表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金ハンター  作者: 春原 恵志
3/7

徳川埋蔵金

 レム睡眠が続いて何か得体の知れない夢を見ていた。昨日の不思議な体験がこういった夢を見させているのだろう、徳川家康だの豊臣秀吉だの、源頼朝が出て来ては穴蔵に小判を隠そうとしている。実際、この辺の武将に会ったことはないので夢では大河ドラマの役者になるのだが、そういったなんだかよくわからない夢の中で微睡んでいたら、一気に覚醒していく。はて何か音がしている。それで気付くと家のチャイムが盛大に鳴っていた。

 周囲は薄暗い。枕もとのスマホに目をやる。まだ6時じゃないか、まさかもう出かけるというのか、俺は確認のために玄関の扉を開けた。

 やはり伊瀬知がいた。

「こら、何やってる、朝一って言っただろ、出かけるぞ」

 俺は寝ぼけ眼で「こんなに早いんですか?」と宣う。

「もう太陽が上がりつつある」

 伊瀬知は真顔で言う。いやいや今は冬ですから辺りはまだ暗いですって、そんなことを言っても仕方ないので、「今、準備します」そういって部屋に戻り、着替えを済ます。といっても昨日と同じ格好だ。俺は貧乏学生でそんなに衣装はもっていない。ユニクロのセーターとダウンジャケットを羽織り、顔を申し訳程度に洗い、リュックを背負う。

「お待たせしました」

 すると玄関先に伊瀬知はおらず、アパートの前を見るとすでに車に乗って俺を待っていた。こっちに来るように手を振っている。車は予想通り、俺の小説そのままのスズキのスイフトスポーツで、色もそのままの黄色だった。俺は助手席に急ぐ。

「ほんとにこの車なんですね」

「伊瀬知悠はこの車だ。いくぞ」

 この車、マニュアル車で排気量は1400㏄だが、中身はとんでもない。搭載しているエンジンは直列4気筒直噴ターボエンジンで、最高出力は140馬力、最大トルクは230N・m/rpm。ゼロヨンでは16秒を軽く超える。俺も車は詳しい訳ではないが、伊瀬知ならこの車が似合いそうだとそういう設定にした。それを地で行くとはさすが伊瀬知。

 車は想定通りの走りで、俺を座席にへばりつけるようにして発車していった。


 車が急なコーナリングを繰り返すので、舌をかまないようにし俺は話す。

「それでどういう順番で回りますか?」

「そうだな。小説通りで行くか、ところで長谷川はどうしてあの順番にしたんだ?」

 黄金ハンターでの埋蔵金探しの順番は特に大きな理由は無い。盛り上がりと言うことを想定してこの順番にした。3大埋蔵金で言うと徳川、結城、豊臣の順番になる。

「物語の展開上、この順番にしました。盛り上がるように考慮しました」

「そんなに盛り上がってるとは思えないが・・・」伊瀬知は一言余計だ。


 徳川埋蔵金は、1968年に徳川慶喜が江戸城を無血開城する前に隠したと言われている。明治新政府の面々は徳川家が大量の金塊を持っていることを期待し、江戸城に入ったのだが金目のものは一切見つからず、それ以降も血眼になって探したとされる。

 当時、徳川幕府の勘定奉行であった小栗忠順が、埋蔵金の処置を命ぜらえたと考えた明治幕府は小栗を執拗に拷問し、ついには殺してしまったなどという噂もある。

その小栗が奉行を辞めた後に上野国(群馬県)に隠遁したということで、埋蔵金が群馬県の赤城山山中にあるという話が以前より言われている。さらにその根拠としては利根川を船で運んでいたのを見たといった者もあって、現代になっても赤城山埋蔵金説が有力となっている。

 また、徳川埋蔵金の存在については様々な証拠が残っている。幕末の幕府要人であった勝海舟が日記の中で、幕府には360万両も備蓄があるといった話が残っているし、明治24年にも児玉惣兵衛宏則が大義兵法秘図書でその存在を書している。それ以外にも真偽のほどは定かではないが色々な証拠(噂含む)が残っている。さらにどう考えても当時の江戸幕府が金を残していないわけがないのである。明治政府に政権を明け渡すも徳川家は存続すると信じていたわけで、そのための財源は確保されていたと考えるべきだろう。

