豊臣秀吉埋蔵金
1
結局、栃木の実家から帰宅するときも、伊瀬知は迎えに来てくれていた。
翌朝、電車に乗ろうと実家を出たところで、伊瀬知のスイフトスポーツが待っていたのだ。やはり彼女はずっと俺のボディガードをしていたのだろうか、そういった気配にはまるで気付かなかった。
伊瀬知によると電車は狙われる危険性が高いそうだ。ゼミの打ち上げの後にもあったように、やつらはホームからの転落を狙っていたり、階段や陸橋でも転倒事故に見せかけようと、手ぐすね引いているそうだ。恐ろしい話だ。
俺は前から聞きたかったことを聞く。
「でもさ、どうもよくわからないのは、それなら単純に銃で殺せばいいんじゃないですか?そっちのほうが確実じゃない?」
「君はよくわかっていないな。組織は証拠を残したくないんだ。もし仮に銃で殺したらそれは明らかな犯罪だろ。銃痕は残るし、銃弾だって見つかるかもしれない。そうなると警察だって事故として処理できない。今回のような殺人だと下手すれば国際問題までに発展しかねない」
「それはそうですけど、じゃあホームで突き落としたりするのはいいんですか?」
「そうだ。事故に見せかけることができるからな」
「警察だって不審に思いませんか?」
「君は世間をしらんな。日本における事故死の数は都内だけでも毎年5000件は下らない。それをすべて捜査していたら、いくら警察官がいても足らんだろう」
「じゃあ捜査しないんですか?」
「どう考えても殺人だと断定できない限り、警察は捜査しない。さらにはそれを立件できる場合に限り捜査する」
「まじですか?」
「まじ」
どうも胡散臭い気はするが、確かに事故死が多いという話は聞いたことがある。
「伊瀬知さんも銃を使うことはないんですね」
「当たり前だ。実際、日本で銃を使った犯罪は極端に少ないだろ。暴力団同士の抗争とか、まあ、最近は猟銃持ちが犯罪を起こす例はあるが、とにかくレアケースだ。私も確実に死体を遺棄できない限り銃は使わない」
いやいや、最後に変なことを言ったぞ。確実に死体を遺棄できれば使ったことがあるのか。
「でも、今回も殺し屋がいたじゃないですか、銃を使わないとしても撲殺されたらわかるでしょ」
「これだから素人は困る」伊瀬知は呆れて首を振る。どうせ俺は素人ですよ。
「いいか、やつらは撲殺などしない。気を失わす程度に留める。その後に川や海に捨てて溺死させる。そうなると事故扱いだ」
「でも殴られた跡が残ったりしませんか?」
「そんなの川で付いたのかどうか判断できんだろ。さっきも言ったとおり事件性が確実に立証できない限り事故で処理されるんだよ」
どう考えても胡散臭いが、それなりに説得力もある話だ。
「それでいよいよ最後の埋蔵金探しだが・・・」伊瀬知が真剣な顔になる。豊臣秀吉の埋蔵金についてだな。
「少し準備期間が必要だ」
「準備ですか?」
「君の小説では無理がある」
そりゃそうですよ。架空の話なんだから無理な点は多々あります。
「そのための準備ですか?でも本当にあれが出来るんですか?」
「君がそれを言うな。これまですべて実現してるだろ」
確かにすべての埋蔵金が小説通りに発見されているのだ。しかし次の埋蔵金について、どういった準備がいるのだろうか、そしてあの小説のようなことが本当に実現できるのだろうか。
伊瀬知はアパートまで俺を送って、そこで別れた。結局、今週の金曜日に出かけるそうだ。
2
さて、もちろん次の埋蔵金は豊臣秀吉の埋蔵金である。
日本の埋蔵金伝説の筆頭に出てくるのがこの秀吉の埋蔵金だ。それぐらい有名である。まあ一部の埋蔵金マニア内だけの話かもしれないが・・・。
現在までも実に様々なメディアで扱われてきている。それこそテレビだけにとどまらず、書籍の類も数多く出版されている。また、埋蔵金の金額についても4億5千万両、現在の金額で言えば軽く200兆円を超えるとも噂されている。まさに途方もない金額である。
それは生前の秀吉の黄金好きから来ている部分も多々あるだろう。秀吉が関白となった翌年に黄金の茶室を作らせたのは有名な話であるし、大阪城にも金箔の瓦などの金細工が数多く使われていた。成金趣味と言えばそれまでだが、彼の生まれが貧乏な農家であったため、金は権力者の象徴のように感じていたのかもしれない。
その秀吉が晩年になり、余命幾ばくもないと悟った際に、まだ幼い息子の秀頼に軍資金を残すべく、画策したのが多田銀銅山の埋蔵金伝説である。
俺は黄金ハンターを書くにあたって、まずはこの多田銀銅山について、詳細を確かめるべくネットや書物を当たってみた。
書籍の中でとくに有名なのは(鈴木盛司著/豊臣秀吉の埋蔵金を掘る)ではないだろうか。歴史研究家でもある鈴木氏は生涯を懸けて、秀吉の埋蔵金探しを続けた。惜しくも2012年に77歳で亡くなってしまったのだが、結局埋蔵金を発見したといった報告はなかった。ただ、彼は書籍に於いて様々な考察を行っており、小説を書くにあたってとても参考になった。
また、作家小林久三氏も著書(秀吉埋蔵金殺人事件70兆円はここにある)で埋蔵金について自身の見解を書いている。それ以外にも同じような書物は多々、発行されているのだ。ちなみに貧乏な俺はそれらを買わずに図書館で読ませてもらった。
その多田銀銅山の埋蔵金伝説は次のようなことになっている。
当時、多田銀銅山では十分な銀の採掘が見込めるにもかかわらず、秀吉は突然、銀山廃止を命ずる。これは銀山払いとも言われている歴史的事実である。そして配下の幡野三郎光照に埋蔵金隠しを命じたとされる。つまりは廃止の理由が坑道内への金の貯蔵だったと言われているのだ。多田銀銅山が秀吉埋蔵金の隠し場所であるという根拠については、様々な文書が残されている。
