3話(新しい仕事)
目を覚ます。随分懐かしい夢を見た。私がまだ天使でも、悪魔でもなかった頃。
起きたらまずは顔を洗い、髪を軽く整えて、支給されている白いスーツを着る。今日は上級天使に呼び出されていた。いつもより場所が遠いので少し早めに出発することにする。
「ふぁ」
ドアノブを開けながらあくびをする。上級天使のとこまで歩いて15分くらいのはずだ。
「リリスおはよ。大きいあくびねー」
「おはよ!! あんま見ないで〜お金取っちゃうよ〜」
挨拶してくる同僚に返事をしていると急に左腕に重みを感じた。
「アリー」
アリーは組んできた腕をそっと離す。隣に並んでる歩き始めた。
「リリス。行き先違うの? サボり?」
「違う違う!! 上級天使に呼び出されてねー」
「わお。何かした?」
「してない!! ……と思うけどぉ」
「そう。まあ頑張って」
最後にリリスの腕を軽く叩いてアリーは去っていった。その後ろ姿には大きな白い羽、頭上には天使の輪、あたりを見渡してもここには天使しかいない。
先ほど見た夢を思い出しながら歩き出す。
(一一あの子)
ここには大きく分けて天使と悪魔が存在する。初めから分けられているわけではなく、幼少期は人間のように教育を受け、一定の歳になるとそれぞれの性格、素養から天使と悪魔どちらかになる。天使は基本天界で仕事をし、悪魔は魔界、もしくは人の世界に降り立ち仕事をする。互いに会うことは基本的には無い。
だからもう数十年ほど夢の中のあの子に会えていないことになる。最後に会ったあの日。私が天使、あの子が悪魔になった日、すぐに天界と魔界にそれぞれ移動することになった。繋いでいた手はすぐに大人達に離されて、背中を押されながら部屋を出る直前まで見つめ合っていた。ろくに別れの挨拶も出来ていない。
天使の寿命は長いから、すっかり忘れてしまっていた。
そんなことを考えているうち、上級天使の部屋の前に辿り着いた。軽く身だしなみを整え、扉をノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
部屋に入れば金髪のストレート、碧眼、お手本のような天使が机の前に座っている。上司にあたるラグエルだ。彼は顔を上げてにこりと微笑んだ。
「提案、見たよ。天使と悪魔のパートナー制度」
アリーと話した日から毎度似たような提案を手を変え品を変えしている。あの日私が思いついた『いいこと』とはこれのことだ。悪魔に仕事が偏っているなら天使が手伝えば良い、そう思って。受理されたことは無いが。
「ありがとうございます。仕事の効率化に繋がる期待が持てるので、是非導入を検討してほしいのですが」
悪魔の仕事は、人間に欲を助長するような囁きをしてその人間が善か悪かを見定め、報告することだ。そして天使は、悪魔からの報告を見て、善とされた死んだ人間の魂を天界で回収し輪廻転生の輪に加え、記録する。
ただ、悪魔の報告内容に間違いがあったり、天使が違う人の報告を見て判断する等、たびたびミスが発生する。文章でのやりとりでは無く、天使と悪魔で直接の仕事をすることでミスを減らすことが期待できる。一一ということをつらつらと提案書には記入していた。
「うんうん、ありがとう。でもねぇ、実績が無くてね」
ラグエルは困った顔をして、右手を頬に当てている。提案を却下される時のお決まりのセリフだ。ただ一一
(呼び出した? これだけのために?)
いつもなら「実績が無いため、却下されました」という旨の内容を無駄に長く、遠回しに記載した紙が届くだけだ。
疑問に思っていると、上級天使がパチリとウインクした。
「そこでね、君に実績を作って欲しいんだよ」