「お前を愛する事はない」と旦那さまから宣言を受けた公爵夫人は、言われた通りにSランク探索者『拳聖』として過ごす
この作品において
戦い…集団戦
闘い…個人戦
斗い…知略戦
それぞれ上記の意味に分けてあります。
――ヴァサラ流 貫氣一閃
10メートルは超える大きさがあるサイクロプスの胸元に、大きな穴が開いた。
口と大きな1つ目から血を流しながら斃れる。
「流石だな! 拳聖ヴァサラ。災厄級と謳われるサイクロプスを一撃で斃せるなんて」
「……まだまだだよ。先代なら胸元に大穴じゃあなくても上半身を吹き飛ばす事ができたもの」
私の名前は、リコリス・ウルガストン。弐代目・拳聖ヴァサラ
一応は、伯爵家長女という立場。
まあ、お母さんが平民だった事で側室扱いとなり、貴族からの嫁入りとなった女性が正室となり生まれた子どもを夫婦揃って溺愛していた。
私はほとんど居ない扱いを受けており、次女の邪魔になるからと、伯爵家領地の辺境の方へと飛ばされた。
飛ばされた所にあったのは荒れ果てた屋敷だけ。
どうやら村は廃村となっていた。
伯爵家での私の立場から、メイドどころか付き人一人もついてはこなかった。
その時、私は震えながらも叫んだ
『っやった――――!! 自っ由だぁぁぁあああ』
さっそくお母さんのお父さん――私からすればお祖父さまに連絡を取った。
お祖父さまは、拳聖と謳われる実力者である。
私は拳聖であるお祖父さまに弟子入りをした。
お祖父さまの実力は国の武力に比類すると謳われていて、幾つもの国とは非戦条約を結んでいるとか。
私は冗談だと思っていた時期があったけれど、修行の一環として、100匹の風雷龍を1分も掛からずに全て斃したところを見て、冗談でなかった事を確信した。
(*因みに風雷龍1匹でも現れたら大都市の存亡に関わるレベル)
「……先代と比べるとまだまだだから、魔大陸でまだ修行を積みたかったけどなぁ」
「? 何かあったのか」
「オーティスには言ってなかったけど、私は実は貴族令嬢なの。実家から結婚相手が決まったから嫁げってさ。だから旦那さまがいる王都アヴァニスへ行かないといけないの」
今まで放っておいたくせに突然の命令。
温厚な私も苛立ち、実家に襲撃をかけて拳による話し合いをしようとした所、お祖父さまに止められて、そのまま結婚をするようにと命令された。
『今のお前の力は「暴力」じゃ。護るべき者を得て、振るう力を「暴力」から「武力」へ矯正せよ。これも修行よ』
お祖父様の命令は、師匠命令。
弟子は師匠の命令には背けない。
唯々諾々と私は結婚を承諾した。
「オーティスはどうする?」
「俺も王都へ帰るよ。半年も家を空けていたから、妻からも帰ってくるように催促されている」
「ふふふ。オーティスは美形だもの。もしかしたら浮気を疑われているかもしれないわね」
「怖いことをいうなよ。俺の一族は女性の立場が強いから、浮気は許されない。勿論、貴族だから子を複数遺す必要はあるから、場合によっては側室を取る必要性はあるけど、その際は必ず妻の許可を得てからになる」
「へぇー、大変だね。オーティス」
「いやいや。俺よりもヴァサラの方が大変だ。結婚するって事は、女主人として貴族同士の女の斗いに巻き込まれるのは必然。あれは武力より知力。相手を欺き貶める所業は軍師同士の斗いといっても過言じゃあない」
「うげっ。闘いならどんな謀略も暴力で粉砕して捻じ伏せる自信はあるんだけどなぁ。――因みに婦人同士の席で、物理的に相手を分からせるのアウト?」
「当たり前だろ!!」
「だよね」
……
…………
………………
魔大陸でオーティスとそんな会話をしてから二ヶ月が過ぎた。
あの後、私は王都アヴァニスへ向かい、嫁ぎ先の旦那様、キリディス・サタナキア公爵の下へと行った。
初対面した旦那さまは、無感情無表情でこう告げてきた。
