オキシトシン
私が彼女を温める。
彼女が私を温める。
冬が私たちにとって寒いから。
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共通テストが終わった。
多分、私も終わった。
日本史が致命傷。
あ、生物もかな?
帰りの電車は、同じクラスの深紅と一緒。
「織賀、できた?」
穏やかでやさしくてきれいな声で聞かれたら、
「できてない」
私は間の抜けた声で返すしかない。
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深紅はクラスでは目立つ方ではない。
私はもっと目立たない。
もっさり天パ黒髪ボブのメガネだからね。
声をかけられたら返すけど、かけられなったらひたすら無言でいる。
休み時間は本を読んだり、ノートに落書きしたりして過ごす。
たまに、そんな私の手元を見て、
「絵、うまいよね」
深紅はきれいな声で褒めてくれたりする。
「うまくない」
それに間の抜けた声で返すと、
「うまいよ。それ、刀でしょ?」
私の渾身の力作、「日本刀」を褒めてくれたりする。
流行りの音楽、ドラマ、アイドル、アニメ、ゲーム、
ちょっとだけ勉強、
「普通」の話で満たされてる教室の中、
私たち二人は、「日本刀」の話をしたりする。
そんな目立たない私たちには、誰の視線も向いてない。
私たち二人は、世界に見逃されてる。
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私たちは、
見られていないのをいいことに、
こっそりと二人きりになったりする。
学校帰りに、
今日は深紅の家へ行った。
閉め切られたカーテン、暗い部屋、マンションの一室。
「寒いね」
きれいな声で言われたら、
「そうだね」
間の抜けた声で返す。
そして、
寒いのに、
私たちは制服を脱ぐ。
寒いのに、
早く脱ぎたくて仕方がない。
私はきれいな声が聞きたいから、
深紅を温める。
冷えた体を温める。
そうしたら、
なぜか、私の体は温かくなる。
深紅も私の体を温める。
私が温めた体で、温かくなった私を温める。
「んぁ……」
私が間の抜けた声を出すと、
「かわいいね」
深紅はきれいな声で、私の変な声をやさしく褒めたりする。
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家に帰ると、
ついさっきまでは二人きりだったのに、
今度は一人きりの気分になる。
実際に、アパートには一人きりだし。
父親の帰宅までに、
洗濯物を取り込んで、
朝食の後片付けをして、
夕食の準備をしなくちゃいけない。
母親?
ああ、私の名前を漢字で書けない、あの母親のことね。
国に帰ったらしいよ。
父親も父親だよね。
母親の国の名前を私に付けるんだったら、
別に、カタカナでもよかったんだよ。
それなのに、イライラするくらいに画数が多い名前を付けやがった。
そりゃ、こうなるわ。
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今日は土曜日。
朝から父親がいない。
夜まで帰らないらしい。
最近、女に騙されてるみたい。
「今度はどこの国の人なんだろうね」
私が間の抜けた声で言いながら呆れると、
「お父さん、グローバルだね」
深紅はきれいな声で言いながら笑った。
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誰も見てない。
誰も、私たちを見てない。
見ないんだから、好きにやればいい。
私たちは好きにやる。
好きだから、好きにやる。
好きなことを好きなだけ、好きにやる。
部屋の隅でひっそりと、ベッドの上で堂々と、浴槽の中でしっとりと、温める。
温め合う。
何も考えずに、何かを考えながら、彼女のことを考えながら、自分のことを考えないで、好きにやる。
好き。
冬の寒さは忘れられる。
それは証明された。
私は暖かい。
彼女も暖かい。
私が温かくて、彼女が温かいから、暖かい。
もう、寒さなんてどうでもいい。
何もかもが、どうでもいい。
これが一番。
温め合うのが、何よりも優先。
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たまに、私たちは二人で出かける。
ちょっと遠出したりする。
電車に揺られて、知らない人しかいない場所へ行く。
深紅が好きな映画を見たり、
私が好きな博物館の展示を見たりする。
映画館から出たとき、
「受験生が二人して、何やってんだろうね」
きれいな声がそう言うから、
「たまにはいいんだよ」
間の抜けた声で返した。
私たちは別々の大学を受験する。
深紅は看護学部がある学校で、
私は単純に自分の学力の範囲で行ける学校。
ただし、あの共テの自己採点の結果から、私の方は危うい。
全滅かもしれない。
でも、受からなかったら浪人して、
深紅の時間が空いてる日に、こうやって二人で遊ぶのもいいな。
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「その日」は突然訪れた。
いつもみたいに温め合った後、
私たちは深紅の部屋のベッドで眠ってしまった。
そしたら、
仕事を終えて帰宅した深紅のお母さんが部屋に来た。
何かいろいろ言われたけど、
「これだから、不法滞在の子供は……」
事実と違うことも言われた。
少なくとも、
父親と婚姻関係にあった間は、
母親は合法的にこの国に滞在してた。
でも、訂正することはできなかった。
問題の本質とは違うから。
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私は目立たないようにしてた。
茶色い髪は黒く染めて、
ダサいメガネをかけて、
コロナ禍なのをいいことに大きめのマスクして、
制服のスカートは膝下丈、
私服はオーバーサイズの地味なやつ、
胸を小さく見せるブラを付けて、
メイクなんて絶対にしなかった。
それはやっぱり、
小さいころから、深紅のお母さんみたいなことを言う人がいたから。
ああ、そうそう、
「水商売の娘」とかもあったな。
両親の離婚後は「片親」もあるな。
これは親がどこの国の人かとかは関係ないやつだな。
つまり、
私は深紅みたいなきれいな子にはふさわしくないってこと。
みんながそう思ってるってこと。
みんなが。
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一人は寒い。
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春になって、
空気は温かくなったのに、
私は寒い。
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何とか合格した大学には、
夏休み前までしか通わなかった。
勝手に退学届を出したら、
父親が激怒して、私は家から追い出された。
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夏休み前に声をかけられて、
何となくついていったお店で、仕事をやることになった。
「みくちゃんはハーフなの? おっぱいおっきいね」
早々に全裸になったお客さんが気持ち悪い声で言うから、
「そうですよ。おっぱい関係ないですけどね」
私は間の抜けた声で返した。
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また冬になった。
髪が伸びた。
メガネはもうかけてない。
そのままの大きさのブラをつけてる。
メイクもしてる。
目立たないように、見つからないようにするんじゃなくて、
目立つように、見つかるようにこの格好をしてる。
もう、誰も私のことをとやかく言わない。
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最近、私の家にはやさしい声の人がいる。
「オーリャ、ごはん食べる?」
小さいころに母親が私のことをそう呼んでたって話したら、
すぐに採用してた。
そういうかわいいところがある人。
「うん、食べる。ハルも一緒ね」
私が間の抜けた声で言うと、
「うん、僕も一緒ね」
深紅よりずっと低くて、
それでいて、穏やかでやさしくてきれいな声で、ハルは返してくれた。
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「ハルがいなかったら、私、今ごろ死んでたかも」
ハルの腕の中で、
私は間の抜けた声で言う。
つまらないことを言う。
でも、温かい。
これはこれで、温かい。
inspired by....
Oxytocin / Billie Eilish




