日が西に沈む
【監視ログ】
対象個体番号:XX00189
システム時刻:XX年12月X日
監視カメラ番号:A12C45
ファイル抽出中……
【対象個体】
坂本夏凛、17歳、女性
学校:明央市立桜ヶ丘高等学校 高2(3組)
社会評価:C-
心理状態:著しい抑うつ傾向、社会的孤立のリスク高
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【時間帯:XX年9月 場所:教室】
窓から柔らかな陽光が講壇へ注ぐ中、教室の前に立つ女性教師が、教鞭を打つ音とともに冷ややかな声で問いかけた。
「君のような生徒に、将来が見えるとは思えんがな」
その鋭い一言が、教室全体に重く響く。生徒たちは口を閉ざし、空気すら凍りついたかのようだった。
教師は坂本夏凛のノートと筆箱を手に取り、無造作に自分のバッグへ押し込むと、冷たい調子で告げた。
「これらは、勉学の邪魔になるだけだ」
夏凛は制服の袖をぎゅっと握りしめ、肩をわずかに震わせながら、ただその場に沈黙を貫いた。
スクリーン上には「異常行動:教師の不適切な対応」と表示される。
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【時間帯:XX年11月 場所:クラスのチャットルーム】
薄明かりの教室。坂本夏凛の練習帳は床に散乱し、表紙には無数の靴跡。机の上には、ぐにゃりと崩れた試験用紙が散らばり、ゴミ箱のそばに置かれたノートは斜めになっている。付箋には「50回写せ!」と、手書きの小さな鬼の絵が添えられていた。
クラスのチャットルームでは、次々にメッセージが流れる。
「また泣いてる?」
「明日も欠席するんだろうな」
「情けないな、仕方ない」
夏凛は画面をじっと見つめ、指先の震えを感じながら、静かにチャットルームを退出する。そして、SNSのタイムラインに最後の一言を投稿した。
「心が自由に羽ばたくことを、ただ願ってる」
投稿後、スマホを机に置いたまま、しばらくそのまま動けなかった。
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【時間帯:XX年12月X日 場所:屋上】
屋上の扉が軋みながらゆっくり開くと、夏凛は最後の机を中央に集め、どこか不思議な配置を作り上げた。上空のプロジェクターは、眩しい夕焼けの光を白い壁に映し出す。
「ずっと、こんな風にしてみたかった」
と、静かに呟くと同時に、夏凛はイヤホンを装着。激しいロックが流れ出し、ギターリフが心を打つ。まるで自分だけのパーティーに浸るかのように、軽く頷いた。
風が屋上を横切り、乱れた髪をさらい、夏凛はスマホを取り出し、遠くの景色をカメラに収めた。やがてひざまずき、微妙な角度を探りながら、完璧な一枚を撮ろうとする。
「めっちゃ綺麗だ…」
画面に見入る彼女の顔には、ほのかな笑みとともに、静かな決意が感じられた。
テーブルや椅子の山のそばに腰を下ろし、缶コーラを手に取ると、軽い「シュッ」という音とともに、無人の屋上に向けて乾杯した。
「これが、俺の最後のセレモニーだ」
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【時間帯:7時26分】
監視カメラは、夏凛がテーブルや椅子に向かって、わざと誇張したお化け顔を見せる瞬間を捉えていた。イヤホンからはロックが大音量で流れ、プロジェクターの映像が風に揺れていた。
【システム記録】
「対象個体XX00189」
「状態:静止、異常行動」
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【時間帯:7時27分】
画面は、夏凛が立ち上がる瞬間を捉え、イヤホンからの音楽が急に途絶えると、監視カメラの赤いランプが一瞬点滅した。
【システム提示】
「感情状態不安定、警告レベル上昇」
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【時間帯:7時30分】
夏凛は屋上の縁に立ち、かすかな笑みを浮かべながら、体を少し前に傾けた。監視カメラは、彼女が低い声で呟く姿を映す。
「もう少しだけ、あったらよかった…でも、俺の時はもう尽きた」
その瞬間、スマホがポケットからすっと落ち、音楽はぱっと途絶えた。
【システム記録】
「対象個体の生命状態:終了」
「感情スコア:62%、孤立指数:98%、システム評価:0」
冷たい機械音が響き、
「データ記録完了」
プロジェクターの光が消え、風がテーブルや椅子を倒し、鈍い音を立てる。すべてが静寂に包まれ、監視画面は無人の屋上をただ映し続けた。