『お前の事を愛する事はない』
『お前には何も期待しない。公爵家の名を落とさない限りは好きにすればいい』
3分にも満たない邂逅はこうして終わり、旦那様であるキリディス様は、言うだけ言うと仕事場である王城へ向かった。
自由にしてもいいと言うのであれば、私にとってはありがたい。
公爵夫人として窮屈な日々を送る事を覚悟していたのだからね。
ただ、問題はあった。
公爵家の使用人達は、キリディス様の対応を見ていたため、私への対応は最低。
出される食事は使用人たちの余り物。
わざわざ聞こえるように悪口を聞かされる。
……どうやらウルガストン伯爵家が、私のことを社交界でないことないことばかりを広めていたようだ。
「金遣いの荒い令嬢」
「我儘で社交界に出せないほど品がない」
「妹であるフラリスさまに嫉妬してイジメている」
「まるで領内では王妃の如き振る舞い、領内の財政を圧迫させている」
誰だよ!! その悪役令嬢はっ。
頭が痛いことにウルガストン伯爵家の悪評のヘイトを全て私へと向けるように情報操作されていた。
王都にある伯爵家本邸へ殴り込みに行かなかった私の忍耐を褒めて欲しい。
旦那さまから、「公爵家の名を落とさない」という事を言われてなければ、襲撃をしていたよ。
とりあえず前向きにフリーダムライフを送るべく私は行動をした。
邸内ではストレスが溜まるので、敷地内の離れへ移動。
そして魔大陸で獣魔契約していたマネット(姿形を変えて真似をするCランクのパペットタイプの魔物)を呼び出して、私の姿を真似させてアリバイ作りをした。
能力までは真似る事ができないのが残念なんだよね。
もしも能力まで真似る事ができたら、良い鍛錬相手にできたのに……。
どうやら私は我儘な悪女で通っているようなので、使用人が来ても罵詈雑言で対応するように命令しておけばいい。
公爵家でのアリバイ工作が終わった私は、王都にある探索者ギルドへと向かった。
魔大陸で発行されたギルドカードは、王都でも大丈夫だったようで、Sランク「拳聖」として登録できた。
王都のギルドは治安が良くて、私のような小娘が登録しても絡まれなかった。
――魔大陸のギルドだと、登録する際は他の探索者に絡まれて、実力を示すのがチュートリアルとなっていたから拍子抜けだった。
それから今日までの二ヶ月間は、ギルドからに依頼を受けて、寝泊まりするだけにこっそりと公爵邸の離れに帰る日々が続いていた。
因みにこの二ヶ月間は、キリディス様は一度も帰ってこなかったようだ。
まあ、想像していた新婚生活とかなり掛け離れているけど、楽しく過ごしていた。
「ん、あれは……オーティス? おーーーい、オーティス。久し振り!!」
王都の庶民の中でも人気な店で食事をとった後で、王都を散策していると二ヶ月ぶりにオーティスと再会した。
「あ、ああ。ヴァサラか。久しぶりだな」
「? どうかしたの。なんだか焦っている様子だったけど――」
「……」
「もしかして厄介事を抱えている? なら、魔大陸で一緒に過ごした仲じゃない。協力するよ。自慢じゃあないけど、荒事対応なら私はかなり得意だからね」
「――ヴァサラ。ああ、ありがとうな。お前なら信頼できる。力を、貸してくれ」
「ふっ。任せてよ。で、何があったの?」
オーティスは指輪を弄ると周囲に認識阻害の結界が張られる。
「……これは実家の醜聞に繋がるかもしれないから、内密にして欲しい」
「私の口は堅いから安心して? どんな拷問にかけられても絶対に喋らない」
「実は、兄貴の奥さんが行方不明なんだ。少し調べただけで家の使用人は不正をかなり働いていた事が発覚。今は証拠保全のために実家お抱えの私兵を家に派遣して、邸内の捜索と、使用人たちへ拷……聴取している最中なんだ」
なんか拷問って言いかけなかった?