 然るにそれ以降も様々な人間が現在に至るまで発掘を繰り返すも、埋蔵金の発見には至っていない。近年でも1990年に糸井重里氏が発掘に参加し、調査を行ったがやはり発見には至っていない。糸井氏は今もその存在を信じているらしい。また、テレビ局はもっぱらTBSでよっぽど埋蔵金を好きなプロデューサーがいたものと思われる。

 そんな中で、俺が小説黄金ハンターで取り上げたのは、やはりTBS(林修の歴史ミステリー)でも放送された、早丸説である。2018年の放送だからプロデューサーは変わったのかもしれないが、TBSの執念には敬意を表する。

 仙台伊達藩の所有する早丸は、江戸幕府無血開城の5日後の1868年5月8日に横浜から出港する。当時の仙台藩は官軍だったが、基本的な動きは幕府寄りだった。その時の目的が幕府埋蔵金の輸送だったとされているのだ。行く先は上海だった。ところが早丸は夜間に水先案内人も無しに航行したため、久里浜沖で座礁する。そして挙句の果てに沈没してしまったのだ。沈没場所は海獺島の南300m付近と言われており、この話は山岸良二先生が当時の番組内でも述べていた。


「長谷川が早丸説だと思った理由は何だ?」過激な運転をしながら伊瀬知が言う。

「だって、それだけのお金ですよ。勘定奉行に任せて、みすみす明治政府に取られるわけにはいかないじゃないですか、だから江戸幕府は開城ぎりぎりまでその処置を待ったと思うんですよ。それでいよいよ開城となったので、止むに止まれず黄金の確保に走ったと思います。つまり最後の動きだった早丸説が有力だと思ったんですよ」

「なんか、妙に説得力があるな」妙にと言われると微妙に傷つく。「それで長谷川が小説で書いている場所だが、その根拠はどこから来てるんだ」

「どうですかね。なんか早丸の航行ってあまりに無謀じゃないですか、当時、夜に外洋に出るなんて危険が伴いますよね。結局沈没しちゃったわけだし、なので沈没はあらかじめ考えられていたのではないかと思ったわけですよ」

「つまり偽装工作だというんだな」

「そうです。実際、仙台藩は保険に入っていて沈没でも十分なお金を得ています」

「なるほど、後々輸送がバレても沈没したと言えばいい訳か」

「そうです」

「増々説得力だけはある」

 この人の言い方は妙に引っかかる。スイフトスポーツは八王子バイパスに入り、車の通行も増え伊瀬知の無謀運転も鳴りを潜めた。そこからは小田原厚木道路を抜けていく。

「何か食べるか?長谷川は朝飯食ってないだろ?」

「そうです。いいですか?」

「だから、朝一で出かけると言ったのに、そういえばいつもは何喰ってるんだ」

「朝は食べないです。学校に行ってから何か適当に食べるか、飲み物ですかね」

「そんなことだから、頭がぼーっとしていい小説が書けないんだな。朝はしっかり食べないとだめだ」この探偵はいつも一言余計だ。

 小田原に入って市内をしばらく走る。伊瀬知に朝食の取れる店をスマホで調べるように言われ、市内にある割烹料理屋を指定した。早川駅近くで海鮮料理を出す店のようだ。ここは朝6時半から営業している。

 伊瀬知は朝食は済ませたとのことで、俺だけが朝食を注文させられる。朝はあんまり食欲がないんだが、この店は朝は定食のみでそれを頼んだ。新鮮なあじの刺身が出てきた。

「取れたてなのかな、旨そうだな」伊瀬知が料理をじっと見つめている。

「僕だけ食べてすみません」

「まあ、気にするな。お金は自腹だ」やはりそうなのか、朝から1000円は痛い。

「熱海から11時の船だからまだ余裕がある」

「そうですね。ジェットホイルで行くんですよね」

「そうだな。小説通りに行くことにする」

 我々の行く先は伊豆大島だ。熱海港からジェットホイルという高速船に乗って元町港まで約1時間の船旅となる。

「早丸は元々伊豆大島に金を運ぶつもりだったということだな」

 俺は刺身を頬張りながら「そうです。当時大島は流人の島でした。徳川の管轄ではあったようですが、それほど統治が成されていたわけでもないようでした。島の管理は現地の人間に任せて、幕府は年貢だけを取り立てていたそうです」

