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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第二章:市場独占と組織のデバッグ

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第062話:コンプライアンスの執行と、究極の平穏(リターン)

 


 1.コンプライアンスの執行と、未払い残業代の請求


 東京ドームの巨大モニターに映し出された『裏契約書』と『指令ログ』。そして、神話級の古竜『滅びの古竜ディザスター・ドラゴン』を一撃で、しかも周囲に一切の被害を出さずに消滅させた絶対的な純白の光の槍。


 数万人を収容する巨大なドーム会場を包んでいたパニックは、いまや恐ろしいほどの完全な静寂へと塗り替えられていた。

 生中継のカメラは、天井の穴から舞い降り、ギルドのメインフレームを強制的に書き換えた漆黒のコートの男――佐藤通トールの姿を、一秒の狂いもなく全世界へ配信し続けている。


「ば、馬鹿な……。我が探索者ギルドの、数十年の歴史が……。こんな、たかが学生のベンチャー企業に……乗っ取られるなど……」


 地面にへたり込んだギルド本部長・御堂島が、引きつった顔で呻く。

 その横では、帝都探索者学院の生徒会長であり、獅子王権ライオンハートの御曹司である獅子王凱が、へし折られた黄金の魔剣を握りしめたまま、ガタガタと無様に震えていた。


「血統……私の、純血の魔力が……。あんな、音もない一撃に……」

「……血統などというレガシー(旧時代の遺物)に依存しているから、本質スペックを見誤るんだ」


 トールは、左目の『深淵のモノクル』を静かに明滅させ、二人の元へと歩み寄った。コツン、コツンという規則正しい革靴の音が、水を打ったようなドームの静寂に響く。


「御堂島本部長。先ほど宣言した通り、当会場における『不良債権バグ』の緊急処理ホットフィックスは完了した。……これに伴う人件費、およびドームの器物破損に対する特別損失は、すべてギルド本部に一括請求(損害賠償請求)させてもらう」

「ふ、ふざけるなッ! 誰がそんな不当な請求を認めるか! 私は探索者ギルドの最高責任者だぞ! 私を法的に罰することなど、この国のどの機関にもできはしない!」


 御堂島が、最後の悪あがきとばかりに血走った目で怒鳴り散らす。

 だが、トールは冷酷な笑みを浮かべ、懐から一枚のタブレット端末を取り出した。


「法的に罰することができない? 誤解しないでいただきたい。私は暴力によるマネジメントを嫌う、極めてホワイトなビジネスマンだ。……私が執行するのは、法と規約ルールだ」


 トールがタブレットの画面を指で弾くと、ドームの巨大モニターの表示が切り替わった。

 そこに映し出されたのは、リアルタイムで垂直落下していく「探索者ギルド本部」の社会的信用度(株価)と、提携企業からの「契約解除通知」の嵐。そして――。


「御堂島本部長。あなたがたが獅子王権と結んだ裏契約、およびSランク魔物の意図的な解放は、テロ活動防止法、並びにダンジョン探索管理法違反に該当する。……現在、我が社の特務調査員(影森)が、すべての証拠エビデンスを警察庁および金融庁、そして検察の特捜部へ同時送信した」

「な……特捜……!?」

「さらに、我が『レギュレーター』の法務部(三木怜および顧問弁護士軍団)より、ギルド本部に対し、以下の要求を行う」


 トールの目が、絶対零度の光を放つ。


「第一に、不当なルール変更によって被った我が社の逸失利益、総額二百四十八億円の損害賠償請求。第二に、あなたがたが保有する東京全域のダンジョン管理権の無償譲渡(M&A)。……そして第三に」


 御堂島の顔面から、一気に血の気が引いていく。


「これまであなたがたが、末端の探索者たちに強いてきた『違法な労働環境』――すなわち、高額なポーションの自己負担、および危険手当の未払い。これに対する、過去五年分の『未払い残業代』の全額支給だ。……ざっと計算して、四百億は下らないな」

「よ、四百……!? そんな金、我がギルドの財政では支払えるわけが――」

「支払えないなら、破産手続き(法的整理)に入るだけだ。その場合、ギルド本部の全資産は、債権者である我が『レギュレーター』がすべて差押え、回収する。……おめでとう、御堂島本部長。本日をもって、あなたのキャリアは完全に『終了デッドロック』だ」