秀吉の部下であった亀井舜十郎茲矩は、埋蔵金についての秘巻を残しており、(大事あらば 掘り出してみよ 摂津多田 白金の山に眠る宝を)といった和歌を残したとされる。
また、和田二郎光盛秘書では、埋蔵金の隠し場所についての極彩色の地図の記述がある。ただ、これについては完全なものではないとのこと。
つまりはこのような文書や巻物の類が写しを含め、数多く残されているのだ。同じく伝承や噂話も数えきれないほどある。
それ故、現在も秀吉の埋蔵金があるとすれば、この銀銅山が最も有力であると思われている。先に述べたようにあらゆる証跡がそれを示しているのだ。先ほどの鈴木盛司氏もこの場所だとの目論見で生涯を懸けて発掘を行っていた。
そこで俺は考えた。果たしてあの秀吉が、そんなわかりやすい多田銀銅山などに金を隠すのだろうか、数々の逸話を残したあの秀吉が、あまりに安易ではないか。さらに大量の証拠がありすぎるのである。そこから考えると、なるほどどうやらこれには偽装工作の匂いがする。
どう考えても巻物や伝承が多すぎると思う。さらには銀銅山の発掘現場が多岐にわたっており、発掘抗がやたらと多いのである。それも複雑な立て坑だとか、採掘もめったやたらに掘り進められており、例え埋蔵金を隠したとしても、後にうまく発掘できるのかという気がする。それこそ明確な地図や仕掛けについての文書を残す必要があるだろう。そういったことを秀吉が現地の部下に丸投げするとはとても思えない。よってそういった地図の類もすべてフェイクではないかと思うのだ。
秀吉は死んだ後に、この銀銅山跡を探し回る後の人間たちをあざ笑いたかったと考える。地図や伝承を必死に手に入れ、複雑な坑内を探し回る人間たちを悦に入ってみている気がする。
となると本当の埋蔵金はどこにあるのか、それを熟考するとやはり大阪城に隠すことが理にかなっていると思う。少なくとも秀吉が健在だった時代には大阪城にあったはずだ。
また、こういった話もある。金塊は大阪冬の陣の前に、天守閣の地下深くに埋蔵されたというのである。侍女がそれを見たといった話もある。侍女と言うところが途端に胡散臭くなるが、それはさておく。
さらには夏の陣の前に、真田十勇士の一人である穴山小助がその金塊を運び出したとも言われている。穴山小助なんて架空の人物じゃないのかと思うが、それについてはよくわからない。埋蔵金はロマンの世界なのである。
それで色々考えて、最終的には小説黄金ハンターにおいては、この大阪城地下説を真説としたのだ。
しかし、伊瀬知はこの小説を実現することはできないだろうと思っていた。結城家埋蔵金発掘から日にちを開けたのもそういった事情ではないかとは思ったが、時間をかけてもさすがに今回は無理だ。
話は変わるが先日、面接をした八王子郊外の会社は俺が言うまでもなく、先方からお断りがあった。元々行きたくはなかったのだが、面と向かって断られるとけっこう落ち込む。好きでもない女の子から振られる気分だ。いや、実際そういった経験があったわけではないが・・・。
よって俺は就職先を探さなければならないのだが、伊瀬知案件が微妙に引っかかる。彼女の言うように黄金を見つけることが出来れば、すべてが丸く収まるのではないか、などと期待もしてしまう。これはやはり俺の引きこもり願望のせいなのか、このままではだめだとも思うが、どうも踏ん切りがついたようで実際はついていない。結局、空いた5日間はバイトに精を出してしまった。
また、栃木でも危険な目にあったのだが、その後、周囲に危機が迫っているような事件は起きなかった。大島、栃木で殺されそうになった経験が本当のことだったのかと思ってしまう。やはり単純に俺が危険に気付いていないだけなのかもしれないが・・・。
そして旅行予定前日の夜になって伊瀬知から連絡が入る。
『長谷川、予定どおり明日から出かけるぞ、準備よろしく』
「まじですか?大阪城ですよ。大丈夫なんですか?」
『しつこいな、君は黄金ハンターを信じてないのか』
「だってあれは小説ですよ。それも荒唐無稽な」
『だ・か・ら、信じるんだよ。まあ、いい、明日の朝、迎えに行くからな。寝てることのないように』
「え、また、早い時間ですか?」
『今回はそこそこの時間に行く』
このそこそこってのがよくわからない。まあ、6時以降ってことだろうな。少し早めに起きとくか。
「わかりました。待ってます」
『おお、じゃあな』
あっさりと電話が切れる。大島や栃木の話まではあり得そうだとは思うが、大阪城はどう考えても無理だと思うのだ。いったい、どんなふうに発掘するのだろうか。謎の女、伊瀬知悠に期待はしてみる。確かにこれまで面白いことが無かった俺の人生が、少し動き出した気がする。荒唐無稽であればあるほどわくわくするものだ。ひょっとして人生って面白いものなのかもしれない。
3
翌日、朝6時に起きて昨日買ってきた菓子パンを食った。朝飯を食べていないとまた伊瀬知に自腹朝食を要求されそうだからだ。なぜか伊瀬知は俺に健全な生活を要求する。
そんなわけでこちらとしては準備万端だったのだが、肝心の伊瀬知が来ない。あまり見たこともないテレビの朝の情報番組を見ながら待っていると、8時近くになってようやく伊瀬知が来た。
「おはよう、さて出かけるか」いつもの軽い調子である。
俺は再度、あの埋蔵金探しが本当に出来るものなのか確認する。
「伊瀬知さん準備できたんですね」
「大丈夫だから出かけるんだ」
