本館
バスを降りるとワイワイガヤガヤと僕以外のみんなは歩き出す。どうやらキャンプ場は僕の目の前に広がっている急な坂の上にあるらしい。思わずため息をついてしまう。
「よっ!どうした。元気がないぞ、フレッシュ。」
「はぁ~。えっと先輩ですよね?」
「ああ、そうだ。俺は『角煮』って言うんだ。まあそうは言っても俺もジュニアなんだけどな。」
うん。この人は何を言っているんだろう。フレッシュ?『角煮』?なんだかわからないワードだらけで脳内を埋め尽くされる。何も答えれないでいる僕に坂井がフォローを入れる。
「すいません、こいつここに来たことがないやつなんで。あのな宮間、ここにキャンプカウンセラーで来ているのは大学生だろ?」
「まあそうだけど……」
「キャンプ場では1回生がフレッシュ、2回生がジュニア、3回生がミドルで4回生がシニアって風に区別されているんだ。」
「へえ、それでさっき言っていた『角煮』ってのは?」
「おいおい、このフレッシュ『キャンプネーム』も知らねえのかよ!」
角煮さんは大げさに驚いて見せる。
「キャンプネームっていうのはよ、キャンプ場だけで使うあだなみたいなもんかな。
せっかくキャンプに来たっていうのによ本名で呼び合ってたら普段仲のいいグループでしかしゃべらない。だからこそのキャンプネームだよ。」
いくつかの説明を受けているうちに上り坂が急になってきた。一歩一歩踏みしめるように歩いていく。横を流れている川のせせらぎが心地よい。かえが吹き抜けていき木の葉を揺らす。汗が額から零れ落ちる。そしてようやく長かった上り坂が終わる。ふと後ろを振り返ると棚田や森の木々の美しい緑で広がっていた。こんな景色が自分が住んでいる町でみられるなんて思いもしなかった。
そして少し下り坂を進むとそこには手作り感満載の大きな木の看板が立っていた。
「銭ヶ原キャンプ場」
ただそれだけが書かれている。その先には
「御用の方は本館にお立ち寄りください←」
と書かれた看板。そしてその先に見える小さな一階建ての建物。どうやらあれが本館らしい。先輩方に続いて僕と坂井は本館へと入る。中では2台の扇風機がフル稼働している。狭いスペースにきれいに並んでいる事務机では2名の職員がせっせと働いている。先頭に立っていた先輩が中に向かって声をかける。しばらくしてここに上がってくる前に送られてきた青色で左胸のところにおそろいのロゴの入ったTシャツをきた40代の男性が出てきた。
「おう、『ハマグリ』じゃねーか、それに『カステラ』もきょうがじょうざんだったのか。それにうん?『ポスター』じゃねーか。フレッシュになって帰ってきてくれたんだな。」
どうやら最後の言葉は坂井にかけられたものらしい。
「ええ、去年はあまりこれなかったんで久々に帰ってこれてうれしいですよ。」
「そうかあ。そいつはよかった。ならとりあえず『カステラ』はフレッシュ2人を第3まで連れて行ってくれないか。他の人には頼みたいことがあるからさ。」
そういって男性は建物の中へと戻っていく。先ほどカステラと呼ばれた人を探して辺りを見回すと、あちらもこちらを見つけたのかやってきた。
「初めまして、私がカステラって言います。今年はミドルだね。」
カステラは女性の方だった。そうなのだ。キャンプカウンセラーとは一見キャンプとかするし体力系じゃないの?と思っていたのだが意外と女性が多かったりする。先輩から握手を求められたので答えないわけにはいかない。僕が握手を返すと笑顔で告げた。
「それじゃあそろそろいこっか。」