5話:ユグドラシルの影
エルフの村へと向かう道は、険しい山道と広がる森林に囲まれていた。道中、リーファはほとんど口を開かなかった。彼女の瞳には不安と焦燥が滲んでいる。頭痛が引いた今も、時折その痛みを思い出すように額に手をやる仕草を見せた。
俺もオルドさんも彼女を気遣いながら歩いていたが、言葉が見つからない。リーファの予知した炎に包まれる村の未来。それが彼女の苦しみの原因であることは明白だった。
「オルドさん、あの頭痛はただの症状じゃないんだろう?」
俺はリーファに聞こえないように、オルドさんに囁いた。オルドさんは少し考え込んだ後、静かに頷いた。
「うむ、リーファは特別な力を持っておる。だが、それが彼女を苦しめることになるとはのう…」
オルドさんの言葉は重く、どこか悲しげだった。未来を知る力――それは時に祝福でもあり、呪いでもある。自分の村が燃える未来を予知した時、リーファの心にどれほどの苦しみが押し寄せたのかは想像を絶する。
「リーファが見た未来を変えることはできるの?」
俺は真剣に尋ねた。未来は決定されているのか、それとも変えることができるのか――俺自身、未来の力についてはまだ理解が浅い。
オルドさんはしばらく無言で考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「未来は確定されたものではない。しかし、それを変えるのは容易ではないのじゃ。リーファの力をうまく使えば、道を修正できるかもしれんが、代償が大きいこともある。」
「代償…か。」
俺はそれ以上深く聞くのをやめた。リーファの力を使えば、何か大きな犠牲が伴うかもしれない。それは、彼女自身か、俺たちの誰かが負うことになるだろう。
進むにつれて、風が冷たくなっていく。リーファが立ち止まり、手で額を押さえた。
「大丈夫か?」
俺が声をかけると、彼女は小さく頷いたが、その表情は青ざめている。
「……もう少しで着くわ…」
リーファの言葉に、俺たちは足を早めた。しかし、進むにつれて異様な臭いが鼻をついた。焦げた木の香り、そして遠くから聞こえる何かが燃える音。
俺たちがエルフの村の入口に到着したとき――目の前に広がっていたのは、炎に包まれた村だった。
「……嘘でしょ…」
リーファは呆然と立ち尽くし、その瞳には絶望が浮かんでいた。かつて穏やかで美しい村が、今は燃え盛る地獄へと変わり果てている。家々が炎に包まれ、エルフたちの叫び声が辺りに響いていた。
「リーファ…これは…」
俺が何か言おうとしたが、言葉が出ない。こんな光景を目の前にして、何を言えばいいのかわからなかった。リーファはただ、炎の中で立ち尽くしている。
「オルドさん…」
俺は必死に声を振り絞り、隣にいるオルドさんに訴えかけた。だが、オルドさんもその目の前の光景に圧倒され、険しい顔をしていた。
「……もう遅い。全てを飲み込んだ災厄じゃ…」
オルドさんがそう呟いたその時、村の中心にそびえ立つユグドラシルの大木に、黒い影が揺らめいているのに気づいた。そこに立っていたのは、黒づくめの男だった。
「オルドさん…あいつだ…」
俺はその男を指さし、オルドさんに伝えた。オルドさんはすぐにその男に気づき、表情を一層険しくした。
「あの男が…全てを燃やしたのか…」
オルドさんは杖を強く握りしめ、少しずつその黒い影に近づこうとした。
「嘘でしょ…こんなことが…どうしてこんなことに…」
リーファは、かすれた声でつぶやいた。その言葉が、信じられない現実を何とか受け入れようとしているかのようだった。
俺は村の中心に立つその黒い男を睨んだ。黒いローブをまとい、顔のほとんどがフードで隠れているが、その威圧感は一目で感じ取れた。
「お前がやったのか!」
俺は男に向かって叫んだ。男はゆっくりと俺たちの方に振り返り、無表情のまま、冷たい声で静かに答えた。
「……俺の使命だ。」
その言葉には、まるで何の感情もこもっていなかった。俺は怒りを抑えきれず、拳を握りしめた。
「何だと…!?何のために村を燃やす…!」
俺は怒りを抑えきれず、拳を握り締める。だが、男は俺の問いには答えず、リーファに向かって一歩近づいた。
「お前だな…。すべての記憶を持つ者。」
その瞬間、リーファが恐怖で後ずさりした。
「こっちにこい」
黒ローブの男がリーファに向けて手をかざす。
「何を言っている!?」オルドさんが叫ぶ。「お前のような存在が、この世界に何の権利がある…!」
だが、黒ローブの男は、オルドさんの言葉に目もくれず、静かに答えた。
「……俺の名前はシャドウ。この世界を崩壊させる使命がある。リーファの力を手に入れ為に来た。」
その言葉を聞いた瞬間、俺はすぐにシャドウに向かって駆け出した。時空魔法で瞬間移動し、奴の背後を取る――
だが、次の瞬間――奴も瞬間移動で俺の背後に回り込んだ。
「何…!?」
驚く間もなく、俺はその背後からの攻撃に反応した。俺と同じ時空魔法を使っている…!?そんな馬鹿な!