「つまりはノーマークということだな」

「そうです。だれも大島とは思いつかないでしょう」

「あとは千両箱があるのかどうかだな」

「無いと思いますよ。だって大島は今は観光地としてはそれなりに有名ですし、長い期間誰にも見つからないなんてことありえますかね」

「ふむ、確かにそうだな。じゃあ君はなんで大島にしたんだ」

「昔、旅行したことがあったんですよ。一応、場所は知っていたんでそこにしました」

「はあ?そんな理由か、じゃあお宝については望み薄だな。まあ、当たるだけ当たるか」

 俺はちょっと申し訳ない気分になる。確かに安易な話だったかもしれない。小説にするにはそれなりの根拠もいる。行った経験のある場所はそれなりに説得力もでるだろうと、大島にしたのだ。まさか本当に埋蔵金が出るなどとは思っても見なかったから仕方がない。そういう意味では実際に千両箱が見つかる可能性は低いと思っていた。


 黄金ハンターの中で俺が書いた徳川埋蔵金騒動は次のような話にした。

 仙台藩の早丸は当時の最新鋭蒸気船で鉄製だった。幕府から御用金の輸送を依頼された仙台藩は江戸から横浜まで千両箱を運ぶ。当時、仙台藩は官軍だったため、明治政府側も仙台藩の動きを注視していない。

 早丸には幕府から依頼された御用金400万両とメキシコ銀貨6万ドル、伊予別子銅山産の銅、欧州産青銅製の器物、毛織物・生糸・小銃弾薬等の雑貨、仙台藩の黄金53万両が一緒に積まれていた。

 そして1868年5月8日の夕刻、上海を目指して出航する。その際、幕府方の要人も乗り込んでいたと考える。船はブルガリア国旗を掲げ、多数の外国人を乗せていた。浦賀水道から三浦半島観音崎を通り、外洋に出ていく。

 小説ではその御用金の目的地を伊豆大島としたのだ。幕府の要人と作業員数人が岡田港に入港し、御用金のみをそこで降ろす。その後、船は予定通り上海に向け、再び出港していく。そして海獺島あしかしまと笠島の間にある暗礁に乗り上げ、ついには沈没してしまうのだった。

 つまりは御用金については大島に隠し、それ以降は予定通り上海に向かったというわけだ。その後の沈没については御用金追求をかわすためなのか、本当に事故だったのかは不明だが、水先案内人もいない航海だったことを考えると計略だったような気がしている。

 大島に降ろした御用金は岡田港から山中の然るべき場所に隠す。この指示は幕府側の要人が行い。外国人人夫達が総出で運ぶ。そしてこういった埋蔵金の常でその人夫達は口封じのため、そこで殺されたのだ。おそらく埋蔵金付近に、白骨遺体となって埋められているのではないかと思慮する。また、埋蔵金によくある話で、幕府がその後埋蔵金をどう処理したのかは不明だ。本来であれば徳川家再興のために使うべきだったものだが、何かが起きて埋蔵金は使われなかった。こういったことも埋蔵金ロマンではよくある話なのだ。


 伊瀬知は車を熱海港の駐車場に置いて船着き場まで歩く。

 車から伊瀬知が降ろしたのは、山岳用の巨大なリュックサックである。それを背追って歩いて行く。

「伊瀬知さんすごい大きさですね」

「まあな、色んなものが入っているからな。拳銃もあるぞ」

 相変わらず物騒なことを言う人だ。ひょっとすると機関銃でも入れているのかもしれない。

ボディガードを兼ねているという伊瀬知は常に周囲を警戒しているが、俺はどこか信じられない気がしていて、まったく普通に過ごしている。

 さすがに1月末の港は寒風が吹いており、実に肌寒い。なにせこっちは一張羅のユニクロセットだ。伊瀬知は結構薄着なのだが、一向に寒そうではない。例の黄色のトレーニングウェアとその上に同じく黄色の防寒ジャケットのみである。

「伊瀬知さんは寒くないですか?」

「それなりに肌着は着ているし、君とは鍛え方が違う。筋肉の鎧をまとっている」

 聞いて損した気がした。確かに小説内ではそういった設定にした覚えがあるが、どう考えてもこの気候だと寒いだろう。

 すでに熱海港にジェットホイルが横付けされていた。ジェットホイルはジェット機で有名なボーイング社の設計でどことなく飛行機を連想させる。30mぐらいの大きさの船は3色に塗り分けされた迷彩塗装の船体だった。2階建ての船で航行時は海水を吹き出しながら浮かんで走る。船はスケート靴の様な状態で氷上ならぬ海上を滑走するのだ。