納得できないが、仕方がない。あまりしつこく聞くと怒られそうだ。彼女の車、スイフトスポーツで出かける。
車はやはりとんでもない速度で走り続ける。5時間はかかるだろう距離をなんと3時間で到着した。新幹線並みである。
俺は大阪に来たのは初めてだ。京都奈良は修学旅行で来た覚えがあるが、大阪までは来ていない。まあ修学旅行も観光バスで回り、はい乗って、はい降りてで、どこをどうやって行ったのかまでは、覚えていないので関西方面自体が初体験といった感じだ。
伊瀬知はどこかに当てがあるようで、車を目的を持って走らせている。
「伊瀬知さん、どこに行くんですか?」
「ちょっとした仕事のパートナーに会いに行くんだ」
なるほど、ここで新しい登場人物の登場となるわけだ。これは小説黄金ハンターには無かった展開だな。先ほど伊瀬知が言った準備完了と関係する人物であるのは間違いないだろう。
大阪の街並みをすいすい走り、何やら町工場らしきものが立ち並んでいる場所まで来る。
先程までのインテリジェンスなビル街は影を薄め、急にノスタルジックな雰囲気となる。近傍には小川も流れており、建物も小さなものが多くなる。
「大阪にもこういったところがあるんですね」
「まあな。都内にも大田区にはこういった工場群があるよな。ここ東大阪はそういった町だ」
なるほど、東大阪か、下町ロケットみたいなところなんだろうか、伊瀬知はそういった工場が続いている中から、一つの場所にたどり着く。
「ここだ」
その工場を見ると看板には倖田製作所とあった。
平屋でどうかするとプレハブではないかといったみすぼらしい建物だ。広さも俺のボロアパートと変わりがない。バトミントンコートぐらいの大きさだ。前言撤回、下町ロケットではない。半沢直樹の実家のネジ工場が近い。いやそれだと半沢直樹に申し訳ないかもしれない。それぐらいの工場だ。
ここは伊瀬知の勝手知ったる場所のようで、ノックもせずに入り口のアルミ製ドアを開けて中に入って行く。
「じゃまするよ」
薄暗い工場内には、工作機械や棚などが所狭しと設置してある。なんか醤油のような油のような町工場特有の匂いがする。その部屋の奥に男、いや爺さんがいた。
「こんちは」伊瀬知が男に話かける。
歳は70歳ぐらいではないか、汚れまみれの作業服で白髪頭、さらには無精ひげが生えまくっており、はっきり言って浮浪者ではないかと思う。
「社長、こいつが長谷川君だ」
社長と言われた浮浪者が俺の方を見る。とろんとした目でなんだか、まるで覇気がない。
「長谷川真治です。よろしくお願いします」
俺は就職試験のような挨拶をする。どうも初対面の人間に会うと自然とそういう卑屈な態度になってしまう。
爺さんは俺の挨拶を無視するでもなく、まるで反応しない感じだ。ひょっとしてぼけ老人か。
「長谷川君、こちらは倖田正信さんだ。こちらの社長さんだ」
いやいや社長って従業員はいるんでしょうか、この人しかいないみたいなんですけど。
「社長、例のものは出来ましたか?」伊瀬知が爺さんに声をかける。
「うん、出来た」
初めてしゃべった。ボケてなかったのか。
倖田社長が奥の棚から何やら機械を出してくる。四角いアルミケースで前面に操作パネルが付いている。大きさは60サイズの段ボールぐらいだ。
「何ですか、これは?」俺が伊瀬知に聞いてみる。
「これは金属探知機だ」
「へー金属探知機ですか」
「それも高性能だ。そうだよね、社長」
社長はうなずく。実に胡散臭い。こういったインチキ商品で商売をする人間なんじゃないかと疑いたくなる。
「社長は大阪の発明王と言われているんだ」
「まじですか・・・」
「まじ」
やはり肩書からして十分胡散臭い。ただ、爺さんは否定しない。
伊瀬知は時間を確認して、「夜までは時間があるな。社長、飯にしますか?」
浮浪者社長は初めてうれしそうな顔をしてうなずく。
時刻は午後5時を過ぎたところだったが、伊瀬知はここらへんを知っているのか、すいすいと歩いて行き、近くの居酒屋に入る。なるほど、どうやらこれは彼らの既成路線のようだった。
居酒屋はこの辺でチェーン店展開でもしているような、いかにも安いでっせ、どないでっか、といった雰囲気の店だった。まだ、宵の口なので客もまばらだ。
「長谷川は飲めるよな」
「ああ、付き合い程度です。あまり強くないです」
「夜もあるからそんなには飲まない。ああ、社長もその辺はよろしく」
爺さんはわかっているのか、いないのか曖昧だがうなずく。それよりも今、伊瀬知は夜って言ったか?つまり今晩は夜の部があるってことか。
まずは生ビールで乾杯する。爺さんは久々のお酒なのかご満悦のようだ。そういううれしそうな顔を見ると少し親父を思い出す。親父もたまに飲む酒はこんなうれしそうな顔で飲む。そういえば、小山で見たときは少しやつれていた気がした。やはりそれなりの歳で働くということは大変なんだろうな。申し訳ない気がする。
爺さん社長は酒が入ると、途端に人が変わったように饒舌になった。
「あんたの小説、読んだけど、まあ、読みづらかったわ」
「はあ、すいません。つたない文章で」
「そやな。まだまだやな。いっちょ前に小説家志望なんやろ」
「そうなんですけど、才能がないみたいで」
「そうやな」いやいや謙遜してるんだからそこは否定しないと・・・。
「でもな。吉川英治も小学校しか出とらんで、あれだけの小説残したんやで、すごいやろ、あんた吉川英治知ってるか?」
「はい、宮本武蔵読みました」
「独学で勉強してな。立派な人や。あんたも頑張って吉川英治賞でも取らんとな」
絶対、無理だな。小説家デビューもしてないのに。
