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第2話 ただの通りすがりだ



 ふう、と息を吐きながら、俺は地面に転がった巨大な獣を見下ろした。さっきまで暴れ回っていたとは思えないほど今は静かだ。森を震わせていた咆哮も、光の奔流も、すべてが嘘のように消えている。


 それにしても、ここ最近はどうにも魔獣の活動が活発な気がする。


 三年前に放浪を始めた頃と比べても、明らかに出現頻度が増えている。しかも厄介なのは、ただ数が増えただけではないということだ。個体がでかい。妙に凶暴。さらに言えば、見慣れない特徴を持つやつが増えているという点だ。


 今目の前に横たわっているこの大型魔獣にしてもそうだ。


 光属性を帯びた獣が、これほど黒く侵食されるなんて普通は聞かない。聖林の結界を抜けて都市近郊まで現れるなんて、なおさらだ。こんなのが今後もひょいひょい出てくるようになったら、ギルドの連中は間違いなく寝る暇もなくなるだろう。


「コイツ、なんて名前だったっけな……」


 頭を掻きながら、記憶を探る。

 依頼書には何かそれらしい名前が書いてあった気がする。グラナディウス、とか、そんな感じだったか。いや、あれは別の地域の魔獣だったかもしれない。最近は新種だの変異種だの、妙に仰々しい呼び名が増えているせいで、正直覚えきれない。


 黒く侵食された光獣。

 新種か、あるいは変異個体か。


「まあ、どっちでもいいか。うまけりゃ」


 つぶやいた瞬間、背後から気配を感じた。振り返ると、森の奥から馬車が見えた。白を基調とした装飾、金の縁取り、紋章の刻まれた側面。護衛騎士たちが慌ただしく周囲を固めている。


「……ん?」


 目を細める。


「あの馬車、王族仕様じゃないか?」


 旅をしていれば、それなりに目は肥える。あれはただの貴族の馬車じゃない。装飾も護衛の数も、明らかに格が違う。中央の紋章は、ルミナリア神聖王国の王家のものだったはずだ。


 さっきまで必死に戦っていた騎士たちが、こちらに向かって歩いてくる。鎧には聖紋が刻まれ、マントは白と金。どう見ても王家直属の近衛騎士団だ。


「先ほどは……助太刀、感謝する」


 先頭に立つ騎士が、深く頭を下げた。周囲の騎士たちも続く。さっきまで死を覚悟していた顔とは思えないほど真剣な表情だ。


「通りすがりだ。気にするな」


 そう言いながらも、俺の視線は自然と馬車のほうへ向かっていた。


 ゆっくりと扉が開き、中から一人の少女が姿を現す。年の頃は十代後半か。淡い金の髪が陽光を受けてきらめき、白いドレスの裾が風に揺れる。その立ち居振る舞いは、森の中にあってなお不思議なほど整っていた。


 ああ、なるほど。


「本物の王族か」


 思わず小さくつぶやく。


 彼女は一歩前に出ると、俺に向かってまっすぐ視線を向けた。澄んだ瞳だが、その奥にはどこか疲れのようなものが滲んでいる。森での戦闘に巻き込まれたせいだけではない、もっと別の何かだ。


「あなたが……私たちを救ってくださったのですね」


 声は静かで、しかし芯がある。


「たまたまだ。でかいのがいたから斬っただけだ」


 本心だ。助けるつもりがなかったわけではないが、英雄気取りをする気もない。


 王女らしき少女は一瞬目を瞬かせ、それから小さく微笑んだ。その仕草に周囲の騎士たちがわずかにざわめく。


 俺は視線を魔獣へ戻した。


「ところで、これ持って帰ってもいいか?」


 騎士たちの顔が固まる。


「も、持って帰る……?」


「ああ。討伐したのは俺だろ。報酬は肉でいい」


 そう言って、俺は巨大な魔獣の前に立つ。体長は馬車三台分。重量も相当なはずだ。普通なら解体して運ぶところだが、面倒だ。丸ごと持って帰ったほうが早い。


 大剣を背中に納め、しゃがみ込む。獣の胴に腕を回し、足を踏み込む。


「よっと」


 地面にめり込んでいた巨体が、ゆっくりと浮き上がる。土が崩れ、枝が折れ、影が揺れる。俺はそのまま肩へ担ぎ上げた。


 重さは感じるが、支えきれないほどではない。


 静まり返った森の中で、鎧の擦れる音だけが小さく響く。騎士たちは口を開けたまま固まり、誰も声を発さない。王女もまた目を見開いたまま俺を見つめている。


 その視線は恐怖というよりも、驚愕と、そして何か別の感情が混じっているようだった。


 この男、ただものではない――。


 言葉にせずとも、そう思っているのが伝わってくる。


「じゃあ、俺はこれで」


 軽く顎をしゃくり、俺は森の出口へ歩き出す。背中に巨大な魔獣を担いだまま、足取りは普段と変わらない。


 背後から小さな声が聞こえた。


「……ブラック・ドラグニル」


 ほう。こんなところにまで俺の名前が知れ渡っているのか。…まあ、ギルドの連中が勝手に俺の噂を流しているから無理もないか。


 振り返らずに、俺は笑う。


「腹が減ってるだけのハンターだ。大げさに考えるなよ」


 だが俺の知らないところで、何かが動き始めている気配があった。

 魔獣の異常。王族の外出。森に満ちる不穏な魔力。


 肩に担いだ獲物の重みを感じながら、俺は空を見上げる。光は相変わらず眩しい。


「……ほんと、最近騒がしいな」


 ぼやきつつも、胸の奥でかすかな高鳴りを感じている自分に気づく。

 ただの腹ぺこハンターのはずなのに、どうにも面倒な匂いがしてきた。


 まあいい。


 まずは焼く。話はそれからだ。

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