 伊瀬知は用心のためと言って1階席のさらに一番後ろの席を取っていた。俺の分の旅行費用は出してくれるらしい。聞くとボディガード代に含まれるそうだ。

「この席だと景色が良く見えませんね」

「君、旅行気分では困るな。いつ襲われるとも限らない。この席が一番安全だ。2階席だと下から銃撃されるかもしれないからな」

 真顔で伊瀬知が言う。冗談としか思えないのだが反論はしない。上からだって撃たれるかもしれないじゃないですか、などとはけっして言わない。

「組織の人間がいますかね」

「今のところ船内にはいなかったな。奴らはすでに島に渡っているのかもしれない」

 いつの間に船の中を見たのだろうか、しかし島にいるならもうお宝は取られているのでは、と思うがそれも言わない。

 平日でもあり、ほぼガラガラの船内ではあるが、定刻通りの出航となった。船内放送で本日の気候やらを紹介している。船は徐々に速度をあげていき、確かに浮上していくのがわかる。なかなか乗り心地が面白い。なるほどジェットホイルと言うだけはある。浮上した際の速度は翼走速度と言い、45ノット(時速約83㎞)だそうだ。それが海の上を滑走するのだから早く感じる。

 そういえば、佐渡かどこかで高速船がクジラとぶつかったとか言う話もあった。これだけの速度だと確かにクジラも避けられないだろう。さらにこの船、通常の船と異なり、デッキなどの外に出ることはできない。危険防止のためだそうだ。

 ジェット水流の音か、あるいは水を切る音なのかよくわからないが、規則的な騒音が耳に残る。朝早かったせいもあって俺は段々と眠くなってきた。そして寝てしまった。

「着いたぞ、起きろ!」

 伊瀬知に小突かれて目が覚めた。一瞬、自分がどこにいるのかわからないほど、寝てしまっていた。

「長谷川は緊張感がないな。命の危険があるとは思えない体たらくだな」

 俺は口の周りのよだれを拭きながら、ほんとに命の危険なんかあるのかと反論したくなる。とにかく船は伊豆大島元町港に到着した。


 伊瀬知は港近くのレンタカーを予約しているそうで、まずはそこに向かう。確かに港の真ん前にレンタカー屋があった。予約していた車は軽自動車だった。

 ここでふと考える。もし、千両箱が見つかったらどうするのだろう、軽自動車じゃ運べないし、いや、その前に発見した場合の権利関係はどうなるのだろうか、おそらく遺失物、もしくは歴史遺産といった位置づけにもなるだろう。全額発見者のものになるなどといった事は無いはずである。

 レンタカー屋で手続きを済ませ、車に乗り込みながら俺は質問してみた。

「伊瀬知さん、もし埋蔵金が見つかった場合、その権利はどうなるんですか?」

「正式な話を言えば、徳川埋蔵金が見つかった場合は、その子孫に権利が行くんだろうな」

「そうだとすれば、慶喜の子孫は結構残ってるはずですから、あなたが受け取る金額は少ないんじゃないですか?」

「まともに言えば一割ってところだな」

 俺は嫌な予感がして確認してみる。「ひょっとしてねこばばするつもりですか?」

「さあな。発見前から言っても始まらない。その辺は見つかってから考えよう」

 いやいや絶対、ねこばばするつもりだな。今の惚けた顔はそれを明示している。

 伊瀬知はちょうど昼時なので食事にするという。俺は先程の朝食から時間も経っていないので、それほどお腹は空いていない。それを言うと海鮮料理屋にするという。元町港近くの料理屋に入った。俺は海鮮丼で伊瀬知は定食と海鮮丼を頼んでいた。

 注文した料理は地魚を使ったなかなかのものだった。それを食べながら聞いてみる。

「今日の宿はどうしたんですか?」

「ああ、岡田港近くの民宿を予約している。そうそう一部屋にしたから、君は俺の弟と言う設定だ。伊瀬知真治ということだな」

「はあ、そうですか」

「変な気を起こすなよ。まあそうなっても叩きのめすだけだがな」

 伊瀬知は少しにやけながら言う。ひょっとしてそうなることを期待しているかのようでもある。しかしこちらにもそういった気はないとはあえて言わない。大事なボディガードだし、宿代は向う持ちだから文句は言えない。