「あと、松本清張もそやな、小学校しかでてないはずや。あんたも似たようなもんやろ」
「そうですね。一応、大学は行ってますけど・・・」
「そうなん?どこ?」
「ああ、星天大学です」
「知らんわ、聞いたことないな。何勉強してるの?」
「文学部です」
「そうなん、勉強の成果でてないな。まあ、がんばりや」
実に痛いところをどんどん突いてくる。まるで武蔵が吉岡一門をばったばったとなぎ倒すかのようだ。俺も質問してみる。
「社長はどこの学校を出たんですか?」
「俺は学校行ってないことにしてる」
何だ、それは、行ってないことにしてるとは。
「まあ、えやないの」
「でも発明王なんですよね」
「そやな。そういった才能はあったみたいや。工場で機械をいじっとるうちに色々、勉強したで。モノづくり言うのんわ、理屈やないな、感性や」
焼き鳥の串を俺に向けて説教している。言ってることはまともな気がする。胡散臭いけど。気が付くと伊瀬知がいなくなっていた。俺は社長に質問する。
「社長と伊瀬知さんとはどういった付き合いなんですか?」
「誰って?」
「伊瀬知さんです」
爺さんはきょとんとしている。ひょっとして伊瀬知の名前を知らないのか。
「一緒に来た女性ですよ。伊瀬知悠さん」
「ああ、あのねえちゃんそういう名前か」
「名前、知らなかったんですか?」
「どやったかな、忘れた」やはりぼけ老人かもしれない。
「それで伊瀬知さんとはどういう付き合いなんですか?」
「そうやな、確か3カ月ぐらい前かな、突然、うちの工場に来て金属探知機作ってくれって話やったわ」
初めて聞く話で驚く。伊瀬知はそんな前から準備をしてきたのか、つまりは俺の小説が公開されてから間がない時期からだということだ。
「そうなんですか?じゃあ初対面だったんですね」
「そや、それでも前金でお金も出してもろたし、こっちも仕事は欲しいからな」
「金属探知機って具体的にはどういった話でしたか?」
「何でも金を見つけるための探知機を作ってくれって話でな。それとあんたの小説置いてって、この秀吉埋蔵金の部分をやるからって話やったわ」
なるほど、それで爺さんは俺の小説を知っていたわけか。それにしても3か月の付き合いなのか、伊瀬知はなぜこの爺さんに依頼したんだろうか、本当にこの人発明王なのか?
質問しようかと思ったところで伊瀬知が戻って来た。
「そろそろ時間やで、行きまひょか」
伊瀬知がなぜ関西弁になったのかはわからないが、午後8時近くになって出かけることとなった。
スイフトスポーツの後部座席に爺さんは測定器と共に乗り込む。そして発車と同時に大いびきをかきだした。大丈夫なのか、あんなに飲んでて。
「伊瀬知さん、社長に金属探知機を依頼したんですよね」
「そうだ」
「そんなにすごいものなんですか?」
「倖田製作所は金属探知機ではそれなりに実績がある会社だ。まあ、他によさそうなものが無かったのでここに依頼した」
「大丈夫なんですか?」
「ああ、実験したけど、性能はこちらの要求をクリアしてたぞ」
「この爺さんも抜け穴に入るんですか?」
「測定器の操作については社長が一番良くわかっている。何かあったら我々じゃあ対応できないだろ」
「それはそうですが」
後ろで大口を開けて寝ている爺さんをみると、大丈夫かなと言う気にはなるが、基本性能が出ているとなると、確かに大阪の発明王というだけはあるのか。
「伊瀬知さん、やはり三光神社に行くんですか?」
「そうだ」
「じゃあ、あの抜け穴って繋がってるんですか?」
「君の小説ではそうなってた」
「まじっすか、そんなのいい加減な話ですよ」
「これまでもいい加減な話が真説だっただろ、今度もうまくいく」
伊瀬知は裏付けのない自信を見せるが、うそだろ、今回は無理だ。
4
小説黄金ハンターでは三光神社にある(真田の抜け穴)から(大阪城)まで地下通路が繋がっていたという話になっている。ところが、俺はそういった事実を確かめたわけでもない。ましてや、これまでそういった史跡調査が行われたといった話も聞いていない。
確かに真田丸については抜け穴があり、大坂の陣の際に、真田幸村は縦横無尽の大活躍をしたという。当時、そういったトンネルがあった信ぴょう性は高い。
俺も小説を書くにあたって、少しは調べたのだが、どうも大阪城の遺跡調査はこれまでも大規模なものが成されていないようだ。大阪城は豊臣家から徳川家に代替わりした際に大幅に改装されている。大阪城は夏の陣の後、落城したわけで、実際、新たな城を作ったのだ。天守閣自体が場所も含め変更されてもいる。
秀吉時代の天守閣付近の調査は、近年では1959年の大坂城総合学術調査と1984年の金蔵東側の水道工事に伴う調査、さらに2021年クラウドファンディングでの豊臣石垣公開プロジェクトで実施されている。59年と84年の調査では新たな石垣なども発見され、秀吉時代の史跡が見つかったのにも関わらず、それ以上の大規模な調査は行われていないのだ。2021年のクラファンなどは石垣を公開する観光目的で行われている。
家康は大坂夏の陣の後、大阪城に秀吉の黄金が残されていると思い、焼け跡から埋蔵金の捜索を行った。結果、大判二万八千六十枚、銀二万四千枚は発見できたのだが、それ以上の金塊は出てこなかった。それでも相当な財産だったのだが、4億を超える埋蔵金を持っているとされた秀吉の金とすればあまりに少ないものだった。この事実から大阪城には埋蔵金が無いという判断であるならば、まんまと秀吉の策略に嵌ったものと考える。
それ故、俺はもし地下に至る大規模な遺跡調査を行うことになれば、埋蔵金につながる発見もあるのではと考えたわけだ。
