山中にて
ある日、男が健康のために山道を散歩していると、どこからか「助けて下さい……」という弱々しい声が聞こえてきた。
声のした方まで歩いてみると、深い穴に人影らしきものがちらりと見えていた。
「誰がいるんですか」
「ちょっとこの周辺の調査をしていましたら、うっかり穴に落ちてしまいまして。どうか、私を引き上げていただけませんか」
こんな何もない山を調査するとは、変わった人もいるものだ。
そう思いつつも、男は穴に向かって腕を伸ばした。
「さあ、この手に捕まって下さい」
「はい。お言葉に甘えて」
すると、男の手に妙にひんやりとした感覚が走ってきた。
「大丈夫ですか。ずいぶんと、手が冷たくなってしまっていますが」
「私の体温は、いつもこんなものですよ」
そんな掛け合いをしているうちに、穴から声の主がどうにか這い上がってくる。
しかし、その姿を見るなり男は仰天した。
「な、何と。貴方は一体」
穴から現れたのは、青みがかった肌をした小柄な生物だった。
全身タイツに似た服と、腰に光線銃らしきものをくっつけているという奇妙な格好。尖った耳という特徴もあってか、それはどうみても宇宙人そのものであった。
「いやあ、助かりました。思っていた以上に、地球人というのは心優しい種族でいらっしゃるようで」
「あの、というと貴方はやはり」
「はい。私はとある事情で地球の調査を行っていた、惑星キララの調査員です。このたびは、本当にありがとうございました」
「は、はあ」
男は突然のことに戸惑うばかりであるが、宇宙人は至って冷静である。
深々と頭を下げてから、律儀にこう切り出した。
「私にとって、貴方は命の恩人です。この気持ちは、感謝の言葉だけでは表現しきれません」
「はあ」
「ぜひとも、貴方にお礼をさせていただきたい。私にできる限りのことさせて下さい」
「と、言いますと」
「地球人が望むという不老不死。それを貴方に実現させていただきましょう」
「不老不死、ですと?」
「はい。不老不死でございます」
何とも信じられない話であるが、目の前の宇宙人に嘘を言っている様子はない。
「それはどういうことでしょうか」
「私の故郷の星は地球よりも技術が進んでおりまして、肉体を不老不死にする方法があるのです。私は限りある命を生きることこそが世のことわりだと思っているので技術を施してはいませんが、地球人は不老不死に対する憧れが強い種族だと聞いています。きっと、喜んでいただけるはずです」
「いや、それは……」
男は口をもごもごと動かしながら、複雑そうな表情を作る。
だが、宇宙人は目を輝かせながら語り続けた。
「ご遠慮なさってるのですか? そんなことは一切しなくて結構ですよ。何せ、貴方は命の恩人なのですから。さあ、早速貴方を不老不死にして差し上げましょう。この光線銃の光を浴びるだけですから。特に副作用もありませんので安心して下さい」
「でも、ちょっとそれは……」
「さあさあさあ。では、行きますよ」
「あっ」
宇宙人はろくに話を聞こうとしないまま、光線銃を手に取り、男に向かって光を発射した。
温かな感覚が身体を包み込んだかと思うと、数秒もしないうちに光はやんだ。
「はい。これで貴方はこの星では誰もがうらやむ不老不死の持ち主となりました」
「そんなことを言われましても」
「お礼なんてとんでもない。私は、ただ恩を返しただけですから。では、私はそろそろ。悠久の時を、どうか幸せにお過ごしください」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
男が言うのも聞かず、宇宙人は俊敏な動きでいずこへと去っていった。
たった一人取り残された男は、ふう……と深い溜め息をついた。
「やれやれ。確かに地球人は不老不死を求めてやまないかもしれない。少なくとも、よそからそう見られてもおかしくないかもしれない。しかし、なあ」
慢性の痛みがじわりと襲う腰をなで、深いしわが刻まれた頬にそっと触れてみる。
「いくら不老不死になったといっても、若返るわけではないようだ。はあ。一生この身体で過ごせというのか」
せめて、あと五十年早く奴と出会えていればなあ。
御年七十歳になる男は、宇宙人からのお礼を素直に喜ぶことはできないのだった。