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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第二章:市場独占と組織のデバッグ

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第047話:第二章の幕開けと、渋谷迷宮の「グランド・リボーン」

 


 1.ゴールドラッシュの残滓


 二〇二四年、四月二十九日。月曜日、午前六時三十分。


 昭和の日――ゴールデンウィークの初日を迎えた渋谷の街は、祝日の朝特有の弛緩した空気とは無縁の、異様な熱気と殺気に包まれていた。

 宮下公園の北端、かつては放置された不良債権であった「宮下公園ダンジョン」の入口周辺は、一夜にして出現した「テントの森」によって完全に占拠されていた。


「おい、押すな! 俺は三日前から並んでるんだ!」

「おい、そこの! 『入場予約券』余ってないか? 定価の三倍で買うぞ!」

「ヒーラーご用命ございませんかぁ。中級回復まで対応、時給五万で手を打ちますよ!」

「こっちはポーターだ! 荷物持ちなら任せろ、今なら初回割引中だ!」

「魔石、即金で買い取りますぅ。ギルドより一割高く。査定は三秒!」


 その光景は、さながら十九世紀のゴールドラッシュだった。

 昨夜、アカウント『Deep_Shibuya_Archive』が全世界に放流した「三十分でリスポーンするゲートキーパー」と「漆黒の軍団による蹂躙」の映像は、停滞していた探索者市場に巨大な隕石を叩き込んだ。

 効率こそが正義であると信じるガチ勢から、一攫千金を狙うならず者、さらには「渋谷の亡霊」を一目見ようとする野次馬までが、数キロメートルに及ぶ長蛇の列を形成している。


 だが、その狂騒を、一枚の「漆黒」が冷徹に切り裂いていた。


 宮下公園ダンジョンの正面入口。そこには昨日までなかった、マットな質感を放つアビス・カーボン製の巨大な防護フェンスがそびえ立っている。

 フェンスの向こう側には、一糸乱れぬ姿勢で整列する十五名の少年たち――『沈黙の騎士団サイレント・オーダー』が、彫像のように静止していた。


 2.規律のデプロイ


「……ノイズ(雑音)がひどいな」


 フェンスの内側。即設の指揮所に鎮座する三木怜みき・れいが、左腕のデバイスを確認しながら冷淡に呟いた。

 彼女は今日、クラン『レギュレーター』の「最高執行責任者代理(COO)」である神代煌をバックアップする「統括マネージャー」として、この狂乱の現場を仕切っている。


「阿部くん。……周辺のトラフィック、整理デバッグを開始して。……ボスの到着まで、あと十分よ」


「了解、三木部長」

 阿部大輝が、魔力反応警棒のグリップを軽く叩いた。

 彼がフェンスのゲートを一歩踏み出すと、それまで野蛮な声を上げていた群衆が、一瞬で凍りついた。


 漆黒の制服。感情を削ぎ落とした冷徹な眼差し。

 かつて渋谷の裏路地で燻っていた不良少年は、今やトールという「OS」をインストールされたことで、圧倒的な「強者の威圧感」を纏う管理職へと変貌していた。


「――注目。……これより、当施設周辺の『レギュレーション(規律)』を更新する」

 阿部の声が、魔力増幅によって渋谷のビル風を切り裂き、全員の鼓膜に突き刺さる。


「第一に、不法なテントおよび露店は即刻撤去しろ。公道の占有はコストの増大だ。……第二に、当ダンジョンは完全予約制だ。魔導サーバーによる『認証コード』を持たない個体は、これより一キロ圏内からの退去を命ずる。従わない場合は、……当クランの『敵対的買収対象(排除対象)』とみなす」


