第12話 記録は瓦礫に隠され、記憶は剣に宿る
「……見せてあげるわよ。私が魔法も使える剣士だってところを―― 」
フィリスが構えた瞬間、彼女の剣が銀光を放つ。
ノエル=モルフェウス── 氷結の大陸より出土した古代魔導機構剣。その表層が音もなく滑り、形を変える。
「何の価値も無い杖や棒を振って魔法を発動してたのは失われた過去の話。今はあらゆる触媒を介して魔法を発動する時代なのよ。私の触媒はこの魔導剣。これに魔力を吹き込むと――― 」
細身の片手剣の刃を回る様に解析不能な文字列が空を舞う。次の瞬間、まるで羽を広げるように、両側に刃を展開した。
「変形武装――!? 剣じゃない…… 双刃槍!? 」
アメリアが表情を変えずに息を飲む。
「私の剣は、ただの魔導剣じゃない。変形兵装…… 戦局ごとに形を変える、古代魔導技術の申し子よ。これを解明するのに、大分時間も労力も掛かったけどね」
フィリスが跳躍とともに双刃を一回転させ、灰の守人の首元へ斬り込む。鋼の仮面に、たったの一撃で亀裂が走り、遅れて来た衝撃波が広場を揺らす。構造体の胸元のルーンの光が、一瞬にして乱れた。
「流石だな、フィリス―― 」
しかし、戦場はすぐさま変化する。
―――ギュィイイイン……
地下から鈍い金属音が響くと同時に、床が揺れ天井からパラパラと埃が舞い散る。中央広場の円形構造が動きだしたのだった。魔導式リフトのように天蓋が開き、何かがゆっくりとせり上がりって来る。
「今度は何だ⁉ 」
気を取られたユーリの腹に構造体の蹴りがめり込む。一瞬にして身体は吹き飛び、中央広場を支える支柱に打ち付けられた。
「ぐはっ―――」
ユーリの周りに展開していた障壁展開が一枚砕け散る……。
「ユーリ君‼ 」
ユーリは額から血潮を滴らせながらフラフラと立ち上がり、唾を吐き捨てて見せた。視線の先には新たに出現した構造体三体が起動を開始する所だった。
「悪い油断した」
倒れた一体の構造体から止めの刃を抜いたフィリスが警戒を促す。
「新手の登場よ――― これは、そろそろ撤退も視野に入れないとマズいかもね」
新たに表れた構造体に違和感を感じたアメリアが呟く。
「量産型…… では無い――― 」
「なにっ⁉ 」
違和感の正体は胴体に浮かぶルーンにあった。そこには三体それぞれ違った古代文字が記されていた。
解析不能の文字を解析眼がその膨大な数の、あらゆる古代言語の中から、似た意味合いの言語と意味を探る―――
一体づつ視線を合わすと、ぼやけた文字にノイズが走る。漸く解析同士の情報を組み替えると一部が合わさった。
「こいつは突……撃と読むらしい。そいつには…… せん滅?…… 最後のヤツには…… 制圧って記されてる可能性があるみたいだぞ? なんの意味だ⁉ 」
アメリアの表情が初めて険しくなった。
「多分、それぞれの役割が書かれてる」
「なんだって⁉ 」
「そうか――― そういう事か、へぇ、良く出来てるわね」
フィリスが納得したように言い放つと、手首を返し双刃槍を回す。蟀谷を滴る汗も気に止めず、構え直すと唇を舐めた。
「完全に軍事型の布陣ね。ただのセキュリティーじゃあ無いって事ね」
ユーリが解析眼で即座にタイプ分類を行い、戦闘パターンを弾き出す。
「このままじゃマズい。アメリア、君は何が出来る? 」
「分からない。私が出来る事を…… する」
記録投影干渉型術式起動―――
アメリアが囁いた瞬間、彼女の背後に円環が浮かび淡く発光し始める。まるで空間の皮膜が一枚めくれるように、目の前の風景が歪み、時空と空間に干渉すると、そこに存在しなかったはずの過去の光景が投影された。空気がざわめき、記憶の断片が花びらのように空間を舞う。
