9話(調査開始!)
「おー! ここが更生施設。初めて来た」
「俺も。普段入っちゃダメって言われてるし」
遠目から見ると四角くて真っ白な建物が見えた。近づいて降り立ち、入口らしき場所に向かうと、受付の悪魔がにこりと笑いかけてきた。
「えーと天使のミケさんと悪魔のリリスさんですね? お話は伺ってます」
「あ、俺悪魔です」
「私天使です」
「あ、ごめんなさい!」
慣れたやり取りをかわし、受付にある書類に名前だけ記入し、促されるまま着いていく。何度曲がり角を曲がっても、伸びる廊下に等間隔に配置された左右の扉が見えるだけ。迷子になりそうな場所だった。
「基本的には堕ちた悪魔はこの施設で隔離され、回復を待ちます。回復については個人差がありますが……。今日の面会については、1人あたり10分までとなっています」
「何故隔離を?」
「堕ちた悪魔との接触により、堕ちかけるといった事例もあります。今回は特例ということで、立ち合いながら行わせて頂きますが……何か異変があればすぐ中止させて頂きます」
「分かりました」
受付の悪魔が先導して後ろを振り返らないのをいいことに隣で大きなあくびをするミケをリリスが腕で小突く。するとミケが無言でリリスの眦を指差した。先ほどリリスがこっそりあくびをした時の涙を、指摘したらしい。ぺろりと舌を出せば、ミケは小さく微笑んだ。
「分かりました」
「また、被害に一番最初にあったと思われる方についてはその時の記憶がないようですし、本人も面会したくないとのことでしたので…」
「そうですか……。どうしてもお会いするのは無理ですか?」
「気難しい方で……。ここにきた時のヒヤリング内容でよければ後日送りますよ」
「お願いします」
エレベータに乗ると、隣でまたもや大きなあくびをするミケを腕で小突く。ちらりとリリスを一瞥するとリリスの頭にミケの頭がぐりぐりと擦り付けられた。
「こちらです」
エレベーターが止まり、慌ててミケの頭を手で遠ざける。頬に刺さる不満気な視線は無視しながら歩いた。
「こちらの部屋です」
真っ白な、病室のような部屋に案内される。ベッドにテーブルに椅子に、シンプルな部屋だった。少しだけミケの部屋と似ているけれど、どこも真っ白であまりにも清潔で生活感がないのが異質だった。男がベットに座り、状態を起こしたままこちらを見ている。ぺこりと頭を下げられたので会釈を返した。
(……なんか思ったより……)
もっと暴れ回ったりを想像していた。肩に入っていた力を抜くと、ベッド脇にある椅子の側へ近づく。椅子が一脚しかないので隣のミケを見る。小さく首を横に振るので、ありがたく座らせてもらうことにした。
「え、天使?」
「今悪魔と天使で仕事中でして……上からきちんと許可を受けていますので、必要であればそれが分かるものを持ってきますが」
「いや……大丈夫です。びっくりしただけで」
「そうですか。それでは初めまして、今回堕ちた悪魔増加の件を調査しているリリスです。こっちはミケ」
「ども」
「ああはい、どうも……」
弱々しく告げる男に敵意は感じない。必要以上に人間の欲望に漬け込む堕ちた悪魔。イメージしていたものとは随分と異なる。
「堕ちた時について教えていただけますか」
「いつものようにターゲットの……中学生の女の子だったんですけどね、受験に関する親のプレッシャーがひどくて……。受験当日、その子は受験中に頭が真っ白になってパニックになってしまったようで」
男は一つ一つ思い出すように宙を見る。
「そこで善悪の判断をしようと思いました。その時、私の中で声がしたんです。『毎日毎日多くのターゲットを見て残業続き。その子を陥れて鬱憤を晴らしたくはないか?』って」
「声……」
新情報だ。支給されたタブレットにメモする。
「そして私は……その子に、カンニングをするよう誘導していました。頑張ったじゃないか、ここで落ちたら親に何言われるか、と」
「その子は耐えていました。本来は善と判断されるはずだったんです。けれど、私は何度も何度も誘導して、その子はカンニングしてしまった」
「気がついた時には、私の羽は抜け落ちてしまっていたのです」
ちらりと男の背中に目をやる。そこには、ほとんどの羽が抜け落ちた翼が、ひょろひょろの枯れ枝のようについていた。
◇
「結局、2人目と3人目は同じようなこと言ってたね」
帰り道、ミケと並んで飛び立つ。
「そうだね。一方で1人目は堕ちた時の記憶無し。でも状況が分かっただけ大きい」
ミケの背中を見る。ふわふわと大量の黒い羽に覆われたそれにそっと息を吐く。ミケがこちらを向いたので慌てて目を合わせる。
「ん?」
「……リリスちゃんの羽、ふわふわだね」
同じ悪魔の堕ちた様子を見て、ミケも不安になったのかもしれない。ミケの腕に飛び付くように腕を組む。
「ちゃんとケアしてるからね!」
「わ、ちょ、飛んでるから危ないよ」
戯れながら踊るように降りていく。この時間を長く作るため、いつしかリリスはこのパートナー制度を成功へと導かねばならないと、強く思っていた。