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第18話 魔物という存在



 ハンターにランクがあるように、この世界の魔物にもまた明確な危険度の区分が存在する。


 冒険者ギルドの建物を出て、ガルムの石畳を歩きながら、俺は支部長から渡された報告書をもう一度広げていた。そこには例の「幻のスライム」の目撃情報と簡単な危険度の仮判定が書かれている。


 魔物の危険度は、大きく言えば“等級”と呼ばれる階層で分類される。ギルド内部では正式には「魔獣危険等級」という呼び方をしているが、現場のハンターたちは単にランクと呼ぶことが多い。


 もっとも低いのは第Ⅰ等級。これは一般の野生動物に毛が生えた程度の存在で、牙や毒を持つ個体もいるが、訓練されたハンターなら一人でも十分対処できる。村人が自衛のために追い払える程度の魔獣もこの範囲に入る。畑を荒らす草喰いの角兎や、小型の泥スライムなどがその代表だ。


 第Ⅱ等級になると話は少し変わる。身体能力が人間を上回り、武器を持たない一般人では対処が難しくなる。爪牙だけでなく、魔力を帯びた攻撃や特殊な生態を持つ個体も多い。森林に棲む灰狼群や、岩場に潜む鎧トカゲなどがこの層だ。ギルドの初心者ハンターが最初に挑むのも、大体このあたりになる。


 第Ⅲ等級からは、明確に“危険区域”の生き物と呼ばれる。個体の体格が大型化し、魔力反応も強く、討伐には複数人のパーティーが必要になる。縄張り意識も強く、地域の生態系を丸ごと変えてしまうことも珍しくない。火山帯の紅角牛や、峡谷に棲む岩殻ワイバーンの幼体などはこの段階だ。


 第Ⅳ等級になると、もはや一個体が地域災害に近い。村や街道を壊滅させる危険性があり、ギルドは正式な討伐隊を編成する。体躯は城門を越え、皮膚は鉄より硬く、魔力反応は周囲の環境そのものを歪ませる。俺がこれまで何度か狩った蒼氷フェンリルの変異種や、深海域から浮上してきた鎧鱗リヴァイアサンなどがこの階層に分類される。


 そして第Ⅴ等級以上になると、話はまるで違う。


 この領域は、通常のハンターが単独で挑むような存在ではない。古代から伝承に残る“災害級”の魔獣、あるいは大陸の均衡そのものに影響を与える存在がここに含まれる。火山を目覚めさせる炎竜、海流を変える深海龍、天空を覆う嵐鳥。そうした連中は単なる生物というより、自然現象に近い。


 ギルドの帳簿にはさらに上位の分類も存在するが、それはほとんど記録のためだけの数字だ。実際に討伐された例は数えるほどしかない。


 もっとも、この等級というのは絶対的な強さだけで決まるわけではない。危険度にはいくつかの要素が絡む。体格、攻撃力、繁殖力、知能、魔力密度、そして地域への影響度。小さな個体でも繁殖速度が異常に高ければ、それだけで危険等級は上がるし、単独では弱くても群れを作る魔獣は脅威になる。


 スライムという魔物が、まさにその好例だ。


 スライムは基本的に低等級の魔物で、街道近くの湿地や森の陰にひっそりと棲んでいる。体は半透明の粘液質で、内部に小さな魔核を持つ。単体の攻撃力は低いが、捕食能力が高く、昆虫や小動物を取り込んで体を維持している。


 普通の泥スライムなら、火を当てれば簡単に蒸発する。塩や強アルコールでも弱るし、剣で魔核を割ればすぐに崩れる。初心者ハンターの訓練相手としてよく使われる理由もそこにある。


 ところが、魔力濃度の高い地域で長く生きたスライムは、ときどき異様な変化を起こす。


 体内の魔核が肥大化し、粘液の性質が変わり、溶解力や吸収能力が飛躍的に高まる。中には金属すら溶かす個体や、獲物の記憶を模倣するような奇妙な性質を持つものも報告されている。


 そうした個体は、普通のスライムとは別の種として扱われる。変異種、あるいは上位スライム。ギルドの記録でも数が少なく、詳しい生態はまだ解明されていない。


 支部長が言っていた「幻のスライム」というのは、おそらくその類だろう。


 俺は歩きながら、遠くの山を眺めた。パルム地方の山岳地帯は、このガルムからさらに西へ進んだ先にある。険しい岩山と深い森が連なり、古い交易路が細く続く場所だ。人の手が届かない谷も多く、魔力の流れが複雑に絡んでいると聞いたことがある。


 世界は広い。


 六大陸それぞれに異なる環境があり、その環境に適応した魔物たちが生きている。火の大陸では溶岩の上を歩く獣がいて、水の大陸の深海には光を放つ巨大な甲殻類がいる。風の大陸では浮遊島の縁に巣を作る翼竜が旋回し、土の大陸の地下では目のない獣が暗闇を這い回る。


 魔物の起源については、学者たちの間でも意見が分かれている。古代の魔導実験の失敗だと言う者もいれば、零界核から溢れた魔力が自然生物を変質させた結果だと言う者もいる。さらに過激な説になると、竜族の残滓が形を変えた存在だという話まである。


 俺からすれば、どれも半分は当たっていて半分は違う気がする。


 魔物はただ、そこにいる。


 山があり、森があり、魔力が流れている場所に、それに適した生き物が生まれる。それだけのことだ。


 そして、その中にはときどき、とんでもなく旨そうなやつが混ざっている。


 俺は報告書を折りたたみ、腰袋にしまった。市場の通りの向こうで、王女と侍女がこちらを待っていた。


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