小説内では、真田の向け穴は当時の真田丸から、さらに大阪城地下までつながってるという設定にしたのだが、本当にそんなことがあるのだろうか。それでこの話は実現不可能と考えていた。
スイフトスポーツを三光神社近くに駐車する。周辺は住宅街なのかこの時間だと人通りも少なく、実に静かである。伊瀬知は後ろで熟睡中の爺さんを起こす。
「社長、着きましたよ」
数回声をかけ、最後は頬を力強くはたいて爺さんが目覚めた。このまま永遠の眠りにつきそうな勢いだ。
「あれ、ここはどこだ?」
「三光神社です。行きますよ。長谷川君、探知機を持ってくれ」
爺さんだと心もとないので、測定器は俺が持つことになる。案外重い。10㎏はありそうな重量だ。なるほど確かに中身は詰まっているらしい。爺さんは機械に取り付けるプローブだけを持ってぼんやりしながら降りる。寝起きでボケも入っているのか、自分がどこで何をしに来ているのか、理解が追い付いていないようだ。
三光神社自体は夜間の立ち入りは禁止だが、何か柵があるわけでもない。よって普通に入って行ける。まあ、一般人が入ってもどうこうできるようなところでもないが・・・。
石灯籠はあるが灯りは点いておらず、さらにそこから上の方にある神社の灯りのみで、周辺は薄暗い。
伊瀬知を先頭に石段を登っていく。その先に神社に行くためのさらなる石段があるはずで、そこまでは砂利道が続くことになる。
最初の石段を登った段階で、先頭を歩いていた伊瀬知が俺たちを手で制する。
「何ですか?」
「静かに、待ち伏せされてる」
まじですか?また、組織の人間なの?いい加減しつこいな。
「長谷川、これを持っておけ」
伊瀬知はそう言うと、自分のリュックからグロック26を出す。
「またですか」俺は小声で非難する。
「まあ最後の手段だ。私がやられた場合は自分で何とかしろ」
絶対無理だが俺は仕方なく、機械を置いて伊瀬知から拳銃を受け取る。最後の手段か、再びダウンジャケットのポケットに忍ばせる。
「ゆっくりいくぞ」
俺は後ろの爺さんを見るが、状況が呑み込めていないのか、ボーとしている。いやいや爺さんそんな状態だと命が危ないぞ。
石段を登り切り、神社に続く石道まで来ると、確かに伊瀬知の言うようになにやら人の気配がする。
そして、石の灯篭が続いている道の脇から、例の黄金ハンター組織の人間が顔を出すではないか。爺さんがびっくりする。
「なんや、肝試しか」
いやいや真冬だし、林間学校じゃないんだから、そんなことするか。
例の美人女性ハンター、恐らく幹部だと思う、彼女が外国語を話す。はいはい英語ですよね。
伊瀬知が同じく英語で返す。
「何だって言ってるんですか?」
「なんか、戦力をさらに大幅にアップさせたらしいぞ。名だたる格闘家たちを連れてきたらしい」
すると美人幹部の脇から男どもが数名現れる。栃木では6人だったが、今回は10人以上もいるではないか。いや、これは多過ぎですよ。伊瀬知一人でどうにかなるのか、俺と爺さんは数のうちに入らないぞ。さらにその中になんと日本刀を持った剣豪もいるではないか。
「伊瀬知さん、刀を持ってますよ」
「刀だけではないようだ」
「えーじゃあ殺人の証拠が残るじゃないですか?」
「そうだな。細切れにでもするつもりなのかな」
いやいや、話が違う、それはないですよ。伊瀬知が殺されるようなことになれば、俺なんかあっという間にあの世行きですよ。
「まあ、やつらは伊瀬知悠の実力を知らないからな。私はあらゆる武道に精通している」
ああ、またそれですね。それよくある格闘家の強がりなんですよ。大体、そんなことを言うと無残にやられるんですから。俺は仕方なく探知機を地面に置いて、今度こそはとポケットのグロックを握る。
伊瀬知は例の大型のリュックから何やら棒のようなものを取り出す。
よくよく見ると、それはなんと日本刀ではないかそれも二つ。そしてその二本を持って構える。まさに吉川英治、宮本武蔵二刀流開眼だ。
刀を持った剣豪男が伊瀬知との間合いをじりじりと詰めていく。吉川英治の宮本武蔵を読んだが二刀流は相当な腕力が無いと使いこなせないと聞く。ましてや伊瀬知のような女性が使いこなせるのだろうか。相手も相当な有段者のように見える。
男がさらに間合いを詰めていく。それに対し伊瀬知は余裕を持って構えている。するといきなり剣豪が上段から気合ともども切り付けていく。ところが一瞬だった。
伊瀬知は左手の小太刀でそれを受け止めると、右の大太刀を一閃。それで男は深手を負ってしまった。その場にかがみこみ動けなくなる。すげー伊瀬知、剣道も出来るのか。
するとどこからか、金属音がして何かが飛んでくるではないか。伊瀬知はそれを避けながら、さらに二つの太刀ではじく。地面に落ちたものをよく見ると、それは手裏剣だった。いやいや今時こんなものまだあるの。相手は忍者なの?でも伊瀬知はこの暗闇の中、これが見えているのか。
そして伊瀬知は小太刀を手裏剣が来た方向に投げつける。するとうめき声と共に樹木の上から男が地面に落下していく。なんと小太刀は男の体を貫いていた。伊瀬知おそるべし。
残りの男たちがあらためて伊瀬知の戦闘能力を警戒しながら、近づいてくる。女性幹部が何やら指示をするが、俺は英語はわからないんだって。
残った男たちおそらく8名もいずれも格闘家のようで、それぞれの格闘技の構えをしながら、伊瀬知との間合いを詰めていく。
伊瀬知は半身の姿勢のジークンドースタイルで構える。さらに例の怪鳥のような雄たけびを上げる。ブルースリースタイルだ。しばらくにらみ合うようにしていたが、女性幹部リーダーの合図とともに、全員で一気に伊瀬知に掴みかかってくる。また、このパターンか。それは前回ダメだったんじゃないの。
