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竜王ですが?  作者: 平木明日香
第一章 旅立ち
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第9話 未知の味



 岩棚の下に焚き火を起こし、火の具合を見ながら荷袋を開く。今夜の飯は決まっている。昨日獲った聖林豚の残りと、あの大型魔獣の肉だ。聖林豚のほうは市場に卸して銀貨に変えたが、解体のときに少しだけ自分用に残しておいた。脂の乗った肩肉と、塩漬けにしておいたバラの一部。星涙菜の前祝いにはちょうどいい。


 問題は、あの変異種の肉だ。


 マリナが言っていたが、結局ギルドのデータベースには登録されていない魔獣だったらしい。光属性を帯びた中型哺乳獣が何らかの要因で変異し、巨大化した可能性が高いとのことだった。魔獣というのは一括りにされがちだが、実際には生物学的な系統がある。哺乳型、爬虫型、鳥型、昆虫型、さらには植物型や無機寄生型まで存在する。その中であの個体は、骨格の構造や内臓の配置から見て、もともとは中型の草食性哺乳獣――おそらく“光野鹿”系統に近い。


 光野鹿はこの大陸に広く分布する魔獣で、通常は群れで行動し、光属性の魔力を体内に蓄えることで外敵から身を守る。角の内部に小さな光核を持ち、外敵に襲われると閃光を放つ習性がある。肉は淡白だが、脂にほのかな甘みがある。だが今回の個体は、角が退化し、代わりに体内の光核が異常肥大していた。さらに黒い侵食が各所に見られ、筋繊維が通常よりも太く、骨も分厚かった。単純な巨大化というより、魔力の暴走に近い変異だろう。


 ギルドとしてはデータ不足で高値はつけられないとのことで、光核以外の肉は大して金にならなかった。危険性が未知だからだ。だが俺にとっては、金になるかどうかより、味がどうかのほうが重要だ。


 昨日軽く焼いてみたが、悪くないどころか、かなりいい。確かに筋張った部分は多い。特に四肢の外側は繊維が硬く、そのまま焼くと歯ごたえが強すぎる。しかし内腿や背肉の深部は程よい弾力があり、噛みしめるほどに旨みが滲み出る。光属性の甘みと、黒い侵食部分に由来するわずかな苦味が重なり、単なる草食獣とは違う奥行きがある。


 内臓も侮れない。心臓は肉厚で、血抜きをきちんとすれば臭みはほとんどない。肝は通常よりも色が濃く、火を通すとねっとりとした食感になる。特に胃袋の一部は、薄切りにして香草と和えると、珍味として面白い味の広がりを見せる。奇抜だが、嫌いじゃない。


「さて、今日は少し趣向を変えるか」


 先ほどの市場で特製のオイルと香草をいくつか吟味して買ってきた。渓谷特有の岩草から抽出した香味油で、ほのかな柑橘の香りと、山椒に似た刺激がある。乾燥させた山岳ハーブも手に入れた。星涙菜ほどではないが、これもこの土地ならではの味だ。


 調理器具を並べる。小型の鉄鍋、平たい鉄板、解体用の包丁、木製のまな板。岩棚の平らな部分を即席の調理台にする。火は強すぎず弱すぎず、中火を保つ。


 まずは聖林豚からだ。塩漬けしておいたバラ肉を水で軽く洗い、余分な塩を落とす。水気を拭き取り、薄く切る。鉄板に特製オイルを垂らすと、ほのかな柑橘の香りが立ち上る。そこへ肉を並べると、じゅう、と心地よい音が響く。脂が溶け出し、オイルと混ざり合って香りが膨らむ。表面がこんがりと色づいたところで、乾燥ハーブを振り、軽く火を止める。余熱で中まで火を通すのがコツだ。


 次に変異種の背肉を取り出す。筋の多い部分は包丁で丁寧に取り除き、厚めのステーキ状に切る。表面に細かく切れ目を入れ、繊維を断つ。軽く塩を打ち、オイルを薄く塗る。火にかけると、聖林豚とは違う、やや濃厚な香りが立ち上る。光属性の甘い匂いに、どこか鉄のような深みが混じる。


 焼き目をつけたら、一度火から下ろし、鉄鍋に移す。そこへ刻んだ内臓の一部と、山岳ハーブを加え、蓋をして蒸し焼きにする。肉汁と内臓の旨みが混ざり合い、鍋の中で小さく音を立てる。


 胸が高鳴る。


 未知の味に出会う瞬間というのは、何度経験しても慣れない。討伐の緊張とは違う。これは純粋な期待だ。うまいかもしれない、という可能性への期待。魔獣の討伐は危険だが、その先にこうした遭遇があるからやめられない。


 蓋を開けると、湯気とともに濃厚な香りが立ち上る。肉は程よく縮み、内臓は柔らかくなっている。小さく切り分け、一口運ぶ。


 ……いい。


 筋の強さはあるが、それが逆に噛む楽しさを生む。内臓のほろ苦さが全体を引き締め、オイルの柑橘香が後味を軽くする。聖林豚の甘みと合わせれば、重さも感じない。


「悪くないどころか、かなりいいな」


 思わず独り言が漏れる。


 川のせせらぎを背に、岩棚の下で肉を噛みしめる。世界は広い。まだ知らない味がいくらでもある。魔獣の変異は厄介だが、同時に新しい食材との出会いでもある。


 火に薪を足しながら、俺は次の一切れを切り分ける。


 胸の奥で、わずかに高鳴る鼓動が、炎の揺らめきと重なる。

 未知の味は、まだ尽きない。

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