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――ジェーシーの意識は電脳空間――サイバースペースへ移動していた。


その真っ白な空間には、アンプリファイア・シティに張り巡らされている無数の配線のような光の線が見えている。


「何が神経拡張剤よ。今の私に、そんなものが効くわけないじゃない」


誰もいないサイバースペースでクククと肩を揺らすジェーシー。


その姿は、まだ身体があった頃のジェーシー·ローランド――白衣を着た妙齢の女性だ。


彼女が安心しきっていると、そこへオレンジ色の髪をしたツギハギだらけの顔をした少年が現れる。


ブレインズの能力である真の通路(トゥルーバイパス)で、サイバースペースへと意識を飛ばしたディス·ローランドだ。


ジェーシーは彼の姿を見て口を開く。


「なに? わざわざ追いかけて来たの? ここで決着をつけようとさ」


ディスはジェーシーに近づくことなく答えた。


自分はただ確認に来ただけだと。


「戦う必要はない。もう、決着はついているんだからな」


「決着がついてる? おかしなことを言うわね。私はまだこうやって――ッ!?」


ディスを嘲笑おうとしたジェーシーに、突然異変が起きた。


彼女は急に頭を抱え、その場で(うつむ)き始めたのだ。


「な――」


右手で顔を覆い、ジェーシーはディスを睨みつけようとする。


だが、すでに彼のいる位置さえ判断できなくなっているようで、その目は虚空を見ている。


「――何をしたの?」


「だから言っただろう。ただ確認をしに来ただけだって」


「ふざけるな! 私に電子ドラッグなんて効くはずが……効く……はずが……」


ブルドラは、ジェーシーが神経拡張剤を打たれたとき――。


彼女が身体を捨ててサイバースペースへと逃れることは、当然予想していた。


だから、ブルドラがジェーシーのコンピューターに侵入したときに手に入れたデータ――。


ナノスケールネットワークを電子ドラッグに組み込んだことで逃亡の対策をしていた。


ナノスケールネットワークとは――。


計算、データ記憶、センサー、動作などの単純なタスクのみを実行することができるナノマシンを相互接続したものである。


そのネットワークは、複雑さと操作範囲の両面で、情報の調整、共有、融合を可能にすることによって、単一のナノマシンの能力を拡大することができるものだ。


その方法は分子通信――。


分子による情報の伝達と受容。


分子通信の技術は、分子伝播のタイプによって、歩道ベース、フローベース、拡散ベースに分類することができる。


この技術からブルドラは拡散ベースを応用。


一度でもその神経拡張剤を注入されたジェーシーは、たとえどこへ意識を移そうが、その影響から逃れることはできない。


ジェーシーの意識がサイバースペースと同化していく。


街中から送られてくる情報が、彼女の意識の中を埋め尽くしてく。


「な……なんなのこれ……? そ、そんな……一体……どうしてこんな……? 私の……私じゃないものが……?」


「他人に意識を弄られる気分はどうだ? お前がこれまで散々やって来たことだろ?」


「馬鹿な……こんな……ばかなこと……ッ!」


足元はおぼつかず、朦朧とし始めたジェーシーは、ディスに向かって声を張り上げた。

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