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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第一章:統制者の創業と、渋谷ダンジョンのデフラグメンテーション

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第036話:市場への宣戦布告と、極彩色の女王

 


 1. 錆びた倉庫の戦略会議


 月曜日の放課後。夕刻の柔らかな橙色の光が、渋谷代々木学園第一グラウンドの隅を斜めに切り取っていた。

 資材倉庫の裏手。使い古された跳び箱や錆びた支柱が放つ、古い鉄とカビの匂いが混じり合う静寂の中で、クラン『レギュレーター』の暫定執務室は、異様な緊張感に包まれていた。


 佐藤通トールは、漆黒の極薄繊維『アビス・カーボン』を纏った阿部大輝ら十五名の実行部隊を冷徹な眼差しで見据え、静かに唇を分かつ。


「さて――『レギュレーター』のフランチャイズ拠点は『宮下公園ダンジョン』と決定した。近隣にはすでに準備拠点を確保している。五月二十日にはオープンできるだろう」


 通の言葉と同時に、広報兵站部長・三木怜が手元のタブレットを滑らかにフリックした。空間に青白いホログラムが浮かび上がり、宮下公園の北端に聳える十四階建ての雑居ビルが、無機質な立方体の積み木のように投影される。


「そこで、君たちのタスクは、魔石の調達およびマーケットへのリリースだ。目標額(KPI)は五十億円。……まあ、あのビル一棟の購入資金だ」


 通の口から漏れた、あまりに日常から逸脱した天文学的な数値。

 阿部たちの背筋を、冷たい汗が伝い落ちる。十五歳の少年たちの喉が、戦慄と共にゴクリと鳴った。


「ご、五十億……!? ビルを、丸ごと一棟買うって言うんですか……!」


「驚くことではない。君たちが『沈黙の騎士団』として叩き込まれた、一切の無駄を削ぎ落とした『ライン作業』。そして三木部長が描く広報戦略があれば、これは十分に到達可能な数値ターゲットだ」


 通は左目の『深淵のモノクル』を、指先でカチリと叩く。【工程管理モード】が起動し、彼の視界には部下たちの心拍数や魔力残量が、冷厳な棒グラフとなって重なり合う。


「一ヶ月後のグランドオープンまでに、この資金を調達し、我々の『本社ビル(ヘッドクォーター)』を完成させる。……阿部くん、君たちの『コミットメント』を聞こう」


 通の、感情を排した絶対的な「上司」としての重圧。阿部は一瞬の戸惑いを振り払い、魔力反応警棒を握る手に力を込めた。手のひらの汗で湿ったグリップが、覚悟を問うように彼の手を押し返す。


「はっ! レギュレーター実行部隊――この命と魔力のすべてを投資し、必ずやボスの期待利益リターンを上回る成果を叩き出してみせます!!」


 その背後で、三木怜が不敵な笑みを口端に刻む。広報兵站部長の腕章が、彼女の自信を象徴するように誇らしく輝いていた。


「任せて、ボス。市場マーケットでの高値売却リリースと、クランの時価総額の引き上げは、私の『S.G.サポーターズ・プレミアム』が、完璧に統制レギュレートしてみせるわ」


「よろしい。全社、プロジェクト開始だ」


 2. 極彩色のCOO、降臨


 戦略始動の宣戦布告と同時に、三木怜の端末が、華やかな電子音を響かせて振動した。


「三木さん、レギュレーターはもう出動なの?」


 スピーカーから漏れ聞こえたのは、高級な絹の擦れる音を思わせる、傲慢で甘美な響き。クランの最高執行責任者代理(COO)として名を連ねたばかりの『学園の女王』、神代煌の声だった。


