嘘月 ~君はなぜ『嘘』をついたのか~
朝を迎えたばかりの世界には緑が溢れ、桜が舞い、鳥のさえずりが辺りを包む。家の電気をつける者、朝食の用意を始める者、それぞれの朝が始まっていた。
しかし、そんな世界に異変が訪れた……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ここは……どこだろう……?」
悠真は浅い洞窟で目を覚ます。身を起こすと、自分が白く冷たい、柔らかいような硬いような不思議な感触の物の上で寝ていたことに気づく。叩いてもほとんど音は鳴らない。こんな物の上で寝た記憶もない。辺りを見渡すと、すぐ近くの洞窟の入口から、目を焼くような眩しい陽光が差し込んでいる。
「あれ、なんでここにいるんだっけ?」
悠真は必死に思い出そうとするが、何も思い浮かばない。思い出せるのは、昼には学校に通い、飯を食べ、夜には寝るという、誰にでもある普通の暮らしだけだった。
「とりあえず外に出るか」
悠真は起き上がり、洞窟の入口へと歩く。どれだけ寝ていたかは覚えていないが、不思議と空腹を感じないので、それほど時間は経っていないだろう。最悪、警察に電話すればいい。ポケットにスマホがあることを確認しつつ、そんな思いで洞窟を出た。
しかし、悠真の期待とは裏腹に、洞窟の外は既に見知らぬ世界へと変わり果てていた。
「なんだよ……これ……」
悠真は転がるようにして洞窟の奥へ逃げ戻った。
膝の震えが止まらない。呼吸しようとするが、衝撃と緊張で上手く息を吸えない。悠真は、まるでマラソンを走ったかのように息を荒らげていた。
しかし、そんな彼を誰が責められるだろうか。
悠真がいた洞窟はどうやら山のどこかのようであったが、本来あったはずの木々は色を失い、生気を感じさせない。太陽は空を覆い尽くさんと肥大化し、世界に光を落としている。遠くの地平線に見える海は、雲がもくもくと発達し、明らかに嵐が吹き荒れていた。遠くで見ているにもかかわらず、まるで波がすぐ近くに迫っているような気迫を感じた。
極めつけには、得体のしれない生物を目撃した。少なくとも悠真の知らない、悠真自身の本能的恐怖を煽るような姿形をしていた。巨大な虫のような、しかし液体のように滑らかに動く生物。風の音に混じり、おぞましく、心臓に響くようなどす黒い鳴き声が聞こえた気がした。
「あんな太陽は偽物だ……そ、そうだ。け、警察に電話を……」
急いでスマホを取り出す。幸いバッテリーは残っており、時刻も自分の覚えている最後の時間から数時間進んだ程度だった。
警察に電話をかけようとする。しかし全く繋がらず、無慈悲にもツー、ツー、という虚しい電子音が洞窟に鳴り響くのみだ。それは、救いを求めて伸ばした手が、無情にも空を切った証だった。
「なんなんだ……本当になんなんだ……」
暴力的な陽光、荒れ狂う海、そして異形の生物。それらを現実として突きつけられた悠真は、この一瞬で精神的に限界を迎えようとしていた。
しかし、そんな中、悠真に声をかける者がいた。
「……あ、起きたんだ」
ふと見上げると、そこには人影が立っていた。
悠真の記憶の中の誰よりも白く、細い指先。ひどく古びて黄ばんだ白シャツに、申し訳程度の上着を羽織っていた。
何よりも悠真の目を奪ったのは、その美しい髪だった。洞窟に差し込む陽光を透かし、月の光のように暗く、儚く、それでいて美しい、透き通るような綺麗な髪が僅かな風に揺れている。
それはこの地獄のような世界にはあまりにも不釣り合いな、無垢で自然な美しさだった。
「えっと……」
悠真は言葉に詰まった。先程の衝撃から未だ立ち直れていない。その上、目の前には先程の暴力的な景色とは真逆の、全てを包むような可憐で美しい少女がいるのだ。
「……」
「……」
お互い何も話せない。ただ、この少しの時間で、悠真も気持ちの整理がついたようだ。
「えっと……こんにちは?」
「……」
少女は何も反応しない。
「その……外の様子とか……」
「あれらは神様だよ」
それを聞いて悠真は笑い飛ばそうとした。そんなことがあるはずがないと。
ただ、冷静に考えてみると、記憶にない肥大化した太陽、荒れ果てた海、そして見たこともない生物。
これらをまとめるなら、神様のような存在があると言えるだろう。
結果、笑いが引きつって消えていた。
「えっと……神様?」
「うん」
どうやら彼女の中では、あれらは神様らしい。
ただ、そう言われてもピンと来ない。とりあえず一旦、神様ということにしておく。
「えっと……じゃあ君の名前は?」
「……ルナ」
どうやらルナというらしい。名前からすると、どこか外国の人のようだ。
「他に人はいる?」
「……いない」
どうやら他に人はいないらしい。もしかしたら死に物狂いで、あの得体のしれない生物から逃げて、この洞窟に逃げ込んだのかもしれない。
「じゃあ、一緒に探しに行こうか」
外は暑いし、あの化け物もいるが、ここにいても仕方がない。ルナの家族も、自分の家族も心配だ。それに、さっきまで1人だったが、今は2人だ。自然と勇気が湧いてくる。
「……いない」
「……え?」
「だから……もう誰もいない」
どういう意味なのか、悠真は理解するのに時間がかかった。同時に様々な疑問が頭の中を駆け巡る。
人がいない?
それともこの辺りにいないだけ?
まさか全人類が?
もしかして自分の家族も?