「発見までどのくらいかかるんですかね?」

「大島自体がそれほど広くないし、小説通りだとすれば概ね場所も特定されているようなものだろう」

 そんなことでいいのかとは思う。埋蔵金の隠し場所も大島だとすればここらへんかなと、いい加減に設定したのだ。実際、その場所もどんな所かよくわかっていない。地名から来るまったくの印象のみで選定しているのだ。

「もし、まったく脈無しだとしたら、早めに切り上げた方がよくないですか?」

「まあな。実際、島と言う場所は命を狙われやすい面もあるからな。逃げられないだろ。組織は船で来ているかもしれない。そうなると奴らはどうとでもなるからな」

 組織がいるという前提だが、確かにそういったことなら俺を殺した後には、船で脱出するんだろうな。また、千両箱があればそれも船で運べることになる。

「もし、金塊があったとすれば確か数十トンだと記憶してるんですが、実際の重量はどのくらいでしたかね?」

「400万両あったとすると、ざっくり72トンってとこかな」

「72トンですか、やっぱり車じゃ無理だな。大型トラックでも6トンぐらいしか運べないはずです」

「そうだな。そう考えると君の小説は成り立つのか?」

「うーん、どうかな。でも当時は千両箱ってどうやって運んでたんですかね」

「荷馬車だろうな。150㎏づつ分けて運ぶしかない」

「でも設定だと山道ですよ。無理だな」

「君がそれを言ってどうする。だからこそ今まで見つからなかったということかもしれないぞ。ありえないってみんな思うからな」

「そうですかね」


 食事を終えて、いよいよ埋蔵金探しに向かう。

 車は元町港から島の外周を時計回りに回っていく。大島は1周でも43㎞とそれほど大きな島でもない。外周を回る道路もあり、自転車でも1周することは可能だ。俺は無理だけど。

 島の北側にある岡田港を抜けて大島一周道路を走る。海が見えるとやはりここは観光地だなといった風情がある。景観もいいし、都会のような混雑が全くない。本日は天気もいいし、絶好の宝探し日和ではある。

 島の東側にある大島公園の無料駐車場に到着し、そこに車を停める。

 目的地はここから山に入る。俺が小説で適当に決めた場所は(石の反り橋)というところだ。そこは三原山が噴火した際に溶岩流が流れ込み、自然に橋のような形状が出来上がったものだ。確かにその名の通り、丸く橋のような形状になっている。

 反り橋は三原山へのハイキングコースにもなっていて、一般の方も普通に見ることもできる。ただ、橋の直近までは行けないようだ。

 駐車場から周回道路を戻ることになり、山に向かってハイキングコースの入口が見えてきた。看板もあってそれには反り橋についての説明もあった。ここから道が始まるようだ。しかし俺はすでにこの辺りから息切れがしている。なにせ普段は運動などしたことがないのだ。やってる運動と言えば、バイト先のスーパーで野菜の荷出しぐらいだ。重いものではスイカが最大許容荷重かもしれない。そこでは野菜の仕分けだとか値札の貼り付け、在庫品の処理などが主な仕事だ。

 ちなみにスーパーのバイトを選んだのは、客相手の仕事を避けたことが大きい。接客業など引きこもりには最も苦手な仕事だし、スーパー勤務の際も裏方希望で接客業は避けてもらった。店側も長期で働いてほしかったようで、そういった無理が効いた。それでもフロアマネージャーからはことあるごとに接客しない?などとは言われてしまう。レジ打ちなどは最も嫌な仕事だ。特に混雑時のレジ打ちなどを見ていると、お客は殺気立っており、そういったおばさんには恐怖しか感じない。

 そんな虚弱体質の俺を見てもいないのか、息切れしている俺を置いてきぼりにして、伊瀬知はどんどん奥に入って行く。ちょっとあなたはボディガードじゃないのと言いたくなる。

