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042

返事ができないパロマを見たヴィラージュは、床に唾を吐く。


パロマは、唾が床に吐かれた音に気が付き、なんとか意地で顔を上げた。


ヴィラージュに笑みはない。


周りにいる赤い開拓者レッドパスファインダーたちも、顔にガスマスクをしているのでわからないが、楽しんでこんな残酷なことしているわけではなさそうだ。


ならばどうしてここまで――。


声を発しようとしても、パロマの口からは言葉は出ない。


出るのは胃液だけだ。


「情けねぇな。気娘じゃあるまいし、血を見るが初めてってわけじゃねぇだろ?」


ヴィラージュはやれやれと言いたそうな顔で、パロマへ言った。


言い返したい気持ちを抱えてパロマは思う。


血なら何度も見ている。


仕事で凶悪犯を――人を殺した経験も一度や二度ではない。


もう何人も何十人も斬り殺してきた。


血塗れの現場なら慣れていると思っていた。


そもそも初めて死体を見たときも、嘔吐することなどなかった。


だが、ヴィラージュのしたカルトの家族への罪の償いは、パロマの許容範囲を軽く飛び越えていた。


しかも彼女たちの態度を見るに、この街――アンプリファイア・シティではさほど珍しくもないのだろう。


呆れられてもしょうがない……。


パロマは、もう吐くものがないというのに、まだ止まらぬ嘔吐感と屈辱感で気が狂いそうになっていた。


そのとき、この地下室の出入り口からシヴィルが現れる。


シヴィルはこの部屋の惨状を見ても怯むことなく、スタスタと中へ入って来た。


そして、手に持っていた銃剣付き拳銃(ハンドガンバヨネット)――バヨネット·スローターで壁に磔にされていた中年男性を撃ち殺す。


先ほどの飼い犬のときと同じだ。


カルトの父親と思われる男性は上半身から下を斬られ、内蔵は剥き出し、そのうえすでにかなりの出血のため助からないと判断されたのだ。


ならば苦しむよりも楽に死なせてやったほうがいい。


シヴィルの冷静な慈悲に、磔にされて死んだ男性の顔にはどこか安堵があった。


「ヴィラージュ、これはなに?」


「なにって」


ヴィラージュはパロマのときとは違い、シヴィルには事細かくは説明を始めた。


先ほどパロマとムドに話した、カルトの家族に罪を償わせていること。


それから未だに行方知れずのカルトの居場所を聞き出そうとしたことを、偶然道で会った友人へ話すかのような気軽さで言う。


「残念ながら何も知らなかったけどな」


「こ、これは違法行為……。犯罪だぞ!」


パロマがようやく口を開いた。


彼女は支えてくれていたムドを突き飛ばし、震える足を動かして立ち上がる。


ヴィラージュは、「あん?」と彼女のことを見下すような視線を向ける。


「忘れたのか? ここはアンプリファイア・シティ。しかもヴォックス·エリアだ。この区域じゃあーしが法律。いくらお前らが連合国の犬でも、この街にはこの街の決まりがある」


燕尾服の幼女の言う通りだった。


電気回路で発達した犯罪都市――アンプリファイア・シティには、そもそも世界で定められた連合国の法律は通用しない。


街のインフラを引き受けているボス·エンタープライズの民営国家という位置づけではあるのだが、治外法権と呼ぶ街ですらない。


そもそもこのような今起きている状況をなんとかしたくて、ボス·エンタープライズの女性CEOであるコラス·シンセティックは、連合国へ頼み才能の追跡官(アビリティトレーサー)に来てもらったのだ。


軍警察署があるマーシャル·エリアならまだしも、他の三つの区域――ハイワット・エリア、オレンジ・エリア、ヴォックス・エリアには世界の常識は通用しない。


そのことを思い出したパロマは、ヴィラージュの言葉に表情を歪めるだけだった。


ムドはそんな彼女をまた支えている。


場がしばらく静かになる。


部屋には、両腕のない息子が四肢を切られた虚ろな表情の母親に、腰を打ちつける音だけが響いていた。


そんな静寂を破り、シヴィルは二人の身体を強引に引き離して、パロマとムドの前にそっと置く。


「おい、なにしてんだよシヴィル?」


「ヴィラージュ……もう帰って」


座っていたテーブルから腰を下ろしたヴィラージュ。


シヴィルも近づいて来る燕尾服の幼女に一歩踏み出し、互いに顔を合わせた。

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