3話:最強の赤ちゃん
オルドから魔法の基礎を教わり始めて数日が過ぎた。俺――黒野鍵一は、いくつかの時空魔法を習得していた。最初はほんの数秒間だけ時間を止めるだけだったが、今では空間の重力を操作して浮遊することや、短距離の瞬間移動も問題なくできるようになっている。赤ん坊の姿であっても、俺は確実に成長を続けていた。
「ふぉっふぉっふぉ・・・赤ん坊が空を飛ぶとは、まったくたまげたな」
オルドが笑いながらも、驚きと好奇心を隠せない様子で俺を見上げている。彼の眼差しには、俺の成長に対する期待すら見えていた。
「オルドさん、魔力が続く限り魔法は維持できるけど、もっと強くなるためにはどうしたらいいんだ?」
俺は問いかけた。もっと力を手に入れなければならない。そう感じていたのだ。
オルドは杖を握りしめながら、静かに答えた。
「魔力の上限を増やすには、魔物を倒して経験値を得ることじゃ。戦いの中でしか成長はせん。自分の力で魔物を討ち、魔力を強化していくしかないのじゃ。しかし、赤ん坊のうちは許さんぞい」
戦いか。赤ん坊の姿である俺にとっては、普通なら戦いなんて無理な話だ。しかし、ここは異世界。魔物を倒して力をつけるという方法が、ここでは自然な成り行きのようだ。
その夜、オルドが寝静まった後、俺は静かに家を抜け出す決意を固めた。浮遊と瞬間移動を駆使すれば、誰にも気づかれずに外へ出られるだろう。
「梨田、ちょっと外の様子を見てこようと思うんだ。準備はできてるか?」
<<もちろん、けんちゃん。気をつけてね。でも、力を試してみるのも悪くないかもね。>>
梨田の声が頭の中で響く。俺は軽く頷き、ふと思い出したように梨田に尋ねた。
「そうだ、梨田。魔力ってアップデートできるのか?何か強化する方法はないかな?」
<<身体機能はある程度強化できそうだけど、魔力そのものは私のシステムでは無理かな・・・。でも、魔物を倒せば経験値として魔力が増えていくはずよ>>
「そっか、結局は自分で力をつけないといけないんだな」
俺は浮遊しながら静かに家を抜け出した。夜の村は静かで、冷たい風が肌に触れる。森に向かい、瞬間移動を使いながら誰にも気づかれないように進んでいく。森の中は闇に包まれ、微かな虫の鳴き声だけが響いていた。
「さて、まずは簡単な相手からだな・・・」
森を進んでいると、小さなスライムが姿を現した。初めての実戦にふさわしい相手だろう。俺は新たに覚えた技を試すことにした。
「ディメンションクラッシュ!」
ディメンション・クラッシュ(Dimension Crush)
能力: 空間を極限まで圧縮し、そのエネルギーを一気に解放して敵を粉砕する。圧縮された空間は強烈な衝撃波を発生させ、範囲内の物体や敵を破壊することができる。圧縮の強さと範囲は使用者の魔力に依存する。
制限: 圧縮する範囲が広いほど魔力の消耗が激しく、過度に使用すると身体に反動が起こる。また、圧縮した空間の解放が遅れると、自身にも影響が及ぶリスクがある。
空間を圧縮し、スライムに向けて放つと、一瞬で跡形もなく消滅した。圧倒的な力を感じたが、スライムが弱すぎて手応えは薄い。
「これで少しは成長できたかな?」
<<うん、けんちゃん。魔力が少し増えたみたいだね!>>
梨田の声が頭の中で響く。俺はさらに奥へと進み、もっと手応えのある敵を求めた。
次に現れたのは、鋭い牙を剥き出しにして唸るベアウルフだ。転生した時に俺を食おうとしてたやつだ。俺はウルフの攻撃を観察し、瞬間移動で素早くその牙を避ける。
「今度は少し強いが・・・やれる!」
俺は「ディメンションクラッシュ」を再び発動。圧縮された空間をウルフに向けて放つと、ウルフは一撃で崩れ落ち、地面に倒れ込んだ。
「ふぅ・・・これで少しは強くなったか?」
<<けんちゃん!レベルが上がると魔力も回復するみたいだよ>>
「なるほど、それじゃ乱獲と行きますか!」
俺は森一帯のモンスターを狩りまくった。自分の力を感じ取り、少しずつ成長していることを確信した。
浮遊しながら空を見上げると、満月が美しく輝いていた。
「梨田、月が綺麗だな・・・」
<<本当だね。こうして一緒に景色を見ていると、なんだか平和な気持ちになるよね>>
夜空に輝く満月、そして漂う静寂。だが、そんなロマンティックな瞬間も一瞬のうちに打ち破られた。ドラゴンが突然、俺に向かって奇襲を仕掛けてきたのだ。
「ド、ドラゴン!」
<<けんちゃん!だいじょうぶ?>>
「あぁ・・少しびっくりしたが、問題ない。相手が誰だろうと負ける気はしないな」
「時よ・・・止まれ」
俺はすかさず「タイムストップ」を発動。周囲の時間がピタリと止まり、ドラゴンの巨大な体もそのまま空中で静止した。すべての音が消え、無音の世界が広がる。
「ここからは俺の時間だ・・・!」
俺は空中に浮遊しながら、ドラゴンの止まった体に向かって「ディメンションクラッシュ」を連続で放ち始めた。圧縮された空間のエネルギーが次々とドラゴンの体にのめり込んで、その巨体を蝕んでいく。
「これで終わりだ・・・!」
最後に広範囲の「ディメンションクラッシュ」をドラゴンに叩き込んだ。
「時は・・・動き出す!」
時間が動き出すと、ドラゴンは重々しい音を立てながら地面に落下し、破裂した。
「ふぅ・・・やりすぎだったか?」
<<すごいよ、けんちゃん!ドラゴンまで倒すなんて、本当に最強だね!>>
梨田の言葉に、俺は静かに微笑んだ。夜空に浮かぶ満月を見上げながら、俺は確信した。この世界で最強の存在へと近づいていると。