第3話 焦げた畑と、解析眼の照準
午前十時。リサイクル倉庫の奥、錆びた作業台の前でユーリは唸っていた。
「……このサイズの歯車が足りない」
廃棄された小型精霊炉を再生しようとしていたのだが、肝心の内部制御部品が摩耗しすぎており、代替品も見つからない。解析眼で見える構造は詳細だが、それを補う技術や素材が伴っていない。
そう、今の自分は視ることができても作る力がない。その事実に苛立ちを覚えながら、彼は頭を振った。そのとき、ドアが勢いよく開かれ―――
「ユーリさん、助けて下さい! 」
駆け込んできたのはアミナだった。顔を真っ赤にして息を切らしている。
「どうした? 」
「畑が…… 私の担当してる畑の灌漑装置が暴走して、畝が焦げてしまったんです」
彼女は震える手で畑の位置を記したメモを差し出した。農耕ギルドの管理区域の一角らしい。小規模ながら魔導水流式の自動潅水装置が導入されているという。
だが、その装置が故障し、魔力過剰供給により畑の土を焼いた。作物は全滅。今週末の市への出荷予定も白紙だ。
「上司に報告したら、私の整備不備だって……。でも、そんな急に暴走するはずないんです。絶対、どこか構造的に欠陥が…… 」
アミナの目に悔しさと涙が浮かんでいた。彼女は、きっと畑も作物も大切にしていたのだろう。
ユーリはすぐに立ち上がった。
「案内してくれ。その装置、俺が見てみる」
※※※
焦げた畑には、淡く白煙が立ち上っていた。
黒ずんだ大地に、ねじれた根と枯れた茎だけが無残に残されている。その中央に据えられた魔導装置は、まるで罪人のように静かだった。
ユーリは手をかざし……。
「解析眼、起動―― 」
視界が変わる。装置内部の魔力回路、魔石の焼き付き、導管のひび割れ…… 異常が一瞬で浮かび上がる。
だが、ユーリの目はさらにその先へと届いた。
「……この装置、もともと千年前の魔導灌漑機の設計を簡略化して作られてる」
「えっ? 」
「だから見落としやすい。通常の整備マニュアルに記載されてない副流魔力制御口がある。ここ、詰まってる…… 熱が逃げなかったせいで魔力が逆流したんだ」
ユーリは指先で装置の側面を軽く叩いた。そこから焦げた魔導回路の一部が露出する。
アミナは呆然としたように、それを見ていた。
「私…… そんなところ、見つけられなかった…… 」
「当然だよ。これは見える人間じゃないと無理だ」
ユーリは膝をつき、工具を手にした。あり合わせのパーツで補修できる範囲は限られているが、焦げた回路を切り離し、簡易な分流ルートを引く。彼の手元では、解析眼の指示が次々と浮かんでいた。
10分後、装置が再び淡い青光を放ち、畑の一角に、水の気配が戻ってきた。
「……すごい」
アミナが、小さくつぶやいた。その声は驚きよりも、救われた安堵が混じっていた。
「これで、ギルドに報告できます! 私の過失じゃないって、証明できる…… 」
「よかったな」
そう言いながら、ユーリは小さく笑った。
この解析眼は、きっと世界を救うような力ではない。だが、誰かの為にはなれる。それだけで、今の彼には十分だった。
ところが、戻ってきた農耕ギルドの本部で、彼らは思わぬ言葉を浴びせられることになる。
「……余計な真似をしたな、最底辺のくせに」
冷ややかな声。農耕ギルドの技術主任ハルザが腕を組みながら言った。
「副流制御口? そんなものは旧式だけに存在する部分だ。今の装置には必要ない。余計な分解修理で魔導規格を逸脱した場合、事故責任は修理者にある。分かっているのか? しかも聞けばお前は市民権を持たない流民だそうだな? 流民が街中に入ってただじゃ済まない事位わかっているだろ?」
ユーリは言葉を失った。正当な修理をしたはずが、最底辺と云うだけで非公認の知識とされ、流民だからと罪に問われるという。
それでも、彼は一歩も引かなかった。
「なら、事故が起これば俺が責任を取る。流民として裁かれるのも構わない」
ユーリの声は静かだった。
「でも、間違った知識で誰かがまた怪我するくらいなら、俺はもう一度、修理する」
その日、ユーリの行動は一部のギルド員の間で密かに話題となった。最底辺職の流民が、農耕ギルドに堂々と異を唱え、壊れた装置を動かした、と。
緊急依頼の為、街中に立ち入った事は不問とされ、アミナは謝罪とともに、再検証依頼書を提出し、ハルザの言動は監査対象となった。
そして、ユーリの解析という力も、少しずつ広まっていくことになる。
※※※
夜、リサイクル倉庫の奥。ユーリは一人、修理した精霊炉の残骸を見つめていた。
「……俺は、見える。でも、見えただけじゃ、誰も信じてくれない」
けれど、アミナはそんな俺を信じて助けを求めてくれた。
ユーリの手元に、新しい修理依頼が一枚届いていた。
【依頼名:旧式魔導温室ヒーター 修理(農耕ギルド)】
【依頼階級:非公式】
【依頼報酬:評価による】
【備考:アミナ推薦】
「……やるか」
そう呟いて、彼はランタンを灯した。
その灯は、小さくも確かな希望のように、倉庫の闇を照らしていた。