5話(よろしくパートナー)
「ええと、リリスです。はじめまして。よろしくお願いします」
ラグエルが出て行ったのを確認して、ミケに話しかける。
「……」
じっと無言のまま見下ろされている。もしかして仲良くする気ない? 今時天使差別する悪魔? と思っているとゆっくり手を握り返された。
「……よろしく」
どうやらあまり口数が多い方ではないらしい。けれど、そういう友達はアリーで慣れている。握った手をぶんぶんと振れば、ミケは目を丸くしながらもされるがままだ。
「ミケって呼んでいい?」
「うん……俺は、えっと」
「好きなように呼んでいいよ」
すると小さな声でリリスさん、と聞こえた。返事の代わりに微笑んで顔を見上げると、目を逸らされた。
大人しい悪魔だ。偏見だけれど、自分が思っていた悪魔と随分違う。もっと強気な感じかと思っていた。天使だって性格は多種多様なことを考えると当たり前なのだけれど。
(ところで)
握った手が一向に離されない。一回り以上に大きな手が優しく私の手を包んでいる。困ったようにミケの顔を見れば、きょとりと首を傾げられた。
「えっと……」
リリスがミケに声をかけようとしたところで、コンコン、とノックの音がした。
「! はーい」
ミケの手を無理やり外させて返事をする。
「部屋の使用時間終わりですよー…って、あ!?」
警備隊の男が言いながら入ってくる。こちらを見るなり大きな声を上げた。
「リリス!? ミケもか!!」
警備隊の男が帽子を外すと、精悍な顔つきに、オレンジの髪の、なんとなく見覚えのある顔があった。リリス、ミケと名前を呼ぶあたり知人らしい。
「え、えーと……」
警備隊の男ははっとした顔つきになる。リリスが戸惑っているのを察したらしい。
「あ、悪い。覚えてないよな」
彼は困ったように頭を掻きながら、告げた。
「小さい頃……判別前な? よく一緒に遊んでたエリクだ。同期って奴だな」
「え」
判別前。天使と悪魔を分ける前だ。あんまり覚えていないが確かによく遊んだ子達がいた気がする。エリク、と小さく呟くと、なんだか耳馴染みが良い気もする。
「悪いなー。みんな結構判別前のこと忘れちゃうんだけど、俺結構覚えててさ」
「ううん!! 嬉しいよ」
人間でいう幼馴染という奴では。嬉しくなって思わず駆け寄るとくしゃくしゃと頭を撫でられた。
「あー久しぶりだまじで」
「にしても警備隊なんてすごいね」
撫でられるのを享受しながらエリクの肩を叩く。警備隊は天界、魔界どちらにもまたがる保安のための部隊。天使、悪魔に関わらず体力、なんらかの体術が優れたものだけが就くことが出来る狭き門だったはず。エリクの背には黒い翼が生えているところを見るに、どうやら彼は悪魔から警備隊になったらしい。
「……エリク、久しぶり」
ミケがリリスの後ろから話しかける。ミケもエリクと話したかったのか、エリクとの間に割り込まれた。エリクの顔が引き攣った。
「ミケ、顔怖えーよ」
振り返るが無表情のミケが立っているだけだ。ぷに、と餅みたいなミケの頬をつつく。餅っていうのは人間界でも中々の致死率を誇る食べ物だ。
「そっか、エリクも元々悪魔だったなら会ったことあるんだね」
再度エリクに視線を向ける。
「おう。数年前に希望して警備隊にな」
「いや筋肉すっごいねぇ」
まあな、と笑うエリクにどこか懐かしさを覚えた。
「あ、それでなんでここに?悪魔も天使も基本立ち入り禁止だし、悪魔も天使も互いに接触禁止のはずだけど」
思い出しようにエリクが尋ねる。
「私達、天使と悪魔のパートナー制度の試験中なの。さっき説明受けたとこ」
ラグエルに貰った書類を証拠変わりに見せる。
「あー、それなら聞いてたな。……そっか、頑張れよ」
小さな沈黙がなんだか妙に気になった。うん、と答えようとした時、遠くから声が聞こえる。
「エリク!! 仕事だ! 部屋のやつ帰したんならすぐ戻ってこい!!」
「! ごめんもう行くわ」
エリクが断りを入れて部屋を出ようとして、振り返った。
「あー……と、アリーは、元気か?」
エリクはアリーと知り合いだったらしい。頭を掻きながら、どこか照れ臭そうに尋ねてくる。
「うん、元気だよ」
リリスの返事を聞いてエリクは嬉しそうに笑うと片手を上げて去っていった。
「じゃあ、ミケ、行こっか!」
「…うん」