ま、まあ、貴族の家となるとどうしても荒事になるのは仕方ないのかもしれない。知らないけどさ。
どうやら特殊な方法で、オーティスのお兄さんの奥さんがいるように見せかけられていたようで、王都の裏にいるマフィアが関係しているかもしれないとの事である。
王都のマフィアかぁ。
武力で名を届かせている有名な所には、拳聖ヴァサラとして挨拶回りをしていたので、協力してくれるかもしれない。
ただなぁ。
挨拶をしただけで、どの組織からも「二度と関わらないでくれ」と三行半を言われたのは納得できない。
もしかして……魔大陸の挨拶回りと、王都の挨拶回りでは作法が違ったのかもしれない。
しかし関わらないでくれと言われても、友人が困っているのであれば、手助けするために関わっていくのは仕方のないことだよね。
オーティスと一緒に向かったのは王城であった。
どうやらオーティスのお兄さんは、王城に勤めている人のようだ。
王城で重役についているならば、誘拐して何か要求するということは全然あり得る。
……おっと、そう言えばここには旦那様も勤めているのだった。
辺りを索敵。うん。旦那様の魔力を感知している場所は把握した。
あっちには出来るだけ近づかないようにしよう。
――そう。思っていた時期もありました。
オーティスに連れられて向かった場所の扉の向こうには旦那様がいる。
なんか、すごく、間違った対応をしていた、気がしてきた。
オーティスは扉をノックすると中へと入る。
「全く! 貴方という子はっ。まさか新妻を二ヶ月も放りっぱなしとは、何を考えているのですか!!」
「……」
「未だに要求はありません。もしも、死体で送られてくるような事があれば、どう責任を取るつもりですか!!」
旦那様が怒鳴られている。
……フリーダムライフをしていただけで、なんで私はこんなに追い詰められているのだろう。
隣にいるオーティスに話しかけた。
「……ねえ、オーティス。貴方のお兄さんって」
「キリディス・サタナキア。王国軍務総長に就いている」
王国軍事総長という役職は、軍事においては国王に次ぐ立場。
……旦那さまの役職を初めて知ったと同時に頭を抱える羽目になった。
「どうした? ヴァサラ。あ、そういえば、貴族と結婚するために王都に来たんだったな。サタナキア家と関わって大丈夫か」
「…………大丈夫。ううん、大丈夫じゃあない、かも? 公爵家とは、敵対とかはしてない。と、いうか、中立でもなくて――。ああ、面倒くさいなあ。っと、そう言えば、オーティスには名乗ってなかったね」
たらればを言っても仕方ないけど。
もしもオーティスに私の本名を名乗っていたら。
もしもオーティスの家名を知っていれば。
魔大陸では力こそが至上。貴族の爵位など意味がないから、お互い敢えて聞かなかった事が仇になった。
後悔しても遅い。
マフィアが関わっているとオーティスが勘違いしたのは、魔物であるマネットを置いていたからだろう。
魔物の使役は邪法扱いだから仕方ない。
もしも斃されていたら緊急事態で感知できたけど、捕縛されていたら感知はできない。
なんか大事になっている以上、無視している事はできない。
どうせいつかはバレる事だ。
ため息を吐き、少しだけ、この部屋の空間全てを威圧する。
旦那様、旦那様を怒っていた女性、そしてオーティスが私へと向く。
コホンと咳をする
「旦那様、二ヶ月ぶりですね。大奥様は初めまして。オーティスには初めて本名を名乗るね」
「S級探索者、弐代目「拳聖」ヴァサラ」
「または旦那様に白い結婚を言い渡されて、フリーダムライフを満喫しているだけの公爵夫人、リコリス・サタナキアといいます。以後、よろしくお願いします」
読んでいただきありがとうございます。
評価と感想ありがとうございます。
「続きを読みたい」という感想が多く寄せられましたので、3月中旬頃から当作品の連載を行っていきます。
また連載の際には宜しくお願いします