「なんだと!? ギルドの管轄はどうなってるんだ!」

 一人の荒くれ者が声を上げるが、阿部はモノクルを光らせ、男のステータスを一瞬で監査スキャンした。


「……個体名:ゴリ山。レベル:18。……低レベル個体の『クレーム』は、計算上のリスクにすらならない。……佐伯、処理しろ」


「了解です、阿部さん」

 風を操る少年・佐伯陽向が、爽やかな笑みを浮かべたまま指を弾いた。

 瞬間、不可視の旋風が男を包み込み、声を出す暇もなく後方へと優しく、だが抗いがたい力で「放り出した」。


「……さて。……他にご意見のある『株主』は?」

 阿部の問いに、群衆は静まり返った。

 暴力ではない。徹底的に管理された「力」のデモンストレーション。

 それこそが、佐藤通トールがこの街に持ち込もうとしている新しい秩序(OS)の姿だった。


 3.ランチ・ソリューションの提供


 殺伐とした空気の中、フェンスの裏から、それとは対極にある「甘い香り」が漂ってきた。

 炊き立ての米。出汁の効いた味噌汁。そして、丁寧に焼き上げられた卵焼きの匂い。


「――お待たせいたしました。……温かいランチ、ございます」


 鈴を転がすような、凛とした、それでいて包み込むような声。

 整列した黒い騎士たちの間を割って現れたのは、淡い桃色のエプロンを纏った神崎有栖かんざき・ありすだった。


 彼女の後ろには、三木怜が組織した『サポーターズ・プレミアム』の少女たちが、洗練された動作でワゴンを押している。

 そこに乗っているのは、かつてトールが「愛という名の特級呪物」とまで称した、あの究極の弁当――の、量産試作モデル(リ・デザイン版)だった。


「予約リストの上位百名様。……長時間の待機による『MPの枯渇』、および『空腹』というデバフを解除デバッグするための、特別インセンティブ(福利厚生)です。……どうぞ、召し上がってください」


 有栖が微笑むと、先ほどまで殺気立っていた探索者たちの顔が、一瞬で緩んだ。

 手渡された弁当箱を開けた一人が、一口食べて、絶叫した。


「……う、うめぇ!! なんだこれ、魔力が……体の奥から魔力が湧いてくる!? 疲れが……一瞬で消えた!」

「おい、この味噌汁……。飲んだだけでステータスが安定したぞ!?」

「神様だ……。桃色の女神様が、地獄の行列に降臨した……!」


 三木怜が、その光景を冷徹なスコアボードにタグ付けしていく。

(解析:『神崎ランチ』による周辺好感度の上昇率:400%。……既存の探索者サポート市場の『破壊的イノベーション』、成功ね)


 有栖は、一人一人に笑顔で食事を手渡しながら、心の中でトールの教えを反芻していた。

『有栖。……顧客は、単なる商品(魔石)を求めているのではない。……彼らが求めているのは、過酷な迷宮の中で自分を繋ぎ止めてくれる「人間性アンカー」だ』


 今の彼女は、単なる女子高生ではない。

 トールを、そしてこの巨大なクランを「人間」の側に繋ぎ止めるための、唯一無二のメイン・ベンダー。

 彼女の差し出す一切れの卵焼きが、荒れ果てた渋谷の現場に、かつての平和な日常という名の「聖域」を再構築していく。


 4.統制者の降臨


「――定時(八時)だ。……開門しろ」


 その声が響いた瞬間、宮下公園の全トラフィックが停止した。


 群衆が割れる。

 そこを歩いてくるのは、仕立ての良い漆黒のブレザー。

 左目には、朝の陽光を反射して冷たく光る、銀のモノクル。

 佐藤通トールが、COOである神代煌を伴い、完璧な歩調で現れた。


 通がモノクルを一度叩くと、フェンスに埋め込まれたホログラム・ディスプレイに、巨大な数字が浮かび上がった。


【REGULATOR - Shibuya Branch : Grand Reborn Process 100%】


「……ホムル。……宮下公園ダンジョン二十二階層までの、全パーミッション(権限)を解禁しろ。……これより、当セグメントにおける『迷宮の再定義アップデート』を開始する」


『了解、マスター。……魔導サーバー、ログイン完了。……エントランス受付ゲート、オープン』


 音もなく、アビス・カーボン製の巨大なゲートが左右へと開かれた。

 その奥に広がるのは、かつての湿った洞窟ではない。

 幾何学的な青い光のラインが壁を走り、澄み渡った魔力が充満する、現代的で、合理的で、圧倒的に美しい「管理された迷宮」の姿。


「……さて。……諸君。……『冒険』という名の無秩序な労働は、昨日で終わりだ」


 通はモノクルの度数を【最高管理者モード】に固定すると、最前列の探索者たちを見据えた。


「これより、君たちは俺の管理マネジメント下に入る。……利益を最大化し、損失を最小化しろ。……それ以外のバグ(行動)は、一切認めない。……では、ログインを開始しろ」


 二〇二四年、四月二十九日、午前八時。

 レベル131の亡霊による、現代社会への「経営介入」が、物理的な形を伴ってついに現実となった。


 第一章で築いた基盤が、今、渋谷という街を飲み込み、世界を書き換えるための巨大なエンジンとなって咆哮を上げ始める。


 通の冷徹な笑みが、モノクルの奥で静かに深まった。

 第二章――『市場独占と組織のデバッグ』。

 その、あまりに野心的で合理的な「決算」の幕が、今、切って落とされた。





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