伊瀬知はかがみこむようにして掴みかかる男たちを避け、一人を足払いして転倒させる。その隙間に伊瀬知は滑り抜けていく。これも前回見た形だぞ。
男たちが再び伊瀬知に襲い掛かろうとするが、伊瀬知を見失っている。彼女は男たちの端に位置しており、そして一人づつと対決できるようになっていた。そこからは流れるような格闘スタイルで一人づつ料理していく。ばったばったと男たちが倒れていく。
最後には前回と同様に女性幹部と若干名が残る。残りは地面でうずくまり呻いている。
ここで女性幹部は諦め、逃走指示を出す。残った男たちが深手を負った人間を抱えるようにして逃げていく。またもやいつものパターンである。
しかし伊瀬知、10人を相手にして無傷とはいささか強すぎるのではないか。俺は自身が生み出したスーパーヒーローに感動すら覚える。
俺は伊瀬知に近づいて、
「すごいですね。伊瀬知さん、剣道も出来るんですね」
「剣道か、私のは剣術だな。剣道などと言う道を究めるものではない。それこそどうやって相手を仕留めようかとするものだ」
「どう違うんですか?」
「今の二刀流もそうだ。剣術で一番強いのは2本の刀を使うことなんだよ。なにせ相手は1本だからな。それを小太刀で防げば大太刀で無防備に攻撃できる。相手は刀を使えなくなっているからな。そういうことだ。それに剣道には禁じ手もあるが、私はそれを無視している。突きもやり放題だ。まあ同じようにジークンドーもそういう格闘技なのだよ。私の拳法には禁じ手などはない。スポーツではないからな。目つぶしや急所攻撃、脛などへの攻撃も一切手加減しないのだよ。それは相手を倒すことを目的としているからね」
「なるほど、そういうことですか」
「まあな。伊瀬知悠だからな」
うーん、伊瀬知悠か、実物は小説よりもはるかに強い。俺はグロックを伊瀬知に返す。爺さんはようやく目が覚めたかのように近くに来て、
「ねーちゃん、すごいな。志穂美悦子みたいや」と訳の分からないことを言う。
そこで伊瀬知は何か空手のようなポーズをとり、多分(女必殺拳)と言った。はあ、伊瀬知はそれを知っているのか?
「じゃあ、行くぞ」伊瀬知が言うので俺は重い測定器を抱えて付いていく。
5
神社の本堂はさらに上の方にあるようだが、そこを通り過ぎると真田幸村の銅像が立っていた。ご丁寧に手前に看板があり(真田幸村公の像)とあった。ここに観光に来る人間であれば看板は要らない気がする。
そしてその隣にあるのが(真田の向け穴)である。ここには柱上の石碑が立っている。そこにも(真田の抜け穴)と記載がある。こうなると完全に観光用ではないのか、これは本当の抜け穴なのか・・・。
抜け穴は人一人がやっと入れそうな大きさで、格子状の枠が付いており、中には入れないようになっている。さらには紙垂も付いておりここが神聖なところだと明示している。
伊瀬知は抜け穴の前に立つと、何の躊躇も無しに紙垂を外すと、枠を掴む。開かないのではと思ったが枠は簡単に外れた。
「入っていいんですか?大丈夫なんですか?」
「君が言うな。小説通りだ」
確かにそうだが、誰かに見られたら大変なことになる。俺は周囲を見渡すが、誰もいない。伊瀬知は穴の中を見て、
「測定器は担いだ方がいいな」
そう言って彼女の巨大なリュックの中から背負子を出す。そんなものまで持ってるのか。
「これを長谷川が持つのは無理だな。君は私のリュックを背負ってくれ」
そう言うとその巨大なリュックを俺に預ける。持っただけでもその重さに閉口する。確実に俺の許容荷重であるスイカより重い。伊瀬知は測定器を背負子に括り付け、自分の背中に背負う。さらに頭にヘアバンド、それにはライトが付いている。そうして抜け穴に突入していく。
俺が預かった伊瀬知のリュックは背負うととんでもなく重かった。歩くのも大変なぐらいで、ふらふらとついていく。いったい何が入ってるんだ。なんか測定器の方が軽かった気がする。
爺さんは文句を言うのかと思ったが、やはり俺の小説を読んでいたようで、素直に穴に入って行く。伊瀬知はいったいいくら払ったのだろうか・・・。伊瀬知を先頭に抜け穴を進んでいく。穴は城石のような四角い石で出来ていた。穴の大きさは人間が一人這い蹲って進むのが限界である。なるほど、真田幸村たちが真田丸までこうやって抜けていったのか。さすがは真田幸村だと感心する。ただ、文献などによると、この抜け穴は徳川方が掘ったという説もあるようだったが・・・。
暗い穴を伊瀬知を先頭に進んでいく。次は俺で伊瀬知のお尻しか見えない。爺さんが見るのは俺のお尻になる。
「兄ちゃんの位置が良かったわ。へーすんなよ」と爺さんはお笑いコントのようなセリフを吐く。
抜け穴を10数メートル進むと穴の周りは石ではなくなった。通常の土で出来たトンネルとなり、穴自体も丸くなる。
「石が無くなりましたね」
「石の部分は観光用だ。後から作ったんだ。ここからが本物だ」伊瀬知が振り向くことも無しに言う。なるほど、元々はこういった単なるトンネルだったのだろう。
こうやって穴を進んでいくと、結構不気味ではある。灯りは伊瀬知のヘッドライトのみであり、当然、薄暗い。閉所恐怖症だととても行けない。そう考えると戦国武将も大変だったな。小説を書く際に、地図で調べたがこの抜け穴入口から真田丸があった場所までは500mはある。ここまでの穴を掘るのも大変だっただろう。当時、大阪城にはこれ以外にも様々な抜け穴があったと聞いたことがある。いかに戦いのためとはいえ、その莫大な労力には感心するしかない。
