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第8話 動き出す帝都

 帝都ルミナリスの朝は、冷え込む石畳に霧が漂い、鋳造所の鐘が低く鳴った。ユーリは宿屋の一室で、昨夜の記録を見返していた。


 ――解析眼:進化段階2。臓構補完。

 ――対象:少女ナリス、下肢神経パス仮想修復に成功。

 ――副作用:視覚疲労、軽度の頭痛。


 手帳の端に震えるような字で書かれたそれは、もはや底辺職の領域を超えていた。


(これは……もう、誰かに知られれば、俺自身がただじゃ済まない)


 ユーリは額に手を当て、深く息を吐いた。そんな彼のもとへ、フィリスが再び現れる。


「動きがあったわ。魔法ギルド【蒼の楔(ソーン・ウェッジ)】が、あなたに正式な対面を申し出てきた」


「ついに、か……」


 ユーリは覚悟を決めて頷いた。だが、その背後には別の影が蠢いていた。



※※※



 午後、帝都中央区にある【蒼の楔(ソーン・ウェッジ)】の外郭研究棟へ向かう途中。ユーリとフィリスは、ある一団とすれ違った。


 皆、鉄製のバッジと、煤けた作業服と分厚い革製の小手を付けている。


 ―――鍛冶ギルドの連中だ。


「……あれ、その作業着。もしかして君が噂の? 」


 がっしりとした中年の男が、声をかけてくる。


「俺は鍛冶ギルド【鉄の誓環(アイアン・アンビル)】の分団長ダリウス。フィリス嬢、随分と面白い若者を囲ってるじゃないか」


 その目は笑っていなかった。


「噂は聞いた。『千年前の魔導遺産を動かしかけた解体工』だってな。お前さんのスキルいや…… 能力は皆、注目してるぜ、気を付けるこったな」


 ダリウスの視線がユーリに鋭く刺さる。


「鍛冶ギルドは、腐っても帝都の再建を担う主力だ。魔法ギルドにばかり手柄を渡されちゃ面子が立たん、どうだ? 君さえ良ければ…… 」


 フィリスが一歩前に出た。


「ダリウス、彼はまだ正式にどこの《《派閥》》にも属してない。横槍を入れるのは筋違いよ」


「ふん、いずれ決める時が来るさ。この帝都じゃ、『力』の持ち主は必ず誰かに使われる。……それが、どこの色になるかの違いだ」


 その言葉を残し、男は去っていった。


「ユーリくん、他人の言う事なんか今は聞かなくていい」



※※※



 夕刻。

 

 ユーリはついに魔法ギルド【蒼の楔(ソーン・ウェッジ)】の研究棟に足を踏み入れた。


 受付で名を告げると、上層研究員と思われるローブ姿の人物が出迎えた。


「よく来てくれたね、ユーリ=エルステッド君。君の『眼』の性能…… ぜひ確かめさせてもらいたい」


 案内されたのは、かつて魔導炉と呼ばれた、千年前の遺産が眠る魔導遺物庫と呼ばれる地下実験室だった。


「これが【アストラ=ノード】未起動のまま放棄されていた、魔導炉の心臓部です」


 金属球体に刻まれた紋様と、古びた魔力回路。ユーリは思わず息を呑んだ。


 次の瞬間、己の意思とは裏腹に解析眼(アナライズ)が反応する―――

 

 視界に、魔力回路と紋様の一部が淡く浮かび上がった。


(これ……熱交換器? 違う。魔力を熱に変換して動力に…… まるで発電機だ)


「この【アストラ=ノード】の起動に、君の力が必要なんだ」


 フィリスが横で言う。


「これは何なんですか? 」


「分からない。詳しく調査する為にも起動させたいの。でも、慎重にね。今の君の『眼』では、長時間解析するとまた視覚に支障が出る可能性がある。そうでしょ? 」


「そうですね、大丈夫。やってみます」


 ユーリはそっと目を閉じ、再び眼を開く。


 視界が、変わった―――

 

 部品のひとつひとつが鮮明に、まるで透視図のように浮かぶ。そして中央部に、奇妙な「空白」領域があった。


(あそこだけ、情報が欠落してる? )


 それは、まるで何かが意図的に隠されているような……


 次の瞬間―――


 解析眼(アナライズ)の内部で、警告のような赤い紋様が閃いた。


(まずい、これ…… 何かが――― )


「下がって! 」


 ユーリが叫ぶより早く、魔導炉が微かに振動した。青白い光が、封じられていた筐体(きょうたい)の隙間から漏れ出す。


 研究員たちが慌てて退避するなか、ユーリは最後まで視線を逸らさなかった。


(これは…… 千年前の魔導炉の応答。動作を確認してるだけ…… まだ暴走はしてない)


 魔力が落ち着き、光が収まり―――


 部屋には、沈黙だけが残った。



※※※



 その夜。


 ユーリは再び、宿の部屋で記録を残していた。


「アストラ=ノード、起動直前で停止。解析眼(アナライズ)の視認限界点に『空白』あり。危険領域、存在可能性大」


 そのとき、扉がノックされた。


「ユーリくん。魔法ギルドから、正式な招集が来たわ」


 フィリスの言葉に、ユーリはゆっくりと顔を上げた。


「いよいよだね。俺が何者か…… 問われる時が」


 帝都で、ユーリという存在が確実に波紋を広げ始めていた。

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