様々な記憶が脳裏に浮かぶ。親友と深夜までゲームをした記憶。何気ない日常の朝食の味。
それらが悠真の中でフラッシュバックした。
悠真の耳には、しばらく何も聞こえなかった。ただ耳鳴りだけが、うるさく騒いでいた。
そんな彼の考えを読んだかのように、彼女は言う。
「もうこの星に、生きている人は私の友達とあなたしかいない。他にいるのは……多分、神様だけ」
瞬間、理解した。きっと悠真だけが、この世界の唯一の生き残りなのだ。
…いや、理解したくはなかった。認めれば、親友が、家族が、もういないということを認めることになるからだ。
「……でも、ルナもいる」
「……たしかに。じゃあ、私と友達と、君だけ」
絞り出すように言う悠真に、ルナは淡々と、けれど否定せずに応じる。
そして、おもむろに洞窟の外に視線を投げた。その瞳には、この狂ったような世界が映り込んでいる。
「私は元の世界を戻したい。そのための手段を知っている。知り合いの神様がいるの。その神様に頼んで、時間を戻してもらう。そうすれば、いつもの日常が戻ってくる」
そう言うと、少女はこちらへ振り向く。
「だから、協力してほしい」
そう言って手を差し伸べる。その手には葛藤も迷いもない。
「……わかった。行こう、ルナ。世界を取り戻せるのなら」
そう言って彼女の手を取った。その手は、外を照らす巨大な太陽とは対照的に、驚くほど冷たく、小さいが、確かな覚悟を感じる手だった。
「……君の名前は?」
「ああ、そういえば言ってなかったっけ? 俺の名前は暁悠真。悠真って呼んでくれ」
「……わかった。よろしく、ユーマ」
洞窟を出た悠真たちは、既に山の麓まで降りてきていた。相変わらず太陽は肥大化しているが、不思議と思ったほど暑くはない。幸運なことに、化け物を見かけることもなくなった。おかげで、案外すぐに山を下りることができたのだ。
「ここは……?」
悠真たちが目指していた場所は、山の上からでもはっきり見えた街だった。
しかし、いざ目の前にしてみると、その様子はもはや街とは言えなかった。
風が吹いても、かつての活気ある街なら聞こえたであろう看板の揺れる音も、生活の気配もしない。建物は酷く崩れ去り、原型を留めているものは存在しない。おそらく何かに破壊されたのではなく、長い時間によって自然と崩れ去ったのだろう。
建物に巻きついていたつる植物は既に全て枯れており、黒っぽい何かとなって建物にへばりついている。街に生えていた木々も、全てが生気を失っていた。
「なんでこんなことに……」
「……30万日」
「……え?」
ふと、ルナが呟いた。
「世界が終わってから、少なくとも30万回太陽は昇っている。途中で太陽が沈まなくなってからは分からないけど……」
30万日。年に換算すれば、およそ800年。その間ルナは生き続け、悠真は眠っていた。
「……ルナは本当に人間?」
「人間……? うん、そうだよ」
ルナははっきりと答える。つまりルナは人間でありながら、800年もの間生き続けたことになる。悠真の頭は疑問でいっぱいだった。
なぜ街がこんなことになっているのか。
なぜ太陽があんなにも肥大化しているのか。
なぜ自分はあの洞窟で生き残っているのか。
疑問が多すぎて、ある程度は割り切るしかない。
悠真は、そんな自分に微かな違和感を覚えた。街の惨状を見ても、800年という途方もない年月を聞かされても、不思議と何も感じなかった。
それはまるで、テレビの向こう側を見ているような、現実離れした感覚だった。
「じゃあなんでこんなことになってるかは……」
「……ごめんなさい。分からないの」
彼女が言うには、ルナには断片的な記憶しか残っていないらしい。何十万もの日を過ごしたこと。友達と、元の世界を取り戻す約束をしたこと。そして、時の神様に出会ったこと。
その記憶を頼りに、ルナは旅をしてきたらしい。その途中で、偶然あの洞窟に立ち寄り、眠る悠真を見つけたということだ。
「まぁ仕方がないか。時の神様とやらに会って元に戻してもらうしかないわけか」
悠真はそう結論づけた。実際に神様かは分からないが、よく分からない生物を発見しているし、街も既に廃墟と化している。ルナの記憶も信憑性は高いだろう。
「……うん。時の神様はここからずっと南に行ったところの時の神殿にいるの」
ルナによると、時の神殿とは、とある教会の地下にある秘密施設らしい。
そこで友人とともに訪ねた時に、時を戻す計画を知らされたのだ。
「時を戻すには、4人の異なった生きた媒体が必要なの。だけどその時にはもうほとんどの人類は滅亡していた……だから友達と別れて生き残りの人探しに向かったの」
その結果たどり着いたのが先の洞窟であり、見つけたのが暁悠真だったというわけだ。
「……なるほどね。その友人は今どこに──────────」
いるのか。そう問おうとしたところで言葉が途切れた。
いや、口は動いているし、話そうとしている。だが声が、音が伝わらないのだ。
まるで真空の中に入ったかのように、口をパクパクさせているだけになってしまっている。
それはもちろんルナも同様だった。
口を動かし、声を発しようとしているが、それは悠真の耳に届いていなかった。
それと同じように、環境音の全ても聞こえなくなっていた。
違和感どころではないありえない現象。
そう、その場には…神がいた。
「………!!」
悠真は急いで移動しようとして、足元が疎かになり転んでしまった。それが幸運なことだったのかは分からないが、今までたっていたところに何かが通った。
明らかな殺意。もしも転んでいなかったら今頃悠真はどうなっていただろうか。
あまりにも速かったソレは、今度はルナに狙いを定める。
「……!」
声には出なかったが、悠真はルナを力いっぱい抱き寄せる。
ルナが元々立っていたところに再びソレが通る。
「……!」
そしてそのままルナを連れて元来た道を全力で引き返す。
だが、殺意を持ったソレは、逃がす気は無いようだ。
真っ直ぐに狙いを定めている。
そして……
「……ッ!」
再び突進してきた。
そのタイミングに合わせて、悠真はルナと共に大きく横に跳んだ。
ソレの突進を避けるには十分だったハズだ。
だがソレは、その更に上をいった。
「……った!」
ようやく声がでた。
だがそれと当時に自身の左腕がないことも確認してしまった。
「ユーマ!」
ルナが叫ぶ。
悠真の左腕からは、血がどぼどぼと溢れ出ている。
「おまえか!」
悠真は自身の腕を奪ったソレをようやく視認した。
ソレは、まるで幽霊のような、黒いモヤがかかっている。黒いボロボロのローブを羽織り、小さなナイフと悠真の左腕を抱えている。
そして気づいた時には…もう居なくなっていた。
「ユーマ! 大丈夫?」
ルナが心配そうにこちらを見ている。
「ああ、大丈夫だ……ッ!」
自身の左腕を抑えながら悠真は答える。
それと同時に、あまりの驚きに声を失った。
左腕が戻っていたのだ。まるで最初から切られていなかったかのように。
(あれ? 左腕が……さっきのはなんだ? 幻覚?)
