054
――ストリング王国軍の将校。
アバロン·ゼマティスが一階にいるメディスン班の前に現れていた頃。
三階にいた第三班、ブラッド班の前にも、二人の人物が姿を見せていた。
止まっていたはずのエレベーターから出てきたその二人の内の一人は、ゆっくりと小刻みに踊りながら、ブラッド班の前で足を止める。
深い青色の軍服――。
その背中にはストリング帝国の旗――バイオリンに音符が絡み合う国旗に薔薇が散りばまれている。
「“ストリング帝国”軍大尉、ネア·カノウプス参上ッ!」
白く光る刃――ピックアップ·ブレードを握って踊りながら名乗った女性――ネアは、決まったと言わんばかりに得意気な笑みを浮かべている。
「しまったッ!? つい見続けてしまったッ!」
「しょうがない……と、シヴィルは思う」
前衛のパロマが頭を抱えると、シヴィルが宥めるように呟いた。
パロマが軍刀――夕華丸の刃を向けて叫ぶ。
「ネア·カノウプス大尉! 私は“ストリング王国”軍出身、現才能の追跡官の班員パロマ·デューバーグだ。前の戦争後から姿を消していたあなたが、どうしてこんなところにいるッ!?」
訊ねられたネアは、自分のダンスやポーズのことを訊かれなかったのが不満だったのか。
酷く退屈そうな顔をした。
そんな彼女に苛立ちながら、パロマは言葉を続ける。
「それと、今“ストリング帝国”と言ったな? 帝国は前の戦争で無くなり、今はストリング王国となっているんだ。それとも、帝国はまだ存在しているとでもいうのか?」
パロマの言う通り――。
ストリング帝国は、前の戦争後に連合国へと参加し、その名をストリング王国へ変えた。
現在はアンビエンス·ストリング王とイーキュー·ストリング王女、若い二人に統治されている。
それをわざわざ無くなったはずの帝国を名乗るのは、一体どういうことだと。
パロマは、ネアが姿を消していたことよりも、そのことが気になって仕方なかった。
「答えろ! ネア·カノウプス大尉ッ!」
「そう言われて答える人なんていないでしょ? 強引なのは好きだけど、欲しい欲しいじゃ駆け引きなんて一生できないわよ、パロマちゃん」
「パ、パロマちゃんだとッ!? 貴様……私を愚弄にしているなッ!」
激昂して前に飛び出そうとするパロマを、ブラッドが止める。
「おいパロマ。少し落ち着けよ」
「しかし班長ッ! あのような言われかたをされて黙ってなどッ!」
「パロマ、今は作戦中だぜ」
「うぐッ!」
パロマは歯ぎしりをしながらも引き下がった。
そして、彼女とシヴィルを下がらせてブラッドが前に出る。
「よう姉ちゃん、ネア·カノウプス大尉って言ったっけ? 街で電子ドラッグをバラ蒔いてるのはお前か?」