「……お前も、時空魔法を使うとはな。面白い。」
シャドウが静かに微笑む。俺の胸に戦慄が走る。奴も同じ力を持っているのか――いや、それだけじゃない。奴は俺よりも遥かにその力を使いこなしている。
「……信じられない。お前も…」
俺が動揺する間もなく、シャドウは再び俺の懐に入ってきた。その動きは速く、そして強力だ。
「驚いている暇はないぞ…」
シャドウが手をかざした瞬間、俺の周囲の空間が強烈に歪んだ。
「くっ…」
俺はなんとかその攻撃をかわし、オルドさんとリーファの方に下がる。だが、シャドウはそのまま俺たちにゆっくりと近づいてくる。
「お前の力は危険すぎる。殺しておくか。」
俺は息を呑んだ。シャドウの言葉が、俺の中で大きく響く。俺以外にも時空魔法を使える者がいる――そんなこと、考えたこともなかった。
シャドウが時を止めようとした瞬間――
「クロノ、引け!」
オルドさんが杖を振り上げた。
「カタクリズム・ノヴァ」
全ての魔力を捧げる凄まじい強力な魔法を発動させた。一瞬シャドウは驚いたが、その攻撃はシャドウに届く前に、空間が歪んで消えていった。
「……無駄だ。」
シャドウは冷たい笑みを浮かべたまま、オルドさんを睨みつける。
「まさか古代の究極魔法が見れるとはな」
次の瞬間、シャドウが手をかざし、オルドさんの体が宙に浮き上がった。
「オルドさん!」
俺が叫ぶが、シャドウの強力な時空魔法に圧倒され、オルドさんは動けないままだ。
「クロノ…すまん……」
オルドさんの言葉が届く。次の瞬間、シャドウが拳を握りしめ、オルドさんの体が一瞬で粉々に砕け散った。
「オルドさん……!!」
俺の叫びも虚しく、オルドさんはその場で消え去った。リーファは絶望の表情でそれを見ていた。
<<クロノ..!シャドウの魔力は1000万を軽く超えているわ!逃げないと...!>>
「梨田すまない!それでも..リーファを見捨てるわけにはいかない…!」
俺の中で何かが弾け、激しい怒りが湧き上がる。俺は全力でシャドウに向かって駆け出し、時空魔法を解放した。
「時よ止まれ!」
時間を止め、俺はシャドウに向かって連続でディメンションクラッシュを叩き込んだ。空間が激しく歪み、シャドウの体がその中に包まれていく――
だが、シャドウは止まった時の中で動き出した。
「……無駄だと言っただろう。」
奴は俺の攻撃を全て受け流し、向かってくる。
「…くそ…!俺が止めないと、リーファが…この世界が…!」
「その通りだ。だが、お前の力では俺を止めることはできない。死ね。」
シャドウが瞬間移動で俺の目の前に現れた瞬間、俺はすかさず時空魔法で反撃に転じた。
「ディメンションクラッシュ!」
俺の手から放たれた空間圧縮の力が、シャドウに向けて一気に解放される。空間が激しく歪み、圧倒的なエネルギーが周囲に広がる。
しかし――。
「……無駄だ。」
シャドウは冷笑を浮かべながら、俺の放った攻撃をわずかに避け、ディメンションクラッシュの圧力をものともせずにかわしていく。そして次の瞬間、俺の背後に瞬間移動で現れた。
俺はすかさずシャドウの動きを封じるために時空の重力を変えた。周囲の大気が一瞬で歪み、重力の制御が乱される。体制を崩したシャドウだがそれでも攻撃してきた。
「……終わりだ」
シャドウの声には、明らかに俺を見下す響きが含まれていた。
シャドウが俺の背中に手を付けた瞬間、背中が一瞬で歪んだ。
俺はその瞬間**「クロノシフト」**を発動させ、時間を逆行させる。時間を数秒巻き戻し、俺が放った攻撃が再び発動する。しかし、その時――。
「同じ技が通用すると思ったか?」
シャドウも同じく時間を操作し、俺の攻撃を完全に無効化してきた。奴の力は俺のそれを遥かに超えていた。
俺はその場から瞬間移動で距離を取り、再びシャドウと向かい合う。お互いに同じ時空魔法を操る者同士、どちらが先に隙を見せるかで勝敗が決まる。しかし、シャドウの力量は俺を遥かに凌駕している。
「……お前、何者なんだ?」
俺は思わず問いかける。シャドウの力が異常すぎる――まるで、俺自身と同じ力を持っているかのように思える。
「それを知る必要はない。」
シャドウの冷たい声が返ってきた。その言葉に不気味な何かを感じたが、考える暇はなかった。
「次で終わりだ。」
シャドウが次に手をかざした瞬間、周囲の空間が激しく揺れた。周囲の次元そのものが崩壊し始めたかのように、時空が捻じ曲がり、裂け始めた。
「時空の狭間を開いて…消滅させる気か…!」
俺は直感的に察した。シャドウの次元崩壊の力は、周囲の全てを消し去ってしまうだろう。だが、今の俺にできることは限られている。
俺は全力を振り絞り、**「タイムディストーション」**を発動。時間の流れを乱し、シャドウの次元崩壊を一時的に止めようと試みた。
だが、シャドウはその瞬間に笑った。
「無駄な抵抗だ。」
そして、俺たちの力がぶつかり合った次の瞬間――。
「!!!」
圧倒的な衝撃波が広がり、時空が完全に裂け始めた。俺たち二人の放つ力が融合し、時空の狭間が巨大なブラックホールのように広がり始める。
「……!!」
俺の視界が激しく歪んでいく。空間そのものが崩壊し、次元の彼方へと引きずり込まれていく感覚――俺の体も、シャドウの体も、その中に飲み込まれていった。
「リーファ……!」
俺が最後にリーファの名前を叫ぶ。しかし、声は届かず、周囲は次元の彼方へと消え去った。