悠真は思わず深く考えてしまう。だが、あらゆる可能性を考えてもなお、真実がわかることはなかった。
「ユーマ、左腕……」
「ああ、とにかく大丈夫だ。多分幻か何かだったんだろ」
ルナに心配をかけさせる訳にはいかない。
結果として左腕は元に戻っているし、気にしなくていいじゃないか。そう自分を納得させる。
いや、心の底では納得していないだろう。未だに腕を切られた感触が残っている。だが、そんなことは気にしていられない。
そんな彼自身の割り切りの速さが自身に起きている異常だということに、まだ気づいていないのだろうか。
「とにかく、さっきのはなんなんだ?」
先程のソレの見た目は、洞窟の外で見たものとは明らかに違っていた。
洞窟の外で見た、恐怖心を煽る恐ろしい怪物ではなく、ローブを羽織った幽霊のような見た目だったからだ。
「分からない……けど、きっと負けた神様だよ」
「負けた神様?」
その言葉に疑問を覚える。
ルナが言うには、神様は普通知性を持っており、言葉が通じる存在だ。だが、負けた神様は知性と記憶を失って化け物になり、さまよい続けてしまうらしい。
「だからああやって他の負けた神様や生物をとりこんで力を取り戻そうとしている……らしい」
「そうなのか……じゃああんな化け物がまだ先にいるってことだな」
悠真は向かう先の空を見上げる。
相変わらず太陽が空を埋めつくし、世界を焼き続けている。
時の神殿にたどり着くまでに、どれだけの神が襲ってくるのか。
少しの不安と元の世界への希望を胸に、悠真とルナは静かに歩き出した。
悠真とルナはとにかく歩く。
目的地の時の神殿も出発地点に比べれば随分近づいてきた。
そんな中、ルナは悠真に問う。
「ねえユーマ、やっぱりあの時左腕は……」
それは紛れもない心配の声。ただ純粋に、左腕について心配しているのだろう。
ただ、そんなルナに悠真は優しく言葉を返す。
「大丈夫だ。ほら、しっかり動くだろう?」
そういいながら、手を曲げ伸ばし、グーパーをしてみせる。
「そう……ならいいけど……」
そう言った直後、突然辺りが暗くなる。
「ルナ!」
「ユーマ!」
お互いの名を呼び合い、手を繋ぐ。
二人は察する。きっとまた、負けた神様が来たのだろうと。
そして、手を繋ぐ二人を闇の中から隠れて狙うモノがいる。
そいつは、悠真に狙いを定め…
「……くっ!」
全力で突進した。
「ユーマ!」
その衝撃で、二人の手は離される。
しかし闇の中に潜むソレは、悠真を捕まえて、そのまま地面に叩きつけた。
「……!」
大きな衝撃とともに、悠真は声にならない嗚咽を吐く。
しかしソレは無慈悲にも、悠真の右腕をへし折る。
そしてそのまま…その右手を奪い取った。
「……っがあ!」
痛みを我慢して反撃しようとするが、既に闇に潜むソレはそこにはいなかった。
それと同時に闇は晴れていく。
「ユーマ!」
ルナが心配そうにに声をかけてくる。
だが、悠真はそれどころではなかった。たった今、右手を取られてしまい…
「……ッ!」
そしてそれが生えてくるのを見た。はっきりと、骨も肉も神経も全てが元通りになった。
「ユーマ……」
その様子をルナも見たのだろう。かける声を失ってしまっている。
「俺は……大丈夫だ」
「……そう」
そういうルナの顔は、不安と恐怖、そのほかの感情が混ざり合い、今にも泣き出しそうであった。
「ほら、ちゃんと動くだろう?」
そういいながらグーパーし、笑ってみせる。
しかし、その様子を見たルナの顔から不安が取り除かれることはない。
(俺は、ちゃんと笑えているだろうか…)
自分で自分の顔を見ることはできない。
だが普通なら多少自分のしている顔はわかるはずだ。
しかし悠真の心には何かが足りていない。
それが何か、調べるすべも無い。
だからこそこうやって誤魔化していく。
ルナに心配をかけないためにも……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
歩き疲れて座った時、気づいたら、目の前に巨大な図書館があった。それは、こんな荒廃した世界には不釣り合いなほど、掃除が行き届いたかのように綺麗なものだった。
「ここは……」
悠真が無意識の言葉を零すと、それに反応するように声が響く。
「わぁ、久しぶりの客人だ」
その声とともに図書館の扉が開かれる。
「さぁ、入ってどうぞ」
そう言われると同時に、強烈な引力によって図書館に引き寄せられる。
「え、えぇぇぇうわぁぁぁ!」
「……!」
ルナは咄嗟に悠真にしがみつく。だがしかし、悠真もそのまま図書館に吸い込まれてしまった。
「いってて……」
「ユーマ……」
気づいたら図書館の中にいた。
天井からシャンデリアがぶら下がる部屋を明るく照らしている。ホコリひとつないそこには本が大量に棚に仕舞われている。
中に来て驚くのは、その本の多さだろう。天井いっぱい…いや、その天井すら見えないほどに高い棚に置かれている。外から見た時とは全く違う高さだ。
