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女遊びに夢中な王子は空飛ぶ鳥を使役  する?  作者: 寄賀あける


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2  キャベツとカボチャとおっきな鳥と

 円形の石造りの部屋、天井はかなり高そうだ。あかり取りの、窓枠だけの窓が一つあるけれど、驚くほど大きな鳥が陣取っている。怖くて近寄れず、外を覗くことなんかできっこない。木製のドアにはしっかり鍵が掛けられて、開けようとしてもビクともしない。出入り口はそこだけだ。吹き込む風の気配が地上から離れているのを感じさせる。


 気が付いた時には硬い床に横たわっていた。しかも抱卵するように、今は窓辺にいるあの鳥が寄り添っていた。思わずあげた叫び声に驚いたのか、あるいは気を悪くしたのか、鳥は窓に行ってしまった。それはよかったのだけれど、悲鳴を聞きつけて来てくれる人はいなかった。


 修道院の裏門を入った途端、何かに肩を掴まれた。足元が覚束(おぼつか)なくなったと思ったら、フワッと身体が浮き上がり、見る見る地面が遠くなる。あまりの高さに眩暈(めまい)がした……覚えているのはそこまでだ。目覚めた時にはこの部屋で、鳥に包まれて眠っていた。窓からは陽光が差していて、夜が明けたんだと思った。


 ドアを叩いて人を呼ぶのも、ドアを蹴破ろうとするのにも疲れ果て、(あきら)めの中、部屋の隅に積み上げてあった枯草に腰かけてどれくらい経つだろう。枯草だけでなく枯れ枝も入っていて少しチクチクしたが、しっかりしていて椅子にするにはちょうど良かった。


(お腹すいたなぁ……)

リーシャの頬に涙が伝う。

(あの鳥、きっと今は空腹じゃない。お腹がすいたらわたしを食べるつもりだわ)


 どうしよう? そうなる前ににここから逃げ出さなきゃ。あの鳥、どこかに行かないかな? そしたらひょっとして窓から出られるかも知れない。高そうだけど、隣の部屋に移れないかな? 一縷(いちる)の希望に窓と鳥を見比べるリーシャ、するとガチャリと音がして、ドアが内側に開いた。


「やった!」

思わず立ち上がり、ドアに掛け寄ろうとしたが、ドアから入ってくるのはキャベツ、どう見てもキャベツ、しかもでっかい(・・・・)――思わずリーシャの足が止まる。


 ゴロゴロゴロ……ゴロゴロゴロ……


 次々と入ってくるキャベツは綺麗に転がり壁の寸前で止まっては、たまっていく。十個ほどになると、次には――


 ゴロゴロゴロ……ゴロゴロゴロ……


 今度はカボチャだ。でっかいカボチャだ。数えてみるとやっぱり十個、キャベツと同じように転がっては止まり、たまっていく。それが終わると、葉っぱが付いたままのカブがひゅんひゅん宙を横切って、キャベツとカボチャの上に降っていく。カブは次々飛んできて、いったい幾つ降ったやら、見る間にキャベツとカボチャの上にこんもり小さな山を作った。


 次は何が飛んでくる? 出入り口を見つめるリーシャの耳に『フゥー』と息を()く音が聞こえた。そしてパンパンと何かを(はた)く音がする。人間? まさか、あの鳥みたいに見たこともないような生き物? 椅子代わりにしていた枯草の影になんとか隠れようとするリーシャ、何かが部屋に入ってくる――


 すると窓枠に止まったままだった鳥が、トンと、部屋に降り、トコトコと入り口に向かって歩いていく。


 頭はレモン水のような鮮やかだけど薄い黄色、首周りは白、胸は金属を思わせる山吹色、それが腹に向かい白っぽく変わっていく。今まで見えなかった背中は水色で、翼に向かって色濃く変わる。翼の端は黒だけどその寸前を区切るように白い羽根、真ん丸な黒い目をぐるりとピンク色が縁取っている。クイっと先端が巻き込まれた(くちばし)の下にわずかに目の周りと同じピンク色の羽根、頭の天辺にも同じピンクの短い羽根が生えている。ずんぐりとした体形だが、色合いから美しいと言えなくもない。フルフルと身体を振るわせているのは喜んでいるのか、入ってきた人物に頬ずりするように首を(かし)けた――人物?


(人間だ! でも、本当に人間?)

入ってきた人物も(こた)えるように両腕を鳥の首に回し抱き締めている。すらりとしていて、きっと背は高い。大きな鳥と一緒にいるものだからよくは判らない。鳥の頭はその人よりずっと上にある。男? 女? 背の高さを考えると男かしら? 波打つ金髪は二の腕の半ばに届いている。服は男のものだ。顔は……大きな鳥の首に埋もれていてよく見えない。


 抱き締めるのに満足したのか、鳥の首に回していた腕を解いて

「オッキュイネ、朝ご飯だよ」

鳥の首を撫でながら言った。男の声だ。たぶん人間の男だ。きっとまだ若い。ツイッと首を上げた大きな鳥が、山積みにされたキャベツやカボチャにトコトコ近付くと猛烈な勢いで()っつき始めた。


 ガガガガ、バキガボ、バキッ、グァッシャ、ゴクン。最後のゴクンはカブを丸呑みした音だ。見る間に野菜の山が崩れていく。


(あわわわわ……)