 ようやく伊瀬知が俺が遅れているのに気づく。

「どうした。何かあったか?」コースの途中で伊瀬知が待っている。

「いえ、普通に歩いてるだけです」汗だくで追いつくのも必死の形相で俺は答える。

 伊瀬知は信じられないといった顔をして、「もう少し体を鍛えたほうがいいな」と嘆く。

「そうは思ってるんですが、どうも肉体労働は苦手で」

「何が肉体労働だ。こんなのハイキングだぞ。実際ハイキングコースって書いてあっただろ、これぐらい幼稚園児でもどんどん登れる」

 幼稚園児は無理でしょなどと、あんまり言うとその2倍は非難されそうなので、仕方なく俺は黙る。

「ところでどうして埋蔵金の在りかを(石の反り橋)に決めたんだ?」

「はあ、早丸が入港したとすれば、岡田港だったはずです。当時はそこに航路もあったようですから。先ほども言ったように埋蔵金はとんでもない重さです。あまり遠くまで運べないだろうし、ここらあたりかなと思ったんです。それと目印としてはわかりやすいじゃないですか、橋の形だし」

 伊瀬知はふと考えるように、

「あ、ひょっとしてこの橋が出来たのは江戸時代以降なんて落ちじゃないだろうな」

 俺はにやりと笑い、「伊瀬知さんさっきの看板みてないでしょう?ちゃんと入口のところに書いてありましたよ。1552年です。当時の大噴火でさっきの公園までも溶岩流が流れたらしいです」

「そんな看板あったか…ふーん、じゃあ次に噴火があったら埋蔵金ごとおじゃんだな」

「噴火はそれ以降も起きてますが、52年規模の噴火はまだないです。当時としても相当なものだったと思いますよ」

「じゃあ、しばらくは大丈夫だと判断したわけか」

「多分…」

「でもさ、もし御用金があるとすれば江戸幕府の連中は取りに来るだろう、おかしくないか?」

「確かにそうですが、幕末のごたごたで、誰が何をしたのかもよくわかっていなかったかもしれません。結局、現場の判断でどさくさ紛れの対応だったのかも。しかし、その後、担当者もいなくなってしまったとか、なんかあったのかもしれません」

「取って付けたような話だ」

「まあ、そうですよ。所詮、埋蔵金話なんてそんなもんです」

「ふーん」伊瀬知は納得していない風で歩き続ける。

 そして数分間歩き続け、ようやく目的の場所まで来た。

 ハイキングコースから見て反り橋はロープで囲われており、人が入れないようになっている。さらに草が鬱蒼と茂っている。よく見ないとそれが反り橋なのかがよくわからないぐらいだ。

「看板でも立てておけばいいのにな。これだとどこにあるのかもよくわからないな」

 伊瀬知の言う通りだ。うっかりすると反り橋がどこにあるのかもわからない。果たしてこれが埋蔵金の目印になるのだろうか、そんな気にもなる。すると伊瀬知は全く躊躇なくロープを乗り越えて中に入る。

「伊瀬知さん大丈夫ですか?」

「入るしかないだろ、人もいないし大丈夫だ」そう言いながら草をかき分けるように入って行く。振り返って、「おい、君が来ないと場所がどこかわからないだろう」と言う。

「いや、ここら辺と言う設定なんで特に細かいことは考えていないです。ましてやこの橋も見たこともないですし」

「まったくいい加減な奴だ」

 伊瀬知はそういって草をかき分けて、反り橋までたどり着く。仕方なく俺も周囲に人がいないことを確認して追従する。実際、反り橋はロープの張られているところからはすぐの場所になる。

「これに乗ったら壊れそうだな。天然記念物でもないからいいのかもしれないが」

 いやいや、いくらなんでもそれはまずいでしょ。伊瀬知は橋の前まで来て周囲を見る。

「ここは沢になってるんだな。山側から水が流れることでこういう形状になったのかもしれない。さて長谷川ならどこに埋蔵金を埋める?」

 俺は反り橋まで来て周囲を眺める。5mぐらいの石の橋が長崎の眼鏡橋のような形で存在している。そして伊瀬知の言うように山側に沢のような道が続いている。沢は二つありそれが合流することで橋の空洞部が作られたようだ。