「やぁやぁ御二方。私は”アーカイブ”。君たちの言い方をすれば、そうだな……観察と記録の神様、かな」
そう陽気に自己紹介を始めたのは目の前に浮く本の塊だ。
いや、よく見ればその本がただの本ではなく、不思議と光っているように見える。
「神様……!」
悠真は咄嗟に身構える。神様といえば、先程から自分のことを襲ってきた化け物のイメージが刷り込まれているからだ。
「いやいや、そんな身構えなくていいよ! 私はあんなヤツらとは違うから!」
そう言って本をクルクルとおどけたように動かす。
「さて、まぁゆっくりしていってくれよ。私も君たちがそんな緊張していたら悲しいよ」
そう言ってあからさまに悲しそうな仕草をする。本が浮いて動いているだけなのに感情が伝わってくるのは不思議だ。
「ユーマ、この神様は……多分大丈夫」
「そう…か」
ルナの言葉で、ようやく悠真は緊張を解く。ただ、警戒は怠らない。いつどんなことをされても直ぐに逃げられるようにはしている。
「まぁいいか。それじゃあ早速本題。私が君たちを呼んだのは、君たちを”読ませて”欲しいんだよ。あ、もちろんタダとは言わないよ?」
そういいながらアーカイブは一冊の本を取る。
「例えばこの本は……そうだね、確かフリズを筆頭としたヤツらがこの星に攻め入った時の記録だ。軽く読んで見るといい」
そう言ってこちらに投げ渡す。
ずっしりとしたその本は、ページにして500は優に超えていそうだ。
「えっと……」
悠真とルナはその本を読み込む。
本によれば、その日、フリズという氷の神様によって一度全世界が氷漬けにされた。そこに、アマラという太陽の神や、海の神ワダツ等の干渉があり、今の世界の形を作ったらしい。
そこには文字通り、人類滅亡や世界終焉といったタイトルがふさわしい物になっていた。
「ソレは私がこの目で見た実際の歴史さ。一切の狂いのない、正しい歴史書だよ」
そういうアーカイブの声には、先程までのおどけた口調は無かった。
「……それで、俺たちを読ませて欲しいってどういうことだ」
「そのまんまの意味だよ。君たちの記憶を、私に見せて欲しいんだ。私の記録も完全ではなくてね、どうしても抜けがある。だからこそ”完全”にするためにこうやって時々顕現するのさ」
そう言って再びおどけた口調になる。
「さあ、どちらにするかい? 別に強制してる訳じゃない。選択の自由は君たちに……」
「よろしく頼む……ルナもいいか?」
「うん。ユーマが言うなら」
「……君たちいいね」
そういうとアーカイブの声の発信元の本が輝き出す。
そして輝きが収まると…そこには3mはあろうかという、紙でできた巨体が居座っていた。
本のページを思わせるかのように紙が切り貼りされており、ちょっとつつけば破れそうだ。しかしそこは神様なのできっと丈夫なのだろう。
「さ、ちょっと頭借りるよ」
そう言って悠真はその巨大な紙に包まれる。中は別に息苦しい訳でもなく、なんなら少し心地いいくらいだ。
「……終わりか?」
「ああ、終わりだよ。いやー君面白いね! ハハッ!」
数十秒したところで紙が解かれる。
そして元に戻ったアーカイブは悠真に向き合う。
「さて、記憶を読み取るのはタダじゃないからね、君の望むものをできる限り用意しよう。なければ私が勝手に選ぶけど」
「……時を戻したりとかは?」
「さすがにできないね」
悠真は考えてみたが、これといって特に思いつくことがない。
まずこの何も無い終末のような世界で、ほしいものなどあるはずもなかった。
「……じゃあ任せるよ」
「おっけい! じゃあ君には衝撃の真実を教えよう」
そう言って悠真のそばに近寄っていく。
「……君、自分の身体の変化に気づいていない…いや、気付かないふりをしているね?」
そう言われた悠真は、ビクッと肩を震わせる。
「そんなに緊張しなくていーよ。率直に教えてあげよう、君は今……完成された、神による祝福を受けた不老不死だ」
そう言われた悠真は心の中で軽い絶望を覚えた。
今までは幻だと思ってきた。もしくはなにかの見間違いだと。
だが今真実を告げられ、心の中で感じていたことと合致した。いや、してしまったのだ。
「いやーまさかまさかだ! 今までとんでもない化け物に襲われてきたヤツがまさか化け物に片足突っ込んでるとは!」
アーカイブは笑って茶化す。それはデリカシーがないのか、はたまた笑い飛ばして気負わせないようにする気遣いなのか。
「……少し、1人にさせてくれないか」
「はいよ」
そういうとそのまま悠真を放置して、今度はルナに向き合う。
「さて、じゃあ今度は君の番……」
「その前に質問。貴方は報酬をどこまで用意できるの?」
そういうルナの目ははっきりとアーカイブのことを見据えている。
その瞳には明らかに敵意が含まれていた。
「そんな怒んないでよ。まぁ用意出来るものといえばやはり情報だね。誰がどうとか、何をしたとか」