「あら煌さん。ターゲットは宮下公園ダンジョンよ。準備ができ次第、現地でお待ちしておりますわ」


 短い通信が切れると、三木はサポーターズの少女たちに指示を飛ばした。羽虫のような羽音を立てて、数多の撮影ドローンが夕闇の空へと舞い上がっていく。


 ***


 宮下公園ダンジョンの深層。

 そこは、かつて魔物が支配していた湿った暗がりの迷宮ではなく、すでに漆黒の制服『アビス・カーボン』を纏ったレギュレーター実行部隊による、無慈悲なほど効率的な「工場ライン」へと変貌していた。


「――左翼、展開! 魔力反応警棒、出力安定! バグ(魔物)を逃すな!」


 阿部の号令が洞窟に反響し、少年たちが幾何学的な陣形を描きながらステップを踏む。彼らが警棒を振るうたび、硬質な衝突音と魔物の断末魔がリズミカルに重なり、一つの作業音楽(BGM)を形成していく。


「第4班、佐伯。前工程の『ノイズ』、掃討します」


 佐伯陽向が、ファッション誌のモデルのような完璧な笑顔で警棒を薙いだ。極薄の風の刃『見えざる領収書インビジブル・レシート』が幾重にも重なり、魔物たちを塵一つ残さず、冷徹に解体していく。


「第7班、鉄。……熱損失、0.01%以内に固定」


 鉄凛が地面に触れる。

 瞬間、周囲の空気が絶対零度の静寂へと書き換えられた。発動される『零度の監査ゼロ・オーディット』。空間の熱を奪い尽くされた魔物たちは、咆哮を上げる暇もなく彫像と化し、物理法則ごと事務的に崩壊していった。


 完璧なデバッグ作業――そのモノトーンの視界を、突如として暴力的なまでに鮮やかな色彩が塗り潰した。


「――遅いわね、あなたたち。そんな地味な作業で、五十億なんていつ稼ぐつもりかしら?」


 プラチナブロンドの長髪を春の夜風に靡かせ、神代煌が降臨した。

 彼女の影から具現化した白銀の魔導大鎌『グロリアス・オーディット』。それが大気を裂いて振るわれるたび、ダンジョンの闇は極彩色の魔力の奔流に飲み込まれ、虹色の残光が網膜を焼く。


「見てなさい。これがクランの『看板』の仕事よ!」


 煌は舞うように敵陣の最深部へ突入した。妥協を許さぬ『オーバーキル・マネジメント』。

 彼女の大鎌が空間を薙ぐたびに、強大な魔物の首が鮮やかに飛び、宙を舞う巨大な魔石が、宝石の雨となって地面に降り注いだ。硬い岩肌に魔石が跳ねる、カラン、コロンという高価な音が響き渡る。


「最高よ、煌さん! サポーターズ、現在のアングルを逃さないで! 私たちの『極彩色の太陽』を、今すぐ世界に配信パブリッシュするのよ!」


 後方で即席の野外オフィスを展開する三木怜が、興奮に頬を紅潮させてドローンを駆る。

 煌の「美しき暴力」と、騎士団の「冷徹な機能美」。そのコントラストが、三木のカメラによって完璧な投資用プロモーション映像へと切り取られていく。


 その光景を、後方から腕を組んで見つめていた佐藤通は、左目のモノクルを一度だけ叩いた。


(解析。……神代煌の介入により、魔石回収効率は理論上の400%を突破。……三木怜の広報戦略による、時価総額の急騰予測――もはや測定不能)


「素晴らしい『品質の差別化プレミアム・ブランディング』だ。五十億の資金調達など、この陣容ならば一ヶ月を待たずして達成できるだろう」


 通の唇に、冷徹なCEOとしての、だがどこか悦びに満ちた満足げな笑みが浮かんだ。

 自らの配下たちが織りなす圧倒的な市場独占マーケット・ドミナンス

 世界という名のマーケットが、今、彼らの足元で平伏そうとしていた。


【クラン『レギュレーター』:宮下公園ダンジョンを制圧。資金調達、目標値を大幅に上方修正】


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