第2話 スクラップと希望のカケラ
禁忌の再生と破壊の魔導銃を携え失われた魔導文明を再起動させよ!
翌朝、曇天の下、解体ギルドから配給された見てくれの悪いパンを頬張りながら、ユーリはまた廃材倉庫の片隅にいた。
昨日、自分の眼に宿った不思議な力――
解析眼というスキル。ギルドのスキルリストにも表示されていないそれは、明らかに壊れたものの中身を可視化する力だった。壊れた通信水晶の内部構造を読み取り、回復可能な箇所まで提示されたのは、紛れもない事実だ。
だが、今日になっても、やはりその現実は重くのしかかっていた。
鉄屑の山から、焼け焦げたランタンを拾い上げる。芯部は損傷していたが、昨日とは違って内部構造がすでに頭の中に浮かび上がるようになっていた。まるで身体の一部のように馴染み始めている。
「……本当に、俺にできるのか? 」
つぶやいてみても、誰も答えてはくれない。答えの代わりに返ってくるのは、解体ギルド内での嘲笑と蔑みだ。あの事故で異世界に転移し、期待していた冒険譚は始まらなかった。勇者にも賢者にもなれず、最底辺職の『廃品再収集員』として片隅に追いやられた。
生き延びることだけを目標に、黙々と鉄屑を分ける毎日。解析眼の存在を知ったからといって、すぐに運命が変わるわけでもない。それでも、どこかで心が少しだけ軽くなった気がしたのは、たぶん、
―――まだ終わっていない。と思えたからだ。
そのとき、倉庫の扉がキィと音を立てて開いた。
振り返ると、見慣れない少女が立っている。灰色のマントを羽織り、手には木箱を抱えている。作業着からして、どこかのギルド関係者のようだ。
「あの…… ここに、修理依頼の魔導ランタンって、紛れ込んでませんか? 」
控えめな声と、所在なげに揺れる瞳。警戒というより、自信の無さが滲んでいた。
「修理依頼のランタン? ここは解体依頼品しか…… ちょっと待って、最近の搬入品は…… あ、これかな」
ユーリは、昨夜手にした壊れかけのランタンを差し出す。それを見た少女は、はっとした表情で駆け寄った。
「これ…… 直ってる? 昨日までは点灯すらしなかったのに…… 」
彼女の手の中で、ランタンは微かに光を灯していた。芯部はまだ不完全だが、最低限の魔力供給は再生されている。
「修復班の人間じゃないと、ここまで整えるのは無理なはずです…… あなたが? 」
「……偶然、いじってみただけだよ」
曖昧に返す。解析眼のことを口に出すには、まだ早い。正直、自分でもその意味や価値を理解していないのだ。
「すごい…… 私は農耕ギルドから修理実習に来てるんですけど、こんなふうに直すの、初めて見ました」
「農耕ギルド? 」
「はい。アミナ・クレインって言います。農機具の点検が主な仕事で…… でも、ちょっとだけ、魔導具にも興味があって」
アミナは小さく笑った。だが、その笑顔はどこか無理をしているようにも見えた。
「あなたは…… 修理班? 」
「いや。ここは解体班だよ。そして俺はただの廃品再収集員。このギルドの最底辺職の流民さ」
「……最底辺なんて、そんなこと……。でも、だからってすごくないわけじゃないと思います」
その言葉は思いがけず、ユーリの胸の奥に突き刺さった。
誰からも価値を認められない毎日。壊れたものばかりと向き合い続ける日々。だが、この少女は、ただのランタンを直ったと喜んでくれた。
たったひとつの小さな光。それが、どれほどの意味を持つのか、今のユーリには痛いほど分かる。
「ありがとう…… アミナ」
「え? 」
「気にしないで。ただ、……誰かにすごいって言われたの、初めてだったからさ」
※※※
その夜、ユーリはギルド倉庫のさらに奥へと足を踏み入れた。昼間は誰も近づかない暗所。そこに鎮座する、一際重々しい箱型の遺物。
千年前の魔導文明の残滓――【魔導制御ノード】
それに初めて接触したのは数日前。解析眼が目覚めたその夜、内部の構造と膨大な情報の一部が脳裏に流れ込んだ。
今日、改めて目を向ける。
「解析眼…… 起動」
視界が変わる。ノードの外殻、魔力接続口、錆びたコア部品、そして内部に封印された信号。
【状態:封印中】
【開封条件:魔導紋章・不明形式/回路認証キー・欠損】
【損傷率:89%】
【修復推奨範囲:内部制御リング→優先】
「一体これは何なんだろう」
まだ、自分の手には負えない。だが確かに、直す手がかりは見えてきている。
(俺にしか、できないことがあるのかもしれない…… )
魔導文明。千年前に滅びたとされる古代の技術体系。それがいまだに、使われず眠っている。
「面白そうだな」
廃棄された物、壊れた技術、そして捨てられた職業。それでも、「直せる」眼があれば、きっと世界は変わる。
アミナの言葉が、胸の奥で静かに灯っていた。
※※※
その翌朝、ユーリは早めに出勤し、作業机の上に並べた部品を見つめていた。破片、欠片、くすんだ金属板。すべてが彼にとっては宝の山だ。
「解析開始。部品整合…… よし、いける」
解析眼の表示が次々に切り替わる。部品同士の適合性、通電率、再加工の余地。目を通すだけで、どれをどう組み合わせれば機能を取り戻せるかが見えてくる。
飛び散る溶接の火花が希望の光と重なった。まるで、何かを修繕すること自体が世界との対話であるかのようだった。
(俺は、ここで何かを掴みかけている…… )
再び照明ランタンが光を灯す。
その瞬間、足元に落ちたネジ一つでさえ、ユーリの眼には未来の部品に見えた。