04.依頼
「これが僕の冒険者カードなんですね!!」
翌日、朝早くに冒険者ギルドを訪ねてきた少年は、目を輝かせ新品の冒険者カードを受け取っていた。
僕にとって憧れの冒険者、その証明となる物、つまり宝物だ。
「はい、正真正銘ノアさんの冒険者カードですよ」
昨日の一件について、バボイは厳罰を免れたらしい。
明らかに高圧的だったが一応は勧誘していただけという事、そして新人に敗北したという汚名が冒険者としては致命的で、社会的制裁はすんだという判断らしい。
冒険者カードを受け取る際、ミランさんからその報告と謝罪の言葉を受けた。
「まぁ、僕はほとんど何もしてないんだけどね」
正直ギルドの決定にはもやもやする。
それでも今日から僕も冒険者だ、落ち込んでる場合じゃないぞ!
まずは人生最初の依頼を……。
そう思う僕の目に入ったのは、依頼の張られたボードの前で立ち尽くす昨日の少女だった。
「……」
「こんにちは、どうしたんですか?」
「あ……昨日の」
困っている様子だったので話しかけてみると、どうやら彼女も覚えていてくれたみたいだった。
「……わかんないの」
「え?」
「このガンダルフ草原とかってどこの事なのかな?」
「それなら街のすぐ外ですけど……」
どうやら少女は依頼書に書かれた目的地が分からなかったらしい。
ステータスの事だったり、すぐそこの地名だったり、どちらも常識と言っていい知識だ。
というかこの街の名前が【ガンダルフ】だから、そうそう忘れる事は無いと思うけど……
じっ……
「ど、どうしたんですか?」
気づくと少女は顔を近づけ、まっすぐ僕を見つめていた。
澄んだ瞳の奥に吸い込まれそうな気がして、思わず後ずさる。
「君、新人なんだよね?」
「そ、そうですけど……」
「私とパーティ組まない?」
「いいですよ……って、えぇぇ!?」
少女の発した言葉は思いがけない物だった。
確かに同じ新人冒険者だけど彼女の実力は昨日見た通り。
僕なんかじゃとてもじゃないが釣り合わない。
「じゃあ依頼選ぼ」
「待ってください! やっぱり僕なんかじゃ」
「……そっか」
「うぐっ……」
彼女は一見無表情に見えたが、ほんの少しだけ、瞳が寂しそうに揺れた気がした。
何でそんな目で見るんだよ……まるで僕が悪い奴みたいじゃないか。
でもこれはチャンスかもしれない、僕と同じ新人なのにあれだけ強い彼女から学ぶことは多いはず。
それにパーティを組むなんて、冒険者の醍醐味じゃないか!
「じゃあ、やっぱりお願いします!」
「うん」
彼女の瞳に光が差した。
最初は何を考えてるか分からないというか、取り付くしまがないような印象だったけど、意外と感情豊かな人なのかもしれない。
「じゃあどの依頼にしよっか」
少女は視線を依頼のたくさん張られたボードへ移す。
来たぞ。
僕の、いや僕たちの冒険者として初めての依頼だ。
「それはもちろん! ダンジョン探索でしょ!」
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「わかってましたよ……最初の依頼なんてこんなもんだって……」
僕たちの受けた依頼は街のすぐ外の草原でポーションの素材になる植物を摘んでくるという物だった。
最初はダンジョン探索の依頼書を受付に持って行ったんだけど、初依頼という事で却下された。
冒険者といえばダンジョン探索や魔物退治! そういう依頼がよかったなぁ……
「千里の道も一歩から、だよ」
「せん……? がんばります……」
リオさんとは軽くステータスを見せ合い自己紹介を済ませ、今は街の出入り口である城門に向かっている。
でもあからさまに落ち込んだ僕の足取りは重く、上手く前に進めない。
「そういえばリオさんはこの街に来てすぐなんでしたよね」
「うん、昨日来たばかり。ノア君は?」
「この街にある鍛冶屋が僕の家なんです」
「ふぅん」
まるで興味のなさそうな素っ気ない返事だけど、何となくリオさんは話をちゃんと聞いてくれている気がした。
「僕は小さいころから冒険者になりたかったので家業とはあんまり縁が無かったんですけどね」
「そうなんだ」
「この剣は家で買った物なんですよ」
そう言ってノアは腰に携えたショートソードに手を添えた。
この剣は家の手伝いをして、貰ったお金で購入した物だ。
兄はくれるって言ったけど、どうしても最初の武器は自分の力で手に入れたかった。
城門までの道が次第に広がり、街の喧騒から少しずつ遠ざかっていく。
リオさんも景色に少し目を留めているようだった。
「ここ一帯は昔魔族領って言われてて、危険だったのと荒廃した土地のせいで誰も近寄らなかったんです」
「らしいね」
「そこに異世界から来た渡り人達がやってきて魔王を退け、その内の一人がここに街を興した! それこそ英雄ガンダー様の物語なんです!」
ガンダー様は何を隠そう僕のあこがれの人の一人。
渡り人達の英雄譚は、まさに僕の聖書なんだ。
そんな話をしていると城門にたどり着いた。
「門を出てすぐがガンダルフ草原ですよ」
「……本当に草原だ」
リオさんは門の先に広がる景色を見て、街のすぐ外に草原がある事に不思議がっている様子だった。
この街に来る時にも草原は通るはずだけど、夜に来たのか、それとも馬車で寝てたのかな?
