第14話 星の病
俺の問いかけに、王女は口を開きかけたまま、言葉を飲み込んだ。細い指先がわずかに震え、唇をきゅっと噛みしめる。その横顔には、王族として整えられた気品とは別の、年相応の迷いが浮かんでいた。
その様子を見た侍女が、一歩前に出る。
「……私からお話しいたします」
静かな声だったが、そこには決意があった。
「王女様には、悩みがございます。いえ、それは“王女個人の悩み”というより、“王族としての悩み”と申し上げた方が正しいかもしれません」
俺は腕を組み、黙って続きを促す。
「古来より、六大陸を統べる王家の血筋には『負の遺産』と呼ばれるものがございます。別名を“星の病”」
その言葉に、かすかに記憶が引っかかる。旅の途中、酒場で耳にした噂話の断片だ。王は短命である、と。
「星の病は、六王の名と血を継ぐ者に宿る力であり、同時に呪いでもあります。光の大陸のみならず、火、水、風、土、闇――いずれの大陸でも、王族の寿命は著しく短いのです」
侍女は炎を見つめながら語る。
「その力は、大陸の零界核と深く結びついております。王家の血を引く者は、生まれながらにして大陸のエレメントと同調する資質を持ちます。王として即位することで、その同調は強まり、零界核の安定に寄与する代わりに、身体へ莫大な負荷がかかるのです」
つまり、王は単なる政治的象徴ではなく、大陸そのものを支える装置の一部ということか。
「歴史を振り返っても、在位期間は長くて十年ほど。多くは五年から七年でその命を落とします。光の大陸も例外ではありません」
俺は王女を見る。彼女は視線を落とし、拳を握りしめている。
「現聖王陛下――王女様の御父君も、その父君も、同様に星の病に蝕まれました。陛下の御身体も、すでに……」
言葉を濁したが、意味は十分に伝わる。
死期が近い、ということだ。
王女は幼少期から、その事実を聞かされてきたのだろう。
「王となる者の使命は、民を導くこと。自らの命をかけて、この地に住む者の暮らしを守り通すこと」
侍女の声は、まるで儀式の言葉をなぞるようだった。
「王族は、そのために生まれます」
俺は焚き火に目を落とす。炎は静かに揺れている。
王になる者の寿命が、普通の人間の半分にも満たない。十年そこそこで命を削り尽くす在位期間。各大陸で共通しているというなら、それは単なる偶然ではない。六環均衡を維持するための仕組みの一部なのだろう。
王女がぽつりと口を開いた。
「私は……理解できませんでした」
声は小さいが、はっきりとしている。
「どうして、王になる者は短く生きる運命なのか。どうして、普通に生きることが許されないのか」
彼女は顔を上げ、俺を見た。
「王族として生まれたというだけで、自由を選ぶことができないのは、なぜなのでしょうか」
その問いは理屈ではなく、感情から生まれたものだとわかる。
俺はこれまで各大陸の「王としての宿命」について、風の噂程度にしか聞いてこなかった。火の大陸では王が炎に身を焼かれるように衰弱する、水の大陸では王が水に沈む夢を見る、闇の大陸では王が影に喰われる――どれも酒場で語られる伝承だと思っていた。
それが、実際には零界核と結びついた現実の病だというなら、…なるほど王家というのは、俺が思っている以上に厄介な身分なのかもしれない。
「王女様は幼少の頃より、その運命を受け入れるよう教えられてきました」
侍女が続ける。
「民のために生き、民のために命を捧げることが王族の誇りであると」
王女は静かに息を吐いた。
「私は、それを否定したいわけではありません。民を守ることが尊いことも、理解しています」
炎が彼女の瞳に映る。
「ですが……」
言葉が途切れる。
生まれながらに決められた寿命。選べない未来。自由を許されない立場。
俺は腕を組んだまま、しばらく考えてしまう時間があった。
王族としての悩み。それを“個人のわがまま”と切り捨てるには、少し短絡的すぎる見方だったと今更ながらに感じてしまう。
「……なるほどな」
俺は小さく呟く。
王女ユリアナの悩みは城の窮屈さだけではない。自分の命の長さがあらかじめ定められているという事実。いずれ即位し、零界核と同調し、その身を削る未来が待っているという現実。
それを背負わされている十代の少女が、世界を見たいと願う。
その気持ちが単なる逃避かどうかは、まだ判断しきれなかった。ただそれでも、この胸のうちに秘めた感情の底には、王族という仮面の奥に隠された、年相応の切実な願いが見えた気がした。
川の流れは変わらず続いている。
星の病。六王の血。零界核。
世界の均衡は、王の命の上に成り立っているのかもしれない。
俺は焚き火を見つめながら、次に問うべき言葉を探していた。




