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01.目覚め

 冷たい。



 そんな感覚すらぼやけてしまう程の時が過ぎた。


 かつて魔王と呼ばれた存在の居た壮大な地下神殿は、長い時を経て廃墟となっていた。

 石柱には無数の傷が刻まれ、崩れかけた床には剣の切っ先が残した深い溝が見える。

 その痕跡だけが、この場所でかつて起きた戦いの激しさを物語っていた。


 唯一周囲を照らすのは巨大な氷塊。

 残されたわずかな光を反射し、静かに青白い輝きを放っている。


 その中心には、凍り付いた少女が居た。

 朽ちていく神殿とは対照的に、その姿は時に取り残されたかのように変わらない。

 氷に閉ざされた白い肌は冷たさを感じさせるものの衰えておらず、静かに凍り付き続けていた。



 数百年。


 保たれた意識は外から差し込むわずかな光と、稀に響く瓦礫の崩れる音だけを感じ取っていた。

 かつての仲間たちの姿や思い出は靄がかかったように思い出せなくなり、もはやどれほどの時が過ぎたのかさえも曖昧だ。

 しかし、自身のしてしまった過ちと後悔の念だけが色褪せず少女の心を支配している。

 そんな自分を罰するかのような状況に、今では心地良ささえ感じていた。



ズズゥ……ン……



 突如低く重い音が遠くから響き渡り、遺跡が微かに揺れる。


 地震……?


 希薄になっていた少女の自我を呼び覚ますかのような震動が遺跡を揺らした。

 その瞬間、氷塊が溶け始めた。

 冷たい水滴はやがて水流になり、溝を伝って流れていく。


「あ……」


 少女の口から漏れた声が、数百年ぶりに神殿の中に響き渡った。

 少女を包んでいた氷はゆっくりと崩れ始め、冷たい霧が漂い始める。

 霧は少女の白い髪に絡まり、まるで少女を支えるかのようにふわりと舞い上がった。


 氷から解き放たれた少女は、しばらくその場に崩れ落ちた。

 長い間動く事を許されなかった身体は思うように力を込めることができず、冷たい床に倒れこむように座り込む。


「身体が重い……」


 手をついて立ち上がろうとするが、手が震えてしまい力が入らない。

 近くの石柱に這いより、もたれかかる様にして再び立ち上がろうとすると、ぐらりと体が揺れて足元がふらついた。

 それでも何とか立ち上がり、息を整えながら微かな光を頼りに周囲を見渡す。

 氷の中からいつも見ていた景色、いつもと目線の変わったその景色を見て、かつての記憶の一部が断片的にフラッシュバックした。



 -----------



「くそっ……! 何でだよ……!」


「どうして、どうしてこんな事に……」


 彼らはひどく落胆した様子でこちらを見つめている。

 その時私はすでに氷の中に閉ざされていて、彼らの様子を伺う事しかできない。


 ごめんなさい。

 ごめんなさい……。



 -----------


 それは()()()から毎日のように繰り返し夢に見た光景。

 はっと我に返る。


「……ここから出よう」


 状況が掴めない中、危なげな足取りで歩き始めた。

 あやふやな記憶を頼りに進むものの、かつて道であったであろう場所の多くは床や天井が崩れており行く手を阻んでいた。

 それでも残された少ない道を迂回し続け、何とか先へ進む。

 するといつの間にか地下神殿を抜け、洞窟のような場所になっていた。

 

 そういえばここ、ダンジョンなんだっけ……

 魔王の居た地下神殿は、多くの魔物が生息するダンジョンの最深部に位置していた。

 でも、この場には私以外の気配は全く感じられない。

 今の私にとってはありがたいことだけど、孤独感が一層心を締めつけていく。


 壁を支えに歩き続けると、ぼやける視界の先に人影のような物が見える。

 しかし、魔物にしては動きが無さ過ぎる。


「人?」


 そこには白骨化した騎士の亡骸が横たわっていた。

 鎧には獅子の模様が彫り込まれており、かつて彼がその身に宿していた勇気と誇りを示しているかのようだった。

 しかし、恐らく死因は唯一守られていない頭部への攻撃。

 

「……」


 目的を果たせなかった鎧、朽ちる事無く残された鎧。

 それはまるで……


ーー!


「何かの……声?」


 思考を遮るように何かの声のような物が聞こえてきた。

 どうやらダンジョンの出口は近いのかもしれない。

 ダンジョンの外に生息する魔物?遺跡の遺物を探す冒険者?


「ごめんなさい」


 騎士の手元から生前彼が使っていたであろう杖を引き抜き、手を合わせる。

 これで少しは歩くのも楽になるかな。

 そして先ほどから聞こえてくる声を道しるべに歩いていく。

 

ーー! ーー? ーー!!


 出口に近づくにつれどんどん声は大きくなってくる。

 複数人いる……?


 さらに進むと光が差し込んできた。

 暗い地下にいた私にとって、その光は目を焼くような鋭さで、思わず目をつむってしまう。


「眩し」

 

 それでもこの先にいる存在が好意的かも分からない。

 ふらふらと、しかし細心の注意を払いながら出口へと向かい、ついに洞窟を脱した。

 次第に光に目が慣れてきて、徐々に周りの景色が浮かび上がってくる。


「これは……街……?」

 

 そこにはかつての静かな荒野はなく、大きな街が広がっていた。

 整理された道、賑やかに行き交う人々。


ゴゴゴ……

 

 あっけにとられぼんやりしていると、再び地面が揺れた。

 あまり大きな揺れではないけど、今の私には少し堪える。


「なんか最近地震多いよなぁ」


「あぁ、モンスターの仕業なんて噂もある見たいだぜ」


 騎士から譲り受けた杖にしがみつくようにして何とかやり過ごすと、街の住人達の話声が聞こえてきた。

 夢というにはあまりにも現実的で、現実というにはあまりにも信じがたい光景。

 だってここは魔王のダンジョンのすぐ近くで、不浄の大地で……

 しかし目の前に広がる光景がそれを否定する。

 ふと振り返ると、ついさっきの地震のせいなのかダンジョンの入り口は塞がれてしまっていた。


「……まあいっか」


 考える事をやめて、街を探索する事にした。

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