城門を守る衛兵さんは僕たちの様子を見て新人の冒険者と悟ったのか、頑張れよ! と言わんばかりに軽くガッツポーズをしてきた。
僕あの人好きかもしれない。
「さ、依頼頑張りましょう!」
草原に到着し僕がそう言うと、リオさんは静かに頷いた。
今回の依頼はポーションの素材になる薬草、ハートリーフの採取。
決して難しい依頼ではないけど、雑草と見分けがつきにくい。
「これかな?」
「あ、それはですね……」
リオさんの持ってきた植物は、ボルトリーフといい、麻痺毒に対する解毒剤の材料だった。
これも別途ギルドで買い取って貰える為持って帰る事にする。
「ノア君物知りだね」
「冒険者になる為に沢山勉強しましたから! まあ肝心の戦闘力はああなんですけど……」
今思い返しても恥ずかし悔しい。
なかなか物語の中の英雄達みたいにはいかないなぁ……
そんな事を考えながら僕は再び薬草を探し始めた。
「昔ここ荒野だったんだよね?」
「みたいですね、ガンダー様が街を作った時に畑にしようと環境改善したとか」
「畑……」
リオさんは手を止め辺りを見渡す。
そう、この辺りに畑なんて物は無く、それどころか街の外で暮らしてる人さえ居ない。
「畑に別の植物が生えてきたり、魔物が住み着いたりして失敗しちゃったみたいです」
「そうなんだ」
「なので平和そうな草原ですが、気を付けないとですよ」
「わかった」
「まあこうして薬草なんかは自生してますし、結果的に良かったのかもですね」
「……?」
突然目の前の少女は僕を、いや僕の後ろを見つめていた。
どうしたんだろう?
振り返ろうとすると視界が上下に反転した。
「うわあぁぁぁあ!?」
何だ!? 何かが足に絡まって……これはツタ!?
ノアの背後に現れたのは巨大な食虫植物型の魔物と、無数の触手のように伸びるツタ。
「ぐっ、このっ! 身動きが取れない!?」
ショートソードを抜き、必死で振り回すが命中しそうもない。
それどころか僕の自由を奪おうとどんどんツタが絡みついてくる。
「こいつは確かカヅラモドキ! でも図鑑だとこんなに大きいとは――」
『パァン!』
その瞬間、僕の両腕を胴体に固定するように勢いよくツタが巻き付けられた。
さらに伸びてきたツタにショートソードを絡め取られてしまう。
このままじゃまずい、まずは状況を整理しないと!
「リオさん! そっちは大丈夫です……か……」
そこには棒立ちで僕を眺めるリオさんが居た。
彼女は興味深そうに僕と魔物を観察している。
「ノア君」
「は、はい……」
相変わらず僕は触手のようなツタに拘束され、逆さで宙に揺られている。
彼女は何を……してるんだろう……
「えっちだね」
「そんな事言ってないで助けてくださいよぉぉぉぉぉおお!?」
僕の叫びと共に再び魔物の動きは活発化し、僕は空中で振り回された。
目が回り、身体の中身がごちゃまぜになるような感覚に襲われる。
「アイス・クレバス」
彼女がそう呟くと魔物の両隣に巨大な氷壁が出現し、勢いよく魔物を押しつぶそうとする。
しかし魔物も動きの鈍い本体部分を守る為、無数のツタを左右に伸ばし抵抗しようとした。
"ギ、ギ、ギャァアアアア!!"
一瞬氷壁の勢いが落ちたが威力を完全に殺しきる事は出来ず、やがて魔物は力を失い一気に押しつぶされた。
僕はと言うと、主を失ったツタから放り出され草花のクッションに落下した。
正直生きた心地がしなかった。
「はぁ……はぁ……」
寝転がり息を切らす僕をリオさんが覗き込んで来る。
「気を付けないとだよ」
「そう……ですね……はは……」
最初は彼女とパーティを組めた事をチャンスだと思った。
でもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ後悔した。