 ドームの入り口から、けたたましいサイレンの音が響き渡る。

 突入してきたのは、ギルド本部の警備隊ではない。重武装した警察の特捜班と、冷徹な目つきをした金融庁の査察官たちだった。


「御堂島宗厳氏、並びに獅子王凱氏ですね。テロ教唆、および不当取引の容疑で同行を願います」


 テレビカメラが、無様に手錠をかけられ、膝から崩れ落ちる「かつての権力者たち」の姿を、これでもかと大写しにする。

 コンプライアンス(法と経済)という、現代社会における最強の刃。旧体制の驕りは、ただの一滴の血を流すこともなく、完全に息の根を止められたのだった。



 2.ルール内での『完全論破』――蹂躙という名の事務処理


 警察に連行されていく御堂島たちの背中を見送りながら、トールはふと視線を横に向けた。

 そこには、漆黒のアビス・カーボンを纏った十五名の少年たち――クラン・レギュレーターの実行部隊『沈黙の騎士団』が、一糸乱れぬ姿勢で整列していた。


「……阿部。ご苦労だったな」


 トールの労いの言葉に、副代表である阿部大輝は、狂信的な光を宿した瞳で深く頭を下げた。


「はっ! ボスが不在の間、ギルドが用意した『不当なレギュレーション』は、我々が完璧に処理デバッグいたしました!」


 実は、トールが関西へ出張し、東京ドームへ降臨するまでの間。

 ギルド本部がレギュレーターを社会的に抹殺するために課した【ポイント加算十分の一】【被弾ペナルティ十倍】【最悪のマナ希薄化エリア(デッドゾーン)配置】という極悪なハンデに対し、阿部たちは一切の絶望を見せなかった。


『ポイントが十分の一なら、他校の百倍の速度で魔物を事務的に処理すればいいだけだ。被弾ペナルティが十倍なら、一度も被弾エラーしなければ計算式はゼロのままだ』


 彼らは、トールの教えの通りに動いた。

 外部のマナに依存しない『体内魔力の極限圧縮循環』を駆使し、魔力反応警棒の青白い閃光で、湧き出る魔物を次々と「流れ作業」のように解体していったのだ。

 一人が誘引ヘイトコントロールし、二人が処理し、三人が回収ピックする。

 息つく間もない圧倒的なライン作業。他校のエリートたちが魔力枯渇で次々とリタイアしていく中、レギュレーターのスコアボードだけが、異常な速度で桁を増やし続けていた。


 結果として、トールが到着する前に、彼らは2位の獅子王高等魔導アカデミーに数百倍のスコア差をつけ、ギルドの悪質なルールを「ルールの内側から完全論破」してみせたのだ。

 その圧倒的な品質証明クオリティ・アシュアランスに耐えきれず、追い詰められた御堂島が狂気に走り、Sランク古竜を暴走させるという致命的なミスを犯したのである。


「……君たちの完璧な『前工程』があったからこそ、俺の『最終決算(星穿)』が活きた。……見事な業務遂行コミットだ。ボーナスを期待しておけ」

「ありがとうございます、ボス!!」


 阿部たち十五名が、誇らしげに、そして軍隊のような完璧な規律で咆哮を上げた。

 他校の生徒たちは、その姿をただ畏怖の目で見つめることしかできない。

 彼らが「学生の部活動」気分でダンジョンに挑んでいる間に、この黒い集団は、すでに世界経済のOSを書き換える「プロの執行部隊」へと昇華していたのだ。


「……さて。会場の『換気デバッグ』は済んだ。これ以上の残業は俺の主義に反する。……帰還(退社)するぞ」



 3.タワーへの帰還と、過熱する社内プレゼン(修羅場)


