同じというわけではないだろうけど同じ人型だし不安はあるがやるしかない。
「部屋まで案内して差し上げろ」
こうして俺は門番オーガ達の案内の下、娘の部屋にたどり着いた。門番オーガ達は先に部屋へ入り、事の説明をしてもらっている。いきなり入室して驚かせては身体に障るしな。
そう長くない時間が過ぎ、オーガの一人が扉から顔を出して俺に部屋に入るよう促す。
「・・・・・ふー、よし!」
深呼吸をして気持ちを落ち着けさせてから覚悟を決め、入室する。
「失礼致します、族長の命により貴方の診断を任せられた錬金術士のグリムと申しま――」
部屋へと進み、挨拶と自己紹介を済まそうとしたわけだがその言葉を言い切ることはできなかった、ベッドに背を預けている娘の姿を見てしまったからだ。
風に靡く金色の長い髪はとても美しく太陽の光を具現化させたかのように輝き、肌つやは剥きたてのゆで卵のように艶やかでこちらを見る瞳はまるで湖面に映る月のように儚げに揺らぎ、その唇は満開の花すら霞むほどの瑞々しさを物語っている。そして何よりも―――――顔が族長と瓜二つであった。
「―――すみません、ちょっと気分が」
そのまま身体を180度回転させ出口へ向かおうとすると両肩を掴まれる。
「おい、人間。お前何をしに来たかわかっているのか」
「お嬢様に失礼だろう」
俺は病床に臥せってる娘を診るために来たんであって化け物の健康診断に来たわけじゃない!なんだあれ!?お前らに捕まった時も族長の前に出された時も怖かったがいま感じた恐怖に比べれば子供のいたずらレベルだぞ!?というか滅茶苦茶健康そうじゃないですか。
「お嬢様の美しさに緊張してるのか?まぁ無理はないが」
「あぁ、見慣れた俺たちでさえお嬢様の美しさの前では気後れするからな」
お前らの美醜の判断基準どうなってんの?
「お前たち、そこまでにしておきなさい。お客人に失礼でしょう?」
オーガ達のやり取りに制止の声が入る。その声は清浄な森を吹きぬける澄んだ風の様に、とても涼やかで美しい。だが、顔は族長と瓜二つだった。
「部下達が大変失礼をしました、この村の族長ゴリアスが娘、ゴリアンナと申します」
よかった!名前はバランスが取れてた!って安心するとこはそこじゃない、色々衝撃的な事がありすぎて本来の目的を忘れるところだった。気を取り直して族長の娘―――ゴリアンナとの会話を再開する。
「いえ、こちらこそ失礼を。少し気が動転してしまいまして」
「ふふふ、お父様から聞いていた状況との食い違いにさぞ驚かれたことでしょう、私のことになると少し大げさになってしまうので私も手を焼いているのですよ」
あ、今の発言はお父様には内緒ですよ?と茶目っ気のある笑顔で俺に笑いかけるゴリアンナ、だが――――その顔は族長と瓜二つだった。