そういうとアーカイブは一冊の本を取り出す。
「例えばこれが、彼…暁悠真の0歳から17歳までの記録だよ。いる?」
「……じゃあそれにする」
そういってルナはその分厚い本を受け取る。ずっしりと重いそれは、不思議なことにスっとルナの内側へと入っていった。
「……?」
「アッハハ!それはそういうものなんだよ。情報そのものを私の力で本の形で留めているだけだからね。君に所有権が移れば、ただの情報として君の中に入っていくだけさ」
ルナは悠真について考えてみる。すると不思議なことに、自分の知るはずのない、様々な記憶が思い出された。
悠真の好物や、好きなゲームなど。
それは明らかにプライベートなことも含まれていたが、ルナは見て見ぬふりをした。
そんな事を考えている間に、アーカイブは再び巨大な紙となり、ルナを包む。
数十秒経ち、ルナは巨大な紙から開放される。
「なるほど……ねぇ……」
そういうとアーカイブは沈黙する。
「……何かあったの?」
「いや、なんでも」
そういうアーカイブの声は真面目で、若干焦っているかのようだ。
「ルナと言ったか、私と少し約束して欲しい」
「……何を?」
ルナは怪訝そうな表情を浮かべる。
「そんな悪いことじゃない。ただひとつ。……この先何があっても、私と敵対しないと約束してくれ」
「……別にそのくらいならいいけど。なんでそんな事言うの?」
不思議そうにルナは尋ねる。
そんなルナを、どこか怯えたような、しかしそれを隠しながらアーカイブは答える。
「いや、君は知らなくてもいい事なんだ。私にだって心はある。こんな残酷なこと、言えるわけないじゃないか……」
そういってアーカイブは沈黙した。
「残酷なこと、か……」
遠くで聞いていた悠真が、フラフラとこちらへ近づいてくる。
「俺が見て見ぬふりをしていた真実を告げるのも、よっぽど残酷なんじゃないかと思うけどな」
「アハハ……でもね、世の中もっと残酷なことで溢れているんだ。そんな中では理不尽な選択を迫られるかもしれない。結局は皆それに従うしかないんだ」
そういうとアーカイブは元の本の状態に戻り、どこか焦ったように出口を開いた。
「さあ、行きなよ。君たちの終点はここじゃないだろう? ……それとルナ、約束を忘れないでおくれよ」
そう言われ、追い出されるように図書館を後にした2人は、再び巨大な太陽の元へ晒された。
……いや、その太陽はもはや世界を照らすものではなかった。
太陽の光が一点に集中すると、悠真とルナの目の前へと降りかかる。
「っ……なんだ!」
悠真は反射的に目を覆った。
やがて光が落ち着き、その正体が現れる。
その者はまるで炎そのものだった。
地面はドロドロと溶けだし、空気はあまりの熱に震えている。
そしてその炎そのもののような存在が口を開く。
「なんだ、その男は?」
発言の一言一句が圧倒的格上のようだった。
先程のアーカイブの比ではない。明らかに敵意を持った、威圧的な文言。
「まぁいい、見つけたぞ。セレネよ」
「……っ!」
そう言われた直後、突然ルナが苦しそうに悶える。
やがてルナからは神々しい光が放たれる。
目の前の太陽のような光とは逆に、落ち着いた月光のような光。
その光は、特徴的でいて美しい透き通るような髪に反射して、より一層綺麗に見えた。
「ルナ……」
しかし、悠真は困惑して見ていることしかできない。
たった今、自分が守るべき存在だと思っていた少女が、別の何かに塗り替えられていくことを…
「あ、あああああぁぁぁぁぁ!!」
ルナの身体には明らかに異変が生じている。
その上、ルナ自身も苦しそうに悲鳴をあげている。
それもそのはず、今彼女には彼女自身の記憶が復元しているのだ。
膨大な記憶の情報が一度に流れてしまってきている。
さらには、身体の変化も止まらない。
元々の透き通るような髪は、誰もが振り向くような輝きのある銀髪へと変化し、まるでその輝きで人間を超えたかのようだった。
「そうだ……私は……セレネ……私は……!」
そしてやがて、ルナ……いや、セレネは全てを思い出す。
自身の過去に何があったのかを……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「セレネ! 一体何があったと言うんじゃ!」
月の上でそう叫ぶのは、時の神クロノス。金色の髪をたなびかせ、身長は2メートルほどはありそうだ。
周りには時計を思わせるようなものがいくつも浮いている。
「分からない……けど、突然フリズを筆頭にあの皆で育てた星を滅ぼすっていう派閥が……!」
美しい銀髪のセレネは答える。
セレネの持つ情報によれば、氷の神様フリズを筆頭として、皆で育てた星…いわゆる地球を滅ぼすという派閥が生まれ、太陽の神様アマラや破滅の神様ルイン等がそれに賛同。
そして一斉に攻撃をしかけたというわけだった。
「それは良くない! 本当に良くないよ!」