恐ろしさにとうとうリーシャが腰を抜かして椅子代わりにしていた枯草に掴まると、バキッバキッと枯れ枝数本が音を立てて折れてしまった。


「あれ?」

鳥の食事風景をニコニコと見ていた若者がリーシャを見る。この騒がしさの中、なんと耳ざとい。

「あぁ、キミか。すっかり忘れていた――それにしてもオッキュイネの巣を壊しちゃうなんて、馬鹿力だね」

と、ニッコリ笑んだ。


「はい?」

鳥が野菜を(つつ)いて(かじ)る音でよく聞き取れなかったリーシャがつい聞き返す。聞こえなかったのだと察した若者が大声で繰り返す。


「オッキュイネの巣を壊しちゃうなんて、馬鹿力だね!」

「おバカさんの素人のくせに馬鹿チンだね、なんてひどいわ!」

リーシャも大声で言い返す。


「違う! オッキュイネの巣を壊しちゃうなんて、馬鹿力、って言ったんだ!」

(おっ)きいのを壊しちゃうなら馬鹿力?」


 焦れた若者が、スタスタとリーシャに近付き、腕を掴んで引き寄せる。


「オッキュイネの巣を壊しちゃうなんて、馬鹿力だね」

耳元で囁く声、ハッと若者の顔を見るリーシャ、この声どこかで聞いたことあるよね? そう思ったけれど、若者と目が合った瞬間、忘れてしまう。なにこの人、なんて素敵な目をしているの? 夜明け間近の空のようだわ……リーシャの頬が熱くなる。


「オッキイネの巣、ってあの枯草? オッキイネってあの大きな鳥?」

「オッキイネじゃなくってオッキュイネ、そうあの鳥、キミが壊したのはあの鳥の寝床――キミは昨日、オッキュイネが僕にプレゼントするためにここに連れてきたようだよ」


 ことのほか硬いカボチャがあったようだ。若者の言葉の後半は、カンカンカンゴゴゴというけたたましい(・・・・・・)音に掻き消された。軽く舌打ちして若者が振り返ってオッキュイネを見た。

「え? なんですって?」

「とにかくこの部屋を出よう。廊下はずっと静かだ」

若者に手を引かれ、大きな鳥を警戒しながらリーシャは部屋を出た。


 ドアの前だけ平らだが、片方はすぐ(くだ)り階段になっていて、きっとグルリと建物を回り込んでいるのだろう。反対側は行き止まり、つまりここが最上階だ。ところどころに窓もある。


「ちょっと待ってね」

若者は廊下に置いてあった大きな籠を、壁を()り貫いた穴に入れた。するとスルスルと籠が落下していく。どうやら籠に付けられた縄は、壁の穴の天井にでもある滑車に繋がっているようで、やはり壁についているハンドルがくるくる回った。


「あれだけのキャベツやカボチャを一度に運んだの? いくら滑車でもかなり重たそう」

「そうだよ、結構重くて大変。だけど何度もこの塔を上り下りするよりよっぽど楽なんだ」


 若者の言葉にリーシャが窓の外を見た。


 高い、高過ぎる……


「おい! キミ!」

慌てた若者が自分を抱きとめたのは感じたけれど、やっぱりリーシャは気を失った。


 気が付くとふかふかのベッド、いい匂いに包まれている。なんでわたし、こんなところにいるんだろう?


(えっ? ええええ?)

着ている服は自分の物じゃない、編んでいた髪も解かれている。何があったんだったっけ? そうだ、大きな鳥がいて、ゴロゴロのガガガ……


「やぁ、目が覚めた?」

急に声がして、リーシャを驚かせる。見るとあの若者だ。さっきと違い、髪を後ろに一纏(ひとまと)めにしているけれど、綺麗な瞳はあの若者のものだ。


「あ、あ、あんた!」

「お(なか)()いてるよね? 僕はもうペコペコだ」

「ちょっと待って、わたしの服は?」

「あぁ、着替えさせたよ、お湯で身体も拭いた。さっぱりしただろ?」

「誰が!?」

「うん?」

若者がニヤリと笑う。


「もちろん僕――なぁんてね。小間使いの女の子に頼んださ」

「あわあわあわ……」

「落ち着きなよ」

「だってぇ――」

泣き出しそうなリーシャだ。


 見たこともない大きな鳥に連れ去られ、気が付いたら知らない場所、キャベツとカボチャがゴロゴロでカブはひゅんひゅん、ガガガガ、ゴゴゴゴ、ゴックンで、籠はスルスル、クルクル回るハンドルに、窓から見れば視界がグルグル――


「もうダメ……」

自分がいた場所の高さを思い出すと眩暈(めまい)がする。頭を抱えてしまったリーシャに若者が近づいて、そっとリーシャのオデコに触れた。


「え?」

「うん、熱はないようだね、よかった。あの部屋、寒いから……オッキュイネがキミを暖めていただろう? 昨夜、あの部屋に行ったらオッキュイネと寄り添って眠ってたから、起こしちゃ可哀想だと思ってそのままにしておいたんだ」

「あ? わたし、卵と間違えられたかと思った」


「オッキュイネは多分オスだよ。あ、でもオスでも抱卵はするのかな?」

「たぶん、ってことは判らないの? それよりなんて種類の鳥? あんなの初めて見た」

「種類ね、さぁなんだろう? 学者も判らないって」

「餌をあげてるってことはあなたが飼っているんでしょう? なのに判らないのね」


「僕が七歳の時、森で拾った卵を(かえ)したんだ。ヒナの時はハトくらいだった。なのに、すぐアヒルくらいになって、あれよあれよと言う間にあの大きささ。部屋で飼えなくなったから、塔の最上階の部屋をあげたんだ」

若者が楽しそうに笑った。

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