ただ500mもの穴を、匍匐前進のような格好で進むのはそれなりに大変だ。やはり思った通り爺さんが音を上げる。
「まだ、続くんかいな。もう疲れたわ」
はたしてどのくらい進んだのだろうか、感覚ではもうすぐ真田丸があった場所までは来ている気もするが・・・。
「伊瀬知さん、今どのくらいですか?」
「そうだな。今は半分ぐらいかな。この上は玉造神社の辺りだ」
「半分、まだ、そんなもんですか」
それを聞いた爺ちゃんが後ろから声を上げる。
「もう疲れたで、休みたいわ」
「社長、真田丸まで行けば一休みできます。もう少し頑張りましょう」
伊瀬知の声に爺さんは渋々従う。この五月蠅そうな男を黙らせるとは、伊瀬知は間違いなく余程の金を積んだのだろう。
そしてさらに穴を進んでいく。半分ぐらいと聞いてから、さらにそこまでの倍はかかった気がするが、ようやく何か部屋のようなものが見えてきた。伊瀬知はそこに入り、
「ここが真田丸があった場所だ」と周囲を見渡す。
周りは土で出来た一つの部屋のようになっていて、大きさは6畳間ぐらいだろうか。そこから上の方に穴が続いていた。大きな井戸といったところだろうか。
「この上は現在は塞がっている。当時はここに梯子か縄があって真田丸に出入りできたようだ」
伊瀬知はヘッドライトを床に置く。部屋全体が明るくなった。すると今まで進んできた穴とは反対側に、さらに穴が続いているのが見えた。
俺は指差し、「伊瀬知さん、その先が大阪城に続いているんですか?」
「そうだ。黄金ハンター通りだろ」とにやりと笑う。
実際、そうなのだ。ここまで小説通りの展開で進んでいる。何か気持ち悪いぐらいだ。大阪城の抜け穴が小説のままになっているのだ。これまでの埋蔵金の一致といい、すべてが小説と同じであり、伊瀬知の言うように組織の人間が、俺の命を奪って埋蔵金の謎を闇に葬ろうとするのもうなずける。やつらが黄金を独り占めにしようとしているのが、本当のことだと思える。でも、組織にしてみれば、まずは伊瀬知をどうにかしないと俺を殺すことはできないのだ。
伊瀬知は俺が背負ってきたリュックから、ペットボトルを人数分出してくる。ああ、こんなものが入ってるから重いんだ。
「酒じゃないのか・・・」爺さんはまだ飲み足りないのか、酒を期待していたようだった。それでものどが渇いたのか仕方なくお茶を飲む。
俺もお茶を飲みながら、
「ここからだとすぐですよね」
真田丸から秀吉時代の天守閣は近いはずだった。
「ああ、凡そ300mもないぐらいだな」
「でも、こんな抜け穴があれば、今まで気付いた人もいたんじゃないですか?」
「実はね。先ほどの真田の抜け穴は最初の部分で塞がっていたんだよ。石が終わった部分からは先はわからなかったんだ」
「え、じゃあ、穴は続いていたけれど塞がっていて、誰も気付かなかったんですか?」
「ああ、そういうことだ。誰が塞いだのかはよくわからないが、真田の抜け穴は最後まで通じていないということが定説になっていた。それを私の方で再調査してみたら、案の定、塞いだ場所から、さらに穴が続いていることがわかったというわけだ」
「それでここまで来れたんですね」
「まあな。しかし日本政府も馬鹿だよな。もっと前から大阪城の再調査をやるべきだったんだ。そうすれば今の日本の金不足問題はほとんど解決する。200兆円がっぽり入るんだからな」
「いや、埋蔵金が見つかった場合ですよね」
「まあな。でも政府としてはチャレンジするべきだろう、発掘するのにそれほど予算も必要じゃない。まあ、そういったことが出来ないんだろうな。今の日本の政治家は・・・。じゃあ、いよいよ大阪城まで行くか」
伊瀬知がそういった政治問題を述べることに驚いた。キャラ設定が違ってくるな。爺さんはまだまだ休み足りない様子だったが、伊瀬知の言うことには従う。
そして大阪城へ向かう抜け穴に入って行く。穴は下向きに、若干潜る方向に続いていた。このまま大阪城の地下深い部分まで行けるのだろうか。
ただ、これまでと比べると明らかに短いはずだ。真田丸からは300mはないはずだったが、ここまでの匍匐前進が堪えたのか、俺と爺さんの進み具合が遅い。伊瀬知からどんどん遅れて行く。伊瀬知の灯りが遠くなって増々暗くなる。
「おい、早くしろよ。もたもたしてると、また、襲われるぞ」伊瀬知が恐ろしいことを言う。
俺は頑張って汗だくになりながら匍匐前進を続けていく。爺さんはさらに遅れていく。
「そんなに急がんとって」ぼけ老人から泣きが入る。
そしてそれから1時間近くはかかったかもしれない。俺の感覚としては、真田丸までの距離と変わらないぐらい長い距離を進んだ感じだったが、ようやく何かにたどり着いたようだった。
そこは空洞のようになっていた。
伊瀬知はすでに到着済でヘッドライトも床に置かれており、明るく照らされていた。俺が抜け穴を出ると「あ!」と思わず叫んでしまった。
そこはまるで、エジプトのピラミッド遺跡のような石で出来た部屋だった。立方体の石室は周囲を城石で囲われていたのだ。
「何ですか、これは?」
「はあ?君が言うか、小説にあった通りだろ、大阪城地下の隠し部屋だ」
「え、これがそうなんですか?」
「どうみても隠し部屋だろ」
その部屋はピラミッドの内部にあるような石室で、大きさは8畳間ぐらいだろうか、石はそれこそ石垣で使われているものと同じ大きさである。それが均等に並べられているのだ。でも俺の小説のイメージだともう少し小さい石が均等に並ぶ、タイル張りの部屋みたいな感じを想定していた。