豊穣の神フェルティラが答える。
彼女自身も星に大地を作り、生命の発展に寄与した、最も貢献した神様と言っても過言ではなかった。
だからこそ、この星の全てに愛着を持っていたし、守っていきたいとも思っていた。
その美しいエメラルドグリーンの髪は逆立ち、彼女の怒りを表しているかのようだった。
「ただ、もう全ては始まってしまっておるようじゃな……」
クロノスの言う通り、既に地球への侵攻は始まっている。
大地は焼かれ、氷が大陸を侵食し、生命が息絶える。
その様子を見ていられなくなったフェルティラが、とうとう行動に移す。
「僕があいつらを潰す! 僕が育てたあの星を壊すなんて絶対に許さない!」
「落ち着いてフェル!」
頭に血が上っているフェルティラをセレネが宥める。
「そうじゃぞ、フェル。悔しいがヤツらが行動に移した以上、それを止めるには戦うことになる。じゃが……ヤツらと戦って止められる者など……」
そういうとクロノスは言葉を止める。
そう、止められるものなどいないのだ。
アマラもフリズもルインも、戦うとなればこちらが返り討ちになるだろう。
「だったら! みんなで戦えばいいじゃないか!」
「落ち着けと言っているだろう! 別にヤツらを止める方法が戦う以外無いわけでもない」
そういってクロノスは自身の内側からひとつの小さな時計を取り出す。
「これはこの世界の時間を記す時計。この針をほんの少し戻せばヤツらが侵攻する前に戻れる」
そうすれば、先回りして地球の守りを固めることができよう……そうクロノスは言いたそうだ。
「……わかった。どうすればいい?なにかできることは?」
「この時計を動かすには膨大な力が必要じゃ。それこそ、複数の神に匹敵する、な。じゃから私とフェル、それと……」
「私も協力させて欲しい」
そうセレネは申し出た。
「……いいのか? ヘタをすれば力の多くを失ってしまうかもしれないぞ? そうしたら誰が地球を守ると言うんじゃ?」
「ええ、重々承知しているわ。だけど私は前の繁栄したこの星が好きなの。だから協力させて欲しい」
「そうか……わかった」
そういって時計を再び見直す。
「ただ……あと一柱ほど、神の力が必要じゃのう。どこか当てはあるか?」
「アーカイブは? 彼ならいつでも連絡取れるけど」
「アイツが自己犠牲するタイプだと思うかい? なんなら今の状況を嬉々として記録している様子が僕にだって思い浮かぶよ」
アーカイブ……観察と記録の神。たしかに彼なら直ぐに連絡を取ることができるが、自己犠牲精神は無いに等しいだろう。
「そうか……ならばあの星に降りるしかあるまい。協力者を探すためにな」
そう言って地球に目を向ける。
どうやらあの侵攻に海の神まで加わったようだ。海は荒れ果て、ハリケーンと津波が大陸を飲み込んでいく。
「僕は最初からそのつもりだったさ」
フェルティラはやる気のようだ。
「私も……できるだけ頑張る」
「決まりじゃな。では、行くぞ」
そうおって3人の神々は荒れ放題の地球に飛び立った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なんて事……」
セレネ達はとある島に降り立つ。そこには、過去クロノスが顕現した際に秘密裏に立てた時空の扉が設置してあった。
それを目印に月からとんできたのだ。
そしてその光景に言葉を失う。
既にその場所は荒廃しており、人の気配どころか、生物の痕跡すら残っていなかった。
「……ここからは手分けして探すぞ。くれぐれも、死ぬなよ」
そういってクロノスは飛び立つ。
「分かってるよ」
フェルティラもクロノスとは別方向に飛んで行った。
「私も……」
そうしてセレネはその場所へと向かった。
セレネもまた違う方向へ飛び立つ。
行先は、この島で最も人口密度が高かった場所。人が多い場所には神様もいる可能性も高いからであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いやーさすがに自分が犠牲になるのはなぁ」
「そう……無理言ってごめんね」
出会ったのは音の神ソヌスだ。彼は人間が生まれ、音楽というものが発明された時、それに深く感激を受けていた。
だからこそ、彼自身もなんとかしてフリズ達を止めようとしていたが、自己犠牲するタイプではなかった。
「ま、もしも当てがなくなったらまた来てよ。別に犠牲になる気はないけど、その時までにもっと多くの協力者を募っておくからな」
たしかに、力を使う神が多ければ多いほど分散するため、誰も力を失わずに済むかもしれない。
「わかった。お願いね」
「おっけい!」
そういってソヌスは音速でどこかへ飛んで言った。
セレネは再びひとりで辺りを闊歩する。
すると、不思議な光景を見た。
(あれは……)
そこには、老人や子供を連れて、時にはおぶって運ぶ、1人の少年の姿があった。
(ひとりで逃げないのかな?)
