037
才能の追跡官のビルから出たパロマたちは、自動運転車を使わずに駅を目指して歩いていた。
前を歩くパロマにムドが言う。
「なあパロマ。やっぱりブラッド班長に伝えてから行動したほうがいいんじゃねぇか?」
ムドがいう話とは、パロマが彼に調べさせていた電子ドラッグを売っている売人――チルドの恋人であるカルトの実家だ。
パロマはこないだ飲み屋――パブで取り逃がした彼女の行方を探すため、ムドに調べさせていたのだ。
ムドにそう言われたパロマは、いつものようにフンッと鼻を鳴らす。
「ムド、お前は何のために才能の追跡官になった?」
「いきなりなんだよ?」
戸惑うムドにパロマは話を続ける。
「たしかにブラッド班長に言えば捜査も楽になるだろう。他の班からも協力してもらえる可能性もある。だが、当然それは班の功績になる」
「そりゃ当然じゃね?」
「ここまで言ってまだわからないのか? さっき起きたことを忘れたのか?」
パロマは言う。
先ほど自分たちが捕まえた赤い開拓者を勝手に逃がされ、しかもそれに対して当たり前みたいな顔をして何も言わないブラッド。
そんなやり方の班長に従っていては、いつまで経っても出世などできない。
「たしかお前は、施設にいる弟の治療費を稼ぐために志願したんだったな? さっさと軍組織を辞めて弟を治してやりたいなら、金が欲しいなら、手っ取り早く手柄を立てるしかない」
「だけど、イーストウッド局長は約束してくれたぜ? オレが頑張っていれば弟のことはなんとかしてやるってよ」
ムドの弟は彼と同じく、連合国以前に世界を統べていたバイオニクス共和国の研究施設――負の遺産と呼ばれているテストチルドレン出身の少年だった。
その施設の被検体としてムドは特殊能力を得たが、彼の弟は実験の後遺症で今も植物人間状態。
そんな弟に最高の治療を受けさせるために、ムドは危険な仕事である才能の追跡官となり、この街――アンプリファイア・シティへと来ていたのだった。
パロマはムドの言葉を聞き、「バカが」と思う。
あの男――連合憲兵総局の局長であるリプリント・イーストウッドがそんなタマかと。
イーストウッドは特殊能力者のことを、便利な駒くらいにしか思っていない。
そうでもなければ、まだ十代の少年少女たちを犯罪都市になどに送り込んだりはしない。
(おめでたい奴だ……)
だが、ここは言葉を選んで返事をする。
「だからこそだ。お前が頑張ればそれだけ弟も優先して治療を受けられる」
「その通りだ……。よし、オレが頑張ればそれだけ早く治してもらえるもんな! やるぜパロマッ! オレたちだけでよッ!」
「あぁ、よかった」
パロマは内心で言葉を続ける。
お前が扱いやすいバカでよかったと。
「ふむふむ、そういうこと」
「げッ!? シヴィルッ!? なんでお前がここにいんだよッ!?」
二人の傍にはいつの間にかシヴィルが立っていた。
叫ぶムドに向かってシヴィルは答える。
「それはどうでもいい。シヴィルも手伝う」
「そうか。詳しくは訊かねぇけど、お前にも事情があんだよな。なあ、いいだろパロマ?」
ムドに訊ねられたパロマはコクッと頷くと、止めていた足を動かして前へと歩き出す。
(普段の餌付けにも効果があったか? こいつはてっきりリズム派だと思っていたが……。まあいい)
理由はわからないが、シヴィルは使える。
パロマはそう思うと、二人を連れて駅を目指した。




