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006

チルドのこれまでの人生――その壮絶であまりにも救いも尊厳もない告白を聞かされたリズムは、軍警察署内の廊下を歩きながら思う。


たしかに彼は恵まれていなかった。


両親にも環境にも、そして出会いにも。


だが、それでも戦争で家族を失い、飢えや争いに巻き込まれ、挙句の果て奴隷にされるよりは良いのではないか。


「でも……アタシの言葉じゃ、あの人には届かないよね……」


リズムボソッと呟いた。


そうなのだ。


チルドからすれば、自分は同じく悲劇に見舞われた者たちの中でも、“血塗れの聖女”と呼ばれて英雄扱いを受けているのだ。


それこそが、彼がもっともなりたかった立場なのかもしれない。


一方的な嫉妬と憎悪ではある。


しかし、リズムはなんとかチルドを救えないかと考え続けている。


リズムの心は揺さぶられる。


逆恨みのような言葉に、真剣に向き合う。


こういうときはいつも天秤のように揺れ、けして安定しない。


彼女の望む正しさは、誰にも歩けない――いや、歩くのを嫌がる困難な道だ。


リズムは、メディアに付けられた“血塗れの聖女”に恥じない度が過ぎる善人だった。


他人のためなら自らに火をつけることも(いと)わない聖女の気質を持つ。


だが、恵まれていると勘違いされている人物――妬まれ憎まれている者が何を言おうが、救いたいと願うチルドのことは助けることはできない。


「アタシって……ダメだな……」


彼女の考えていることは、誰に聞かせても理想ではなく妄想だといえる。


ここまで他人のことを考えられる者は、すでに狂人の域だと、軍警察の上層部でも言われている。


そういう気質が、これまでの彼女を不幸することは多かったが。


リズムはそんな小さなことは気にしなかった。


それが、彼女がこれまで出会ってきた者たちからの影響と、今まで歩みの結果だった。


「あれ? お~いパロマ」


医務室から出て来たパロマを見つけ、リズムが声をかけた。


パロマのほうは、わかりやすく不機嫌そうな顔になり、小さく舌打ちをする。


「ケガでもしたの?」


「……別に」


声をかけられたパロマは、すぐに目を逸らして歩き始める。


リズムは気にせずに彼女の隣に並んで声をかけ続ける。


「それともどこか悪いの?」


「いや、それよりも尋問のほうはどうだったんだ」


愛想なく訊ね返されたパロマに、リズムは答える。


チルドがこれまでの自分の境遇を語り、売人をやるしか生きる術がなかった。


そんな自分の気持ちなどお前にわかるかと言われたと。


「よくある話だ。気にしてもしょうがない」


「だけど……。なんとかできないかなって思っちゃって……」


話を聞いてパロマは思う。


馬鹿な女だ。


どうしてこうも他人に甘いんだ。


チルドは犯罪者だぞ。


たとえ酷い目に遭ってきたとしても、他人に害を撒き散らす人間に同情する必要などない。


自分たちの仕事は、犯罪者を捕まえることであり、凶悪犯なら殺す。


そんなこともわからないのかと。


(こんな狂気の善人に構ってなどいられない。私はもっと上にいかなければならなんだ。しかし、本音を話しても仕事がしづらくなるだけだしな。ここはフォローしておくか)


パロマはそう考えると、リズムに言う。


「根気よく声をかけ続けていくしかないな。誠意を持って接していれば、いずれお前の想いも伝わるさ」


「うん……。そうだよね。ありがとうパロマ。いや~やっぱりパロマは優しいね」


イカれた善人め、とパロマは思いながら、リズムと軍警察署を出て、共同生活している一軒家へと向かった。

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