そんなセレネの疑問に答えるように、その少年は皆と歩を合わせて歩く。誰もはぐれないように慎重にだ。
(なんだろう、この気持ち)
その光景に、あまり初めは共感できなかった。
しかし、1人、1人と彼と共に逃げる様子を目撃し、セレネにはたしかに何かが生まれていた。
そしてしばらくして、彼女の中でひとつの結論が生まれる。
(あれが、助け合いってことなんだね)
それは彼女がついさっき無意識で行っていたこと。しかしそれを自覚してはいなかった。
だが、たった今自覚し、彼女にはたしかに人の心というものが生まれていた。
(無事に生き残りますように……)
そう思ってその場を立ち去ろうとして時……
「なんだ、コソコソと話していたかと思えば……」
瞬間後ろを振り返る。そこには、炎の化身のような存在…太陽の神アマラの姿があった。
「アマラ……」
「まぁいい、変な事は考えぬようにな」
そういって3つの首を投げ渡す。
「……!!」
それは先程話したソヌス、そして…クロノスとフェルティラの物であった。
「アマラ!!」
セレネは反射的に攻撃する。光を収束し、アマラへ放つ。超常的な力だが、神である彼女にとっては普通のことだった。
光速で放たれたそれが、アマラへと一直線に向かう。
しかしアマラは避けることなく真正面から受け…無傷であった。
「……っ!」
「何をしていたかは知らぬが、貴様らを放置すれば厄介なことになるらしいからな」
そう言いながら、静かにセレネに近寄る。
「抵抗しなければ苦痛なく殺してやろう。死ね」
そういって肥大化した拳がセレネを襲う。
間一髪で避け、光線で牽制しながら全力で逃げにまわる。
「はぁ、めんどうだ」
アマラは一撃を避けられたことに不服そうにしながら、空を飛ぶ。
「ならば苦しみ悶えながら死ね!」
そしてアマラも光線を放つ。
その威力はセレネのそれの比ではない。
建物に当たれば蒸発し、その通った場所の空気すら熱で震える。
「なんで……なんでこんなことするの!」
「……それが貴様に関係あるか?」
セレネの問いかけには、光線とともに無慈悲な言葉が返される。
「……っ! だめ!」
そしてその光線のうちの一本が、先程の少年の方向へと飛んでいく。
「……っ!」
セレネはその少年を庇う。光線を正面から受け止め、相殺しようとする…が、それは失敗に終わった。
「そんな…」
周りには、ほとんど死体すら残っていなかった。セレネが庇った少年も、半身が蒸発してしまった。明らかな死だ。
もちろんセレネも無事では済んでいない。腕は焼け、喉も焼け、もはや立つ力すら残っていなかった。
「はぁ、矮小な人間を庇って己が焼かれてどうする。何を考えているんだか」
そういってアマラは光線を構える。
しかも先程とは比べ物にならないほど強いだろう。
当たれば確実に…死ぬ。
(この子だけでも……お願い……”写しよ”)
その思いにより、少年は光に包まれる。体がまるで時を遡るかのように修復され、行くを吹き返す。
そしてその光に包まれたまま、どこかへと転移してしまった。
(お願い……どうか誰にも見つからない場所へ)
「……つくづく、馬鹿な神だ」
既に光線のチャージは完了している。
「最期に言い残す言葉はあるか?」
「合言葉は……”セレネ”」
そう言い残し、光線が放たれる。そこには大きなクレーターが残った。
そこには、アマラ以外の姿はない。皆蒸発してしまった。
「……わからんな」
そう言ってアマラも去っていく。
そこに残った、あまりにも小さく、弱く、今にも壊れてしまいそうな光の球体に気付かずに……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……私は、合言葉を残して”再生”したの。合言葉で完全に戻れるように。いつかクロノスやフェルティラが自分のことを呼んでくれると信じて」
そう言いながら、セレネはアマラへと歩を進める。
「だけど実際に名前を呼んでくれたのは貴方だったようね……アマラ」
「なぜ生きているかと思えば……そういう事か」
アマラは自身の不用意な言動に反省する。
もしあの時何も言わせずに殺していれば…
今、何も言わせずに殺していれば…
そんな考えが頭を巡る。
「じゃあ、さよならね。アマラの”分身さん”」
そう言って光線を放つ。それは、昔のその時の比ではなかった。
アマラ……いや、アマラの分身はその瞬間、考える間もなく消し飛んだ。
そこに残ったのは、アマラがいた証拠であろう周辺の焼けた跡と光線の通り道だけだった。
「ルナ……」
悠真の声は少し震えている。
それに、彼の中では何が起きているのか、整理が追いついていないようだった。
「……私は、月の神セレネ。記憶を失い、力を失い、嘘を吐いて貴方を連れ歩いた。きっと貴方に恨まれる存在」
そういってアマラがいた場所へと歩く。
そこには、こんな終末には似つかない、一輪の白いアネモネの花が咲いていた。
「だから私は今から……」
「セレネ!」
そういってセレネの言葉を遮る。
「……説明して欲しい。俺がセレネを恨むなんて…ありえない」
「……そう。じゃあ教えてあげる」
そういってセレネは少しづつ話し始める。
自身が言っていた、時の神様との約束。
自身の存在。
それらが全て嘘であったこと。
そして、時を戻すなんて事はもう不可能であること。
「だからもう、この旅に意味は無い。あるのは瓦礫の山と化した、壊れた神殿だけ……」
そして最後に、悠真自身の身体の変化は、自分が原因だということを話した。
「私が最後にやった事は、時の神の権能の”写し”。これで貴方のことを蘇生して、常に生き続ける……いわゆる、不老不死にしたの。貴方みたいな人が私のせいで死んでしまうのは、我慢できなかったから……」
そういってもう話は終わりだとばかりに口をつぐむ。
彼女の気持ちに呼応するかのように、ポツリ、ポツリと悠真の頬を伝う雨が降ってきた。
