第5話 出会いと鑑定
冷たい朝霧の中、ユーリは旧市街の廃工場跡に向かっていた。今日の依頼は、【ハンマーの灯】からの正式な依頼。動かなくなった古扉の解体。依頼主は近隣の工芸職人で、報酬は干し肉付きのパン二日分。安いが、今の彼には十分だ。
(どうせまた、工具さえ触れれば誰でもできるって思われるんだろうな…… )
彼が所属しているのは、解体ギルドと呼ばれる【ハンマーの灯】いわゆる最底辺の職能ギルドで、ランクは“灰”。各ギルドの見習いにすら満たない、いわば雑用級である。
「直せるもんなら直してくれても構わねぇよ。もし直ったら追加で銀貨を払ってやる」
(最初から直せる訳ないって言ってるようなもんだな)
ユーリは自嘲気味に肩をすくめながら、重厚な鉄扉に向き合った。全体が錆びついているが、蝶番だけは異様に摩耗していた。
彼は目を閉じ、集中する。そして――
「……解析眼、起動」
視界が変わり世界が動く。まるで霧が晴れたように、扉の構造が透けて見えた。青白い線が全体を這い、回路状の魔力流が停止している。破損していたのは、軸受けと微細な魔力伝導ルーンだった。
ユーリは針のような工具を取り出し、黙々と清掃と微修正を始めた。
すると―――。
背後から声がかかった。
「……その修理の仕方、尋常じゃないわね」
振り返ると、そこには白金色のショートヘアを持つ女性が立っていた。緋色のロングコート、魔導計測器、そして脚には金属強化の革製ブーツ。目つきは鋭く、ただ者ではない雰囲気をまとっていた。
「誰…… ですか? 」
「名乗りが必要ね。私はフィリス=ロウ=ヴァレンタイン。帝都魔導考古院所属の外部顧問、そして賞金稼ぎギルド【煌刃連盟】の観察官も兼ねているわ」
「【煌刃連盟】といえば、賞金稼ぎギルドの統括を担っているギルドですよね? 【刃の砦】の確か…… 上位ギルドでは? 」
彼女の肩書きに、ユーリは思わず息を呑んだ。
「なぜ、そんな方が、こんな所に? 」
「解体ギルド【ハンマーの灯】在籍で、職業は廃品再収集員の灰級。名前はユーリ・エルステッド十八歳。……貴方がただの収集作業員ではないことに興味があってね。色々と噂は聞いてるわよ」
彼女は微笑まずにそう言った。
「あなたのその眼。今、スキルを使ってたでしょう? 」
その言葉に、ユーリの背筋が冷たくなる。
「な、なんのことだか…… 」
「とぼけるには無理があるわ。この扉―― アーヴァ=レイス期の魔導文明初期に使用された『重錠式霊圧回路』が埋め込まれている。それを『視』て修復した。普通の修繕師は愚か、修理工でも、できるわけがないのよ」
ユーリは、思わず一歩下がった。
「俺はただ…… 直しただけです」
「いいわ、その『ただ』が問題なの。あなたのその眼のスキルは未知の物。そのスキルは一体何なのか分からないけど、魔導構造解析の域に入っている可能性がある。今どき、そんな素質を持っている人間は極稀よ」
フィリスは足元の回路を覗きこみ、魔導計測器をかざした。淡く輝く魔力波が散る。
「ふふ…… やはり完全に修復されてる。この回路は千年前の魔導遺構にも使われている複合素子よ。それを見抜いて修復するなんて、常人には不可能。君は一体何者? 」
ユーリは黙り込んだ。
それでも胸の奥に、小さな火が灯る感覚があった。
「……で、俺にどうしろと? 」
「そうね、理解が早くて助かるわ。私の調査補佐として、帝都まで来て欲しい。金貨五枚を前金で支払うわ。目的地は、古代文明の封鎖遺跡が存在する帝都ルミナリスの魔導遺物庫。あなたの眼の真価を試させてほしい」
「そんな大役…… 俺なんかじゃ…… 」
「最底辺の廃品再収集員が、魔導遺構を蘇らせた。これ以上の証明がどこにあるの? 」
彼女はふっと目を細め、珍しく表情を緩めた。
「それに、あなた自身も気づいているでしょう? その『眼』が、ただの便利スキルじゃないと」
ユーリは手を握りしめた。小さい頃から、壊れた物を見ると『どこが悪いか』が直感でわかった。でも誰もそれを理解しなかった。ただの器用貧乏と笑われてきた。
「……あんたは、俺のスキルを見て、価値があるって言うのか? 」
「言葉じゃ分からないようなら、これを…… 」
フィリスが投げてよこした小袋には、磨き上げられた金貨が三枚入っていた。
「これは…… 」
「観察報酬よ。私が見極めたのは、ただの廃品再収集員じゃない。魔導文明を修復できるかもしれない『眼』の持ち主。価値は、これでも安すぎるくらいよ」
ユーリは金貨を握りしめた。
――この手が、初めて掴んだ自分自身の価値。今までの苦しみと孤独が、少しだけ報われた気がした。
「わかった。行きます、帝都へ。でも、俺は戦えません。魔法も剣もからっきしです」
「構わないわ。あなたの仕事は『視』る事と『直す』事。そして、いずれ何かを解き明かすことも含めてね」
ユーリは深く頷いた。
この眼には、まだ知らない可能性がある。
そしてそれを導く者が現れた―― それだけで、彼の歩みに意味が生まれたのだった。