「適当な勘で言うと、この橋の開口部に向かって、例えば山側に100mぐらいのところに埋めますかね」

「なるほど、良い線かもしれないな。尺貫法で言うところの1町だな」

「へーそうなんですか?」

「ああ、1町で109mぐらいになる。じゃあそのあたりに行ってみるか」

「まじですか?草だらけで人が歩けるような道もないですよ」

 伊瀬知は背中の巨大なリュックから、鎌のような機材を出して森を切り開くように進んでいく。俺は仕方なくついていく。木々が茂っており、虫やへび、ひょっとすると熊でも出てきそうだ。大島に熊はいないと思うが…。

 伊瀬知であっても、木々をなぎ倒しながら進むのでそれなりに時間はかかる。地面の様子も良くわからないところもあって、俺なんかはおっかなびっくり歩いて行く。

 かれこれ、目標の100mは十分歩いただろう場所に近づく。俺は慣れない山道と慣れないハイキングにゼイゼイ言いながら伊瀬知を追いかける。俺にとっては新田次郎の八甲田山死の彷徨と同じぐらい苦しいのだ。

 すると何か森が拓けて見えるところがある。

 そうしてとんでもないものを見つけてしまった。

 一気に森が無くなり、平らな地形が出てきたのだ。およそ周囲20mには木々が何もない。

 さらにそこには何者かがいた。


 伊瀬知が身構える。

 そこには3名の人間がいた。真ん中にいるのは長身のロングヘアでどこかの女優を連想させる美女だ。目鼻立ちのはっきりとしたハーフのような顔立ちをしている。さらにその両隣には2mはあろうかという屈強な外国人男性2名がお供のように連なっている。彼らは全身黒い服装で、いかにもといった格好だ。

 その真ん中の女性、おそらく彼女がボスなのだろう、何語かわからないが、外国語で話しかける。

 伊瀬知が俺をかばう様にしてにやける。「君を殺すって言ってる」

「うそでしょ?奴らが組織の黄金ハンターなの?こんなところじゃ思うつぼじゃん」

 多勢に無勢で間違いなく俺は殺される。

「まあ、それも仕方がないかもな」伊瀬知がとんでもないことを言う。

「そんな・・・」

 両隣の男たちが伊瀬知に近づいてくる。そしてじりじりと迫って来ていた右側の男が伊瀬知に襲い掛かる。地面は火山灰で出来ており、足場が悪いはずだが伊瀬知はその攻撃を簡単に避けて、男の顔面に裏拳を放つ。その攻撃は強烈だった。小説では伊瀬知は拳法の達人と言う設定だったが、まさにそれを連想させる。

 男はそのまま倒れこむ。さらにもう一人の男が伊瀬知に飛び掛かろうとする。伊瀬知はその男の顔面に目つぶしを食らわす。いわゆるジークンドーでいうビルジーだ。男は悲鳴を上げる。さらに蹴りを金的に入れる。これは見ている方も痛いとわかる。ひょっとして機能不全になるのではと言うほどの強烈な蹴りだ。

 男は口から泡を吹いて悶絶する。お労しいことだ。

 先ほど、倒された男が痛みに堪えながら再び起き上がり、じりじりと伊瀬知に近寄る。すると奥にいた美人ハンターが何ごとか言う。男はうなずいて倒れた男を抱きかかえるようにしてその場から逃げだした。なるほど、伊瀬知の力に恐れをなしたということか、それにしても奴らに拳銃を使われなくてよかった。ここで銃を使われたらひとたまりもない。

 結局、3人は這う這うの体で反対の山側の森に逃げていく。よかった助かった。

「伊瀬知さんすごい。今の技はなんですか?」

「設定どおりジークンドーだ」

 やはりそうなのか、ジークンドーとはかのブルースリーが編み出した拳法だ。最強の拳法とも言われている。非常に合理的に戦うことを目的とし、攻撃はカウンターを基本とする。すべての格闘技から有効なものを取り入れ、動きも極力、無駄のないように考えられている。さらには目つぶしや急所攻撃も積極的におこなう。スポーツではない本当の格闘技と言える。俺は見たこともないのだが、今のがそうなのか。