それは瞬く間に地面を埋めつくし、辺りに水溜まりを形成していく。
「セレネ……まず第一に、俺がセレネを恨むなんてあるわけが無い」
「……なんで? 私のせいで悠真が人としておかしくなっちゃったんだよ?」
そういってセレネは自分を責める。
セレネは、人の心というものを悠真との出会いから感じ始めた今、悠真を人間としての理から外してしまった自分のことを許せないでいた。
「セレネは、俺のことを考えてその行動に移したんだろう? そこに悪意なんて無かったんだ。だったら君を恨むことができる訳がないじゃないか」
悠真は毅然とした態度で言葉を返す。
悠真からすれば、見ず知らずの自分の為に行動してくれた人間を、感謝こそすれど恨むことなんてあるわけが無いのだ。
「でも……私は自分が許せない。クロノスやフェルティラ、ソヌスとの約束も果たせずに、こんな世界で生き続けることなんて……」
セレネは空を見上げる。太陽は雲に隠れて見えないが、きっと今も輝いているのだろう。
「セレネ。俺も同じなんだ。既に家族はいない。墓も無い。知り合いなんてセレネだけだ。だけど俺は生きようと思う。さすがに永遠には無理だけど……」
悠真も答える。
既に悠真の家族は大昔に死んでいるだろう。
その事実を受け止め、そのうえで生きていくと宣言したのだ。
「とりあえず、旅はまだ続いてる。時の神殿に向かおう。たとえ瓦礫でも、その過程には意味がある」
「……そう、ね」
そういい、2人は歩き出す。
悠真は今の自身の現状を受け止め、ルナは守られる存在から守る存在へと生まれ変わり。
そして……時の神殿に到着した。
「ここが……」
やはり時の神殿への入口へとたどり着く。たしかにそこには何かがあったのだろう。
ただ、今は時間の流れに負け、風化した瓦礫の山が積み上がっているだけだった。
セレネが、静かに涙を流す。
その涙は雨に混ざり、地面へとぽたぽたと落ちていく。
神の涙も、この誰もいない世界では雨の雫と同じ存在でしか無かった。
「ユーマ、貴方は何がしたいの?」
「俺は……できることなら、またいつもの日常に戻りたい。普通に過ごして、いつか死んで。そこにセレネが居てくれると俺も安心するかな」
悠真はそうつぶやく。きっとそれは叶わない願いかもしれない。ただ目の前に本物の神様がいるのなら、願いを口にこぼすくらいなら許されるだろう。
「そう……だったら、私に任せてみてほしいことがあるの」
「セレネ……?」
そう言いながらセレネは悠真手を握る。
「クロノスも、フェルティラももういない……けれど、私にだってできることはある」
そう言いながら、悠真を握る手に光がこもっていく。
「貴方を、未来へ送るわ。きっとそこでは、貴方の家族はいないかもしれないけれど、きっといつもの日常が送れる」
いつの間にか、空は晴れていた。
太陽はオレンジ色の光で地平線に沈んでおり、その地平線は相変わらず荒れ狂っている。
「……そこに……セレネはいるの?」
「……ええ、必ず」
そう言って、悠真の握られた手の光が、悠真を包み込む。
「それじゃあ……任せるよ。」
空が燃えていた。
それは、アマラのような暴力的な炎ではなく、今日という1日の終わりに見える、優しい空。
悠真を包む光に、その燃える光が混ざりこみ、とても美しく輝いている。
「君と迎える朝日を、楽しみにしているよ」
悠真の最後の言葉が空気に溶け、彼は永い眠りにつく。
そこに残ったものは、出会った時のような白く光る棺のような物。
そしてそれを、あの時出会ったあの洞窟へと飛ばす。
「また会いましょう。ユーマ……」
一人残されたセレネの頭上には、いつの間にか夜となった空に浮かぶ美しい月があった。
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朝を迎えたばかりの世界には緑が溢れ、桜が舞い、鳥のさえずりが辺りを包む。穏やかな日常の音が世界に満ちていた。
家の電気をつける者、朝食の用意を始める者……
目覚めゆく街の喧騒を背に、一人の女性が歩く。銀の髪をなびかせ、二十歳を過ぎた頃かと思わせるほど美しく成長した彼女は、迷いなく山奥へと向かっていた。
ずっと守り続けてきた私有地の、その最奥。かつて少年と少女が旅を終えた、頂上付近の浅い洞窟。そこには、淡い光を湛えた白い「棺」があった。
彼女がそっと、祈るようにその表面へ触れる。すると、永い時を刻み続けた棺の蓋が、春の霧のように静かに消え去った。
中にいたのは、成人したほど逞しく成長した男の姿だった。男はゆっくりと、深いまどろみから目を覚ます。光を求めて辺りを見渡し、目の前で微笑む彼女を見つめて、その名を呼んだ。
「……セレネ」
「ええ。とても、長い時間だったわ」
交わした言葉は、それだけで十分だった。二人は手を取り合い、一歩ずつ洞窟の外へと歩み出る。
そこには、かつての暴力的な陽光ではなく、世界を等しく祝福するように昇り始めた黄金色の太陽があった。
「ああ……綺麗な太陽だ」
男が噛み締めるように呟く。その横顔を愛おしそうに見つめ、彼女は自身の物語に最後の一行を書き加えた。
「ええ……暁悠真。――やっと、君の本当の朝が来たよ」
世界は再生した。
月の神となったセレネが、アーカイブの記録を元に新たな生命の源を産み落とし、そこから生命は爆発的に増えていく。
ある種は争い、ある種は共存し、生存競争を繰り広げながら、かつての「人間」のような新たな生命が産声をあげた。
やがて人類は世界各地に散らばり、数十万年以上もの時をかけて、かつての繁栄を取り戻した。
そして今、かつての世界を知る悠真は目を覚ます。不老不死から抜け出し、新たな世界へと歩を進める。
隣にはセレネがいる。
もう時間を戻す必要も、恐怖におののくこともない。
かつての「日常」は、今目の前に広がる世界なのだから。
いつの間にか昇った太陽と、美しい桜が二人を出迎える。
街の騒音は、旅を終えた二人への祝福のようであった。




