第三話
気がつけばどこまでも続く広い平原の中一人で佇んでいた。あたりを見回すが目を引くようなものは何もなく、空を見上げれば雲ひとつない晴天だった。
「ここが・・・生まれ変わった俺が過ごす世界」
なんというか実感ないな、目の前の景色は一枚の絵にすればさぞや心の和む風景なのだろうけ有り体に言えば普通すぎる。空に無数のドラゴンが飛んでるとか期待していたわけではないけどいきなり紛争地帯とかに投げ込まれるとかなかっただけ良かったと思うべきか。
『比較的安全が確認されている地域へ転送しましたがご不満でした?』
この声はリリィか?あの赤黒いもやもやを探してみるが姿はない。
『私の姿は見えませんよ、あらぬ混乱を招いてしまう恐れがあるので声だけで失礼させていただきます』
「そりゃあんなのがそこらにいたら付近の住民は警戒心が振り切れるよなぁ」
『以前も申し上げましたが本来の姿は月の光に咲き出た花のような愛くるしさを感じる超絶美少女ですから』
「口ではいくらでも言えるだろうけど実際見てみないと・・・なぁ?」
『ぐぬぬ・・・』
こいつどれだけ自分に自信持ってんだ、そのポジティブな思考は尊敬するレベルだけど聞いているこっちがなんか恥ずかしい。
「さて、ここで突っ立っていても何も始まらないし。行動しないとな、ここから一番近い街ってどっちへ行けばいいんだろう?リリィ何か知らないか?」
ぶつぶつと何か言い訳じみた言葉を呟いているリリィだが俺が声をかけたことにより我に返ったようだ、すぐさま返答をしてくれる
『でしたらここから南の方に進んでいけば街があるはずです、まずはそちらに向かわれてはいかがでしょう。あ、それと必要最低限の物資は既に貴方に持たせてあるので確認をお願いしますね』
そういえばまだ自分の持ち物の確認してなかった。すっかり失念していた、慌てて所持品を確認する。黒い厚手のローブにナイフ、手袋に硬貨が入った袋・・・となんだこれ?何か液体の入った瓶がある。
「この瓶に入ってるのはなんだ?見た感じ薬っぽいけど」
『とても良い質問ですね、それではその薬瓶を問いかけるように念じながら見てください』
答えになってない返答をしながらリリィが催促してくるので言われた通りにやってみる。問いかけるように念じて・・・って具体的にどうすればいいんだ?とりあえずそれっぽくやってみよう。
小治癒のポーション:ちょっとした傷を治すことのできる水薬、飲むか傷口に振り掛けることにより効果を発揮する。尚、心の傷は癒せない
おお、なんか説明が出た!説明文に少し気になる部分もあるけどこれはすごい!
「リリィ先生!これは一体!?」
『これが貴方に授けられた能力のひとつ、鑑定眼です。ありとあらゆる生物以外の物体に対しておおまかな扱い方と性能を把握することができます。ただし扱いが複雑かつ高度な機能を有する物体には効果が薄いですね』
なにそれすごい、調子に乗って他のも調べてみる。
厚手の黒いローブ:厚手の生地で作られた黒いローブ、防御性能は低いが保温性はかなり高い。冷たい風もこれがあれば一安心。尚、世間の風の冷たさには効果を発しない。
ナイフ:殺傷能力こそ低いが切ってよし突いてよしの初心者御用達の短剣。使う→ナイフ→セルフ ダメ、絶対
手袋:素手で直接触るのを躊躇うようなものでもこれがあればしっかりキャッチ!尚、気になるあの子のハートはキャッチできない模様。
『どうです?すごいでしょう』
・・・・・すごいけど一々説明文に余分な文章がある気がしてならない。どういう原理で内容が決められるんだろう。しかしかなり便利な能力であることは確かだし何も言うまい、リリィもなんか自慢げに話してるし水を差しては悪いだろう。こいつの影響か?説明文。
「あぁ、すごいな。能力のひとつって事は他にもあるんだろ?教えてくれないか?」
『仕方ありませんね。無知蒙昧なグリムさんにもわかりやすいよう優しく説明いたしますとも。』
相変わらず棘のある言い方だが声は明るい、褒められたことが嬉しかったのだろうか。
『グリムさんの選択した職業は錬金術士でしたよね』
その通り、いまの俺の職業は錬金術士である。数ある職業の中で俺が選択したのはこの職業だった。
前世の培った知識、主に漫画やゲームだがやたらと錬金術士系のが多かったから過去の俺はきっと錬金術士が好きだったのだろう。かっこよくフラスコとか振ってみたいものである。
「あぁ、やっぱこの世界でも乳鉢ごりごりしたり釜で煮込んだりして調合とかするんかな」
『そうですね、本来であれば様々な素材の知識や道具の使用方法などの幅広い経験が必要ですが鑑定眼を持つグリムさんなら問題なく扱うことができるでしょう。』
「本当にすごいな、選んでみたものの調合なんてやったことないから不安だったんだ。さすがデキる神様は違うなリリィ!」
『そうでしょうそうでしょう、もっと褒め称えてくれていいんですよ?』
なんかすごい上機嫌になった。こいつも案外ちょろいなー、他人のこと言えないけど。今後リリィに何か頼む場合は褒めまくろう。
『話が逸れてしまいましたね、他の能力について説明しましょう――ー』
道すがら俺に与えられた能力の説明をリリィから受ける。与えられた能力以外にもこの世界では職業の系統に応じて様々な能力―――所謂スキルがあるとの説明も聞くことができた。やっぱレベルを上げて覚えていくのか?と確認したとこ「なんですかそれ」と聞き返されてしまった。どうやらレベルという概念は存在しないらしい、地道にトレーニングなり実戦経験を得て自力で開眼するか既に開眼した人物に弟子入りをして教えてもらうのが通例らしい。とりあえず俺個人に与えられた能力だけでも表記しておこう。
鑑定眼:ありとあらゆる生物以外の物体に対しておおまかな扱い方と性能を把握することができる。ただし扱いが複雑かつ高度な機能を有する物体には効果は薄い。職業・錬金術士を獲得している為、植物・薬品関係はさらに詳しい情報を得ることができる。
二重影の倉庫:自分の影を擬似的な異次元に直結させ倉庫として利用することができる。最大積載量はほぼ無制限、生物などは入れることはできない。
異世界の探求者:知識・身体能力の向上を目的とした行動に対して成長率ボーナスを獲得。スキルの開眼にも若干のボーナスあり。
ううむ、こうして見ると地味ではあるがなかなかにチートな性能だな。素材の採集や薬品を大量に必要とする錬金術士の身としては二重影の倉庫の存在は滅茶苦茶ありがたい。色々試してみたいところだが落ち着いた場所じゃないと無理だよなぁ、などと考えているうちにどうやら目的の街の付近に到着したようだ。距離がまだ大分あるのでよく見えないが建物のようなものが確認できる。
「なぁ、リリィ」
『なんでしょう』
「街があるって言ってたが、あれは街というより―――村じゃないか?」
なんか予定と違うんですがリリィさん、どうなってるんでしょうか?とりあえず落ち着ければいいかと歩を進める。さて、この世界に来て初めての他者との交流だけど一体何が待ち受けているのか。内心びくびくしながら村へと近づくのであった。