 空間転移ワープの光が弾け、トールと実行部隊は、渋谷の『レギュレーター・タワー』ペントハウスへと帰還した。


「ボス! お帰りなさいませ!」


 空間が歪むと同時に、仮設指令室で待機していた広報兵站部長・三木怜、外部顧問・氷室冴香、特務調査員・影森蛍、そしてCOO・神代煌が、一斉にトールを取り囲んだ。


「お疲れ様です、ボス。ギルド本部のメインフレーム掌握、および法的手続きの進捗は完璧です。……私の法務・広報戦略が、今回のTOBを迅速に決定づけましたわ」

 三木怜が、タブレットを胸に抱きながら誇らしげにアピールする。


「あら、ギルド内の反対派を政治的に黙らせたのは私のコネクションよ。外部顧問としての報酬、高くつくわよ?」

 氷室冴香が、艶やかな笑みを浮かべてトールの視線を奪いにかかる。


「……ボスの留守を狙ったネズミは、私がすべてデリートしました。……ボスのために、もっと……使ってください」

 影森蛍が、頬を赤らめながら控えめに、だが熱烈に擦り寄る。


「ちょっと、私を差し置いて抜け駆けは許さないわ。……ねえボス、次は私がもっと派手に立ち回って、敵の残党を極彩色に切り刻んであげるわ。……私へのご褒美は?」

 神代煌が、豊満な胸を押し当てるように距離を詰める。


 クランの誇る最強の女性陣(バックオフィス&役員陣)による、猛烈な「社内プレゼン(アピール合戦)」の火花が激しく散る。

 三十二歳の元管理職は、彼女たちの可愛らしくも恐ろしい修羅場に巻き込まれ、重い溜息を吐いた。


「……やれやれ。特Aランクの討伐より、女性陣のステークホルダー・マネジメントの方が遥かに難易度が高いな」


「トールくーん!!」


 その時、キッチンの扉が勢いよく開き、淡いピンク色のエプロンを纏った神崎有栖が飛び出してきた。


「お帰りなさい、トールくん! あ、阿部くんたちも! すっごくお腹空いてると思って、今日はトールくんの大好きな特製お鍋にしました! お肉も野菜も、たっぷり用意してありますよ!」


 有栖は満面の笑みで、トールをダイニングテーブルへと案内する。関西での剛(父親)の救出成功もすでに通信で知らされており、彼女の顔から不安の陰は完全に消え去っていた。


「……ああ。有栖の作った鍋が、一番の疲労回復リカバリーになる」


 トールはフッと口元を緩め、コートをハンガーに掛けた。

 その時、トールの左目のモノクルが、リビングの壁面に残る「凄まじい衝撃波の跡」と、防犯システムに記録された『芦屋の工作員が「スープが吹きこぼれる」という理由で裏拳で壁のシミにされた』という報告ログを検出した。


(……なるほど。俺が関西に出張している間、タワーに侵入した芦屋の精鋭工作員を、料理のついでに『処理』していたか。……俺の極高密度マナと日常的に接触し続けた結果、彼女の基本スペックが完全にバグり始めているな。やはり、我が家のメイン・ベンダーの防衛力は、国家予算級だ)


 トールは小さく苦笑し、彼女の無自覚な規格外ぶりに、改めて「デューデリジェンス(事後評価)」を下した。

 彼女が健気で、どれほどの不安の中でも、自分を信じて待っていてくれたのだ。彼女が圧倒的に安全で、平穏であるならば、それでいい。



 4.究極の平穏リターン


 テーブルの中央には、ぐつぐつと煮える豪勢な鍋。

 その周囲を、トール、有栖、そしてクランの幹部たちが囲む。


「んんっ! 美味しい! この出汁、どうやって取ったの!?」

「すごい魔力含有量ね……。一口食べただけで、今日の疲労が完全にデリートされるわ……」


 三木や神代たちが、有栖の料理の圧倒的な品質(バフ効果)に驚愕の声を上げる。


「えへへ、トールくんのお口に合うように、魔力の波長を少しだけ『雷』っぽくチューニングしてみたんです。喜んでもらえてよかった!」


 有栖がニコニコと笑う。彼女は全く自覚していないが、その無意識の「チューニング」こそが、世界中のクランが喉から手が出るほど欲しがる究極の兵站技術なのだ。


 トールは、有栖のよそってくれた熱々の肉を口に運び、目を細めた。

 極大の愛情(感情エネルギー)が込められたバフによって、トールのレベル131の魔力は完全に「最高値ピーク」へと回復・固定されていく。


「……有栖。今日の余計な仕事バグはすべて終わった。これからは、最高の『平穏リターン』を楽しむ時間だ」

「はい! トールさん!」


 有栖が、嬉しそうにトールの隣にすり寄る。

 それを見た他の女性陣が、「ちょっと有栖さん!」「私もお肉よそいます!」と再び賑やかな修羅場を展開し始める。


 窓の外では、ギルド本部の解体と「レギュレーター」による新体制の発表に、世界中が熱狂の渦に包まれていた。

 日本のダンジョンインフラは完全にレギュレーターのOSに書き換わり、非効率なレガシーシステムは淘汰された。


 最強の帰還者と、無自覚バグの女子高生、そして彼を慕う有能な社員たち。

 圧倒的に不条理で、最高に美味しい夜が、静かに更けていくのだった。




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