↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
温める  作者: 姉森 寧
2/2

オキシトシン

 私が彼女を温める。

彼女が私を温める。

冬が私たちにとって寒いから。


  ●


 共通テストが終わった。

多分、私も終わった。

日本史が致命傷。

あ、生物もかな?


 帰りの電車は、同じクラスの深紅(みく)と一緒。

「織賀(オリガ)、できた?」

穏やかでやさしくてきれいな声で聞かれたら、

「できてない」

私は間の抜けた声で返すしかない。


  ●


 深紅はクラスでは目立つ方ではない。

私はもっと目立たない。

もっさり天パ黒髪ボブのメガネだからね。

声をかけられたら返すけど、かけられなったらひたすら無言でいる。


 休み時間は本を読んだり、ノートに落書きしたりして過ごす。

たまに、そんな私の手元を見て、

「絵、うまいよね」

深紅はきれいな声で褒めてくれたりする。

「うまくない」

それに間の抜けた声で返すと、

「うまいよ。それ、刀でしょ?」

私の渾身の力作、「日本刀」を褒めてくれたりする。


 流行りの音楽、ドラマ、アイドル、アニメ、ゲーム、

ちょっとだけ勉強、

「普通」の話で満たされてる教室の中、

私たち二人は、「日本刀」の話をしたりする。


 そんな目立たない私たちには、誰の視線も向いてない。

私たち二人は、世界に見逃されてる。


  ●


 私たちは、

見られていないのをいいことに、

こっそりと二人きりになったりする。


 学校帰りに、

今日は深紅の家へ行った。


 閉め切られたカーテン、暗い部屋、マンションの一室。

「寒いね」

きれいな声で言われたら、

「そうだね」

間の抜けた声で返す。


 そして、

寒いのに、

私たちは制服を脱ぐ。

寒いのに、

早く脱ぎたくて仕方がない。


 私はきれいな声が聞きたいから、

深紅を温める。

冷えた体を温める。

 そうしたら、

なぜか、私の体は温かくなる。


 深紅も私の体を温める。

私が温めた体で、温かくなった私を温める。

「んぁ……」

私が間の抜けた声を出すと、

「かわいいね」

深紅はきれいな声で、私の変な声をやさしく褒めたりする。


  ●


 家に帰ると、

ついさっきまでは二人きりだったのに、

今度は一人きりの気分になる。

実際に、アパートには一人きりだし。


 父親の帰宅までに、

洗濯物を取り込んで、

朝食の後片付けをして、

夕食の準備をしなくちゃいけない。


 母親?

ああ、私の名前を漢字で書けない、あの母親のことね。

国に帰ったらしいよ。

 父親も父親だよね。

母親の国の名前を私に付けるんだったら、

別に、カタカナでもよかったんだよ。

それなのに、イライラするくらいに画数が多い名前を付けやがった。

そりゃ、こうなるわ。


  ●


 今日は土曜日。

朝から父親がいない。

夜まで帰らないらしい。

最近、女に騙されてるみたい。

「今度はどこの国の人なんだろうね」

私が間の抜けた声で言いながら呆れると、

「お父さん、グローバルだね」

深紅はきれいな声で言いながら笑った。


  ●


 誰も見てない。

誰も、私たちを見てない。

見ないんだから、好きにやればいい。

 私たちは好きにやる。

好きだから、好きにやる。

好きなことを好きなだけ、好きにやる。


 部屋の隅でひっそりと、ベッドの上で堂々と、浴槽の中でしっとりと、温める。

温め合う。

何も考えずに、何かを考えながら、彼女のことを考えながら、自分のことを考えないで、好きにやる。

好き。


 冬の寒さは忘れられる。

それは証明された。

私は暖かい。

彼女も暖かい。

私が温かくて、彼女が温かいから、暖かい。


 もう、寒さなんてどうでもいい。

何もかもが、どうでもいい。


 これが一番。

温め合うのが、何よりも優先。


  ●


 たまに、私たちは二人で出かける。

ちょっと遠出したりする。

電車に揺られて、知らない人しかいない場所へ行く。

深紅が好きな映画を見たり、

私が好きな博物館の展示を見たりする。


 映画館から出たとき、

「受験生が二人して、何やってんだろうね」

きれいな声がそう言うから、

「たまにはいいんだよ」

間の抜けた声で返した。


 私たちは別々の大学を受験する。

深紅は看護学部がある学校で、

私は単純に自分の学力の範囲で行ける学校。

 ただし、あの共テの自己採点の結果から、私の方は危うい。

全滅かもしれない。

 でも、受からなかったら浪人して、

深紅の時間が空いてる日に、こうやって二人で遊ぶのもいいな。


  ●


 「その日」は突然訪れた。


 いつもみたいに温め合った後、

私たちは深紅の部屋のベッドで眠ってしまった。


 そしたら、

仕事を終えて帰宅した深紅のお母さんが部屋に来た。


 何かいろいろ言われたけど、


「これだから、不法滞在の子供は……」


事実と違うことも言われた。


 少なくとも、

父親と婚姻関係にあった間は、

母親は合法的にこの国に滞在してた。

 でも、訂正することはできなかった。

問題の本質とは違うから。


  ●


 私は目立たないようにしてた。

茶色い髪は黒く染めて、

ダサいメガネをかけて、

コロナ禍なのをいいことに大きめのマスクして、

制服のスカートは膝下丈、

私服はオーバーサイズの地味なやつ、

胸を小さく見せるブラを付けて、

メイクなんて絶対にしなかった。


 それはやっぱり、

小さいころから、深紅のお母さんみたいなことを言う人がいたから。

 ああ、そうそう、

「水商売の娘」とかもあったな。

両親の離婚後は「片親」もあるな。

これは親がどこの国の人かとかは関係ないやつだな。


 つまり、

私は深紅みたいなきれいな子にはふさわしくないってこと。


 みんながそう思ってるってこと。

みんなが。


  ●


 一人は寒い。


  ●


 春になって、

空気は温かくなったのに、

私は寒い。


  ●


 何とか合格した大学には、

夏休み前までしか通わなかった。

 勝手に退学届を出したら、

父親が激怒して、私は家から追い出された。


  ●


 夏休み前に声をかけられて、

何となくついていったお店で、仕事をやることになった。


 「み(・)く(・)ちゃんはハーフなの? おっぱいおっきいね」

早々に全裸になったお客さんが気持ち悪い声で言うから、

「そうですよ。おっぱい関係ないですけどね」

私は間の抜けた声で返した。


  ●


 また冬になった。


 髪が伸びた。

メガネはもうかけてない。

そのままの大きさのブラをつけてる。

メイクもしてる。


 目立たないように、見つからないようにするんじゃなくて、

目立つように、見つかるようにこの格好をしてる。

もう、誰も私のことをとやかく言わない。


  ●

 

 最近、私の家にはやさしい声の人がいる。

「オーリャ、ごはん食べる?」

小さいころに母親が私のことをそう呼んでたって話したら、

すぐに採用してた。

そういうかわいいところがある人。


 「うん、食べる。ハルも一緒ね」

私が間の抜けた声で言うと、

「うん、僕も一緒ね」

深紅よりずっと低くて、

それでいて、穏やかでやさしくてきれいな声で、ハルは返してくれた。


  ●


 「ハルがいなかったら、私、今ごろ死んでたかも」

ハルの腕の中で、

私は間の抜けた声で言う。

つまらないことを言う。


 でも、温かい。

これはこれで、温かい。

inspired by....

Oxytocin / Billie Eilish

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。