第3話:『余白の設計――未判断を並んで持つ』
会議室のテーブルに、冷めた紙コップと印刷したてのグラフが並ぶ。インクと樹脂の匂いが、空調の風で薄まる。わたくし——紙府 祈麟は、紙の端の熱で出力直後を知る。
編成部長「君たちはプロだ。説明してくれ」
梟臣「すみません。僕の独断です。沈黙は、僕の意思です」
編成部長「なら、結果で示せ。次回で数字が戻らなければ打ち切り。スポンサーは降りる」
報告書の角が光る。数値の落ち込みは理由を欲しがり、理由は誰かの顔を探す。
梟臣「取り返します」
編成部長「どうやって」
コーヴィン「沈黙で。意図して続けます」
編成部長「ラジオで沈黙だと? ふざけるな」
祈麟「……いちばん過激な言葉です」
わたくしたちは、言葉のない台詞を台本に並べる準備をしている。友情のいちばん誠実な形として。
祈麟「沈黙を選び直すことが、わたくしたちの回答です」
編成部長「……いいだろう。最後のチャンスだ。次で戻らなければ——」
部長はそこで黙った。沈黙が、契約の終わりの書式になった。
コーヴィン「契約終了の影は、独演劇の開幕だね」
梟臣「比喩は後でいい」
コーヴィン「失敬。詩人の悪癖だ」
祈麟「……書きます」
白紙を一枚、台本に差し込む。何を書くかは、これから決める。
折りたたみ椅子の金属の冷たさが坐骨へ落ちる。机上には、冷めた缶コーヒーが四本。綴じ目を指でなぞり、一ミリの段差で紙の歪みを読む。わたくしの仕事は世界を一ミリ単位で測る——あの一分だけは測れない。
コーヴィン「要点は二つ。やったと宣言すること。理由を決めないこと。これを番組——いや、私たちの姿勢にする」
梟臣「リスナーに寄り添う番組だったろ」
コーヴィン「**共感**よりも、**未判断を並んで持つ**ことが寄り添いだ」
猟斗「……未判断、ですか」
祈麟「ええ。わたくしたちの友情は、未判断を背負う勇気です」
無言の時間に字幕もBGMも置かない——新しいルール。物語はテロップを拒む。
猟斗は音響室の隅で点検表に向かう。鉛筆の芯で欄外にミリ単位の注釈を書き足す。
猟斗「スイッチは二度押しで確認。フェーダーは0.1dB刻みで記録……」
その精密さは、恐怖の表出ではない。恐怖を制御する儀式だ。音の専門家。音の不在を管理する責任は、彼が負う。
コーヴィンはノートPCを開き、会議室のモニターにダッシュボードを映す。横軸は時間、縦軸は割合。タグは『事故/演出/挑発/詩/抗議』。
コーヴィン「SNSの反応を自動分類した。最初は『事故』が大半。だが時間とともに『演出』『メッセージ』がじわり増えている。解釈は移動するんだ」
梟臣「数字、戻せるのか」
コーヴィン「約束はできない。だが態度は伝わる」
ドアが開き、香水の甘さが入る。編成の隣に、スポンサー担当の女性。名刺の角が新しい。
スポンサー「弊社の立場は明確です。沈黙は容認します。ただし広告枠の確保は必須」
梟臣「沈黙の間にCMを挟めと?」
わたくしたちは同時に首を横に振った。声は鎖ではなく、鉄槌になる。
祈麟「契約は履行します。ですが、わたくしたちの方法で」
スポンサー「……面白いわ。じゃあ、見せて。あなたたちの“方法”を」
梟臣は視線を真正面から受け止め、力みのない声で言う。
梟臣「リスナーに敬意としての沈黙を捧げたい。そこへ商業メッセージを挿すのは、その敬意を踏みにじる。お気持ちはありがたく——受け止めます」
言葉は下げて、歯は見せる。
コーヴィン「見事な修辞だ。だが、それで番組は終わるかもしれない」
梟臣「それでも、俺たちのやり方で終わりたい」
わたくしはペンを取る。冷たさが意志を固める。最後の放送を、この密室で組み上げる。
コーヴィン「じゃあ、祝おう。われわれの独演劇の開幕を」
会議が散る。プリンターの余熱がまだ残っている。わたくしは台本の余白に、小さな点をひとつ。
——保留の印。ここから、進む。




