第10話 六つの大陸を歩いて
焚き火の前で肉をかじりながら、ふとこれまでの旅を思い返すことがある。
俺はこれまで、本当にいろんな魔獣を食してきた。最初はただ、生きるためだった。三年前、放浪を始めたばかりの頃は、金もコネもなく、狩れるものを狩って食うしかなかった。それがいつの間にか、未知の味を求める旅に変わっていた。
伝説と呼ばれてきた魔獣にも出会った。北の氷原で遭遇した《蒼氷のフェンリル》は、常人なら凍死する吹雪の中でしか姿を現さないとされる幻獣だった。あの肉は冷たいままでも甘みがあり、炙ると脂が透明に溶けた。火の大陸では、溶岩湖のほとりに棲む《赤殻バジリスク》を討ったこともある。鱗は硬く、毒も強いが、尾の付け根の肉は意外にも繊細で、火山岩塩との相性が抜群だった。
ある条件下でしか出現しないとされる幻獣にも、何度か縁があった。満月の夜にだけ姿を見せる《月影鹿》、千年樹の根元でしか孵らない《翠翼の大鳥》。どれも討伐依頼というより、偶然の遭遇だったが、結果的に俺が初めて正式記録を残した個体も多い。
気がつけば、ハンターとしての知名度も上がっていた。最初は「腕の立つ若造」程度だったはずが、いつの間にか「新種発見者」だの「変異種討伐者」だのと呼ばれるようになった。ギルドの記録庫には、俺の報告書が山積みになっているらしい。俺自身が発見した魔獣も、正確な数はもう覚えていない。草原に擬態する昆虫型の魔獣、砂漠で地中を泳ぐ爬虫型、闇の大陸で影そのもののように動く半実体型。どれも最初は“未確認”の印が押されていた。
この世界には六つの大陸がある。それぞれがまるで別の世界のように異なった環境を持ち、生態系も文明も、その土地の特性に合わせて発展してきた。
火の大陸は地殻が薄く、火山帯が縦横に走る。地面の下を流れるマグマの熱を利用した魔導炉が都市の動力源となり、鉄と火を扱う技術が発達している。生息する魔獣も耐熱性を持つ個体が多く、硬質な外殻や耐火皮膚を備えた種が主流だ。
水の大陸は海と湿地に覆われ、都市は運河と水路で繋がっている。潮の満ち引きや水流を利用した水車式の魔導装置が発達し、魚型や両生型の魔獣が多い。深海には未だ記録のない巨大個体が潜んでいるとも言われている。
風の大陸では、浮遊島が空を漂い、飛空艇が日常の足となっている。強い気流と高低差の激しい地形に適応した鳥型魔獣や軽量の哺乳型が多く、空中戦に特化したハンターも存在する。
土の大陸は広大な山脈と鉱脈を抱え、地下都市が網の目のように広がる。重厚な石造建築と機甲兵が発達し、地中を掘り進む虫型や大型の獣型魔獣が多い。
闇の大陸は日照時間が短く、濃い霧と影が常にまとわりつく。精神系や幻惑系の魔獣が多く、実体と非実体の境界が曖昧な種も確認されている。
そして光の大陸。秩序と法を重んじ、清廉な都市を築き上げたこの地では、光属性の魔獣が多く、聖林や保安林といった管理された自然が広がっている。
旅の中で、俺は多くの出会いと発見をしてきた。腕の立つ老ハンターに叩き込まれた解体の技術、火の大陸で出会った料理人に教わった香辛料の扱い方、闇の大陸で命を救ってくれた無口な医師。どの出会いも、俺の旅を少しずつ形作ってきた。
魔獣の味は土地によって違う。育つ環境が違えば、肉の質も、脂の乗り方も変わる。それは人間も同じだ。六つの大陸、それぞれに生きる人々は、環境に適応し、独自の文化を築いてきた。食も、言葉も、戦い方も違う。
俺はその間を渡り歩いてきた。
属する国もなく、帰る城もなく、ただ次の土地へ向かう。腹が減れば狩り、うまいものがあれば立ち寄る。だが気づけば、その行動の積み重ねが、世界の断片を俺の中に蓄積していた。
焚き火の炎を見つめながら、俺は小さく笑う。
この世界は広い。生態系は複雑で、文明は絡み合い、魔獣は進化と変異を繰り返す。俺はそのほんの一部をかじっているに過ぎない。それでも、噛みしめるたびに、新しい発見がある。
六つの大陸を歩き、六つの空気を吸い、六つの味を知った。
だが、まだ終わりではない。
川の音が静かに響く夜の中で、俺は次に出会う未知の味を思い描く。
世界は、まだまだ食い尽くせそうにない。