「んぐうぅぅ何だコレ…… 」
強力な磁場に身体が押さえつけられる様な感覚に、ユーリとフィリスが頭を抱える。
「ちょっ、私ぃ…… 酔いそうなんだけどぉ」
「この場所は、まだ語りきっていない──― 欠片を集め記録として確定。再生軌跡上に干渉…… 記憶因子に焼却命令を付与そして記録灼葬を終点として起動――― 」
アメリアの瞳が淡く光り、空間に浮かぶ記録ラインに魔導式が重なる。直後、構造体が数秒前に振るった腕が突如として赤熱し、爆ぜるように焼き崩れる。
「お前達が動いた“その軌跡”に、私は―― “火”を仕掛けたのよ」
ユーリが闘っていた一体と、制圧型の構造体が身体の内側から爆散し、火炎を大きく吐き出し床に沈んだ。
「すっ、凄いな。一体何をしたんだ? 」
「私の干渉系の魔導スキル。過去にこの地で発生した出来事、存在、音、魔導波形、因果の流れを記録から読み取り、それを投影・再構築・干渉・改竄する事が出来る。今回はその記録に罠を付与しただけ」
「何を言ってるのか全く分からないな…… 」
「ちょっと解体屋さん、関心してないでもう一体は頼んだわよ。はやく解体してちょうだい」
「そうか、まだ終わりじゃないな。動く鉄屑とは相性が悪いみたいで、殲滅型は頼む」
「任せなさい! 」
フィリスが双刃槍を回転させ、凍気の弾丸を魔導ルーンに展開する。
「氷裂衝──― 」
氷の裂槍が一直線に敵を貫き、殲滅型の腹に穴を開けた。ユーリはその隙に突撃型へ接近し、足を狙って膝関節部に下段で以って回し蹴りを放つ。
「動きを止めれば、攻略法はある」
彼の脳内には解析眼による内部構造図が浮かんでいた。装甲の接合部、振動に弱い箇所、すべてが網膜に焼き付いている。その戦闘の最中、ユーリの解析眼が突如として強く輝き始めた。
―――視界が再び変わる。
敵の構造や動きの数値だけでなく、過去のデータ、攻撃を受けた際の自己損傷率、筋肉の負荷までが浮かび上がる。
(これは自己解析の…… 進化の兆候? )
だが、ユーリはあえてその進化を拒む。
(今はその時じゃない。使いこなせない力は、仲間を傷つけるだけだ)
―――まだだ……
まだ耐えろ―――
ガクリと構造体の膝が落ちる……。
「ここだッ」
跳躍と同時に落下の勢いを載せた踵落としが、突撃型の首のジョイント部に叩き込まれる―――
―──ギシャアァ……
鋼の首が緩く回転し、火花を散らして停止した。
アメリアが驚きに目を見開く。
「武器を使わずに…… 倒した…… 」
ユーリは汗を拭いもせずに呟く。
「嫌…… 役立たずでゴメン、何も出来なかった」
※※※
三体の構造体が倒れ、戦闘が終息した頃、中央広場の構造物が震える。
アメリアが声を上げた。
「記録装置が…… 起動する…… 」
巨大な円環の中心から、淡い魔光が広がり、空中に像を投影する。映し出されたのは、古の都市レセニアが栄えていた頃の記録映像だった。人々が行き交い、空中艇が空を飛び、街全体が淡く輝いている。
「これは都市の記憶? 」
フィリスが息を呑む。
次の瞬間、映像が乱れ、視界を覆うように赤黒い波紋が走る。
『警告。世界改変構文に異常接続。及び世界改変構文、起動の兆候』
アメリアが肩を震わせた―――
「やはりこの都市、起きようとしてる。私が触れたから」
ユーリは記録装置を見つめながら呟く。
「レセニアの記憶は、ただの映像じゃない。これは今も続いている、何かなんだ」
天井の魔導灯が瞬き、地鳴りが微かに響く。物語の深部が、ようやくその姿を現し始めていた。




