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――屈強な男性が一人。
身長百八十五センチ、体重九十キロ。
幼い頃から喧嘩で負けなし、さらに体育の成績は当たり前に優秀。
連合国の軍隊には、彼のような男が大勢集まる。
しかも、それは世界中からだ。
だが連合国軍に入隊するには、テストを突破しなければいけない。
端的にいえば体力測定だ。
ここで多くの者が振るい落とされる。
クリアした者は、そこからさらに厳しい訓練を課せられる。
海での合宿。
それは学生のサークル活動のような楽しいものでない。
まずは組んだチームメイト三人と共に百キロ近いボートを運び、その後に砂浜をほふく前進。
さらには睡眠時間を削ってランニングし、ひたすら泳ぐ。
これらのメニューを一週間続けられた者だけが、連合国軍へと入隊できる。
屈強な男性は、これらの試験を突破した連合国軍の兵士の一人だ。
彼のような体格に恵まれ、さらに精神面でも屈強な兵士一人を育てるのには、数年の月日と莫大な費用が掛かる。
それに対し――。
特殊能力者を育てる費用はほぼゼロ。
中でも、かつて世界を統べていたバイオニクス共和国の研究施設で生まれた子供たちや、マスター·メイカ·オパールが鍛えたリズム·ライクブラックは生活費のみである。
マシーナリーウイルスの適合者――。
いや、薬でウイルスを適合させている強制者と呼ばれるマローダー·ギブソン、シヴィル·エレクトロハーモニー、パロマ·デューバーグには、それなりのケアが必要になるが。
先に挙げた兵士育成の費用に比べれば雀の涙と言ってもいいだろう。
もちろん特殊能力者に近接戦闘や軍隊格闘術、さらには銃器の知識があればなお良いが。
それらを抜きにしても、兵士一人とまったくの素人の特殊能力者が戦っても、その結果は能力者が勝つ。
ただ特殊能力者は、研究での被験体――負の遺産ともいうべき生まれ者が多いため、まだ未成年の少年少女ばかりである。
そのため、精神面での弱さは欠点といえるが、たった一人でも鍛え抜かれた精鋭部隊に匹敵する特殊能力者は、まさに脅威の存在だ。
「つまりはそういうことなる。上層部からは、特殊能力者は貴重な戦力だと」
ディスを家に帰そうと直談判しに来たリズムに、メディスンはそう説明した。
才能の追跡官は、あくまで使い捨ての駒だ。
その能力ゆえに連合国では危険分子扱いされているが、世間的にまだ幼い子供が多いため処分することもできずに、一応軍警察としている。
こうやってリズムのように、上司に何か言うなどあり得ないことなのだが。
リズムはその性格――さらに班長であるメディスン、エヌエー、ブラッドらとは前の戦争から知り合いというのもあり、直談判できている。
さらに彼女は“血塗れの聖女”と呼ばれる有名人でもあって、ある程度の権限が他の班員たちより許されているというのもあった。
しかし、その提案が通るかといえばそうでもない。
「それに、ディス·ローランドに関しては、本人たっての希望だしな」
「そうはそうですけど……。でも……」
メディスンの隣にいたエヌエーが言う。
「心配なんだね。でも、彼はあなたのためにここへ来たって、さっき言っていたでしょ? それは仕事の内容を理解していても、あなたの傍に居たいってことじゃないの?」
「それが困るんです! それにあの子は能力を使うと……」
声を張り上げ、その後に弱々しく言葉を詰まらせたリズム。
メディスンもエヌエー、そしてブラッドも、そんな彼女を見て何も言えなくなっていた。
そのときブラッドの通信機器に連絡が入った。
相手は、彼が班――第三班の班員ムド·アトモスフィアからだった。
「どうした急に? ……あぁ、わかった。すぐにヴォックス·エリアへ行く」




