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それでも足を止めることなく、ディスは木箱を奪った男を追いかけた。
深い森の中で人が歩くのには向かない獣道で、何度も転びながらも必死で小さくなった男の後をつける。
すでに姿は見えなくなっていた。
しかし、それでもディスは男が走っていった方向へと進んでいく。
――黒いレザージャケットに、黒いサムエルパンツ姿の男。
黄色の短髪で、頭から足まで至るところにイエローの蛍光色でワンポイントが入れられている。
男の名はチルド。
以前はアンプリファイア・シティで電子ドラッグを売っていた売人だ。
チルドは奪った木箱からリズムの身体を出すと、彼女を側にあった大きな岩に寄りかからせた。
意識のないリズムの姿を見ながら、チルドは物思う様子だった。
何かするでもなく声をかけるでもなく、ただ彼女の顔を見つめている。
この場で首でも絞めれば、すぐにでも息の根を止められる状態だが。
チルドはリズムに手を出さない。
「へへ、もうちょっと我慢しててくれよな」
不敵な笑みを見せながらチルドがようやく口を開いた。
当然意識のないリズムからの返事はない。
だが、チルドは彼女へ声をかけ続ける。
「あの……街を覆った光を止めたのはお前だろ? オレはそのときに軍警察署内で捕まっていたから何が起きたのかよくわかなかったが。その後の壁を突き抜けて浴びた別の光で理解したよ」
チルドはメガディ·ローランドの命令で電子ドラッグを売っていたため、軍警察署に捕らわれていた。
彼はかなり重度の麻薬中毒者だったが。
今さっき口にした別の光――リズムがアンプリファイア・シティ全体へと放った光によって、電子ドラッグの中毒症状から脱することができたようだ。
「お前が街を救って……オレみてぇジャンキーを、電子ドラッグから解放してくれたんだってな……へへ」
人の神経を逆なでるような笑みを見せ、チルドはリズムの顔に自分の顔を近づけた。
吐いた息がかかるほどの距離で、チルドは再び口を開く。
「お前には感謝している。いろいろ失礼なことを言っちまったが、今ならお前が本物の聖女様だって信じられる……」
呟くように言うと、チルドはリズムから離れた。
そして、彼女に背を向けて木々で遮られた空を見上げた。
「これでカルトとやり直せるって思った……。あの街じゃいい生活なんてできないだろうが、きっと金がないながらも今度こそ幸せに暮らせるって……。だがなッ!」
チルドは自分の恋人であるカルトという女性の話をすると、突然声を張り上げた。
「カルトは……お前に心酔してるあのツギハギ野郎に……殺されてたんだッ!」




