第7話―壊れた少女と再構築のまなざし―
帝都ルミナリスに足を踏み入れて三日。
ユーリは、魔法ギルド【蒼の楔】の研究棟に案内されることもなく、宿屋の一室で魔導遺物の図面や回路を解析する作業に明け暮れていた。フィリスが「今は動かず、見られすぎない方がいい」と言ったのだ。
「でも、僕はここに何をしに来たんだろうな…… 」
木製の椅子にもたれ、曇った窓の外に目を向けた。遠くでは【鉄の誓環】の鍛冶工房が赤い火を吹き上げ、荷車を引く商人が通り過ぎていく。
すべてが活発に、そして街が息づいている。
だが、ユーリだけが、その流れから取り残されていた。
※※※
翌日。フィリスの紹介で、民間災害支援組織『地の恵会』が運営する病舎へ赴くことになった。
「帝都の片隅にはね、戦災や事故で身体を損なった子どもたちが集められているの。魔法治療にも限界があって、回復できない子もいるのよ」
フィリスは静かに言った。
病舎は石造りの小さな建物で、湿った空気が充満していた。薄い毛布を被った子供たちが、細い体で咳をしている。そのなかに、一人の少女がいた。
黒髪を三つ編みにして、木製の車椅子に座った少女。彼女の脚は、膝から下が痩せ細り、まったく動いていなかった。
「ナリスよ。四歳の頃に馬車に轢かれて、それ以来、脚が動かないの」
「……こんにちは、ナリス」
ユーリが声をかけると、ナリスは目だけを動かし、じっと彼を見た。
「あなたも、わたしを治せないのよね。もう何人も試したわ」
淡々とした声。その裏にあったのは、希望を抱くことすらやめた絶望だった。だが、ユーリは何かを感じていた。
(これは…… )
―――解析眼が反応している。
彼女の体を見つめた瞬間、視界に情報が走った。骨の変形、筋繊維の断裂、神経の断絶。そして、その回復不能とされた損傷箇所に、微弱ながら残る再生反応の痕跡。
(これ…… 直せる……? )
ユーリの脳裏に、回路のような人間の構造図が浮かぶ。まるで機械のように、破損個所と正常部が分かれて表示されている。
「ナリス…… 少し、いいかな。君の脚を、見せてもらっても? 」
少女は目を細めたが、やがてゆっくりと頷いた。
ユーリは治療師ではない。魔法使いでも、医者でもない。だが、視える。身体のどこが壊れ、どこが繋がっていて、どこに再接続の余地があるか。
彼は目を閉じ、頭のなかで少女の身体を俯瞰した。
その瞬間、解析眼が―― 進化した。いや、変質と言うべきか。
視界のなかに、触れていないはずのナリスの神経回路が浮かび上がる。触らずとも、接続点を確認できる。
(これ…… 思考だけで…… )
ユーリの脳内に、薄く光る魔導式の“操作盤”が広がる。
(腹腔鏡みたいだな…… 内視鏡とも似ている。これを操作するのか?…… やれるのか? )
神経の欠損部へ、脳の命令信号を通す仮想橋渡し失われた信号伝達を仮想的に構築する機能―――
それが解析眼:臓構補完―――
脳内で、神経パスを修繕する。これは、現代医療でも及ばぬ非接触の修復だった。
「なっ⁉ なにこれ、脚が熱くなって…… 」
「ナリス、痛くはないかい? 」
ユーリの額から汗が滲む―――
「痛くは無いけど…… その眼…… なに⁉ 」
「これが俺のスキルなんだ、もう少しで上手くいくかもしれない。まだ頑張れるかい? 」
「うん――― 」
※※※
「これで…… 立てるかもしれない」
ユーリがそう呟いた瞬間、ナリスの足がピクリと動いた。
少女が瞳を見開く。涙がこぼれた。
「う、そ…… 」
「まだ完全じゃない。けど、これから少しずつ修復できる。何回か調整すれば…… きっと歩けるようになる」
フィリスが、息を呑んで彼を見ていた。
「……ユーリくん、それって、まさか……? 」
「うん。僕のスキルで…… 身体の中まで視えるようになった」
「―――それ、魔法ギルドの最高機密技術よ。もはや『魔導医療』の領域じゃない」
その言葉を聞いてユーリは意識を失い床に倒れた。
※※※
その夜、ユーリは自室で目を覚まし、今迄の記録をつけていた。
「解析眼、進化確認。臓構補完。使用後、視覚系に強い疲労。連続使用不可」
それは、単なる解体ギルド職員では持つ事の無い、未知の力だった。
(これが、千年前の魔導文明に繋がる鍵なのかもしれない)
ユーリは静かにペンを置く。その瞬間、部屋のドアがノックされた。
「ユーリくん、体調はもう大丈夫? 」
フィリスの声だった。
「うん、ご心配をおかけしました」
「やだ、何処か強く打った? そんな事を言う子じゃ無かった気が…… もっと卑屈な…… 」
「ひどいなフィリスさん、もう平気ですよ」
「そう、良かった。それで早速なんだけど、今日の事で魔法ギルドの上層部が動いたわ。あなたの存在に、本格的に興味を持ち始めてる」
次なる試練が、すぐそこまで来ていた――。