「俺の小説のイメージと違いますね」
「そうなのか、君の小説を読んでもイメージはまったく伝わってこなかったぞ。こんな感じだと思った」
「はあ、それはすみませんでした」どうせ文章力がないですよ・・・。
「一体君はどういった部屋をイメージしていたんだ?」
「よくあるタイル張りの部屋みたいな、小さい石が理路整然と並んでいるような部屋を思っていました」
「いや、小説にはそこまで書いてなかったぞ。ちょうど真四角だろ、いわゆる立方体の部屋としかなかったぞ」
「そうなんですけどね」
「もっと文章力を磨くことだな」
「はい、すみません。・・・でも何もないですね」
「この部屋の上には秀吉時代の天守閣の石垣や盛り土がある。そこから地下に続く通路があり、この隠し部屋まで来れるようになっていたはずだ。今は塞がれている」
「ここはやはり秀吉時代に作られた隠し部屋だったんですね」
「そうだ」
「家康もここに気が付いた」
「そうだな。それでここに来ることはできた。少しだが千両箱に入った小判を見つけた。その記録は残っている。しかしそれ以上の金塊は発見できなかった」
「そのようですね」
「君は小説黄金ハンターではどういう見解を出したんだ?」
なるほど、それで金属探知機を使うというわけか。伊瀬知が金属探知機を地面に置いた。
その頃になって、ぜいぜいいいながら浮浪者社長が抜け穴から出てくる。
「わあ、なんや部屋になっとるがな」
「社長、測定をお願いします」
「これで終わりやな。ほんまに大変やったわ、ちょっと待っててな」
爺さんは床に置いた測定器に自分が持ってきたプローブを取り付ける。プローブはゲーム機のコントローラぐらいの大きさで円筒形をしていた。そこからケーブルが出ており、測定機側につながるようになっている。
爺さんが測定器の電源を入れる。前面パネルの明かりが点灯する。そこにはアナログメータがついており、反応があると針が振れるようだ。爺さんがプローブを室内に向けてみる。メータを見るがまるで反応がない。まったく動いていないのだ。
爺さんはまるでバレリーナのように部屋の中をくるくる回りながら、測定を続けるが、針はびくともしない。
「全然,反応がないですね」
爺さんもパネルを見るが、確かにピクリともしない。
「おかしいな、壊れたかな」爺さんがぶるぶるとプローブを振ってみる。いやいや、そんな昭和のテレビの治し方じゃだめだろ、とつっこみたくなる。
爺さんはプローブを見たり、測定器を叩いたり、ボリュームをいじってみたりするが、いっこうに改善しない。やっぱりあれは小説の世界の夢物語だったのか。
「ここに金はないということじゃないですか?」
「そうなのかな。社長、測定器は大丈夫なんですよね」
「試運転の時はうまくいったんや。あんたも見たろ。それにしても少しも針が動かへんのはおかしいな。なにかの金属があれば少しは反応するはずなんや」
爺さん、ひょっとして壊れたんじゃないの。この機械、軟弱な作りだものな。
俺はふと、プローブのケーブルと測定器が繋がるコネクタ部分を見る。何か様子が変だ。
「これコネクタにちゃんと刺さってますか?」
「何言うんや」爺さんが俺に食って掛かる。
「いや、コネクタに刺さってるコードが浮いてるように見えますよ」
「そんなことあるかい!」憤慨して爺さんはコネクタを見る。
「あ、ほんまや、逆に付けとるがな」いやいやあなたが付けたんでしょ。
「どうりで動かんはずや」
爺さんは照れ笑いをしながら、コネクタにプローブを付けなおす。
途端に針が振りきれる。
「わ、なんや、どないしたんや」
「針が振りきれましたよ。また付け間違えたんですか」
「いや、ちゃんと付いてるで」
「長谷川、黄金ハンターだよ」伊瀬知が満足げにふんぞり返る。
「まじですか?」
「まじ」
伊瀬知は爺さんからプローブを受け取り、機器のボリュームを調整してから、針が大きく振れる方向を探る。そうして場所は特定できたようだ。さらにリュックからつるはしの様なものを出す。いやいやなんなのこのリュックは、伊瀬知はドラえもんか。
そして部屋の周囲の石を削りだす。石は徐々に削れていく。すると石だと思っていたものの周囲が壊れてくるではないか。
「ああ!」
そしてついに中からなにやら物体が顔を出す。まさかこれは。
「金だ」
石の中から金塊が山吹色の光を放っていた。
俺の黄金ハンターそのままに、この部屋にある石は金塊をカモフラージュしていたのだ。
小説黄金ハンターでは、秀吉は金を隠すために石の中に埋めることで発見されないようにしたという落ちだった。つまりはこの部屋自体が埋蔵金だったというわけだ。
「やった!兆万長者だ」
「君の取り分は少ないがね」
「でも2億円でしょ」
「全部あればな。しかしついに発見したな」
「この部屋全部が埋蔵金なんですか?」
俺は隠し部屋の周囲の石を見る。これだけの城石がすべて金を隠しているとすれば、その埋蔵量はとんでもないことになる。
「さあな。それはこれから調査しないとわからない。その可能性は高いだろうな。秀吉の埋蔵金はここにあったということだ。よし、ここはひとまず撤収といこう。どうやって金を取り出すのかはこれから私の方で考える」
俺に依存はない。ここから金を取り出すのは容易ではないはずだ。さらにどのくらいの埋蔵量なのかはわからない。ただ秀吉の金塊がすべてあったとすれば何百トンといった重さになるだろう。運び出すのも一筋縄ではいかないはずだ。
それにしてもと俺は驚く。何もかもが俺の小説通りに進んでいく。俺は何者なのだ。ひょっとして神だったのかもしれないなどと思ってしまう。