2話:時は止まる
夢の中で、俺は彼女に謝った。
「謝ることなんてないでしょ」
その声を聞いた瞬間、俺は彼女の顔を鮮明に思い出した。梨田彩――幼馴染であり、助手であり、共に研究してきたパートナーだ。彼女は幼いころに両親を飲酒運転のもらい事故で亡くし、親戚である俺の家に引っ越してきた。それ以来、腐れ縁のように常に一緒にいた。俺たちはミステリーや科学的探究心を共有し、互いを高め合いながら研究に没頭してきた。
だが、今回ばかりは、俺が彼女を巻き込んでしまった。
「いや、俺の責任だ。シミュレーション世界の謎を暴こうとして、結局お前まで道連れにしてしまった・・・」
「ま、そうだね。でも、私たちの研究には意味があったんだから、それでいいじゃん?」
その瞬間、彼女の姿が夢の中で立体的に現れ、まるで現実のように存在感を放っていた。
「え? 本当に生きてるのか?それとも、魂だけなのか・・・?」
驚きながら、俺は問いかけた。
「いや、私は君の頭の中にいるんだよ。あの高次元AIとの対話の後、君の意識とつながったんだ」
「なるほどな…それじゃ、俺が食われそうになった時もお前は見てたわけか?」
「そうだね、ちゃんと見てたよ」
彼女の冷静さに思わず笑みがこぼれる。
「しかし、俺らなんで素っ裸なんだ?」
バチン!いつも食らってた懐かしいビンタが鍵一の頬を直撃する。
「服を想像してよ!けんちゃんのエッチ!」
ポワン――服が想像された。
「ハハハ!すまん。なるほど、つまりお前は肉体はなくなったけど、俺の頭の中で生きているってわけか。なら、今すぐ肉体を用意しないと消えちまうんじゃないか?」
「いや、違うよ。今の私は君の思考に依存して存在してるから、肉体は急がなくていいんだ。とりあえず、部屋とかパソコンとか、そういうのを頭の中に用意してくれたら、私はそれで十分だから」
「ふむ、ここが俺の頭の中か…じゃあ、まずは部屋を想像してみるか」
ポワン――俺が想像すると、目の前に女性らしい部屋が出現した。机、テレビ、パソコン、コーヒーマシン…。次々と物が現れる。
「こんな感じか?」
「ありがとう!これでいつでも研究ができるし、サポートもできるよ」
「ハハハ!これで完璧だ。お前と俺が揃えば、この世界の謎も、お前の体も手に入れてやる!高次元AIを作ったやつに会って、全て暴いてやるさ!」
そう言って目を覚ますと、天井が見えた。
「夢か・・・?」
<<夢じゃないよ>>
突然、梨田の声が頭の中で響いた。
「梨田か!」
<<そうだよ。私はいつでも話せるから、これからもよろしくね>>
俺はくすっと笑った。
「じゃあ、まずはこの世界の言葉を理解できるようにしてくれないか?言語機能とか・・・使えるか?」
<<うん、寝てる間に準備しておいたよ。言語システム、アップデート完了!>>
その瞬間、頭の中で何かが変わった。
「お、おはよう・・・」
オルドが驚いてこちらを見た。
「なんと!赤ん坊がしゃべれるとは!」
「はい、拾っていただいてありがとうございます」
オルドは目を見開いた。
「人間がこんな早さで言葉を話すとは…驚いたわい」
「オルドさん、お願いがあります。まず、魔法を使えるようになりたいんです」
オルドはしばらく考え込んだ後、穏やかに頷いた。
「ほほう、そうか。それでは、お主にまずは基礎を教えてやろう。しかし、赤ん坊がそんな言葉を発するとは、ただ事ではないのう…」
オルドが俺をじっと見つめて、しばらく無言のままだった。その視線は何かを確かめているようにも思えた。
「まずは、魔法の基本からじゃな。だが、お主は赤ん坊だ…まだ体が小さいゆえ、どれほどの魔力を扱えるかはわからんぞ?」
「それは覚悟してる。だが、魔法が使えないと、この世界で生き残れないからな」
俺の言葉に、オルドは静かに頷きながら立ち上がり、木の杖を握りしめた。
「よし、ならばこれを見て学ぶのじゃ。魔法の基本は『イメージ』じゃ。力を引き出し、その形を頭の中で描くことが大事じゃ。例えば…」
オルドは杖を振り、穏やかな風を巻き起こした。
「『ウィンド』。これは風の魔法じゃ。力を使うには、自然の力を感じ取り、それを自分の中で変換して放出するんじゃよ」
俺はオルドの動きを観察し、頭の中で再現しようと試みた。とはいえ、まだ赤ん坊の体で魔法を使うのは難しそうだ。けれど、時空魔法という特別な力を持っている俺には、他とは違うアプローチがあるかもしれない。
「オルドさん、俺は『時空魔法』ってのが使えるらしいんだけど、それってどうすればいいんだ?」
「時間魔法なら聞いた事があるが、時空魔法はわしも聞いたことがないのう…しかし、時空ということは、時間と空間を操ることができるはずじゃ」
俺はその言葉に一瞬心が踊った。やはり想像していたとおり単なる攻撃魔法とは異なり、もっと壮大で奥深いものに違いない。
「じゃあ、試してみるか…」
俺は心の中で「時間」を思い描いた。そして、オルドが教えてくれたように、その力を自分の中から引き出すことを想像した。時間の流れをゆっくりと止めるイメージを作り上げる。
「・・・時は止まる」
俺がそう呟いた瞬間、周囲の空気がピタリと静止した。
タイムストップ(Time Stop)
能力: 短時間、周囲の時間を完全に停止させる。使用者のみが動くことが可能。ただし、時間を止めていられるのは一度に数秒〜数分が限界で、使用後は反動で身体が疲弊する。
制限: 魔力の消耗が激しく、長時間の使用は命に関わるリスクがある。
梨田が魔法スキルについて解説してくれた。
風の音が消え、オルドの動きも止まっている。目の前で凍りついたように見える世界。どうやら、本当に時間を止めることができたようだ。
「す、すげえ・・・」
しかし、赤ん坊の体ではその力を維持するのは難しく、数秒後には元に戻ってしまった。
オルドが驚いた表情で俺を見つめている。
「お主・・・今、何をした?」
「多分、時間を止めたんだ」
「時を・・・止めるじゃと?そんな魔法が…」
オルドは深く息を吸い込み、しばらく黙った後、
「本当に、ただ者ではないようじゃな」
と小さく呟いた。
「オルドさん、俺はこの力をもっと使いこなしたい。そして、世界を救わななければならないんだ」
「世界をじゃと?だが、赤ん坊のままでは難しいじゃろう。まずは成長し、力を蓄え、時空魔法を使いこなせるようにせねばな」
オルドの言葉に、俺は静かに頷いた。まだ道のりは長いが、俺はこの世界で成長し、そして梨田を復活させるためにも、この力を完全に自分のものにしなければならない。
「よし、オルドさん。頼む、俺にもっと魔法を教えてくれ」
「ほっほっほ、そう焦るでない。お主の力は確かに強大じゃが、それをどう制御するかが肝心じゃよ。まずは基礎からみっちり教えてやるから、覚悟しておけ!」
俺は笑って答えた。
「望むところだ!」