 小説での設定ではジークンドーの達人としたが、ここにいる伊瀬知もそうだとは増々驚く。いったいどうなってるんだろう、ここまで小説と設定が被るとそら恐ろしくなる。

「奴らもやっぱり黄金ハンターなんですよね」

「そういうことだな。組織のハンターだな」

 伊瀬知はその広場を見渡す。俺も同じように木々が無くなった空き地のような場所を見る。すると奥の方に窪みが見えるではないか。伊瀬知がそこに近寄る。

「長谷川、これを見てみろ」

 そこには深さは1mで幅が5mぐらいの窪みが出来ており、なんとたくさんの千両箱があるではないか。

「うそー、埋蔵金があった!」

 伊瀬知が窪みに入って半分腐りかけている千両箱を開けた。

「空だな」

 千両箱の中には何も入っていなかった。

「やつらに取られたんですか?」

「うーん、どうかな。この状態を見ると最近取られたようには見えないな。おそらくもっと昔に埋蔵金は無くなっていたようだな」

 千両箱が出てきたことに興奮するが、残念ながらそこに埋蔵金はすでになかったのだ。

「ここは組織の黄金ハンターたちが掘り起こしたんですかね」

「おそらくな。奴らじゃないとここまで広範囲に掘り起こせないだろう、それにしても正確にこの場所を掘り当てたようだな。何か装置でも使ったのかもしれない」

 穴には千両箱が相当数あるのが分かる。やはり徳川埋蔵金はこの地にあったのだ。かつてだけど・・・。

 俺も窪みに入って千両箱を数えてみる。「えーとこれだと4000個もないですね。千両箱だからそれぐらいないと400万両にならないはずです。数百個といったところでしょうか」

「そうだな。そこまで御用金は残ってなかったのかもしれない。それか当時も埋蔵場所を分散させたのかもしれないな。それでも数百個は有ったのだから、見つけたやつは大儲けだっただろうな」

「いつ頃、取られたんですかね?」

「どうかな、案外、早かったんじゃないか。千両箱の傷み具合を見ると明治時代には無くなっていたのかもしれない。取り出して箱だけ埋め戻したんだろう」

「はあ、なんか残念でしたね」

「まあな。とにかく組織の奴らも同じように発掘をしているということがわかったな。早く次の埋蔵金のところに行った方がいいかもしれない」

「はい。ああ、それとやつらは何語を話していたんですか?よく聞き取れなかった」

「君は大学生じゃないのか?英語もわからないのか」

「ああ、英語でしたか、俺は文学部なんで」

「はあ?何言ってる。文学部だったら英語はわかるだろう、文学部の学生は洋書をそのまま読んでるんじゃないのか」

「俺は国文学専門なんですよ」

「関係ない。しかし日本の英語教育は遅れているな」

 日本の教育じゃなくて俺の教育だけが遅れてるんだけどな・・・。

 俺はしばし、この埋蔵金の穴を感慨深げに見てしまう。いったい、どういうことなのだろう、いい加減な俺の小説通りに事が進んでいるではないか。埋蔵金もそうだが、黄金ハンターの設定もそのまま生きている。これをどう考えればいいのだろうか。

「長谷川、次行くぞ。この時間だったら宿はキャンセルして熱海に戻れそうだ」

「ああ、そうですね」

 そう言うと伊瀬知は先程の組織の人間が逃げていった方向に歩き出す。

「伊瀬知さん、どこに行くんですか?」

「え、戻るんだろ?」

「いや、どうしてそっちに行くんです?」

「ああ、こっちのほうが早いんだ。こっちにも道がある」

「まじですか。じゃあこっちから来た方が早かったってことですか?」

「そうだな。そうなるな」

 俺は半信半疑で伊瀬知の後を歩いて行く。森に入ると先ほどよりも進みやすい。けもの道のようになっていて人が歩いた形跡もあった。そしてなんと数メートルで確かに道に出るではないか。それも舗装されている道だ。

「こっちのほうが早かったんですね」

「まあ、結果的にはそういうことになるな。まあ、宝探し気分を味わうためには反り橋側から来た方がいいだろう」

 いやいやマジですか。宝探し気分なんかどうでもいいんですけど。俺たちは舗装された歩きやすい道を降りていく。そしてすぐに周遊道路に戻り、先ほどの駐車場まで簡単に戻って来れた。何か納得できない気持ちが残る。


 本日、宿泊予定だった宿に行き、事情を説明する。宿側も了承してくれてキャンセル料金も良心的な金額で済んだ。ジェットホイルも16時に出港する便に変更できた。

 こうして最初の埋蔵金探しは終了となった。

 ちなみに俺の小説、黄金ハンターでの大島埋蔵金については最初から無かったという話だった。それだけは少し違っていたことになる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